45話 再開
「それで、あの機動要塞は今まで通りっつーことか?」
「はい。あ、でも、時期は少し早くしようと思います。一ヶ月に一回くらいに」
目の前に、立派な口髭を蓄えた初老の男が一人。
対するは、まだまだ人生経験が少そうな若い男。
ついこの前ギルドに加入したばかりの新米冒険者ユウト=カンザキ。
そして、話し相手の名はユウトが所属する冒険者ギルドのギルドマスターにして元一級冒険者。
衰えを感じさせない筋肉質な身体に立ち振る舞い。それら全てから強者のオーラを漂わせている。
会話の内容は機動要塞をどうするか、である。
つい先日、機動要塞を攻略したユウト達は王国に帰還。
ギルドに報告したところ、ユウトがヤドカリ型機動要塞の『攻略者』になっていることが発覚した。
これは機動要塞を攻略した者、より正確にはあの緑体の怪物を倒した者を次の所有者とする機能で、緑体の怪物に最後に止めを刺したユウトが所有者になっていた。
ヤドカリ型機動要塞はユウトの所有物として自由自在に動かせるようになった。
そこでユウトが考えたのは、機動要塞をもっと活用できないか、というものだった。
要はヤドカリ型機動要塞はこれまで通りのルートで、でも移動する時期はもっと早くする。詰まるところ超巨大定期便として利用することだ。
今までは一年に一回だったが、これからは一ヶ月に一回くらいの頻度で行き来させる。
これにはギルドマスターは大賛成。各国との確認が取れ次第、早速やってくれるそうだ。
「問題は他の国だな」
「他の国?」
「ああ、機動要塞の定期便をこっちにも寄越せとか言うかもな」
ギルドマスターは地図を取り出した。
「ここが俺らのいるガリュートル王国。隣のこっちが友好国のフェンバリック。んで、こっちが恐ろしく強い女帝様が支配するステュクス帝国」
トントン、とギルドマスターは三カ国を指差す。
「機動要塞はこの三つの国を回ってるわけだが、ここ以外の周辺国にも機動要塞の定期便を欲しがる奴らがいるかもしれねぇ。まあ十中八九いるだろうが」
「そんなことしたら…………」
「ああ、機動要塞ってのは移動も速いし便利だが規定の道を外れるとただの環境破壊装置だ。最悪、山々の生態系が崩れる」
だが、とギルドマスターは言葉を続けた。
「そうはならねぇように俺が説得する。オマエはなぁんにも心配すんな」
そう言ってギルドマスターはニッカと笑った。
ユウトはギルドマスターと話し合っていた待合室を退室した。
そしてユウトの首には冒険者の証たるプレートがあった。
『四級冒険者』
それが今のユウトの冒険者としての階級だった。
聞けば、これはかなりの特別措置らしい。魔王軍の幹部を倒したロルビスが五級へ昇進したが、機動要塞の攻略者をどう評価するのかはギルドで検討中だとか。機動要塞の攻略者に対する評価は明確な基準がないため、どうすればいいのかわからないのだ。なので一応“仮の”四級冒険者ということになる。
もしかしたら降格もあるかもしれない。
その微妙な階級もあってかギルド内にはユウトを値踏みするような視線がちらほらあった。
ユウトは居心地悪く、そこら辺を見渡した。
するとギルド食堂の料理に舌鼓を打っているユーミラが目に入った。
焼いた肉(骨付き)に豪快に齧り付いている。
他人が食べているモノは美味そうに見えるというもので、肉を食べるユーミラを見ているとユウトの腹も空腹を訴え始めた。昼食はここで取ろう。
「ここ、失礼しまーす」
「はぐふぁぐ」
ユウトが対面の席に座るとユーミラは何か言う。たぶん『どうぞ』だろう。
給仕の人に適当に注文し、料理が来るまでは飲み物を胃に流し込む。
この飲み物も異世界ならではで、水ではなく果物を使ったジュースのような飲み物だ。
味はオレンジジュース。匂いはパイナップル。
元の世界は金を出さなきゃジュースは飲めなかったが、こちらではこのジュースが基本だ。
言えば水も出してくれるが、何も言わなきゃこのジュース。
正直、ユウトはこっちの方が良い。
何も言わなくてもジュースが出てくるのだ。異世界、最高。
「はは、しょーもねー」
「……どうした?」
「なんでもねーです。そういやヘルヴィアさんは?」
「防具屋だ。鎧の修繕に行っている」
「へぇー」
そろそろユウトも何かしらの装備を買った方がいいかもしれない。
「………………となると、いないのはロルビスだけか。やっぱ今日は来れないのかな」
「忙しくなると言っていたからな」
□ □ □ □ □
まさに話題の渦中、ロルビスは授業中だった。
つい最近の魔王軍騒動以降、休校中だった学校がつい先日再開。休校の遅れを取り戻すため、教師陣は激務を強いられていた。
それは当然、ロルビスも。本来なら担当じゃない科目までやらされていた。
「魔法を起こすには2つの方法があります」
そう言ってロルビスは教室を見渡す。正確には教室にいる生徒ひとりひとりを。
ロルビスは「水が一番わかり易いでしょう」と言って虚空に魔法陣を描いた。
右手と左手。それぞれから空中に水の球が形成される。
「今、魔法を二つ行使しましたが、何か違いがわかりますか?」
特に指名せずとも、生徒の半数以上が手を上げる。
この学校は意欲があれば先生に目をかけられ、十分な実力があれば推薦が貰え、宮廷の魔法使いになれる。
つまり、就職に有利になる。
そういう制度もあり、生徒の意欲はとても高い。
ロルビスは手を上げた生徒の内の一人の女子生徒を指名した。
「右手の魔法陣からは何もないところから水が生み出され、左手の魔法陣からは周囲から水が寄せ集められて形成されました」
「その通り。魔法には周囲にあるもの利用して発生させるものと、魔力によって生み出す方法があります。この二つの違いは──」
ロルビスは虚空に描いていた魔法陣を消した。
途端、右手の水球は消滅し、左手の水球は形を保てず、床を濡らした。
「──この通り空気中の水を利用して作り出した水はそのまま残り、魔力によって生み出した水は消滅します。元々、存在しないものを魔力という対価を払って無から具現化して作る訳ですから、当然ですね」
そこでロルビスは教科書を閉じ、教卓の上に置く。
「次は魔法構成理論の応用からです。教科書の121Pをしっかりと読んでおいてください」
そして窓に足をかけ、飛び降りた。
空中に身を踊らせたロルビスは脚に魔力を込め、強化。空中で一回転し「スタンッ」と着地した。
着地した先は校庭。ここでは魔法のより実戦に近い授業が行われていた。
この授業もロルビスの担当だ。
「《トヌラユ、レアカガツワヒツァカ メオン》!」
詠唱と同時に、虚空に形成される水の刃。
それは真っ直ぐと飛んでいき、スパンッ、と丸太の的を切り裂いた。
「見事」
パチパチと拍手をする。
魔法に集中し、詠唱していた生徒達が詠唱を中断して一斉に振り返った。
発動の速さ、魔力の精密性、それら全て生徒の中ではトップクラス。
放ったのはブロンドを縦ロールにしている女生徒。確か魔法で成り上がった貴族の御令嬢だ。
一同が詠唱を中断したことで静寂が訪れると思ったが、一人だけロルビスが来ても魔法を行使する生徒がいた。
「《カマサハ オノチャゥフ》───うぉおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ! フレイムラァァァンスッッ!!!」
全員が静まっているのに一人だけ叫んでいれば、それは目立つというもので、ロルビスの方を向いていた生徒は皆そちらを向く。
「よぉぉぉしッ! 当たった!」
一方、叫んでいた生徒はそのことに気づかず喜悦する。だが魔法の制度は喜悦に十分に値するものだった。
随分と筋肉質な生徒だ。身長もロルビスより高く、制服に窮屈そうに収まっている筋肉には別の意味で「見事」と言いたくなる。
魔法使いより騎士を目指すべきだ。
「お? あ、先生! どうですかぁーーー!!」
ムキムキ生徒もようやくロルビスに気づき、振り返ってブンブンと手を振った。
身体はゴリゴリなのに動作は無邪気な子供のようだった。
「貴方は……えっと、名前は──」
「ゴーザ・アディ・ヘンベレーです!!」
「──そ、そうでした……どうも」
ハキハキと答えるゴーザに若干の戸惑いを覚えながらも、疑問に思った事を告げる。
「…………なぜ『フレイムランス』と叫んだんですか?」
「無論、カッコイイからです!」
ビシィッ、と筋肉を強調するポーズを決めるゴーザ。
ビシィッ、と破れて中の筋肉を見せる制服。
「はぁ……そうですか」
ロルビスはどう反応すべきか迷った末、そんなことしか言えなかった。
いや、今はそれよりも授業だ。
「どうして魔法には決まった技名が無いのか知っていますか?」
「そりゃ決まった詠唱がないからじゃないですか?」
「もちろんそれもそうです。魔法には決まった詠唱がなく、どんな詠唱をし、どんな魔法を発動するかは術者の語彙力と、それを組み合わせる才能によって左右されます。そして魔法使いに必要なのは語彙力以外にもその魔法をより鮮明に、正確に想像する想像力が必要です。想像が揺らげば、当然ながら魔法も揺らぎます。
言ってしまえば魔法は虚構であり、本来なら存在しないものです。本来なら存在しない、または起こらない現象を必要な対価を払い、詠唱のみで一つの真実を作り出す。それが魔法であり、そしてその虚構の形を保つために想像を定着──例えば先程のように槍の形をした炎を打つ時に『フレイムランス』と叫んだりすること。しかしここでさっきの決まった技名をつけない理由が出てきます。なんだと思いますか?」
そこでロルビスは キン肉マンに話を振る。
自分で全てを説明しない。生徒に自ら考えさせることも重要なのだ。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
長考は続く。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………わかりません!」
「素直でよろしい!」
わからないのなら、教えればいい。
「技名をつければ想像をしやすいという利点がありますが、同時に魔法の形を固定してしまうというデメリットもあります」
「固定?」
「ええ、魔法とは術者次第で様々な形をとる、無限の可能性を秘めています。こんなふうに──」
ロルビスは魔法陣を描く。
効果は風刃。よく使われている一般的な魔法だ。
しかし、その内容は大きく異なる。
『ビュッ!』という風切り音と共に射出された風刃が的へ真っ直ぐ飛んでいき、切り裂いた。
「うおっ! すげぇ!!」
それを見ていた生徒が驚愕から声を上げる。
丸太が切り裂かれ、『☆』の形へと変貌していたからだ。
「このように、様々な形にすることができます。魔法とはとっても自由で、奥が深いものなんです。わかりましたか?」
「わかりましたぁ!」
練習を再開する一同。理論を理解したならあとは練習なるのみ。
その後も特に問題なく授業は進行。
二つのクラスの授業を同時にやるのは初めてのことだったが、特に問題は起きなかった。
そして、チャイムが鳴った。
ロルビスが担当すべき授業は今日はもうない。クタクタなのでこのまま帰って寝たい。
「よし、帰って休も──」
「ここの授業、空きが出たからお願いね? ロル」
「──ノォオオオオオオオオオオン!?」
疲れ切ったロルビスには、姉のお願いが死刑宣告に聞こえた。




