5話 宴会
その日、ディグレ村は宴会が開かれた。
もちろんロルビスが喰奪熊を倒したからだ。
村の中心にある広場にはいくつもの椅子とテーブルが置かれ、その上には酒と料理が所狭しと並べられている。
ロルビスが喰奪熊を倒したことに村人達は大変喜んだ。
男達は自分の事のように誇り、盛大に酒を呷る。
人数の少ない村娘達は酒の追加や料理を運んだりとテーブルからテーブルへと忙しなく行き来している。
そして今、ロルビスを中心に囲んで本日14回目の乾杯が行われていた。
「それじゃあ、兄ちゃんの武勲に、カンパーイ!」
「「「カンパーーーイ!!!」」」
「か、かんぱ〜い……」
ちなみに、ロルビスは限界が近い。
「あの… そろそろ…」
「兄ちゃんホントにすげぇな! あのバケモン倒すたぁホントに大したもんだぜ! ホントにホントに!」
「アンタが回復魔法を使うところ見たけどよぉ、あん時の顔スゴかったなぁ、あんな真剣な顔もできるんだなぁ」
「ですから… 限界……」
「あの熊の頭蓋骨を飾るって村長が言ってたぜぇ! それから先ずっと語り継がれるかもなぁ!」
「まだまだ酒は残ってるぜぇ。飲もう、おい飲もう」
「いや…… 俺もう………」
ロルビスの弱々しい抗議など誰の耳にも入らない。
もう何杯目かわからない酒がロルビスのグラスに並々と注がれた。酒で満たされたグラスがいやに重く感じる。
最初に酒を勧められたときのした一杯だけという約束はもう誰も覚えていない。
二杯目を断ったときの気不味さから飲んでしまったが、今はそんな昔の自分を殴りたい。
「あんたらぁ、酒と肉の追加だよぉ!」
さらにケナールの場を盛り上げる言葉に、おおーーーっ! と歓声が上がる。ケナールは味方になってくれると信じていたロルビスには絶望しかない。
これ以上はさすがにマズい。
ロルビスは村人達の視線が酒と料理に集中しているうちにこっそり解毒魔法を使って酔いを覚ましておく。
「あれ? なんかさっきより顔色良くなってねぇか?」
「いえ、気のせいですよ」
目敏く狩人の男(ウォルケンという名前だった)に気づかれる。誤魔化すようにロルビスは他の話題を振る。
「ウォルケンさんは酔ってないんですか?」
「この村の奴らは小さい頃から酒を造らされてるからなぁ。当然、飲みもするから慣れるんだよ。例外は…」
ウォルケンはそこで言葉を区切り、横に目をやる。
ロルビスもその視線の先を追うと、
「ロルビスくぅん、にゅふふふふ……」
顔を赤くして見るからに酔っ払ったカリーナがいた。
カリーナはロルビスの隣に座るとにだらん、としなだれかかってきて大胆にも手を絡めるように握ってくる。
「あの、カリーナさん酔ってます?」
「酔ってにゃい〜、酔ってにゃいよぉ」
「いや、明らかに酔ってますよ…」
「酔ってにゃいったら酔ってにゃいのぉ〜」
カリーナはふふふぅ、と笑うとロルビスの首にするりと両手を回してきて抱き締めるような形になった。
「あ、あの、カリーナさん?」
「ロルビスくぅん、私心配だったんだよぉ? 君が大っきい魔物倒しに行くって言った時ぃ。もう帰ってこないんじゃないかってぇ」
「あー、心配をおかけしました…」
「でもぉ」
ぎゅっ、とカリーナの両手に力がこもる。
「ロルビスくんが魔物倒して帰ってきた時ぃ、カッコ良かったなぁ。あんな魔物を相手にしてきてホントに怪我はないのぉ?」
今度はロルビスの体をペタペタと触ってくる。その光景を酒を飲んでいる男達がニヤニヤしながら眺めていた。
心配されているはずなのに何故か別の意図を感じる。
「え、ええ。この通り元気ですよ」
「嘘ぉ。ほっぺたの所に傷があったじゃなぁい」
「これくらい問題ありませんよ。こんなもの傷の内にも入りません」
「はへぇ、ロルビスくん元気元気ぃ」
そこまで言うとカリーナはコテンと倒れてしまった。
「ああ、そろそろ限界かね」
娘の限界を見兼ねてケナールがやってくる。
「悪いけど運んどいてくれないかね。アタシはアッチの方をどうにかしなきゃならないんだよ」
そう言ってケナールは親指で後ろを指す。そこには何人かの酔っ払って道端に眠ってしまった村人達が死屍累々と転がっている。
「ええ、わかりました。カリーナさんは俺が運んでおきます」
ロルビスはカリーナの背中と膝裏に手を回す。いわゆるお姫様抱っこだ。
宿屋の階段を上がり、一番奥にある横文字で『カリーナ』と書かれたドアを体で押し開ける。
部屋の中に入り、気持ち良さそうに寝息を立てるカリーナをそっとベッドに寝かした。
「おやすみなさい、カリーナさん」
さて、と戻ろうとしたその時。ガチャリ、と鍵を閉める音がした。
「え?」
イヤな予感がしてロルビスは急いでドアに駆け寄りドアノブを握る、がドアノブはガチャガチャと音を立てるだけでオルビスを通そうとしない。
「すいません! 誰か、誰か来てください!」
ロルビスはドアをダンダン叩く。
「そんなに強く叩いたらドアが壊れるぞ、ロルビス」
「その声は… ウォルケンさん?」
ドアの向こうからウォルケンの声がした。ロルビスは安堵の息を吐く。
「よかった。ウォルケンさん、ドアが開かないんでそっちから開けてください」
「あ! そうそう、そのことで来たんだ」
急にウォルケンの声が白々しくなった。
「実はよぉ、このドア壊れててな。うまく開かないんだよ」
「へ? いや、ちょっと待ってください。どういうことですか」
「どうもこうもそのままの意味だよ。今、修理するから待っててくれ。朝までかかるかもしれないけど」
「朝まで!?」
「おう、だからカリーナちゃんとゆぅ〜っくり待っててくれ」
何故かゆっくりの部分が変な響きを持っていた。
「こ、こうなったら窓から」
「ああ、あと窓から出てたり扉を破ったりしたら制裁されるぞ」
「なんでですか!」
「ケナールさんそういう事にうるさいから」
打つ手なし。ロルビスはここで一晩過ごさなければならないようだ。
「ロルビスくん? どうしてここに居るの?」
そこでカリーナが目を覚ました。
「あ、カリーナさん… これには事情が…」
「あ〜、もしかして夜這い? ふ〜ん、ロルビスくんも男の子なんだねぇ」
「違います! カリーナさんを運んだらドアが開かなくなったんです!」
「不思議な事もあるんだねぇ。ま、そこは冷えるからここに来なよ」
そう言ってとカリーナは自分の隣をポンポン叩く。
「いや、そこは色々とマズいでしょう」
「ふふっ、何がマズいの?」
「あー、そ、それは…」
「何も出てこないならいいんじゃない? ほら、ここ空いてるよ?」
ロルビスは諦めたような表情になった。
それを見ていよいよ断れない所まで追い詰めたと言いたげな顔をするカリーナの目の前にロルビスは素早く魔法陣を描いた。
「ふぇ?」
魔法の効果は、催眠。
魔法陣が淡い光を放ち、カリーナの頭を包み込む。途端、カリーナはこっくり眠ってしまった。
その後、ロルビスはドアを破る訳にもいかず、明日になったらウォルケンに何か仕返しでもしてやろうと心に誓い、眠ることにした。もちろん、床で。
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