44話 新魔法
「───さて、と」
ユウトは服の袖を捲る。
ここは屋敷にある厨房。それも超一流のシェフが使うような設備が整えられており、もちろんユウトが求めているアレも用意されていた。
目の前には身長を超える白い箱──冷蔵庫だ。
ぱかり、と開けると冷気が吐き出されてユウトの肌を心地よく撫でた。
見た目は完全のユウトの知っている『冷蔵庫』だが、どうも魔道具らしく、扉の内側に無数の魔導術式が重ねるように刻まれている。
ユウトはその中から卵を数個取り出した。
次に、厨房で見つけたボウルに手を当てて固定。右手に持った卵を軽く叩きつける。
パキッと小気味よい音がなった。
ユウトは割れ目を中心に両手で卵を持つと、左右に引き離して中身をボウルの中に落とした。
無色透明の液体とキレイに形を保った黄身がボウルの中で揺れる。
「………………………………うん」
ユウトはその様子はしばし眺めていた。
特に腐っている訳ではない。あの冷蔵庫の魔道具にはちゃんと長期保存の効果が備わっていたらしい。
次は茶碗だ。
それを左手に。そして右手には、杓文字を。
ユウトは冷蔵庫の横に置いてあった丸みのある箱のスイッチを杓文字を持った右手の人差し指を立て、そこで押した。
『パカッ』という音とともに蓋が開く。中から湯気がモワモワと上がり、真っ白な雪原のような米が姿を表した。
いつから炊いてあったのかはわからないが、まるで炊きたてのようだった。
「おおおぉぉぉぉ………」
歓喜と感動。興奮と亢奮。
それらを統合した純粋な『喜び』という感情がユウトの内側を駆け巡る。
杓文字で白い米を軽くかき混ぜてから、取り出して茶碗に盛り付ける。
程よく盛れたところでユウトはボウルに入れた卵を白米の上に落とした。黄身が米という名の壇上にてプルプルと揺れる。震える。
ユウトは再び冷蔵庫の前へ。扉を開け、中から取り出したのは黒い液体──すなわち、『醤油』だ。
その醤油を、ゆっくりと、丁寧に、卵と米にかけてゆく。
丁度いい量の醤油をかけ終わると、ユウトは箸を握る。
全て揃った。さあ、始めよう。
「うぉぉおおおおおおおおおおぉぉっ!」
混ぜる。混ぜる。混ぜる。
醤油の黒と、卵の黄と、米の白。それらが全て、箸によって渦と化してゆく。
卵かけご飯には正しい食べ方があると言うが、ユウトはそんなこと気にしない。というか面倒くさい。
混ぜて、混ぜて、混ぜて、黄と黒と白の見分けがつかなくなってからユウトは手を止めた。
「………………………………ゴクッ」
無意識のうちに唾を飲んでいた。
久しぶりの米。といっても、ほんの数日だが。
だがその数日が、もの凄く長く感じた。あまりにも濃すぎる日々を過ごしたからだ。
異世界、勇者、魔王、魔法、魔物、そして死。
楽しいと思えることもあった。辛いと思うこともあった。
しかし、目の前にはそれらを薄くしてしまうほどの存在が……………。
「──っと、いかんいかん。落ち着いて、座って食べよう」
特にする必要もないが、雑念を振り払う。
ユウトは椅子を引っ張って来て手頃な位置に置くとその上に尻を降ろした。そしてテーブルには茶碗を置く。
先ずは、合掌。
「いただきます」
食物への感謝を込めて。
それが終わるとユウトは箸を右手にしっかりと持ち、黄色い米を持ち上げた。
口に運ぶ。口に入る。
咀嚼。
「……………………………………………………………………美味ぇ」
出てきたのは、その一言。
ユウトは一心不乱に卵かけご飯をかき込んだ。ただひたすらに。
と、その時。
「あ、ユウトさん」
「む? ユウト殿」
ユーミラとヘルヴィアが入ってきた。二人はいつものような鎧を身に着けていない。
こうしてラフな格好の美人二人組が揃うとなんか、エロい……。
「何食べてるんですか?」
ヘルヴィアがユウトの手元を見る。
「卵かけご飯でっす」
「タマゴカケゴハン?」
そもそも米を食べたことがない、とヘルヴィアは言った。
聞いた話によると米はここより主に東の方で収穫されているそうで、米がここら辺の国で出回ることはまず無いらしい。
つまり、この機動要塞の製作者ショウヘイ=サキヒラはわざわざそっちの方まで行って仕入れたのかもしれない。
おっさんに感謝。
それはともかく。
米はまだある。卵も醤油も。せっかくだし二人にも食べてもらおう という流れになった。
それぞれ米が盛られた茶碗を用意し、卵と醤油を渡す。
作り方、と言っても卵と醤油をかけて混ぜるだけなのでそのまま説明。詳細な説明は必要ない。
二人はしばらく米を珍しそうに眺めたあと、卵を割った。
パキャッ パキャッ
「…………………」
ヘルヴィアの茶碗には、キレイに割られた卵の中身がするりと落ちていった。
ユーミラの茶碗には、上手く割れずに卵の殻の破片が。中身は虚しく茶碗の横へ。
「………ユーミラ、私がやりますよ」
「頼む」
新しい卵をユウトから受け取り、ヘルヴィアはユーミラの米に卵を落とした。
その間にユウトはテーブルの上に落ちた卵を片付ける。
二人は箸を手に持つとそれぞれの茶碗の米に醤油をかけ、かき混ぜ始めた。
「「…………………」」
しばらく無言の時間が続く。
ほどよく混ざり合ったところでヘルヴィアとユーミラは卵かけご飯を口に運んだ。
「……………………………………どう?」
「悪くないな」
「ええ、美味しいです!」
割と好評だった。
「おかわりいります?」
「貰おう」
「私もくださいっ」
いつの間にかユーミラとヘルヴィアの茶碗は空になっていた。
二人は空の茶碗をユウトに渡す。
ユウトは再び杓文字を持つと魔導炊飯器に手を伸ばし、
──にゅっ、と壁から手が出てきた。
「ぬぉおおおおぉぉぉっ!?」
驚いてズッコケたユウトは、当然手に持っていた茶碗と杓文字を落とす。
カランッと戛然とした音が鳴った。
「な、なにっ!? ナニコレ!?」
そこで異変に気づいたユーミラとヘルヴィアが来た。
「ふぇ!?」
「なんだこれは……っ!」
そしてユウトと同様に驚いた。
壁から飛び出した手は、ぎゅっ、と虚空を掴んだ。
その後もしばらく周辺を手探りで何もない事を確認すると引っ込んだ。
数秒後、壁からロルビスが出てきた。
「え? え? え?」
未だ状況が飲み込めないユウトは混乱しまくり。
「………へぇ、これがユウトの言っていた『卵かけご飯』ですか?」
一方、ロルビスは呑気にそんな事を訊いてきた。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「あれ? どうかしました」
コテン、と首を傾げる。そんなロルビスな対しユウト達は口を揃えて言った。
「「「説明を求む!!!」」」
□ □ □ □ □
ロルビスを先頭にユウト、ユーミラ、ヘルヴィアは外に出た。
そう、機動要塞の『外』だ。下を見ればつい此間に買い物をしたばかりの露店街が見える。ここはヤドカリ型機動要塞の最上階。未だ誰もたどり着いた事のない領域だ。
ユウト達が立っているのは、まるで闘技場のような場所だ。
幽〇白書で言うなれば暗黒武術会編で出てきたあの場所の周囲の観客席を無くしたバージョン。
「で、ここでさっきのが何か教えてくれるんだよな?」
「ええ、もちろん」
そう答えるロルビスの手にはメモ用紙の束があった。そこには何やら複雑な魔法陣が描いてある。
ロルビスはもの凄い上機嫌に話し始めた。
「まず、最初に俺が使ったあの魔法は『透過魔法』です」
「とうか?」
意味がよくわからず、ユウトは訊き返した。
「あの魔法は『トンネル効果』というものを利用して物質をすり抜ける魔法です」
「トンネル効果ぁ?」
聞き慣れない単語が出てきてユウトは困惑する。ユーミラとヘルヴィアも同様だ。
ロルビスはチラリとメモ用紙を見るとそこに書いてある字を読み上げる。
「トンネル効果というのは本来ならエネルギー的に超えることが出来ない領域を稀に粒子が通り抜けてしまう現象のことです。それを魔法を使って領域とエネルギーに干渉──意図的にトンネル効果を引き起こして肉体を構成する全ての粒子を通り抜けさせるんです。まぁ、俺も資料を読んだだけで詳しくはわからないんですが……… ユウトはわかりますか?」
「わかる訳ねぇよ」
即答した。逆にそんなことを知ってる人に会ったことがない。
「で、見つけた魔法ってそれだけ?」
「フッフッフッ。もちろん他にもありますよ!」
ウキウキ。
ワクワク。
魔法を試行することがそんなに楽しいのか、ロルビスはめちゃくちゃ顔がニヤけていた。
「せっかくなのでユウト、ここに立ってください」
「ここ?」
言われてユウトはロルビスが指差した足場の端に立つ。
「なあロルビス、ここで何すりゃ──」
「えい」
「───え?」
背中を力強く押された。
スポーン、とユウトは空中に身を踊らせる。
「ロルビスてんめぇぇぇぇえええええぇぇええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
翼も、飛行する術も持たないユウトは地面へと真っ逆さま──と、思ったのだが。
「あれ?」
浮いていた。空中に、フワフワと。
ユウトは上下逆さまになったまま虚空に魔法陣を描いているロルビスに訊ねる。
「こ、これ、なに?」
ロルビスは得意げに答えた。
「重力操作の魔法です。そして──」
パッ、とロルビスが虚空に描いていた魔法陣が切り替わった。
一瞬だけユウトは下に移動するが、すぐさま停止した。
「──少々わかりにくいですが、これが運動量操作の魔法です」
先程の重力操作魔法はフワフワと『浮遊』している感じだった。だがこの運動量操作魔法は完全に『停止』していた。
手足は動かせるが、身体を動かすことが出来ない。
「これってオレの運動量をゼロにしてるの?」
「ええ、ユウトの運動量を完全に0にしてます。これでユウトはどこから衝撃を受けても動くことはできません」
そこまで説明したところでロルビスは後ろを向く。
「ユーミラさん と ヘルヴィアさんもやってみます?」
「遠慮する」
「遠慮します」
「……………そうですか」
即答されてロルビスは少し寂しそうだった。
「あー、ロルビス、魔法の実験ならオレがいくらでも付き合うから……」
「ホントですか!?」
なんとなく可哀想だったのでフォローすると、途端にロルビスの顔が明るくなる。ユウトはその笑顔に恐怖を感じた。
「も、もちろんっ……!」
だが、今更取り消すのは憚かれたので、ユウトは虚勢を張った。
十分後。
「いぃぃやぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーッ!?」
重力操作と運動量操作の魔法を駆使して空中を飛行するロルビスと引っ張られて一緒に飛びながら絶叫するユウトの姿があった。
ロルビスが満足するのはそのさらに三十分後のことで、その頃にはユウトの意識はなかったという。




