40話 緑体
次の日突然、ユウトが立ち直った。
何故かはわからない。ただ、彼は事あるごとに「卵かけご飯……」と呟くのだ。
たぶん、自分の中で折り合いをつけたのだろう。たぶん。
ロルビス達のパーティは、既読字数反映世界にいた者達とは別れた。
久しぶりの外。皆、残してきた家族や友人に会いに行くそうだ。約数名は特に会いに行く家族や友人などがいない者は久しぶりのに外の料理に舌鼓を打つつもりらしい。
ユウトもなんとしてでもこの機動要塞の最深部へたどり着き、卵かけご飯を食べたい。
そのため、ユウトは今は探索の魔法を使っている。
もちろん、次の階層へ行くための転送装置を探すためだ。
「よし、見っけ」
この魔法にも慣れてきたもので、ユウトはすぐに転送装置を発見した。
だが、まだ完全には慣れていない。ロルビスは身体の一部のように魔力を淀みなく操れるが、ユウトは未だ自由自在とはいかない。
「転送装置までの距離はどれくらいですか?」
「そこまで遠くないかな。すぐそこ」
ユウトが指差したその先──そこには平らな荒野しかなかった。
「……………………どこにあるんですか?」
「地中」
「地中ですか……」
地中と言えど、問題はない。魔法を使えばいいのだ。
しかし、かなり深い。ロルビスの魔法適性だとこの深さを掘るにはかなり時間がかかるだろう。
だとしたら、この場で大量の土を退かせられるのはユウトしかいない。
「オレがやるよ。離れてて」
「気をつけてくださいよ。うっかり地震とか起こさないでくださいよ」
「さすがにそこまでは………………………………しねぇよ」
断言はできなかった。やはり不安が残る。
ロルビス達はユウトから距離を取った。百メートルくらい。
悲しい。もう少し信用してくれてもいいのではなかろうか。
「ハァ……」
そんなこと言っても仕方ない。ユウトは聖剣を正眼に構え、魔力を込める。
荒れ狂う力の奔流が集束していく。
ただ一点へ、今ユウトが出来るだけの魔力を込める。
集束の収束。
限界に達した時、聖剣は輝きを放っていた。
眩い光。それは百メートル離れた地点にいるロルビス達にも見えた。
「…………綺麗」
ヘルヴィアが呟く。
神より授けられし聖剣。その力は、疑いようがない。
「《ヴリクセ》」
呪文を唱える。すると、土の津波が起こった。
膨大な量の土が、砂が、岩が、次々と掘り起こされる。
隆起。
ユウトの周囲に、砂の山が創られる。しかもそれはまだまだ大きくなる。
隆起。隆起。隆起。隆起。隆起。隆起。隆起。
どんどん大きくなっていく砂の山。それに比例して、地面に空いた穴はさらに深くなっていく。
しばらくそれが続き、約十五メートルに到達しようとした時、黒い何かが顔を出した。
「ん、あれ?」
何かが違った。今までの転送装置は普通の石みたいな感じだった。
だがこれは違う。真っ黒だ。異様な雰囲気を醸し出すそれは来る者を拒むような、不気味なものだった。
「ロルビス、アレって大丈夫?」
「俺に聞かれても……」
普通の転送装置の仕組みもわからないのに、あの黒い転送装置が理解できるとは思えない。
「ま、乗ればわかるか」
「ええ………」
かなり楽観的な考え。しかし、それでも大丈夫だと思えるほどの戦力が揃ってしまっている。
ユウトは軽くピョンと転送装置に乗った。ロルビス達もそれに続く。
この転送装置が、かつての勇者ショウヘイ=サキヒラの「こういうのもいいなぁ」という気まぐれから造った、ラスボスのいる階層へひとっ飛びする転送装置だとも知らずに。
□ □ □ □ □
光に包まれる視界。
この感覚にも慣れたものでユウトは目を細める意外、特に何も反応しなかった。
そして目を開ければ、また新たな階層。まだ見たことない魔物や植物、動物が──いなかった。
正方形のだだっ広い部屋。ユウト達はそこに転移していた。
そして、ただ一匹そこに何かいた。
否、一体?
否、一人?
数え方などわからない。
いや、この際数え方などどうでもいい。
そいつがロルビス、ユウト、ユーミラ、ヘルヴィアに明確な敵意を向けている。
その時点で、自分らに敵をなす存在であることは明白。話し合いができるとは思えない。
姿形は人型。だが三メートルはある巨体に、全身が緑色。その上、筋肉質。顔のパーツは無く、のっぺりとしている。そもそも口がないのにどう話せようか。
おそらく、こいつは魔法人形。
これでもし新種の魔物とか言われても絶対に信じない。
「………………ラスボス感ハンパないんだけど」
ユウトは反省した。次から転送装置にはすぐに乗らないと決意した。
「─────」
緑体の魔法人形が、動く。
「あ、やべ」とユウトが思った時には既に緑色が目の前にあった。
右腕がうねる。風を切り、高速の一撃を放った。
緑光一閃。
目の端で辛うじて捉えるのがやっとだった。
ユウトに出来たのはそれだけ。回避行動に移る間もなく『死』が迫った。
「──ユウト!」
グイッ、とロルビスに腕を掴まれ引っ張られる。おかげでユウトは死を回避した。
ユウトを小脇に抱えるとロルビスは跳躍。緑体の怪物から距離を取った。
ロルビスはユウトを抱えたまま左側に跳躍して回避。ユーミラとヘルヴィアは右側、ロルビスと同様に跳躍で回避していた。
「あ、ありがと……ロルビス」
こりゃ乙女だったら惚れるな、とユウトは思いつつロルビスに礼を言った。
「ユウト、礼を言う暇があるなら備えて下さい」
「はいすいません………」
ロルビスの腕から降りる──その瞬間、横っ腹に蹴りが入った。
「おぼぇあ!?」
それは蹴りというより、空気の塊が猛烈な勢いでぶつかってきたような衝撃だった。
(ロルビス テメェ、魔力放出使いやがったな………!)
地面をゴロゴロと転がりながら心中で思う。乙女なユウトは消え去った。
睨んでやろうと顔を上げる。しかしそこにロルビスはいなかった。
「───は?」
代わりに、緑体の怪物がいた。腕を振り抜いた体勢で。
腕を振り抜いた体勢ということは、腕を振り、何かを殴ったということ。
腕の軌道上にいたのは、ユウトだ。そのユウトを蹴り飛ばしたのはロルビスだ。
「…………………………………………………ロルビス?」
視線を巡らす。ロルビスはすぐに見つかった。
ユウトから見て右側の、そのさらに奥に倒れていた。
出血している。仰向けに倒れたロルビスは動かない。
「あ、ろ、ロルビス!」
脳裏にあの光景が蘇る。
死体。そう、死体だ。心臓を貫かれ絶命した、あの死体が。
「…………………っ!」
立ち上がり、駆け寄ろうとする。しかし目の前に立ち塞がるのは緑体の怪物だ。
「邪魔だァッ!」
腰から聖剣を引き抜くと同時、走る閃光。
生み出された雷光が刃となり、緑体の怪物を両断した。
グシャリと地に落ちる緑色の残骸。それを踏み越えるとユウトはロルビスに駆け寄った。
「ロルビス!」
「……なんですか」
「あ、生きてた」
「勝手に殺さないで下さい」
ムクリとロルビスは起き上がった。
見たところ目立った外傷はなかった。脇にアヴウェノシアが落ちている。おそらくユウトを飛ばした時には既に防御姿勢に入っていたのだろう。
「無事か、ロル殿」
ユーミラとヘルヴィアも来る。
「ヘルヴィアさん。あの魔法人形は?」
ロルビスがヘルヴィアに問いかける。ヘルヴィアの過剰感知体質に期待してのことだ。
「……まだ、です」
ヘルヴィアの返答を肯定するかのように、緑体の怪物は起き上がった。両断された身体がぐねぐねと蠕き、変形する。
ものの数秒で緑色の身体は元通りになった。最初の遭遇時と変わらない、傷一つない姿だ。
「ハハッ、こりゃすごい」
思わず、といった感じでロルビスが言葉を漏らした。
「おいおい……真っ二つにしたんだぞ?」
ユウトも驚いている。あと何発、先程のやつと同じものを放たねばならないのだ?
「ふむふむ、なるほど」
「ロルビスは何に納得してんだよ……」
隣でフムフムしているロルビスに睨む。フムフムしてる場合じゃねえんだよ。
「ふむ、まず素材から厳選したようですね。『固体→液体』ではなく『液体→固体』の術式を刻み、そこに『変形』の術式を組み込むことで変幻自在の身体を作り上げた訳ですか。液体を常時固体化するとなれば、かなり魔力を消耗するはずですが、魔力が超高伝達率の粘液生物の死骸を使えば問題ないのでしょう。しかも先程の勇者の攻撃を喰らっても倒せなかったということは『核』がかなり小さいようですね。おそらく核を魔力貯蔵庫の役割を果たさせると同時に核そのものにも術式を刻印して──」
「いや長い! 二十文字いないにまとめろ!」
「魔剣と似たような性質という事です」
カツン、と指先の爪で魔剣アヴウェノシアを軽く突いた。
「ただしあちらは物質の硬度も変えられる上、変形できる質量がこちらよりも圧倒的に多いです」
二十文字を超えた。とはいえたった二十文字というのも無理があるか。
要は結論さえ出ればいいのだ。
「つまり、アレはヤバいと」
だが、そんなこと言われるまでもない。あのゴーレムがヤバいことぐらいユウトでもわかる。
だからこそ、ここで仕留めなければならない。
「とにかく、あいつを倒すには───」
再開の合図はなかった。
唐突に、俊敏に、緑体の怪物は動いた。
ロルビスとユウト、ユーミラとヘルヴィア。四人を分断するのが目的なのか、猛烈に、苛烈に、鞭のように変形した腕が四人に向かって高速に迫った。
ロルビスとヘルヴィアとユーミラは反応できたが、ユウトは少し遅れた。それをユーミラが前に出ることでカバーする。
───ギンッ!
ユーミラは愛用の大剣を背中から取り、叩きつけた。
鳴ったのは金属と金属のぶつかり合いの音。
つまり、金属と同じくらい硬かったということだ。
あの変形した腕はスライムのように柔らかく、自在に変形できるというのにユーミラが弾いた部分は硬かった。
「……厄介だな」
ポツリと呟いたユーミラの言葉。それがこの場にいる全員の気持ちを代弁していた。
「ヘルヴィアさん」
「ええ、わかっています」
ロルビスの呼びかけに、ヘルヴィアが答える。魔法人形の倒し方は単純かつ明快。
それは、『核』を潰すことだ。
もはや常識とも言えるこの方法。唯一の弊害としては核の位置がわからないことだが、それはヘルヴィアがいるので何も問題はない。
「距離は?」
今度はユーミラが問う。
「最低でも、五メートル」
「わかった。援護する」
最低限の会話。でもその最低限でも十分に理解できた。
ヘルヴィアをあの緑体の怪物の五メートル以内に接近させること。それがこの戦いの勝利条件。
「──行くぞ、人形」
ユーミラが駆ける。そして、大剣を投擲した。
あの魔法人形が人間なら──否、生物なら不意を突かれただろう。
だが相手は意志無き人形。己の身体の刻まれた術式に忠実に従うだけだ。
緑色の腕を振る。冷静に飛んできた大剣を弾いた。
ユーミラは特に何か特別な事をせず、緑体の怪物の前にたどり着く。そしてそのまま殴りつけた。
そう、ユーミラの行動に特に意味はなかったのだ。ただ大剣が邪魔だから投げただけ。
特に意味はない!
ユーミラに四字熟語を付けるなら『猪突猛進』だ、とユウトはこの短期間で確信している。
殴りつけられた緑体の怪物は宙を舞う。
身体を硬質化したにも拘わらず、強制的に変形させられたことで緑体の怪物の中でのユーミラに対する脅威度が跳ね上がった。
空中で身体を一回転。体勢を立て直すと緑体の怪物は右側から来た次なる脅威に対処する。
群青色のコートをなびかせて接近を試みるのは、ロルビス。右手に持ったアヴウェノシアを緑体の怪物へ向け、閃かせる。
刀身が変形した。計七本、それぞれが独立した触手ように不規則な動きで緑体の怪物に迫る。
対抗して緑体の怪物も己の身体を変形させる。左腕を変形、さらにその下。人で言う『脇腹』に当たる部分から幾本もの腕が生える。
千変万化と変幻自在の衝突。
ロルビスの千変万化の魔剣が、緑色の触手を切り裂く。
変幻自在は身体を硬質化できるが、変形と硬質化は同時に出来ない。
ロルビスの読み通り、あの緑体の怪物が硬質化しているのは触手の先端付近。それより下は柔らかいままだ。
アヴウェノシアを操り、ロルビスは次々と緑色の触手を切り落としていく。切り落とされた触手は地面にグチャッと落ちて動かなくなる。
しかし、物量は相手の方が上。変形速度が劣るとわかった途端、数でモノを言わせてきた。
「これは無理ですね………… ユウト!」
叫ぶ。
ロルビスは足裏から魔力放出。一切の予備動作も無く急速に後退した。
その瞬間、視界が紅蓮に染まる。ユウトの放った炎の魔法だ。
だが──
「炎の魔法もあまり効果なし、と」
立ち昇る焔。その中からのっそりと緑体の怪物が出てきた。そして「この程度か?」と言わんばかりに身体を揺らす。
傷一つない。いや、傷がついてもすぐさま修復されたのだろう。そのせいでまるでダメージが入ってないように思える。
「全然効いてない……」
ユウトもショックを受けている。渾身とは言えないがかなりの魔力を込めて放った魔法の効果がないのがよほどショックらしい。
「ま、本命はこっちじゃないしいいか」
ユウトが漏らした一言。
それと同時に、緑体の怪物の背後で燻っていた残り火の中から、ヘルヴィアが飛び出した。煙が尾を引く。
ユウトはロルビスとユーミラが緑体の怪物の気をそらしている内にヘルヴィアと話し合った。心の中で。
精神感応。
これはユウトが咄嗟に創造した魔法だ。
しかし「これは便利だ」と思った矢先、この精神感応はユウトからの一方通行だということが判明した。
ヘルヴィアが返答できなかったからだ。
なのでユウトは自分ができる限り、最大限の作戦を考えた。それがあの『幻影』の魔法だった。
燃え盛る炎の一部を幻影で偽装し、炎と熱を遮断した。その結果出来上がるのは火炎の一本道。
ヘルヴィアは事前にその道筋がユウトから伝わっているので迷う必要はない。
緑体の怪物はおそらく魔力を視ているので、幻影魔法に込められた魔力でヘルヴィアが身体に秘めている魔力も悟られない。
ユウトが考えた魔法は、見事にヘルヴィアを緑体の怪物の元へと道を繋いだ。
五メートル、到達。
ヘルヴィアは語りかける。己の内、すなわち自分自身の体質に。
感じ取れ。あの魔法人形から発せられる魔力を。
探り取れ。あの緑体の怪物の中にある『核』を。
魔力を、見る。観る。探る。感じる。そして──
「!?」
一瞬、絶句した。
「な、これじゃ──」
「ヘルヴィアッ!!」
ユーミラの警告。それに気づいた時にはもう遅い。
迫る緑。ヘルヴィアは剣で防ぐ。
「───かはっ!?」
強烈な一撃がヘルヴィアを見舞う。
防御した剣はへし折れ、緑色の鞭が腹に打ち込まれる。足が地面から離れた。もの凄い勢いで宙を舞うヘルヴィア。
勢いそのままに壁にぶつかる寸前、ユーミラが受け止めた。
「無事か!? ヘルヴィア!」
「うぅ……… はい、なんとか……」
咄嗟に剣で防いだのが功を成したようだ。ヘルヴィアは無事だった。
「ヘルヴィア、核の位置は特定できたのか?」
「…………………ええ、できました。ただ─」
緑体の怪物を睨みながらヘルヴィアは言う。
「──核は、身体中を動き回っています」
「具体的に、どれくらいの速さだ?」
「今は右肩あたりにありましたが、まばたきした頃には左足首に移動しています」
つまり、目に止まらぬスピードということだ。
そこで緑体の怪物が腕を伸ばして攻撃してきたのでユーミラはヘルヴィアを抱えたまま後退。ロルビスとユウトの元へ行く。
ユーミラ、ヘルヴィア、ロルビス、ユウトが一箇所に固まった。
「よっ」
そこで、ユウトは体制を立て直すために周囲に結界を張った。追撃のために伸ばされた緑の腕が当たって「ガンッ」と弾かれる。
ロルビスは警戒を少しだけ緩めると一同を見て言う。
「ヘルヴィアさん。その反応を見るに、想定外のことがあったようですね?」
「はい、核は特定の位置にありません。常に移動しています」
「素材が流動体の時点でその可能性も考慮しておくべきでした。すみません」
素直にロルビスは頭を下げた。
「過ぎたことです。構いません。それよりもアレを倒す方法は………」
「ひとつしかありませんね………」
「え、なに?」
全員がユウトを見ていた。
「ユウト、俺たちが気を引きます。その間に魔法を準備して下さい。できる限り最大火力の」
「え、あ、お、おう、オレに任せとけ」
少し頼りない返事だが、ロルビスはユウトを信じている。ユーミラもヘルヴィアも。
その信頼を背負ったユウトは、より一層気を引き締める。
「正面は私が行きます」
剣が折れているのに、やけに自信ありげなヘルヴィアが名乗り出る。
「いいんですか?」
「私はユーミラのような馬鹿力はありませんし、ユウトさんのような魔法適性もありませんが、時間稼ぎは得意なんですよ?」
「なにしろ『天眼のヘルヴィア』だからな」
「そ、その異名はやめてくださいっ!」
ユーミラが茶々を入れ、ヘルヴィアが顔を真っ赤にした。
カッコイイのに、とユウトは思った。下手に小っ恥ずかしい二つ名よりはまだいいと思う。
「0で結界解くぞ! 3 2 1──」
「───0!」
魔法を解く。周囲に展開されていた半透明の膜は、ガラスが割れるようにして消えた。
瞬間、走り出す三人。
正面は先程宣言した通りヘルヴィア。右にロルビス。左にユーミラ。
緑体の怪物は狙いやすいヘルヴィアから仕留めるつもりだ。右腕を変形させ、三叉の槍のような形にすると正面に向かって突き出した。
が、それを横からロルビスが阻む。
再び交錯する、千変万化と変幻自在。
やはり軍配が上がるのは変幻自在。どんなに速くとも、物量で劣る相手には敵わない。
しかし、今回は少し違った。素早く、鋭く、魔剣が縦横無尽に動き回る。
分離した刀身が緑の触手を突き止めたと思ったらすぐさま引き抜かれ、別の触手へと移っている。
そもそも真っ向勝負する気がない。
戦う気のない戦いに焦れた訳ではないだろう。敵は魔法人形だ。感情などない。
ただ、なかなか倒しきれない相手よりも、目の前にいる者を倒した方が効率がいいと判断したのだろう。
攻撃対象をヘルヴィアに切り替えた。
「ふぅーーーーー」
ヘルヴィアは深く吸った息を、長く吐き出す。
限界まで集中する。これからやることは、死ぬ確率がかなり高い行為だ。ロルビスとユーミラの援護があるとはいえ、少しでも緩めば自分は死ぬ。
深く、深く、自分の中に沈む。極限まで集中。
体内の魔力を眼に込める。より濃く、より強く。
魔力によって限界まで強化された眼で見る世界は、時間が止まっているかのようだった。
刃折れの剣を腰の鞘から抜く。
攻撃は正面から来ている。ヘルヴィアはそれを、ゆっくりと去なした。
眼を強化して動きはゆっくりに見れるが、自分の身体が速くなったわけではないので、身体のスピードの合わせる。
必要以上は動かない。最低限の動きで躱す。去なす。
去なした触腕が転回して背後から襲ってくるが、過剰感知体質のおかげで視認せずとも位置を特定できる。
ロルビスとユーミラが左右から撹乱する。緑体の怪物がヘルヴィアから少し気を逸らした隙にヘルヴィアはチラリとユウトを見た。
「《カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ カマサハ──」
まだ魔法の完成には至っていない。あと少しかかりそうだ。
ヘルヴィアは緑体の怪物の視線を戻す。
緑体の怪物はユーミラにぶっ飛ばされているところだった。だがダメージはない。身体を軟化させ、ボヨンと衝撃を吸収する。
「チィッ」
手ごたえの無さにユーミラは舌打ちする。
緑体の怪物は身体をボールのように丸く変形させるとそのまま壁で跳ね返り、舞い戻ってきた。
怪物は今度は腕を鋭く伸ばし、剣のような形で硬質化して固定した。
ユーミラの大剣と同じくらいの大きさがある。しかも、それが両手。ヘルヴィアが受け流すのは難しそうだ。
「ユウト! あとどれくらいですか!?」
ロルビスが叫ぶ。
ユウトはすぐには答えず、詠唱の息継ぎをしてから返答した。
「あと、五秒!」
短いようで、長い。
あの緑体の怪物は五秒もあればヘルヴィアを三回は殺せる。今はまだ死んでないのは、自分が時間稼ぎに全力を注いでるからだ。
ヘルヴィアの両目から、ツゥー、と血が垂れた。
(まだ、です。まだ終わるわけには……!)
頭痛がヘルヴィアの集中を乱す。
両手の緑大剣を振り上げた緑体の怪物がヘルヴィアに急接近した。
ヘルヴィアはなんとかそれを回避する。
「───ッッ!」
大剣になった腕の攻撃を躱すたびに、剣を振るうたびに、眼球を動かすたびに、呼吸が荒くなる。
このままだと、まずい。
「──カマサハ カマサハ》! 出来た!」
ユウトの、魔法完成の合図。
それと同時にヘルヴィアの集中力は途切れた。足が絡まり、がくんと大きく体勢を崩す。
それを見逃すほど、緑体の怪物は甘くない。
「あ」
緑が目の前にあった。
大剣のような形ではなく、鞭のような形状だ。
ヘルヴィアは悟る。これは自分を殺せる。首をはね飛ばせる。
ああ、死ぬんだ。ここで人生は終わるんだ。
目を、閉じる。
「ヘルヴィアッッ!」
「ヘルヴィアさん!」
二重奏の叫びが木霊した。ユーミラとロルビスだ。
しかし、届かない。ヘルヴィアは走馬灯を見ていた。
自分が冒険者になったのは、小さな村で一生を終えるのがイヤだったから。
両親は物心つく前に蒸発した。村長や近所の人が優しくしてくれたが、やはり他人の子は他人の子。
ヘルヴィアにとって『親』と呼べる存在はいなかった。
居心地は悪くないが、居場所は無い。それがヘルヴィアの心にストレスを与えていた。
十五歳。成人すると周りの反対を押し切って村を出た。そして冒険者になった。
最初は駆け出しらしく薬草採集の依頼から始めて、次に小型の魔物を数匹倒すといったちょっとした討伐依頼。そこまでは順調だった。だが失敗と言える失敗もなく、油断してしまった。
仕舞いには、調子に乗って単独では難しい依頼を受けてしまった。
相棒と会ったのはその依頼がキッカケだ。
当時、ヘルヴィアは最下級冒険者。ユーミラは既に六級。
無謀にも、森の奥に潜んでいる巨大蜘蛛の討伐依頼を受けようとして、ユーミラに引き止められたのだ。
その時ヘルヴィアは自分がナメられているのだと思った。だから言い返してやった。ふざけるな、と。
後は言うまでもなく、口論になり、喧嘩になった。
その結果、圧倒的な実力差を見せつけられた。簡単に言えば手も足も出ずにボコボコにされた。
以来、ヘルヴィアは謙虚に生きようと決意した。
ついでに言うとその頃からモテるようになった。謙虚に振る舞うという行為がヘルヴィアをお淑やかに見せ、それが『相手を立てる』ということにも繋がったからだ。
この事に本人は気づいてない。
閑話休題。
しばらくしてから、ヘルヴィアはユーミラとパーティを組むようになった。
ユーミラの圧倒的な実力にヘルヴィアが惚れ込み、頼み込んだ。
それを拒否する理由も特ないのでユーミラは受け入れた。
ついでに言うとこの頃からモテなくなった。周りの人間が勝手にユーミラとヘルヴィアの百合を妄想したからだ。
この事に本人は気づいてない。
再び閑話休題。
ユーミラとヘルヴィアの実力差は歴然。
日々の依頼でヘルヴィアはユーミラから技を盗んだり、先輩冒険者からアドバイスをもらったりして学んだ。
なにより苦労したのは食料や水、野営道具に小道具、地図の見方から魔物の生態に関して。ユーミラはそういったことがまったくできなかった。
その全てがヘルヴィアに行った。パーティを抜けようかと思うくらいには苦労した。
だが、楽しかった。
とにかく楽しかった。
初めての仲間ができて、初体験の連続だった。
それが嬉しかった。嬉しくて、楽しくて、たまらない。
楽しかった。
愉しかった。
樂しかった。
それが終わる。
死によって、絶たれてしまう。
──それは、イヤだなぁ。
「───ぁぁぁあああああああああッッ!」
ほぼ無意識で、ヘルヴィアの身体は動いていた。
刃折れの剣を振る。緑の鞭の軌道を、僅かにそらした。
「ぐっ、あぁ!?」
肩に痛みが走った。刃折れの剣ではそらしきれなかったらしい。右肩を緑の鞭が打ち、骨が折れた。
しかし、ヘルヴィアの顔は満足気だった。
時間は十分に稼いだ。
腰に何かが絡みついた。
だがヘルヴィアにはそれが何かを確認する気力すら残っていない。
最後にヘルヴィアが見たのは、ユーミラと、自分を抱えながら魔剣をドーム状にして身を護ろうとするロルビスと、眩い光を放つ聖剣を掲げたユウトだった。
上手く書けなくて何度も書き直しました。




