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39話 元気

人が、死ぬ。


剣を胸に突き立てられ、心臓を貫かれ、死んでゆく。


両手で刀身を掴み、引き抜こうと藻掻(もが)く。


貫通して背中から飛び出た刀身。そこから血が滴る。


口を開いて何かを言おうとするが、何も出てこない。


やがて動かなくなる。力なく倒れ、ただの屍となった。



自分(ユウト)はその光景をただ見ているだけだった。何もしない。何もできない。

そして、ここには自分の他にもいる。

そう、今まさに人を殺したヤツがユウトの目の前にいる。

そいつはゆっくり振り向いた。あまり整えられていない黒髪。端正な顔立ち。少し尖った中途半端な長さの耳。羽織った群青色のコートは血にまみれている。



そいつは死体から無造作に剣を引き抜いた。鮮血が舞う。


そして、人殺し(ロルビス)は言った。



──代わりに、俺が殺します。




そこでユウトはガバッと上体を起こした。

慌てて周囲を見回し、状況確認。

確か、今日はもう過ぎている。機動要塞内は光を消し、夜行性以外の動物や魔物も眠りについているはず。

機動要塞の外でも太陽は沈み、月が出ている頃だろう。

ユウトの周りに、血はない。死体もない。血まみれのロルビスもいない。真っ赤に染った剣もない。

「………………すぅ………………すぅ………………すぅ………」

眠りこけるヘルヴィアはいた。毛布に(くる)まって寝る姿はまるで小動物のよう。

そうだ、自分はロルビスと話し合って、何を言えばいいのかわからなくなって、そのまま日が暮れて、なんやかんやと現在に至る。

確か、今はロルビスとユーミラが見張り番だったか。


ロルビスは、コルーを殺した。


コルーとともに過ごしていた──『既読字数反映世界』にいた者達がそれを聞いた時の反応は様々だった。

戸惑う者、憤怒にわななく者、一切表情を変えない者。

ロルビスは正当防衛を主張した。だがそれですぐ「はいそうですか」と納得できるものか。

ユウトと同じように、殺す必要はなかった、とか。話し合って和解すればよかった、とか。

それに対しロルビスはユウトの時と同じ事を言った。

自分のような『弱者』は手加減する事などできない。無力化は不可能だった、と。

それがまた彼らを怒らせた。中には殺気を撒き散らしながらロルビスに襲いかかろうした者もいた。

その時のロルビスの表情を、ユウトは今も鮮明に思い出せる。

襲いかかってくるなら仕方ない。そう割り切った顔。コルーの心臓に剣を突き立てていた時と、同じ顔。

もしユウトとヘルヴィアが止めに入ってなかったらロルビスは、また殺していたかもしれない。

それはダメだ。そう思ったら動かずにはいられなかった。

間に入って必死に説得した。何度も何度も話して、不満げな表情をしながらも引き下がってくれた。



このヤドカリ型機動要塞に来て半日が経った。まだ半日だ。この半日で、知る事が多すぎた。

この世界の住人の命の価値観。そして自分がどれだけ甘いのかを。

ユウトは人を殺すことが出来ない。もしやるとしたら、絶対に躊躇う。

ロルビスはそれを異常だと言う。

人を殺すことへの忌避──正常な反応は異常だと。

それも当然。ユウトは元々、この世界の人間ではない。人を殺すことに慣れてなどいないし、慣れたくもない。

動物や魔物は殺せるのに、人は殺せない。よくよく考えてみればおかしなことだ。

「これが、エゴってやつなのかな……」

何気なく、ポツリと呟いた言葉。誰に問うものでもない。

その問いは暗闇に吸い込まれて消えてゆく。

ユウトは毛布を覆い被せるように潜った。そんなことをしても悩みまで覆い隠せない。

そうと分かってても、(くる)まった。そして無理矢理、眠りについた。




その夜、ユウトは夢を見た。




一面真っ白な空間。どこまでも白、白、白しかない。

目が痛くなってきそうなほど純白で神々しい、見覚えのある空間。


「や。久しぶり」


耳朶を打つ優しい声。この声はもう自律感覚絶頂反応(ASMR)と同じだ。

ユウトは声のした方向に顔を向ける。

やはり、いた。

思わず目を奪われる美麗な顔に、腰まで伸びた長い金髪。その上には花で作られた(かんむり)

豊満な肉体を薄い白布に窮屈そうに押し込めている。その姿はまるで裸にバスタオルを巻いただけ。非常に目のやり場に困る。


そう、女神。駄女神シャーロットである!


「おいこら誰が駄女神じゃ」

「いや、だって……」

ユウトは女神を見る。正確には、女神の周りに散らばるものを。

散乱しているのは大量の袋菓子や炭酸飲料などのゴミだ。

そして女神は雲のようなもので出来たベッドの上に寝転がりながらジョ○ョを読んでいる。第5部はユウトもお気に入りだ。

「んで、なんの用だよ。人の夢に入り込んできて」

「いやー、なんかユウトくんが悩んでるようだし? 相談に乗ってあげようかなー、って」

女神はすぐ横に置いてあったコーラのペットボトルを取ると一気飲みした。

「ゲプ」

「一応訊くけどアンタ女神だよね?」

「うん、そうだよー」

ぜんっぜん信じられねぇ。

ユウトの中の女神イメージがどんどん崩れていく。

「ところでユウトくんって3部のホルス神と5部のホワイト・アルバム、どっち派?」

「ん? んー、ホワイト・アルバムかな」

「えーっ、私絶対ホルスー」


「………………………………」


「………………………………」


「………………………………」


「────で、なんの話だっけ?」

「テメェぶっ飛ばすぞこんにゃろう」

「じ、冗談よ、冗談。ロルビスくんが人を殺してから、まるでロルビスくんが別人のように思えてアナタはどう接すればいいか迷ってる。そんなところでしょ? アナタの悩みは」

先程とは打って変わって真剣な表情になる女神シャーロット。

その表情を見て、ユウトも真剣な面持ちになる。

「オレは……わかってるつもりだった。人殺しは、この世界だとよくあることだって。でも、実際に人が死ぬところを見て、わからなくなった。ロルビスは良いヤツだよ。もちろんユーミラさんとヘルヴィアさんも。でも……」

「このまま一緒にいて、『殺し』に慣れるのが怖い?」

「………………………………うん」

小さくユウトは頷いた。

殺しに慣れる。それはつまり、自分も人を殺す事に躊躇いがなくなるかもしれない。命の価値を忘れてしまうかもしれない。

そんな恐怖が、ユウトの脳内を占めていた。

「…………しょーがない!」


ふよんっ


「え?」

顔に当たる柔らかい感触。

「何してんの?」

「抱きしめてる」

ユウトは抱き締められていた。先程のだらしない女神はどこへ行ったのか。今は慈愛に満ちた顔でユウトの頭をナデナデしてくれる。

「なんで抱きしめてんの?」

「男はとりあえず巨乳に(うず)めとけばなんとかなるわ」

「んな訳あるか」

「でも、現にこうしてウジウジしてた少年は元気になってるわよ? 下半身が」

「なってねぇよ」

「ホントに?」

「なってねぇ。ズボンに手を伸ばすな。確認しようとすんな」

えへへ~と可愛らしく笑いつつ手を引っ込める女神。

まぁでも、とユウトは続けた。

「ちょっとは元気出たかな」

「下は──」

「下半身じゃねぇっつの」

女神は『テヘッ☆』と小さく舌を出した。可愛いので許す。

「それじゃあちょっと元気が出てきたユウトくんにさらに嬉しい情報です」

「何?」

「実は今、ユウトくんの近くにお米があります」

「………………………………………コメ?」

コメとはつまり、あの米だろうか。

オゥ、アイムジャパニーズ。アイ ラブ ライス。

「え、それマジで? どこに?」

「君が今いる機動要塞の最深部よ。ついでに言うと、そこに卵もあるわ」

「へぇ……」

卵は別にいい。この世界にも普通にありそうなので。

「そして醤油もあるわ」

「マジで!?」


卵かけご飯できるじゃん!


前言を撤回しよう。卵、超大事。

醤油かけご飯じゃダメだ。卵かけご飯じゃなきゃイヤだ。



  □ □ □ □ □



「卵かけご飯ンンンンンーーーーー!!」

「ひゃわぁ!?」

ユウトは飛び起きた。横にいたヘルヴィアが驚く。

「ど、どうしたんですか?」 

「え? あ? あ、ああ、朝か」

どうやら寝ぼけていたようだ。

結局、あの後はユウトに見張りの番は回ってこなかったようだ。ロルビス達が気を使ってくれたのかもしれない。

だがそれでいい。おかげでユウトは重要な情報を手に入れた。

「すません。なんでもないっす」

「そ、そうですか? 本当に何もないんですか?」

ヘルヴィアは心配そうな表情でユウトを見ている。

悪夢を見て支離滅裂な言葉を吐きながら跳ね起きた、とでも思っているのか。

「ええ、大丈夫です。身体に問題はなし、すこぶる快調。健康そのもの。絶好調です」

ユウトは立ち上がり、背伸びしてみせる。

「…………………えぇ、そうですね。とても健康ですね………」

ヘルヴィアの反応がおかしい。顔を赤らめ、チラチラと何かを見ている。

「?」

視線の先を追う。その先には──ユウトの下半身が。


「あ」


もう一度、前言を撤回しよう。

ユウトの下半身はとても元気になっていた。

これが生理現象なのか、それとも夢の中の『ふよふよ』の所為(せい)なのかは、ユウトにはわからなかった。


可愛いと巨乳は正義。

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