38話 異常
人は死ぬ時は死ぬ。そんな事はわかっていた。
でも、心のどこかで自分達は殺されないし、殺しもしないだろうと考えていた。
死。
ユウトが初めて見る『死』。
魔剣が貫通している。心臓も、肺も。
コルーは自らの血で溺れながら死んでゆく。
死。
見開かれた眼は次第に光を失い、胸に空いた穴からは今も血が溢れ出て地面に赤い水溜りを作る。
死。
真っ赤な刀身に、返り血を浴びて所々赤くなったコート。
表情は無い。静かにロルビスは死体を見下ろしている。
死。
「──────ぅ」
胃の中のものがこみ上げる。ユウトは吐き気を堪えきれずに、吐いた。
吐瀉物が服を汚す。それでも吐いた。
吐いて、吐いて、吐いて、吐き出すものがもう胃液しか残ってないことに気付いた所で、ようやく収まった。
「……大丈夫ですか? ユウト」
いつの間にかロルビスが側にいた。群青色のコートに返り血が付き、深紅のまだら模様を作っている。
「……………………ぉ、う……」
また、吐き気がこみ上げてくる。
何故だかユウトにはロルビスがまったくの別人に見えた。
堪えきれずに、再び吐いた。だが吐くものが胃液しかなくて、何度も嘔吐いた。
□ □ □ □ □
「……本当に、殺すしかなかったのか?」
ようやく吐き気が収まり落ち着いた頃、ユウトはロルビスに訊いた。
コルー・ハッツェンと戦う必要があったのか?
戦うしかなくても、無力化することはできなかったのか?
そんな考えがユウトの中を巡る。
今回の事はコルーの方に非があった。いきなりロルビスを殺そうとしたのだ。当然だろう。
だが、それでも、殺さなくてもよかったんじゃないか。生きて、罪を償わせるべきだったのではないか。
そう思ってしまう。
「……ユウト」
僅かな沈黙の後、ロルビスは──
「それは『強者』の意見です」
──と、答えた。
真っ直ぐ、ユウトの眼を見て。
「………………………………………………………………は?」
意味がわからなかった。
強者? 誰が? それは………オレが?
「コルーを殺さない」。これが強者の意見?
淡々とロルビスは語った。
その時の状況を。理不尽なコルーの動機を。そして、実力不足という自分の不甲斐なさを。
「ユウト、相手は魔道具を持っていて魔法の威力が大幅に上がっていた上に、詠唱省略も可能としていました。なので、もし俺が『手加減』して無力化を図っていたなら、死んでいたかもしれません」
手加減できるほどの実力の余裕はない。ロルビスはそう言った。
ロルビスが、自分は『弱者』だと自覚しているが故の考え。そう割り切れる事ができる者の答え。
「ユウト。俺は、とても嬉しいです」
唐突に、ロルビスはそう切り出した。
「……は、嬉しい?」
「ええ、ユウトがちゃんと『正常』なのが嬉しいんです」
また、よくわからない事を言う。
ロルビスは何を語っている?
ロルビスは何をユウトに訴えている?
ロルビスはユウトにどんな答えを求めている?
「国や町、村を一歩でも出れば魔物に襲われて死ぬ可能性がある。しかし国の中でも、強盗やチンピラに襲われて死ぬ可能性もある」
突然話題が変わった。それも、やはりユウトには何のことかわからなかった。いや、わかっている。わかってはいる──が、なぜその話題になるのかはわからなかった。
「だから人は護身術を学びます。刃物の扱い方を覚えたり、魔法の使い方を覚えたり。そんな風に身を護る術を学びます。ですが『身を護る術』は同時に『他人を殺す術』にもなりうる」
「………………………………」
「ここまで話せば、だいたいわかりましたか? 人を殺せる力が簡単に手に入る世界。他人の命を簡単に奪える世界。『殺さなきゃ殺される』という大義名分が容易く手に入る世界。そんな世界で他人の死に拘る人は、普通いない。それが共通認識です」
でも、とロルビスは続けた。
「ユウト。あなたは違った。見ず知らずの他人でも「殺さなくてもいいんじゃないか」と言ってくれた。『仕方ない』で済まさなかった。本来ならおかしいことです」
ユウトはこの世界の人間ではない。
元いた世界では、人々は平和に暮らしていた。
殺人事件や強盗事件なども少なくはない。でも、身近にはなかった。
この世界の人間にも、多少は殺すことへの躊躇いはあるだろう。しかし同時に、その感覚が麻痺しやすい世界でもある。
命を奪う行為に躊躇いがない。ユウトからするとどう考えても『異常』だ。
だが、“異常であることも正常”な、この世界ではユウトのような『正常』こそが『異常』なのだ。
「ユウトは異常でいてください。人を殺すことに躊躇いのある人間のままで。そして、もし人を殺さなきゃいけない時が来たら言ってください。───代わりに、俺が殺します」
ユウトは何も言えなくなっていた。
否、何を言えばいいのかわからなくなっていた。




