37話 死
ロルビスの腹に、ナイフが刺さる。
───ガキッ
「チッ」
だが、コルーは手応えに違和感を感じ、舌打ち。すぐさま後退しようとする。
しかし素早くロルビスの腕が動いた。ガシッとロルビスがコルーの腕を掴み後退を阻止する。
虚空に魔法陣が描かれ、輝く。
描かれた魔法陣は一つ。狙いはコルーの鳩尾。飛び出すのは石の砲弾。
だが鋭くはない。ゴツゴツしてもいない。丸く綺麗な球状の石砲弾。つまりは相手を殺す事を前提にしていない──手加減した攻撃だ。
無詠唱でロルビスが魔法を発動させた事に驚愕で目を見開くコルー。だがすぐに冷静さを取り戻し、詠唱。
「《クライ》!」
コルーの左手が輝いた。
かなり省略した最小限の詠唱で、ロルビスの作り出した石砲弾は風の壁によって阻まれた。石の砲弾は軌道を変えて、すぐ近くの地面にドスンと穴を開ける。
ロルビスは足裏から魔力を放出。コルーから距離を取った。そして、痛む自分の腹を見る。
傷は無い。あの不意打ちは、鎖帷子が防いでくれた。
気休め程度。されどナイフによる不意打ちを防ぐくらいの気休め程度にはなる。
体調の確認をしたロルビスは顔を上げ、コルーを見る。
「…………………………」
コルーはまるで親の仇でも見るような、憎々しげな目つきでロルビスを睨んでいた。
「コルーさん、これはどういうことですか」
出来るだけ刺激しないように静かに問いかけた。
だがすぐに、そんな行為は無意味だと知ることになった。
「どうもこうもあるかぁッ!!」
相手は既に激昂していた。顔は憤怒の形相。唾を撒き散らしながら、叫ぶ。
「お前が、お前が来たからだ! お前さえ来なければボクは『最強』でいられたんだ! なのに……なのになのになのに! お前が来たせいで、ボクは『最強』じゃなくなったんだ! お前さえ………お前さえ来なければぁ!」
ひたすら喚いた。
鬱憤を撒き散らした。
叫びながら頭をバリバリと掻きむしる。
「お前を、殺してやる……………殺してやるぞ! ロルビス・クロスゥゥゥ!」
そして、殺意と、左手をロルビスに向けた。すると左手が輝く。
見ればコルーの両腕には見慣れぬ手甲がついていた。人の肌の色に寄せてあるため、気づきづらい。
おそらくは階層主がいた隠し部屋で見つけた魔道具か何かだろう。
右腕の手甲は、先程ロルビスを刺したようにナイフが飛び出す仕組み。
左腕の手甲は──
「《ウリフセ メオン》!!」
──詠唱の短縮と、威力の増加。
巨大な岩石が出現した。ロルビスが放った石砲弾とは比べ物にならないくらい大きな岩。
ロルビスの身長を軽く超える岩石。出現したそれは凄まじい速度でロルビスに向かってきた。
「くっ……!」
ロルビスはそれを横っ飛びで回避する。
ついさっきまでロルビスが居た場所を巨石の砲弾が通り過ぎ、大地を抉った。
無論、それでコルーの行動は終わらない。
次々と詠唱しては、放つ。
高圧縮された空気が、
濁流の如く量の水が、
膨大な熱量を持つ炎が、
地を、木を、岩を。壊し、押し流し、溶かす。
魔法の余波で飛んできた小石がロルビスの額に傷を付けた。傷口から赤い血が、ツゥ、と垂れる。
「………………………」
ロルビスは悟った。
コルーはロルビスを殺しに来ている。話し合いは出来ない。
コルーがあの魔道具を身に着けている限り、手加減したロルビスに勝機はない。
仲間がこの騒ぎを聞きつけて来てくれるかもしれないが、ロルビスがその時まで生きている確証もない。
これは、この場で生き残るために必要な判断。
──殺すしかない。
そう判断したロルビスの行動は速かった。
まず腰から魔剣を引き抜き、右手に。
全身に魔力をじゅうぶんに行き渡らせ、身体強化。
「ハァッ!」
疾駆。
裂帛の気合と共に、走る。
ロルビスの作戦はシンプルだ。一定以上の距離を保ちつつ戦う。
今のコルーの魔法はかなり強力だ。一発でも当たれば、おそらくロルビスは死ぬ。
「潰れろ、ロルビス・クロス!」
コルーがロルビスの上に巨大な岩石を作り出した。岩石は自然の法則に従い、落下する。
ロルビスは自分の背後に魔法陣を展開。風の恩恵を受け、加速。巨岩石の落下を回避すると、今度はロルビスがコルーに向けて魔法陣を展開。
火炎の槍が発射される。
威力よりも速度を重視した。とはいえ、人を死に至らしめる程度の威力は持っている。
当たれば決まる。しかし、
「《トヌラユ ハスタ》!」
水が壁を成す。コルーの魔法だ。ロルビスが打った火炎槍はあっけなく防がれてしまった。
やはり、ロルビスは決定打に欠ける。速度と手数は良い。だが致命的に火力が足りない。
自分の敗北が、近く感じる。
(やめろ、考えるな!)
ロルビスはそんな自分の考えを頭の中から追い出す。
火力が足りないからなんだ。決定打に欠けるからなんだ。
そんなことはわかりきっている。わかりきっているから、千年も努力したのではないか。
火力は手数で補え。普通の魔法使いは詠唱で魔法を発動する必要がある。だがロルビスは詠唱の必要はない。
魔法陣を使って、いくつもの魔法を同時に使える。
制限魔法陣は外さない。そんなことをしなくても勝てる。きっと大丈夫だ。
(考えろ、この状況を打破する手段を。今、俺だけにしか出来ない最良の手段を!)
自分の中に次々と戦略が組み立てられていく。
ならば、それを行動に移すだけだ。
「《ヴリフセ オノ、メオン》!」
コルーが詠唱した。
ロルビスは虚空に魔法陣を描いた。
二人はほぼ同時に魔法を発動した。だが、二人が発動した魔法は決定的に違った。
コルーの魔法は、土が槍の形になった。それに対しロルビスの魔法は、霧を発生させる魔法だった。
空気中の水分に干渉し、1メートル先も見えない、深い深い霧へと変換する。
コルーが放った石砲弾は霧を薙ぎ払いながら突き進んだ。しかし、それがロルビスに当たることはない。
既にロルビスは移動している。石砲弾はむなしく空を切るだけだった。
「チッ、どこいった……」
コルーは周囲をキョロキョロと見回した。
霧の中なロルビスの影が見えない。それくらい霧は濃かった。
この濃い霧では、魔法がどこから飛んでくるかはわからない。だがロルビスの魔法はどこから来るのか事前に察知できる。
そのことにコルーは内心で細く笑む。
視界の端で、魔法陣が輝いた。
「《クライ レア》!」
ビュンッ!
風刃が生成され、魔法陣が光り輝いた場所へ飛んでゆく。
魔法陣は何もしないまま、ブレた。風刃によってかき消されたのだ。
攻撃系の魔法は放たれなかった。つまり、あの魔法陣はコルーを攻撃するためのものではなかったのだ。
再び、発光。
「《トヌラユ レア》!」
今度は真逆の位置で発光。コルーは真後ろに向かって魔法を放つが、それも空を切る。
先程と同様に魔法陣はかき消された。
さらに、4つの発光。
今度は四方で魔法陣が輝いた。
「《ヴリクセ ネイトカ──」
コルーは自分の周囲に土の壁を作ることで四方から来る魔法を防ごうとする。
だが次の瞬間に、詠唱を止めた。
霧の中からロルビスが魔剣を横に振りかぶった大勢で飛び出したからだ。
あの魔法陣が攻撃用なら、ロルビスも魔法を喰らうことになる。つまりあの魔法陣は攻撃用ではない。
コルーは詠唱を、防御から攻撃へ切り替えた。
魔道具の手甲がつけられた左腕を、ロルビスへと向ける。
その時、背後に何かを感じた。
人ではない。人ではない、何かがそこにいる。
前からロルビスが。後ろからは何か。どちらに対処すべきか、束の間の逡巡。
前にはロルビスがいる。後ろは正体がわからない。なら、対処法がわからない背後の何かを視界に収める必要がある。
そう思い、後ろに顔をむける。
「──ぐぁッ!?」
背中に激痛が走った。火炎の魔法による火傷ではない。水や風といったものでもない。
剣による斬り傷だった。
コルーの背後。そこには、刀身があった。持ち手も鍔もなく、使い手もいない。
刀身だけがそこにあった。しかもその刀身は長く伸びて霧の中に続いている。
コルーには何がなんだかわからなかった。
ロルビスの持つ魔剣アヴウェノシアは刀身を自在に変えることができる。硬さを変えることは出来ないが、木の枝のように何本にも分裂させることもできるし、糸のように細くし操ることもできる。
だが今回ロルビスがしたことはとってもシンプルだった。
霧の中から飛び出し、コルーの気をそらす。
ロルビスは魔剣を横に振りかぶった大勢なので、魔剣は身体の影に隠れ、コルーからは見えない。
刀身を変形させ霧の中へ。さらに変形させ、刀身に大きく弧を描くように霧の中を進ませる。そしてコルーの背後へ。
背後へ来たら、再び変形。コルーを背後から攻撃した。
真正面からロルビスはコルーに体当たりした。
その際に鳩尾に肘を打ち付け、肺を圧迫。詠唱出来ないようにする。
体当たりを喰らったコルーは仰向けに倒れる。
転倒したコルーに、ロルビスは魔剣を振りかぶる。その時には刀身の形は元に戻っていた。
□ □ □ □ □
一方、その頃。
ユウト達は地面に腰を下ろして小休憩を取っていた。
見張りはユーミラがやっている。『既読字数反映世界』ではまったく役に立てなかったことを悔やんでか、ユーミラが率先してやった。
(冒険、けっこー楽しいな……)
そんなことを、思う。
最初は異世界でやっていけるか不安だったが、なんやかんや仲間もできたし、やっていける気がする。
「そういえば、ロルビス遅いな」
ロルビスは先程、コルーに話があるといってどこか行ってしまった。なにを話しているんだろう。
「──避けろッ!」
唐突に、ユーミラが叫んだ。すると何かが飛来した。
ドオオォォォォォン!
砂埃が舞い、ユウトの目に入った。
「………っ、一体何が……?」
片目を擦りながら砂が入っていないもう片方の目を開く。
そこには巨大な岩があった。
突然の出来事に、周囲の者達は混乱している。
「な、なんだこの岩は……」
砂埃は未だ晴れない。相変わらず視界を塞いでいる。
「……これ、ロルビスさんが行った方から飛んできませんでした?」
「え」
ヘルヴィアが呟いた言葉。
それを聞いたユウトは、目を擦るのをやめてロルビスが向かった方向に走り出した。
何か、嫌な予感がする。もしかしたら……なんてこともありえるかもしれない。だが幸いにして、その予感は杞憂だった。
最悪はなかった。ただ、最良でもなかった。
そこでユウトが見たものは、
コルーの胸に魔剣を突き立てるロルビスだった。
血は止まらない。胸に刺さった魔剣は確実に心臓を貫いている。
ユウトが初めて見る、人の『死』がそこにあった。




