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25話 勇者


「おぐぅふっ…………」

ロルビスは腹からこみ上げる吐き気を必死に抑えた。

せっかくセルレーナが用意してくれた誕生日ケーキを、ここで吐く訳にはいかない。

セルレーナは用意したケーキは各地から取り寄せた果物をふんだんに使い、一流の料理人に作らせたらしい。

正直、普通のケーキとなんら変わらなかった気がするが、セルレーナがせっかく用意してくれたケーキだ。それだけでも十分すぎる程ありがたい。

だが、結局ロルビスが食べられたのはケーキの百分の一にも満たなかった。残りはセルレーナの家で冷凍保存してある。いつになったら食べ終わる日が来るのだろうか。

「はぁ………ま、地道に減ら────」

思わずロルビスは言葉を失った。

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」

しばらくのフリーズの後、ようやく絞り出した言葉がこれだった。

目の前には、潰れた宿屋。文字通り潰れて瓦礫の山だ。

ここの宿屋は他でもない、ロルビスが泊まっていた宿屋である。周囲の建物はあまり崩れていないのに、ここだけぺちゃんこになっていた。

ここには、ロルビスの荷物があった。

そう、ロルビスの服や金、そして何より、相棒(アヴウェノシア)

「うそぉ………」

がっくりとうなだれる。アヴウェノシアがあれば戦術の幅が広がってとても便利だったのに。

金はある。服も、まあ、なんとかなる。だが、アヴウェノシアは…………。

「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜………」

深ぁ〜い溜め息。

前と同じように魔法だけの戦闘になると思うと少し寂しかった。

「仕方ないか…………」

ロルビスは踵を返し、来た道を戻っていった。



  □ □ □ □ □



ギィ、と扉が開く。

中に入れば筋肉隆々なムキムキ筋肉マン、ローブを着た魔法使い、短剣を帯びた軽戦士などが振り向いた。

種族も多種多様。エルフ、ドワーフ、獣人、と様々だ。

ロルビスは、冒険者ギルドに来ていた。もちろん依頼を受けるためだ。

(少し、居心地悪いな……)

ギルドの居る皆が一様にロルビスに向ける、奇異の視線。中には露骨に挑発的なものもある。

冒険者ギルドでロルビス評判は、種族が多種多様なのと同様に評判も多種多様だった。

魔王軍幹部を倒した『期待のルーキー』と言う者もいれば、無詠唱で魔法を発動する奇妙なエルフ、とも呼ばれている。中には「何か外法の(たぐ)いに手を染めている」などと噂する者もいる。

だが、そんなことは気にしても仕方ないのでロルビスは放置している。というか、ぶっちゃけどうでもいい。

「……………こんにちは」

ロルビスはギルドの一角に座っていたユーミラとヘルヴィアに話しかける。

「おぉ、ロル殿、退院したのか」

「おめでとうございます」

「………………ありがとうございます……」

言いながら、どっかりとロルビスは椅子に腰を降ろした。

「ロルビスさん、何かありました? 元気がありませんけど」

「いえ、その……魔剣を無くしてしまいまして…………」

「魔剣───アヴウェノシアのことか?」

ユーミラが訊いてくる。

「……はい、宿ごと潰れ手しまって…………」

どんよりと落ち込むロルビス。そんなロルビスを見ながらユーミラとヘルヴィアは目を合わせてニコリと微笑んだ。


ゴトッ。


「ん?」

テーブルの上に何かが置かれた。

それは、一本の剣だった。(つば)には『アヴウェノシア』の文字。

「あぁあああああああーーーっ!?」

ロルビスは素っ頓狂な声を上げる。途端にギルド内にいた冒険者たちから訝しげに睨まれた。

慌てて着席。落ち着いて、その剣を凝視する。

一見すると、なんの変哲もない鋼の剣。だが組み込まれた術式と鍔に刻まれた『アヴウェノシア』の文字がただの剣ではないことを証明している。

「これ、どうしたんですかっ!?」

その問いにはユーミラが答えた。

「市場で売られているのを偶然見つけてな、買い取っておいた」

王国は広い。人口は一万を下らないかもしれない。そうなると、中にはハイエナのような人も出てくるのだろう。

おそらく誰かがロルビスのアヴウェノシアを拾い、売り払ったというところか。

「ありがとうございます! いくらしました?」

「いや、金はいい。ロル殿の、仲間の大事な物だから当然だ」

「いや、そういう訳にはいかないでしょう。払います」

「いや、ロル殿には感謝している。パーティに入ってくれたり、いろいろとな」

「いや、それとこれは別です」

「いや────」

「ああ、もう、いい加減に──」

いい加減にしてください! ヘルヴィアがそう言おうとした時、ギルドの扉が開かれ、神々しい純白の剣を携えた一人の少年が入ってきた。




オレは上の看板に『冒険者ギルド』と書かれた建物の前に立っていた。

字は読めない。だが、意味はわかる。

女神が言うには、オレが目で認識した文字、聞いた言葉の意味を直接脳に流し込まれるようにしたらしい。正直、気持ち悪い。

「ぐちぐち言っても仕方ない、行くか!」

パンッ、と両手で自分の頬を軽く叩いて気合を入れる。

扉に手をかけた。意を決し、いざ中へ。


ギロリ。


気合は折れた。

「失礼しました………」

すぐさま開いた扉を閉める。

「……………………………………………………………………」

いやいやいやいやいやいや! ある意味予想通りだけど!

なにあの人たち!? ちょー怖いんですけど!?

オレが入った途端、厳つい男どもにめっちゃ睨まれた。ヤベェ、もう帰りたい。お母さぁぁぁん!

「…………こんな事言っても、どうにもならないか」

オレはもう勇者なんだ。と言っても、もう魔王は倒されて役目はないが。

でも、これからはこの世界で生きていかねばならない。

死んでしまった以上、あの世界のは戻れないと女神は言っていた。

「覚悟を決めろ! 神崎優斗───いや、ユウト=カンザキ! オレはやれる! オレならやれる!」

今度こそ意を決して、冒険者ギルドに足を踏み入れた。

再び睨まれる。だがオレは屈しなかった。

しっかりと、でも絡まれないようにひっそりと、ギルドの中を歩く。

(よし、順調だ! このまま冒険者登録して今日のところは退散しよ、う…………)

進路上に、男が立ち塞がった。先程オレを睨んできたヤツだ。

(うわあ、ヤベェヤベェヤベェッ………!)

冷や汗が流れる始める。このまま進めば、間違いなくあの男に絡まれる。

チート勇者になれる、とあの女神に言われたが、未だ実感のないオレには誰かと本格的な喧嘩をする度胸はなかった。

(どうしよう、このままじゃ………………!)

助けを求めるように、周囲を見回す。だが助けてくれそうな人はいない。むしろこれからオレのような戦闘経験もない素人がボコボコにされるのを期待してるような節もある。


───その時、黒髪黒目のイケメンと目が合った。


そいつが特別目立つわけじゃなかった。

イケメンなんて、町中を探せばいくらでも見つかる。だが、オレが注目したのはそこじゃない。

そいつが、群青色のロングコートのようなものを着ていたのだ。

ロングコート。アニメやマンガでしか見たことがない、人生で一度くらいは着てみたいと思っていたもの。

これで色が漆黒だったら完全にオレの(ハート)に──いや、もっと奥深い、(ソウル)に来ていた。どストライクだった。

そう、オレの記憶の奥底の封じられし忌まわしき混沌が刺激されたのだ!

ああ、右手がうずく!

オレは軌道を変更した。進路上にいた男はハトが豆鉄砲を食らったようなをした。それを見ていた周りの奴らが「ぷっ」と小さく吹き出した。

男も進路を変更するが、オレは既に黒髪のイケメンの元に来ていた。突然近づいてきたオレに、金髪の美人さん二人が驚いている。

オレはその男を改めて観た。

黒髪黒目。少しだけ尖った耳。革鎧を着ているのか、(そで)口から革の籠手が覗いている。

そして、一瞬だが(えり)の隙間からチェーンを結び合わせて作った服のようなものが見えた。

オレの知識が正しければ、あれは鎖帷子(くさりかたびら)というやつだ。

そこもまたグッドだ。ガッチガチの鎧とか、オレはあまり好きじゃない。

「なぁ、あんた」

オレはそいつに話しかけた。

「干し肉って、好きか?」

いきなり何言ってんだオレ、自分でも思った。

「そうですね」

でも、そいつは答えた。

「塩漬けにしたあの味が良いですよね」

やはり、この男とは気が合う。そんな気がした。



これが『最強』の勇者ユウト=カンザキと『最弱』のエルフ、ロルビス・クロスの出会いである。


という感じで勇者登場です。



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