22話 再会(妹)
「はぁ……暇だなぁ…………」
治療院のベッドで、ロルビスへ溜め息を吐いた。
さすがは国の治療師と言うべきか、当初は一人で歩くことすらできなかったのに今では自分で歩けるようになり、包帯も解かれている。現在は大事を取って治療院にいるが、もうほぼ問題はなかった。
入院中は、提供される食事の味が凄く薄いことに気づいたり、ユーミラとヘルヴィアがお見舞いに来たり、と色々あった。
そんなこんなで過ごしている内に一週間が経っていた。
当然、それだけ居ると暇になる。
クレナが持って来てくれた本も全て読み終わってしまった。
なので凄い暇である。
「はぁ〜〜〜。暇だぁ〜〜〜〜〜」
特にすることもなく、ベッドの上でダラダラと過ごしていると、
ドドドドドドドドドドドドッッ!
という音が聞こえてきた。何やら動揺する声も聞こえてくる。騒ぎの大きさから考えると、魔族などではないようだ。
では、一体この騒ぎはなんなのか。
やがて音はすぐそこまでやって来た。目的地がここから近いらしい。
「………ん?」
この音、ここに向かってきてないか?
ロルビスがそう思った時、その考えを肯定するかのように部屋の扉が勢いよく開かれた。
「兄さん!」
ファサッと揺らめく黒髪。ロルビスの髪とは別格の真珠のような艶めきを放っていた。
そして、その髪の持ち主もまた別格。
肩まで下ろした黒髪から覗く整った小顔。髪とは真逆の白いローブを着ていてもわかるほど華奢な肩、手、足。
その神秘的な美少女の名はセルレーナ・クロス。
ロルビスの『妹』であり『精霊使い』である。
「セルレーナ、久しぶゥおゴホッ!?」
突進された。いや、セルレーナは抱き着いたつもりなのだろうが、あまりの勢いにロルビスに衝撃が走った。
クレナも再会した時は同じ事をされた。さすがは姉妹と言うべきか。
「兄さん! 今までどこ行ってたんですか! 私がっ、私がどれだけ心配したと………うっ、うえぇぇぇ〜〜〜〜〜ん!」
セルレーナは抱き着いたままロルビスの胸で泣き始めた。涙や鼻水で顔がちょっとアレになっている。
ロルビスは顔を隠す意味も含めて、セルレーナの背中にそっと腕を回して抱き締めた。
「ああ、ごめん、セルレーナ。今まで心配かけたな………」
□ □ □ □ □
「それで、何か言うことはありますか? 兄さん?」
「はいっ、誠に申し訳ございませんでしたっ」
泣いたと思ったら、めっちゃ怒り出した。
さっきまではわんわん泣いていたくせにいきなり泣き止むとお説教の開始である。
ロルビスは即座にベッドの上で体制を土下座へと移行。お怒りモードのセルレーナに全力で平謝りしている。
「兄さん、私言いましたよね? 絶対帰ってきてくださいって。せめて、手紙でやり取りしましょうって。言いましたよね?」
「はい、言っておりました!」
「それで、どれくらい手紙を送りましたか?」
「えっと、一年くらい?」
「二百と七十八日間。その間に送られてきた手紙はたったの28通です。それ以降は手紙を送っても『本人がどこにもいない』という理由で全て送り返されてきました。兄さん、それまでどこにいたんですか?」
「メ、メマルケス大森林にて、しばし魔法の研究をしておりました! はい!」
「大事な妹のことも忘れて、ですか?」
「そ、それは、そのぉ〜〜〜…………………………………………」
ギロリ。
「はい、忘れてました。めっちゃ魔法研究にのめり込んでました。すんません」
目が怖い。視線が怖い。
だが、ロルビスは身体をまったく動かす事ができなかった。ヘビに睨まれたカエルはこんな気持ちなのかもしれない。
「兄さん、いくら私達エルフの寿命が長いからって、少し放置しすぎじゃありませんか? 千年ですよ? 千年間、兄さんに会えなかった私の気持ちがわかりますか? 毎日毎日、兄さんに会いたいという欲求が増えているのに、突然音信不通になって手紙のやり取りすらできなくなった私の気持ちがわかりますか? 私は放置プレイで喜ぶような変態じゃないんですよ? 兄さんと離れている間、私の中ではいろんな気持ちが渦巻いてたんですよ? 『兄さんに会いたい。でも里から出る事を良しとしないお父様が行かせてくれない。ならいっそ殺してしまおうか。それは駄目だ。そんなことは許されない。ああ、兄さんに会いたい。でもどこにいるかわからないし、会わない方がいいのかもしれない。兄さんに会いたい。もしかしたら兄さんは外で恋人を作って穏やかに暮らしてるかもしれない。もし、そうなら………………兄さんが、他の女のモノになるなら…………! 兄さんが、私のモノじゃなくなるなら…………! 兄さんを殺して私も!!』と、毎日毎日毎日毎日毎日何度も何度も何度も何度も何度も考えてた私の気持ちがわかりますか?」
なんか後半あたりがめっちゃ怖かった。
許してくれるまで素直に、ひたすらに謝ろう。もうそれ以外に方法はない。
「本当にすみませんでした。俺もセルレーナにとても会いたかったです」
「………………なんで会いに来てくれなかったんですか?」
「それは……………えっと、途中から頭の中が魔法でいっぱいになってしまって………」
「つまり『忘れてた』んですよね?」
「………………はい、そうです…………」
昔から、妹には勝てなかった。正確にはロルビスが妹に弱いだけなのだが、勝てない事に変わりはない。
「というか、いつまでその呼び方なんですか?」
「よ、呼び方?」
「前みたいに、呼んでください……」
プイッ、とセルレーナは拗ねてそっぽを向いてしまった。その仕草もまた可愛い。いや、『妹』なら何しても可愛い(ロルビス視点)。
「……………セナ、これでいいか?」
「はい、兄さん」
先程の鬼のような顔とは一転。パッと花のような笑顔を浮かべた。
その笑顔がまた可愛くて、ロルビスはつい抱き締めてしまった。
「あっ、に、兄さん………」
「ホントに、ごめん。今まで心配かけた。でも、もう勝手にいなくならないから。許してくれ」
「………………………………はぁ、なんやかんや私も兄さんに甘いんですよね。兄さんが無茶して私が怒っても、結局私は兄さんを許してしまう」
ギュッとセルレーナもロルビスの胴に手を回して抱き締める。
「もし兄さんと再会したら鎖で縛りつけて二度と離れないように躾けるつもりでしたが、やっぱりやめます」
「えっ、そんなことするつもりだったの!?」
ここまでの会話でおわかりいただけただろう。
セルレーナは重度のブラコンであり、ヤンデレでもある。
そしてロルビスも、なかなかのシスコンである。
そのせいで、傍から見ると抱き合ってる二人は完全に恋人同士だった。
だが、二人は血の繋がった兄妹である。
大事な事なのでもう一度。二人は血の繋がった兄妹である!
感動の再会を終えると、今度は近況の報告となった。
ロルビスはメマルケス大森林でどんな研究をして、どんな暮らしをしていたのか。ここに来るまでに何があったのか、などなど。
セルレーナは現在、教会とともに活動し、この国を中心に各地を回っているらしい。この国にも、つい先日帰ってきたそうだ。
「そっか、回復魔法は昔からセナの得意分野だったな」
「はい。おかげでいつの間にか『聖女』なんて呼ばれちゃってます」
「なるほど、聖女か。いいじゃないか、似合ってる。というかセナ以外に聖女が似合う奴なんていない。もしセナを差し置いて聖女を名乗る奴がいたら、そいつの目は節穴だな」
「もう、兄さんったら」
と、言っているがロルビスは半分、いや六割くらい本気である。見事なほどのシスコンだ。
「あっ、そういえば私、新しい精霊さんと契約したんですよ!」
「へえ、そうなのか! 何の精霊だ?」
「土の精霊さんです!」
おおーっ、とロルビスは感嘆しながら、セルレーナの頭を柔しく撫でた。
「むぅ、兄さん。私はもう子供じゃないんですよ?」
「ゴメンゴメン。つい」
そう言いながらも撫でてると嬉しそうにするセルレーナだった。やはりいくつになろうと、セルレーナはロルビスの『妹』なのだ。
精霊使い。
それは精霊と契約し、使役する者のこと。
人間やエルフが詠唱し、魔力という対価を払うことで『魔法』という現象を起こす。
それに対し精霊使いは契約者の魔力を消費して、精霊自身が魔法を行使する。
その威力は一言で言えば、規格外。
並大抵の魔法使いでは足元にも及ばない。
だがそれも当然だろう。何しろ、魔法を行使するのは精霊という完全なるエネルギー体。
肉体の軛から解き放たれてもなお、その形を保てる存在。肉体を持つ者からしたら常識の埒外なのだから。
「契約した精霊はこれで何体目だっけ?」
「二人目、です。兄さん」
「あ、そうだったな。悪い」
セルレーナは精霊を『体』で数えることを嫌う。それはセルレーナの契約の形に関係があるだろう。
精霊との契約にはいくつかの“形”がある。
それは『代償』だったり、完全な『主従関係』だったり。
そして、セルレーナは史上初の『友人』という対等な形での契約である。
代償。それは『代償を支払うことで精霊を使役する』という契約だ。支払うものは寿命だったり、生命力だったりと様々だ。
主従関係。文字通り主とその下僕の関係である。
精霊を使役する際に、代償は必要ない。命令一つで精霊がなんでもしてくれるのである。
ただし、ここに落とし穴があった。
完全なる主従関係、つまり精霊は主人の『命令』以外は聞かないのである。
そして、セルレーナの史上初の『友人』としての契約。
これは主従関係とは逆に、契約者の『お願い』以外は聞きつけない。
もし契約にそのような形があることが判明していれば、歴史上の精霊使いはもっと増えていたのではないか、と考えられている。
「今もここにいるのか?」
「はい、そこに」
「………………………………ごめん、セナ。俺あまり精霊に干渉できないから…………」
「あ、そうでした。すいません」
セルレーナは指を折り、胸の前で手を合わせる。そして、
「お願い、出てきて……」
と言えば、今まで何の魔力も気配も感じなかった所に、圧倒的な存在感を持つ者が現れた。
「わかりましたか?」
「うん、少しボヤケてるけど、見えるよ」
それに、たとえ見えなくてもその圧倒的な存在感は誰であろうと感知できる。
それが精霊。魔力の塊そのもの。
「うん、ありがとう、セナ」
「? どうしてお礼を言うんですか?」
「こうして精霊に会う度に自分が誰よりも弱い事を思い知らされるよ」
「えっ!? あの、それは………」
「ついこないだの事だよ。俺はいつの間にか、増長してたんだ。オカシイだろ? 誰よりも弱いのに」
だから、とロルビスは言葉を続ける。
「こうして自分より強い人を目の前にすると、俺がどんなにちっぽけな存在かわかるんだ。『俺は俺のまま、最弱であり続ける』 この決意を忘れないで在れる」
「兄さん………」
セルレーナは沈痛な面持ちで俯いた。ロルビスにどんな言葉をかけるべきか、迷っている様子だった。
しばらく逡巡した後、セルレーナは言った。
「兄さん!」
「お、おう。どうした?」
「退院して時間ができたら、私の家に来てください!」
ズイッと何やらメモのような紙を押し付けられる。どうやら住所のようだ。
「それじゃあ、私はそろそろ帰りますね」
「あ、ああ、わかった。来てくれてありがとう」
「いえいえ。それでは、また」
セルレーナは立ち上がると部屋の扉まで歩く。そのまま帰るのかと思いきや、扉の前で立ち止まると、
「兄さん、楽しみにしててくださいね」
そう言って意味深な笑みを浮かべながら出ていくのだった。
「………………………」
帰り際、言ったことがスゴイ気になる。なんか怖い気がしてきた。
「ま、いっか」
それ以上考えても仕方ない。とりあえず今は寝よう。
そう思ってメモ用紙を隣の机に置こうとした時、ロルビスは、ハッ、と重要な事に気付いた。
「俺、住所の場所がわからない……………!」
ついに妹が登場です。ちょっと前に名前出てたけどまったく出番がなかった妹です。
面白い! 続きが気になる! と思ったら評価よろしくお願いします!




