21話 強さのために
「がっ、ぐぅあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
凄まじい激痛が、ロルビスの全身を駆け巡る。
制限魔法陣を外した魔法の負担はかなりのものだった。目は充血し、全身から血が溢れ、激しい頭痛がロルビスを襲っていた。
「はっ、はっ、はっ」
地面に膝をついて過呼吸を繰り返す。今にも意識を失いそうだった。
「────くはっ」
唐突に、笑い声がロルビスの耳朶を打った。
「くははははははははははははははははははははははは!」
ゲラゲラとオルガスは笑う。口から血をこぼしながらも、笑っていた。
「うぇ……まだ生きてるんですか…………」
「まさか。腹に穴空いてんだ、そろそろ死ぬ」
そう言いながらも声音はこれから死ぬとは思えないほど元気だった。とてもロルビスより重傷とは思えない。
「死ぬ前に、答え合わせをしてください………ゲホッ、あなたはエリー先生を利用して、この国を潰そうとした……そうですか?」
「ああ、そうさ。あの教師を利用してこの国をぶっ飛ばすつもりだった。あの塔を古代の立体型魔法術式だと吹き込んで最後の塔を壊す前に俺達は脱出、この国の連中はみんな仲良く消える予定だった」
やはりそうだったか。オルガスは、相当な仲間想いだ。
仲間が死なせたくない。そう思っていたからこそエリーを利用し、全員が無事で国を出られるように今回のような手段を取った。
バレてしまった場合は、オルガスが一人残り、仲間が全員避難したところで塔を崩す。だからオルガスは逃げず、塔を倒そうともしなかった。
もしオルガスが仲間ごと自爆を選ぶような人物だったら、ロルビス達はとっくにこの世からいなくなっていただろう。
「あの夜に、俺を襲わせたのも……あなたの仕業ですか?」
「そうだ。あの日までは順調だったが、お前が現れた。そして俺が常に魔力操作していることに気づいた」
人間やエルフ、魔族、魔物によって体内の魔力の流れ方は違う。オルガスはそれを常に操作して、人間と同じ魔力の流れ方にしていたのだ。
四六時中魔力操作をする。それだけでどれほどの集中力が必要なことか。
魔族の国で危険視されている『魔素使い』の側で働く。これほど危険極まりないことなど他にないと言っていい。
それをどちらも同時に行う。どれも魔力操作が得意なオルガスだからこそできた芸当だ。
だが、それをロルビスに見破られた。
「だからその日の夜にお前を殺すよう部下に命じた。失敗だったがな」
オルガスはそこで言葉を区切ると、ロルビスへ目を向けた。
「答え合わせをしたんだ。お前も答えろ」
「………なんですか?」
「なぜ、そこまで自分を犠牲にできる?」
「…………弱者が強者に勝つためには、これくらいしなきゃいけないんですよ。それくらいしなきゃ、対等にはなれない」
「そうか……… じゃあ次の質問だ」
「まだあるんですか……」
「いいから、答えろ。なぜそこまでして強くなりたいと思ったんだ」
どうして、強くなりたいか。その問いに、ロルビスはすぐに答えることができない。
強くなりたい理由。それは何だったか。
守られる側でいるのが嫌だったから?
それともただ単に誰かを守りたいという気持ちからか?
「なぜ、でしょうね……」
わからない。そんなこと、もうとっくに忘れた。
より正確には、どちらでもいい。どうでもいい。
「忘れてしまいました。でも、これだけは覚えてるんです。強さを求め続けようと、追いかけ続けようと、たとえその過程で何かを失おうとも、そう決意したことだけは、覚えているんです」
「…………お前、正気か? 本気でそんなこと言ってんのか?」
対するオルガスの反応は、正気を疑うものだった。
「知らないわけじゃないだろう? 適性は、何をしても変動することはない。生まれ持った才能だ」
魔法の威力は、魔法の適性そのもの。だがロルビスには、魔法の適性がない。
つまり、
「お前がこれ以上、強くなることはない」
「………………」
オルガスの言う通りだった。
適性が低いロルビスは、これ以上魔法の威力は上がらない。発動速度や魔力操作なら、まだ上達の余地がある。だが、それはエルフの戦い方ではない。
エルフの戦い方。それは強力な魔法にて、敵を仕留めること。ロルビスには、それが出来ない。
ロルビスが同じ里のエルフ達に認められることも、無い。
ロルビスは、決して目標にたどり着けないとわかっている競走に参加しているようなものだ。
「それでも、俺は強さを求め続けます」
それは、ロルビスの決意。どこまでも貪欲に、自分の何かを犠牲にしてでも、強くなるという覚悟。
「イカれてるな」
か細い声でオルガスは言った。既に呼吸は小さくなり、今にも消えようとしている。
「だが、嫌いじゃねぇな」
オルガスはそう言って目を閉じた。
その後、もうその瞳が開くことはなかった。
□ □ □ □ □
ロルビスが目覚めたのは、それから丸一日経った後だった。
国は魔族の襲撃に一時は混乱に陥ったものの、被害が少なかったこともあって、今ではすっかり元の活気のいい国に戻っていた。
そしてロルビスはというと、現在は国の治療院で回復魔法の使い手による治療を受けていた。
「身体の調子は?」
「大丈夫です。身体の痛みももうありません」
ちなみに、回復魔法の担い手は白髭のいかにも『魔法使い』といった感じのおじいちゃんだった。
「痛みはなくなってもしばらくは安静にしてるのように」
「はい、ありがとございました」
スッとお辞儀はできないので軽く頭を下げる。
次の患者がいるのか、白髭のおじいちゃんはいそいそと部屋を出ていった。
「………ロル?」
コンコン、と控えめなノック。
白髭おじいちゃんと入れ替わる形でクレナが入ってきた。
「怪我はもう平気なの?」
クレナはロルビスのベッドの横に用意された椅子に座るとそう尋ねた。
「うん、さすがは専門の魔法使いって感じ。怪我もすっかり良くなったよ」
ロルビスの怪我を簡単に説明すると、骨折が6箇所、打撲が17箇所、切り傷や擦り傷が31箇所、そして多量出血だった。回復魔法である程度治ったとはいえ、ロルビスの身体は包帯でぐるぐる巻きにされていた。
「………………」
「? 姉さ───」
気づいた時には、ロルビスはクレナに抱き締められていた。
柔らかく、暖かく、とても優しい抱擁だった。
「姉さん、どうしたの?」
「ねぇ、ロル。お願いだから……」
か細い、弱々しい声だった。
いつもの凛としたクレナは、今はいない。『魔素使い』でも、学校の『校長』でもない。
ロルビスの家族、『姉』としてのクレナだった。
「お願いだから、もう戦わないで。ボロボロになってるあなたを見るのは、もうイヤなの………」
ギュッ、とクレナの腕に力がこもった。絶対に離さないと言わんばかりに。
「あの時は勢いで任せてしまったけど、間違ってた。私が、相手をするべきだった………… だから……お願いロル。何かあったら、私が守るから……… 怖いの。ふと目を離したすきに、あなたがいなくなっちゃうんじゃないかって………………」
少しでも力を緩めたら、消えてしまうのではないか。クレナにとっては、今のロルビスはとても不安定な存在だった。
「………うん、ありがとう、姉さん」
こんなにも自分を心配してくれる家族がいる。
ロルビスは嬉しい気持ちとともに、申し訳ない気持ちがこみ上げてきた。
なぜなら自分は今から、この願い断るのだから。
「でも、ごめん姉さん。俺は止まる訳にはいかないんだ」
───本当に、俺は最低だな。
「俺は、嫌なんだよ。ただ『守られる側』でいるのは」
クレナの腕に、さらに力がこもった。ロルビスもそっと、クレナの背中に手を回す。
「『守る側』は傷付いて、痛い思いをするけど、でも同時に『守られる側』も痛いんだ。何も出来ず、守られているだけなんて。それに……それにね、姉さん」
そこでロルビスは一度言葉を切る。
抱き着くクレナをそっと離し、目を合わせて。
「俺、決めたんだよ。どこまでも強さを求め続けるって」
それは決して曲げないと誓った、ロルビスの決意。
「俺はどこまでも求め続けるよ、強さを。それを曲げるつもりはない。これは最弱の俺が持つ、唯一の覚悟なんだから」
そのエルフは、どこまでも強さを求め続ける。
手に入らないとわかっていても、認められないとわかっていても、追いかけ続ける。
強さのために、貪欲であれ。
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