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20話 弱者


「おいおい、これってもしかして………」

暗闇の中、ロルビスは手に持った紙を見ながらつぶやいた。


太陽はとっくに沈み、夜の帳が降りているため、辺りはとても暗かった。

地図作りを始めて既に数時間ほ経過している。ロルビスの地図はようやく十分の一ほどが完成していた。

たったの十分の一だが、その形はとても特徴的だった。

なぜならそれは魔道具制作の時に使われる魔導術式だったからだ。この国の道は、術式の形で作られている。

「早いとこ完成させなきゃ」

十分の一ではこの術式がどんな効果を持っているのかわからない。

ロルビスはペンを握り直すと暗闇だろうと構わず駆け出した。

闇の中、魔力を両眼に込めて視力を限界まで引き上げて駆ける。同時にペンを握った手を紙の上で走らせた。

キレイに書く必要はない。大雑把でいいので素早く書いていく。

「おい、そこのお前。殺されたくなかったら金を出し──」

「邪魔!」

「──なぼぉっ!?」

曲がり角からひょっこりとガラの悪い男が出てくるが、台詞が終わる前に蹴り飛ばして進む。

ちょっと手加減できなかったが、まあ死んではいないだろう。たぶん………



15分程走り続けてようやく十分のニまで到達、つまり五分の一あたりまで終わった。ずっと手を酷使していたせいで腕が痛い。

この術式の内容を知るためには最低でも三割は書く必要がある。あと少しだ。

ロルビスが再び走り出そうとした、その時。


ドカアアアアアァァァァァァン!


と、巨大な何かが崩れる音。そして地響き。この音と揺れは以前にも感じたことがある。

ロルビスは地図を書く手を止めて顔を上げて、物音がした方向を向く。そこには、

崩れていく塔があった。予告状の、時計塔ではない。

三本あった塔は一本崩れて二本になった。そしてまた、そのうちの1つが崩れて一本になる。

「そうか、やっぱり犯人は……!」

ロルビスは両足と両目に全力で魔力を込める。

引き上げられた視力で見る世界は、暗闇での行動を容易くし、引き上げられた脚力は、常人よりも速く走ることを可能にする。

ロルビスは地図を書くために痛む手をむりやり動かした。



  □ □ □ □ □



「これでようやく二本目ですね」

「はい、ここまでは順調に進んでいます」

とある薄暗い一室で、一組の男女が話し合っていた。

一人は若い女。もう一人は大男だ。

女は手には身長と同等の長さを持つ、女が扱うにしてはいささか大きめの杖が握られていた。杖にわずかに残る魔力の残滓から、何かしら魔法を放った事は一目瞭然だった。

「しかし、ここからが問題ですな」

「ええ。もうあの手は使えなくなってしまいました。三本目の塔はどう──」

どうしましょう、という言葉は途中で遮られた。


なぜなら『バンッ』と勢いよく扉が開かれたからだ。

「ロ、ロルビス先生。どうしてここに……?」

「やっぱり、あなたが犯人だったんですか。エリー先生」

扉が開かれたことで廊下の灯りが室内に差し込み、三人の顔があらわになる。

地図を完成させ、大急ぎで学校に戻ってきたロルビス。

室内で話し合っていたエリー、そしてオルガス。

「まさか、アナタもこの騒動に加担しているとは思いませんでしたよ、オルガス先生」

オルガスは表情を動かさない。ジッとロルビスを見つめている。

「『やっぱり』って、まさか気づいていたんですか!?」

エリーが動揺して問いかけた。もう誤魔化す気はないようだ。

「ええ、気づいてましたよ?」

「そ、そんな……いつから……?」

「一番最初に塔が倒れた時、エリー先生はあの場にいましたよね?」

「は、はい、いましたけど……」

「その時に『あの塔は魔法が効きづらくなっているから、倒せるのは高い魔法適性を持っている者』だと言いました」

正確には少し違うが、だいたい同じだろう。

「塔は魔法が効きづらいのに、何故犯人が魔法を使ったと思ったんですか? 魔法が効きづらいなら何か爆発物を使った方がいいでしょうに」

塔を倒すには魔法が一番手っ取り早い。そのせいで犯人は魔法を使って塔を倒したものと思っていた。

だが考えてみれば魔法で塔を倒すには相当な魔法適性が必要だ。

更に、物質を作り出し、物理的なダメージをあたえられる『土魔法』など。

しかしそんな高い魔法適性を持っている者は多くない。普通なら爆薬でも使った方がいいだろう。

だが、エリーは塔を倒した犯人が魔法を使ったとわかっていた。

「つまり、あなたが犯人だ」


と、言ってみたものの、実際のところ確信はなかった。

地図を完成させたロルビスはクレナの協力を仰ぐに大急ぎで学校へ戻ってきて、今のエリーとオルガスの話を聞いてようやく確信に至っただけだ。

「そもそも、最初からおかしかった。犯人が魔族なら、当然目的はこの国の人間を皆殺しにすることです。でも塔が倒れた時には被害者が一人もいなかった。二本目は予告状を出して時計塔に気を引かせてからあの塔を壊した。まるで被害者を出したくないかのように」

「……………」

「エリー先生、どうしてこんなことを?」


ロルビスが訊くと、エリーは感極まったような表情になって答えた。

「あの塔は王国を吹き飛ばせるほどの威力の爆発を起こせる古代の立体型術式なんです」

「え?」

「この王都は元々、魔族との戦争中に自爆目的で作られたんです。でも、勇者が魔王を倒したから、その必要はなくなった。だから今もこの国は残っている」

エリーは一本だけ残った塔を見つめる。

「このままだと、いつあれが爆発するかわかりません。だから私が壊すんです」

「それ、騎士団にでも報告はしたんですか?」

「もちろんしました。でも信じてくれませんでした」

どんだけ信じないんだよ、この国の騎士団。ロルビスの時も信じてくれなかった。

「止めないでください。これはみんなを守るためなんです」

「そうですね、でも俺は止めます」

「なんでですかっ!? ここは止めない雰囲気でしょうっ!?」

なにかシリアスな雰囲気になりかけていたが、ロルビスがそうはさせてくれなかった。


狼狽するエリーにロルビスは一枚の紙を見せる。

「それは……」

「この国の地図です。見てのとおり、術式の形になっています。というか、そもそも古代の立体型術式なんてないんですよ」

正確には街ではなく、その下の地盤。魔坑石を使って魔力の通る場所と通らない場所を作ってあった。


術式の効果は『起爆』


そして、あの塔は術式の魔法線の上に立っている。

「ここは千年前にも魔力の流れる地脈がありました。おそらく、それは今も変わらない」

ロルビスの説明にエリーはただ呆然としている。

それでもロルビスは続けた。何故ならこれは、エリーだけに向けたものではないのだから。


『答え合わせ』は、彼にしか出来ない。


「貴女の言った自爆が目的というのは間違いではないのでしょう。ですがその仕組みを根本的に勘違いしている。もしあの最後の塔が倒れようものならその時点でこの術式は成立し、王国はなくなるでしょうね」

「え、あ、え? な──」

なぜ、なんで、その問いは隣にいるオルガスに向けられたものだった。

が、エリーはその言葉を言い終えることはできなかった。


ドンッ! と


衝突の音がロルビスとエリーの耳朶を打つと同時に、強烈な蹴りがお見舞いされたからだ。ロルビスの腕に。

「ロ、ロルビス先生!」

「これが『返答(こたえ)』ということでいいですか? オルガス先生」

エリーの前に躍り出たロルビスは、オルガスの放った蹴りを防いでいた。もしロルビスが間に立っていなかったらその蹴りはエリーに直撃していただろう。


「想定より早くなったが、まあいいだろう」

「───ッ!」

威圧が増した。

穏やかな印象だったオルガスだが、今はまったくの別人のように感じる。口調は変わり、目が炯々としていた。

「フンッ」

オルガスの姿が霞んだ。そう見えた瞬間、今度はオルガスの拳がロルビスの脇腹へ叩き込まれた。

「ぐっ!?」

咄嗟に魔力を脇腹に込めて強化、しようとしたがわずかに遅れた。その一撃はユーミラほどではなかったが、ロルビスにダメージを与えるには十分過ぎた。

内蔵がひしゃげるような感覚。身体を強制的にくの字に曲げてぶっ飛ばされ、壁に叩きつけられる。

「ロルビス先生! オルガス先生、これはどういうことですか!?」

エリーがオルガスに向かって叫ぶ。

「なんだ、まだ気付けないのか?」

嘲笑を浮かべたまま、オルガスはいつも頭に巻いているバンダナを外した。

その下から現れたのは、(ツノ)

人間にあんなものがあるはずもない。よって辿り着く答えは、

「そ、そんな、嘘っ…… オルガス先生が………魔族?」

「ああ、見ればわかるだろ。鬼人だ」

オルガスの魔力が、爆発するかのように膨れ上がった。その総量はロルビスやエリーをも凌駕するほどだった。


「《ヴリクセ(土の)──」

身の危険を感じたエリーはすぐに、自分の得意な土魔法の詠唱を始める。

エリーならば誰もが驚くほどの超高速詠唱も可能だ。だが、それよりもオルガスの方が早く、そして鋭かった。

踏み込み、拳を突き出しただけ。

オルガスからしてみればその程度のことだが、魔族という常人離れした身体能力と魔力を持つ者がやれば、それは目の端で捉えることもできないほどだろう。

「あぐぅ!?」

エリーの腹に衝撃が走る。

術者が気絶したことで、構築していた魔法は完成する前に霧散した。

「やはり人間というのは脆いな。この程度で気を失うとは」

床に倒れ伏すエリーを見下(みお)ろす。そして、それは相手を格下の存在と判断し、見下(みくだ)すのと同義であった。

こうなってしまえば後は作業のようなもの。人間が捕らえた動物の息の根を止めるのと変わらない。

止めを刺すために腕に魔力を集中させ、振り上げた時。


視界の端で魔法陣が輝いた。


「──ッ!」

行動を中断して身体を無理矢理そらす。

次の瞬間、ビュオッ、と音を立てて風の刃が先程までオルガスの頭があった所を通り過ぎていった。

「まだ起きてんのか」

「回復魔法くらい、使えますから」

ゆっくりと、ロルビスは何事もなかったかのように床から身体を起こした。

「不意を突いたつもりだったんですが、避けられてしまいましたか」

「ギリギリだったがな。詠唱を省略できるってのはなかなか脅威になりそうだ───なっ!!」

ズンッ、と重みのある音と共にオルガスの足が床を踏み抜く。それに続いて『バンッ!』という音が室内に響いた。


「…………身体強化は俺も得意なんですよ」

右腕を振り抜いた姿勢のオルガスと両腕でオルガスの拳を受け止めているロルビス。二人の視線が空中で交差する。

「それじゃあ力比べと行こうか」

オルガスは口の端を、にぃ、と吊り上げると腕に力と魔力を目一杯込めた。

途端に増す圧力。負けじとロルビスの己の身体に魔力を込める。

だが、真っ向勝負をするほどロルビスは馬鹿ではない。ついさっき、相手の方が身体能力は上だと身を持って知った。

ならば全力の身体強化で守りに徹するのみ。『攻め』は魔法のみに絞り、遠距離から。

ロルビスは身体の力を一瞬だけ抜くと一歩、後ろに下がった。だが、オルガスはさらに踏み込んできた。


不用意に踏み込めば反撃を食らいかねない。それでもオルガスは踏み込んだ。まるでロルビスがどう行動するかをわかっているかのように。

「身体強化が弱いから、身体を引いて相手のバランスを崩す。その手段はもう知っている!」

オルガスの足が霞み、ロルビスの脇腹に走った。腹部へのダメージはこれで二度目。

「がはっ!?」

衝撃の後に、浮遊感。そして、ガシャーン! というガラスの割れる音。

背中が建物の壁にぶち当たる感触の後、辺りから悲鳴が聞こえてきた。

魔剣(アヴウェノシア)を置いてきたのは痛かったかな……)

ついこないだに同じ失態をやったというのに。ロルビスは内心でそうつぶやくと立ち上がった。その拍子に脇腹がズキリと痛んだ。

「いって。こりゃ(あばら)折れてるかな……」

回復魔法で治せるが、骨折や深い傷となると時間がかかる。それに魔法に集中せざるを得なくなる。


治療は後回しにして、ロルビスは痛む脇腹を押さえながら周囲を見回す。

飛ばされて来たのは大広場のようだ。深夜のためか、人だかりはない。このなら魔法を遠慮なくぶっ放せるだろう。

だが、そこでふと気づく。


自分が飛ばされて来たのは大広場で、深夜で、人はいないはず。なのになぜ、人の悲鳴が聞こえてくるのか。


「この国に潜入していたのが俺だけだと思ったか?」

その言葉はオルガスの攻撃とともに飛来した。

ロルビスはその場から飛び退いて回避する。直後に上空から落ちてきたオルガスの足が地面を穿った。

「………やはり、あなた以外にも。一応訊きますが、全員で何人ですか?」

「答えるとでも?」

「ですよね………」


悲鳴の出所がどんどん増えている。あちこちから火の手が上がり、星と月を煙が隠している。

おそらく、潜入した魔族は百人以上はいると思っていいだろう。

でなければ騎士団や自警団が何も取り合わない訳がない。

潜入した魔族が揉み消したのだ。

エリーの訴えを、ロルビスの訴えを、噂を、目撃情報を、ありとあらゆる報告を。


「さてと、再開しようか」

そう言ってオルガスはポケットから長方形の形をした小指ほどの水晶のようなものを取り出した。そして、それを親指と人差し指で挟み込むとバキリと砕いた。

すると、巨大な斧槍(ハルバード)が現れた。先端から末端まで漆黒の、ギザギザの刃が付いた凶悪なフォルムの斧槍。

「それを俺に使いますか………」

油断はしないということだろう。

これで魔剣(アヴウェノシア)を持ってこなかった事がより一層悔やまれる。


「──それじゃあ、死ね!」

ロルビスの考えを他所に、オルガスは斧槍を振り上げて走り出す。あまりの踏み込みの強さに地面が、バゴッ、とひび割れた。

オルガスはひび割れた地面の石片を蹴り上げ、目眩まし代わりにロルビスへ蹴りつけた。


直後の加速。

疾風の如く走るオルガスのスピードはロルビスとの距離を詰めるのに、二秒と要らなかった。

一瞬でロルビスに肉迫し、斧槍を振り下ろす。

「────ッッ」

更に、蹴り上げた破片がロルビスの目にかかった。

入りはしなかったが、反応は遅れた。

振り下ろされる斧槍。

魔法も、身体強化も、追いつかない。


斧槍がロルビスを脳天からカチ割る、寸前で。

グンッ、とオルガスが後ろに後退した。いや、その表現は正確ではない。まるで何かに引っ張られるかのように、オルガスは後ろへ飛び、そのまま壁に叩きつけられた。

力が強すぎたのか、勢いは止まらず、オルガスは壁を何枚も突き破ってようやく止まった。

「がっ、ぐ………」

「ロル!」

オルガスのうめき声に続いて聞こえてきたのはクレナの声。

どこからともなく降り立つとロルビスに駆け寄り、回復魔法をかけてくれる。

「ありがと、姉さん」

クレナの魔法がロルビスの傷を一瞬で治してくれる。折れた骨も元通りだ。

痛みはない。ロルビスは腕振ったり身体を曲げたりして調子を確かめる。

「大丈夫なの!? 他に痛むところは!?」

「うん、もう平気」

「そう、よかった。それで、あれってオルガス先生………よね?」

クレナはチラリとオルガスの方を見やる。

「うん、そうだよ」

オルガスを見るクレナの目は、どこか悲しそうだった。

どれだけ一緒に過ごしたのかは知らないが、クレナはオルガスを同じ教師として信頼していたのだろう。

だがそれは全て演技で、しかも正体は敵対する魔族だった。

裏切られた、そういう気持ちがあっても仕方ない。

「……………………姉さん」

「ええ、わかってるわ。私情は持ち込まない」

クレナはキリッとしたいつもの表情になる。

しばしの時を共有した者を、手にかける。それがどれほど辛いのだろうか。

それでも、クレナはやると言ったからにはやる人だ。だから──


(殺すなら、俺が……)


「チッ、『魔素使い』か。できればアンタが来る前に終わらせたかったんだがなぁ」

瓦礫をかき分けて、ようやくオルガスが出てくる。

先程のクレナの攻撃はあまりダメージを与えられなかったようだ。

「ほ、本当にオルガス先生? なんか口調変わりすぎじゃない?」

「姉さん………それは俺も思ったけど、今は戦闘中だから──」


「「オルガス様!!」」


二重奏の声とともに何者かが横から飛び込んで来た。そのままロルビスとクレナに飛びかかる。


一人は全身が緑の鱗に覆われた、蜥蜴人(リザードマン)の男。もう一人は褐色の肌を持つダークエルフの女。

二人はオルガスがピンチだと思ったのか、救援に来たようだ。

「バカ野郎! 来るな!」

だが、二人を止めたのは他でもない。オルガスだ。

突然の警告に二人は意味がわからず、ほんの一瞬だけロルビスとクレナから意識を割いた。

その一瞬が、致命的だった。


グシャッ! と。


二人は何か見えない力によって地面に叩きつけられ、絶命した。

「私の弟に手を出すな」

闖入者二人の命を奪ったのは、『魔素使い』クレナ・クロス。

魔王軍の中でもかなり危険視されている者の一人だった。

「チッ、だから来るなと言っただろうが………」

オルガスは悔しそうに二人の亡骸を見やる。

二人は全身の骨が砕け、内臓がはみ出し、手や足をあらぬ方向へ向けている。その光景は、敵とはいえ少し酷かった。


そこでふと、ロルビスは思った。なぜオルガスは逃げないのか。魔族が二人、死んだだけこんなにも悔しそうにするのは。


違和感。違和感。違和感。

違和感の糸を辿(たど)って答えに辿(たど)り着く。

その瞬間、ロルビスは真っ先にクレナに叫んでいた。

「姉さん!」

「な、なにっ?」

急に呼びかけられたクレナは少し上ずった声で答えた。

「俺のことはいい! あいつは俺が食い止めるから、他の魔族に対処してくれ! でも絶対に殺すな! 殺さず、そしてこの国から出すな!」

「はぁ!? 何を言って──」

「速く!」

ロルビスの真剣な表情に、戸惑いつつもクレナは頷いた。

「わ、わかったわ」

そう言うとクレナは自分の足元の魔力を放った。すると、

グンッ、とクレナの身体が浮いた。

まるで見えない何かに押し上げられるように、クレナは空中を飛んでいた。

クレナはある程度高度が上がると止まって、

「ロル。絶対、死なないでね」

と言ってから煙が立ち昇る方向へ飛んで行った。

「………………姉さん、それフラグだよ……」

その言葉はクレナに届かなかったようだ。


「おい、ナメてんのか?」

「はい?」

オルガスを見ると顔をしかめていた。言葉通り、ナメられたと思ったのだろう。

「腕力も、素早さも、俺の方が上だとわかってるんだろう? 魔素使いがいれば勝機があっただろうに。それとも、そんなこともわからない馬鹿なのか?」

「いいえ、勝てる気なんてしませんよ。だから、なんとしてでも貴方を止めます」

ロルビスはわかっている。自分がオルガスより、誰よりも劣っていることを。

それでもなお、ここに残った。クレナもロルビスを信じて行ってくれた。

ならば、全力で応えるのみ。


「そうか…… わかった」

オルガスは斧槍を握り直し、真正面からロルビスを見据えた。

「改めて名乗ろう。魔王軍幹部、オルガスだ」

「え、幹部だったんですか!?」

今更、凄い敵と戦っていることに気づいてしまった。

「おい、名乗ったんだからお前も名乗れよ」

「そうですね、すいません。ロルビス・クロス、ただのちょっと器用なエルフです」

名乗ると同時、ロルビスは虚空に魔法陣を描く。それが戦闘開始の合図となった。

描いた魔法陣は二つ。そこから現れたのは炎と風。生み出された魔法は混ざり合って一つの豪炎となる。

豪炎は一直線にオルガスへ飛んで行く。その攻撃をオルガスは魔力を纏わせた拳で迎撃した。

バンッと破裂音が鳴る。オルガスは余裕で豪炎をかき消した。

だが、そこでオルガスは違和感を覚える。

あまりにも軽すぎるのだ。

「ハリボテか!」

気づいた時──

「フッ!」

──炎の影に隠れていたロルビスが飛び出した。

先程より移動速度が速い。炎の影から飛び出す瞬間、足裏から魔力を放出して速度を上乗せしたのだ。


意表を突いた。

ロルビスの魔法はそこまで威力がない。だからといって身体強化が勝っているわけでもない。

加えて先程の発言。てっきりオルガスは、魔法のみで攻撃して時間を稼ぐとばかり考えていた。

身体能力はオルガスの方が上。必勝の作戦があるにしろ、ヤケクソにしろ。危険な行動だが、結果それは功を成したわけだ。

ロルビスのつま先が、斧槍を握っていたオルガスの左手の人差し指から薬指にかけて、ピンポイントで蹴りつけ、ボキリとへし折った。

「チッ」

舌打ち一つ。オルガスが痛みに顔をしかめる。

ロルビスは空中で一回転、オルガスの頭上を飛び越えた。

「ったく、いってぇな」

「ま、ハンデだとでも思ってくださいよ」

これで多少は有利になるだろう。まだ右手が残っているが、あれでは十全に斧槍を振るうこともできないはずだ。

「こうなると、これはもう邪魔だな」

そう言ってオルガスは斧槍を手放した。武器を捨てることへの躊躇がない。素手での格闘訓練もつんでいるのだろう。


まだ折れていない右腕を引いて構える。

ロルビスもいつでも魔法陣を描けるように魔力を高め、攻撃を躱せるように身体中に魔力を込めた。

両者の間にしばし静寂が訪れる。

偶然、両者の思考が重なったのか、ガラガラと壁の瓦礫の小山が崩れる音が再開の合図だった。

二人のタイミングは合った。違ったのはオルガスが前進を選んだのに対し、ロルビスが後退を選んだ事。


最初と同じ構図。だが最初と同じ展開にはならない。

両者の間にはしっかりと距離がある。

ロルビスが後ろに下がりつつ魔法陣を描く。生み出される氷塊、石弾、風刃をオルガスは真っ向から受け止める。

氷塊は右手拳で逸らし、石弾は左足で砕き、風刃は身体をひねることで躱した。

そしてお返しとばかりに、魔法詠唱を始めた。


「《氷散弾(ユヅ・デラ)》」


放たれた氷の礫は正確に、ロルビスの顔に狙いを定められていた。

飛んできた氷の礫をロルビスは身体を横に倒すことて躱す。だが、その氷がただの氷弾であるわけがなかった。

氷弾はロルビスの顔の横を通り過ぎる寸前で『パァン!』と破裂した。

「────ッ!」

ロルビスは咄嗟に魔法陣を顔の横に描く。魔法陣から吹き出る風が、氷の散弾を防いだ。

近接戦闘しかしないものだから、てっきりオルガスは魔法が使えないのかと思っていた。そして放たれた氷が突然破裂したこと。この二つが合わさってロルビスの不意を突いた。

だから、オルガスの接近に対処が遅れた。


天地がひっくり返った。


そう思った時には、ロルビスの身体は宙を舞っていた。

次いで、衝撃。辛うじて保っていた意識は、背中から地面に叩き付けられたのだと判断した。

「がはっ」

ロルビスの口から血と唾液の混ざったものが溢れる。

あの時、ロルビスは顔を殴られた。

寸前で魔法陣を描いて風の障壁を張ったにも拘わらず、足裏から魔力を放出し、後ろへ跳んだにも拘わらず、だ。

それほどの力を、オルガスは持っていた。


「────弱ぇな」

唐突の罵倒。

脳震盪で上手く動けないロルビスにかけられたのは、拳でもなく蹴りでもなく、罵倒だった。

「お前は弱い。筋力、魔法、魔力操作、全てが俺より下だ」

「………………」

沈黙の中で考える。

なぜ彼はそんな当たり前の事を言うのだろう。

自分が弱いなんて、そんなこと──


───そんなこと、わかっている。


「お前の魔法陣を描くスピードは異常だ。だが威力が低い。なんなら、俺は魔力で肉体を強化しなくても耐えられる」


───それも、知っている。


「なにより、これはお前の専売特許じゃない」

オルガスが、虚空に魔法陣を描いた。

「っ!?」

その速さはロルビスと比べるとはるかに遅いが、確かにそれはロルビスが描く魔法陣と同じものだった。


描かれて出づるは風の弾丸。その威力はロルビス以上。

ロルビスはそれを防ぐために魔法陣を描こうとするが、未だ脳震盪からは回復してない。虚空には中途半端なボヤけた魔法陣が描かれただけだった。

それで魔法が発動するはずもない。

オルガスの放った弾丸は正確に、無慈悲に、ロルビスに

直撃した。

「がぁっ!?」

再び衝撃が走り、壁に叩きつけられる。

(な……………)


「なんで使えるのか、だろ?」


オルガスがロルビスの気持ちを代弁した。

「俺は記憶力がいいんでな。お前が魔法をバンバン使ってくれるおかげで覚えることが出来たぜ」

オルガスは不敵な笑みを浮かべながら言った。

魔法陣の複雑な文字と形を記憶し、それを再現する。しかもそれを短時間でやってのけた。

それはロルビスにはない、紛れもない『才能』だった。

「お前は魔法の発動速度だけなら最強だ。だがいずれ追い抜かれる。お前が教えた生徒もあと十数年もあればお前と同じように魔法陣を使えるようになるだろうよ。魔法陣(それ)はお前の『最強』じゃなくなるわけだ」


───ああ、わかっている。わかっているさ。


「極めつけは、これが術者に、いや、お前に負担を強いることだ」


水がいっぱいの入ったコップを想像してほしい。

コップを人、入っている水をその人の魔力量だとしよう。

その人が詠唱で魔法を行使、つまりちゃんとした『手順』で魔法を使うと、匙で一杯づつ魔力をすくい、消費していくことになる。

だが魔法陣は詠唱を文字と形に置き換え、強引に魔法を発動している。言ってしまえばコップをひっくり返しているのと同義だ。

そんなことをすれば当然、使用者に負担をかけることになる。

「魔法の適性は魔法の威力そのものだ。お前は魔法陣を通して強引に、その魔法適性に見合わない威力を出している」

そこでオルガスは笑みを消した。


「こんなことを続けていれば、お前、内側から壊れて行くぞ?」


その言葉は、もはやロルビスには届いていなかった。

ロルビスの中では、沸々と、沸々と、激しい怒りの感情が渦を巻いていた。

なぜこんなにも怒っているのか。この怒りは誰に向けられたものなのか。

そもそも、なぜこんな怒りの感情が湧いているのか。


───ああ、そうか、これは……………。


これは、自分自身に対する怒りだ。

何もできない自分への。誰よりも才能がない自分への。

そして何より、オルガスを止められると、『自分ならできる』と思っていた、自分に対する怒りだ。

知らない内に、驕っていたのだ。

自分は誰よりも速く魔法を発動出来るから、と。誰も見たことのない、魔法陣による魔法の行使で出会ってきた人達の度肝を抜いて。

対等になれたと、思い込んでいた。


───なんて烏滸(おこ)がましいんだ。俺は。


発動速度が誰よりも速いくらいで。

適性以上の威力が出せるくらいで。


その程度で、『対等』?


烏滸がましいにも程がある!


昔、思い知ったはずだ。自分が誰よりも弱いと。それなのに、知らない間に増長していた。

ロルビスは自分で自分の顔を殴った。


───驕るな。増長するな。図に乗るな。思い上がるな。


バキッ、バキッ、と。

既に(ダメージ)を負っているのにも拘わらず、血が滲むのにも拘わらず、殴りまくる。


───俺は、弱い。弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い。

誰よりも弱い! 

俺は俺のまま『最弱』であり続けろ!


強くなるために、弱くあれ。

強者になるために、弱者であれ。


ひとしきり殴ると、ロルビスは立ち上がった。

顔中を血だらけにしながらも、身体中に傷を負いながらも。

晴れ晴れとした表情で立ち上がった。

「…………ありがとうございます」

「ああ? なんの礼だ?」

「あなたのおかげで、俺はまだ強さを追い続けられる」

ロルビスは虚空に魔法陣を描いた。

だが、それは今までと違う形。崩れたような、でも規則性のある、不思議な形。

まるで『(かせ)』が外れていくような。


魔法陣による魔法の行使は、コップをひっくり返すようなもの。使用者に莫大な負担を強いる。

かつて、その事に気づいた魔法陣の考案者である賢者メマルケスは考えた。『ならコップの出口を小さくしてしまえば良いのではないか?』と。

魔法の威力を制限し、限定的なものにしてしまえばいいのではないか、と。


魔法陣による魔法の行使は、威力が制限される。

それはロルビスが普段から使っている魔法陣が威力を制限するものだからだ。



つまり、制限魔法陣(リミッター)を外した魔法陣の魔法の威力は、今までロルビスが使っていた魔法とは比べ物にならない。



(いた)れ、己の究極へ。


超えろ、己の限界を。


弱いままで、強者を超越ししろ。



それは、ロルビスの奥の手。

王国に少し早い、一瞬の黎明をもたらす(つい)の一撃。



虚空で魔法陣が輝いた。

それを認識した瞬間、オルガスの腹には大穴が空いていた。

「…………あ?」

ゴフッ、と口から血が溢れる。

急激に身体が重くなり、フラフラと数歩歩いた後、仰向けに倒れた。

そして、目に入ったのは、閃光。

まばゆいくらいの、光の華が夜空に咲いていた。


テスト期間なので投稿に間が空いてしまいました。


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