幕間 剣聖
幽幽たる炎。
それは鬼火のような、ゆらゆらと揺らめく灰色の輝き。
赫灼たる闇。
それはドロドロとした、足元から這い上がってくるようなおぞましき赫。
不気味としか言いようのない空間で、彼は剣を振るう。
辺りから闇が生まれる度、彼は剣を振るい、彼の剣はその闇を貪り喰らう。
振る。喰う。生まれる。また振る。喰う。生まれる。その繰り返し。
『まだ戦うか、人間のくせに大したものだ』
おどろおどろしい声が響いた。
同時に闇が消えたので彼は手を止め、声の主を見る。
そこにいるのは、闇に属する者。
漆黒の法衣を纏い、剥き出しになった骨の手に握るのは魔杖。
生ける屍の呪文使いは顎をカタカタと鳴らしながら言う。
『だが、その実力であの御方に会おうなど百年、否。千年早い』
彼は答えない。答えずに、睨みつける。
髑髏の魔人にとっては、それが答え。
『引く気はないか』
髑髏の魔人が杖をかまえた。彼も剣をかまえる。
『《黒炎》』
再び黒炎が生まれ始める。そして彼もまた剣を振るう。
ゴウゴウと燃える黒炎の中から、カタカタと骨を鳴らしながら武具を持ったスケルトン共も湧き出てくる。それもまた、彼は斬り捨てる。
身体の内側を流れる魔力は同じでも、扱う魔法が違う。それは邪神側についた者だけが扱える、異端の魔法。
だが、そんなことはどうでもいい。
この世には『そういうもの』がある、その程度の認識でいい。
彼にとって重要なのは、それが斬れるか否か。それだけが重要だ。
そして、これは斬れる。
だがいかんせん数が多い。次第に彼の体力は減り、身体には少なくない傷が刻まれる。
それでも彼は手を止めない。斬る。斬られる。喰う。斬る。斬られる。喰う。斬る。喰う。斬られる。斬る。斬る。斬る。
『き、貴様、なぜ倒れない………!』
髑髏の魔人が初めて動揺を見せた。
彼は髑髏の魔人の、本来なら目があるはずの部分にぽっかりと空いた穴を睨む。
『くっ………… 《黒炎》《黒炎》《黒炎》《生まれ出でよ》《生まれ出でよ》《生まれ出でよ》!!』
生み出される黒炎とスケルトンがさらに増え、彼に襲いかかる。
「────ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!」
今まで黙っていた彼が、初めて声を発した。まるで太鼓を叩いたときのような、胸の奥まで響く雄叫びが木霊する。
するとどうだろうか。スケルトンは怯み、黒炎すらも萎縮したように縮まるではないか。
『な、なんだと!』
彼は火力の弱まった黒炎の中を駆け、スケルトン共を薙ぎ倒す。
『《黒炎》!!』
髑髏の魔人は焦ったのか、生み出された黒炎は今までのよりも小さかった。彼はそれを容易く切り裂く。
その時には、もう髑髏の魔人は彼の剣の間合いに入っていた。
一閃。
胴体が分断される。ぐらりと傾く視界。
彼の実力に、髑髏の魔人は感服した。
『見事………』
ガラガラと音を立ててその場に崩れ落ちる。
同時に、燃えていた黒炎は消え失せ、スケルトンも糸が切れたように倒れていく。
薄れゆく意識の中で、髑髏の魔人は存在しない目を彼に向けた。
『人間の戦士よ、名を聞こう』
彼はその問いにすぐには答えず、少し間をおいてからポツリとつぶやいた。
「……………………レオル」
『そうか、貴様が───』
その言葉を言い切る前に、髑髏の魔人の意識は消えていった。
「………………」
彼は剣を腰に収めると傷の手当もせずに歩き出す。
この髑髏の魔人は、魔王軍の幹部。まだ終わりではない。
彼の名は、レオル・ベフレート。
後に魔王を倒して『英雄』と呼ばれる、剣聖である。




