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2話 兄弟


ツァルティ・クロスは自分の名前があまり好きではなかった。

何故かと言われるとそこまで深い理由が見当たらない。ただ、なんとなく気に入らないのだ。

『ツァルティ』 けして女らしくもないが、男らしくもない名前。

両親に何度もどうして自分の名前をツァルティなんかにしたのかと問い詰めた。しかし、両親から帰ってくる答えはいつも決まっていた。


『いつか自分で答えを見つけてごらん』


ツァルティはすぐに行動に出た。両親は話してくれない、なら自分で調べるまでだ。

姉や兄には頼らない。これは自分でなんとかする、と何故か強い想いが彼をそうさせた。

だが、何年経ってもツァルティは名前の意味を知ることができなかった。

ツァルティ。ツァルティ。ツァルティ。

どこを探しても見つからない、どこにあるかもわからない。

子供が探しものをするのにも限界があった。

そして、名前の意味を見つけられず、ツァルティという名前を半ば受け入れ始めていたある日、ついにツァルティの名前を見つけた。

それは一冊の本だった。

その本はとある国の貧しい家の少年が薬草を独学で学び、薬草師になるという物語だった。

少年が薬草師になりたいと言うと彼の友達や彼の親ですら無理だ、なれるわけない、と反対したが、少年は諦めきれずに薬草を集めて調合し、オリジナルのポーションを作り上げた。そのことが評価され、彼は晴れて薬草師になることができた。

その少年は最後に、

『答えがどこにあるか探す必要はない。自分で作りだせばいいんだ』

そう言っていた。

その少年の名が、ツァルティだったのだ。


『答えは自分で作りだす』


その日から、ツァルティは薬草師になると決意したのだった。

なんの影響を受けたのかわからないが、ツァルティは元々薬草学は一番好きな分野だった。小さい頃から薬草学の本を読み、自分で学んだ。

薬草学を学び、数年後、ツァルティはついにオリジナルポーションを完成させ、正式に国から薬草師として認められた。

以来、ツァルティは各地を転々と旅しながら薬草師として活動している。

今はツァルティはテルナパームルという辺境の小さな村に住んでいる。

そこは決して豊かでもないがかといって貧相というわけでもない、いわば普通の村だった。

その村で、ツァルティは悩んでいた。

原因は彼が右手に持っている真っ黒な炭のような色をした液体が入っている瓶にある。

これは、薬草師であるツァルティがあらゆる薬草などを調合して作り出したポーションなのだが、実はイマイチ評判が良くなかったのである。

理由は単純明快。『色が気持ち悪いから』

たしかにこの炭のような色は進んで飲みたくなるものではないだろう。とはいえ、ちゃんと効き目はあるし、安全性も保証してある。 

つまるところ、見た目だけが問題であった。

魔力の満ちた洞窟の奥深くでしか採れない魔素の結晶、月の光に当てることで特殊な養分が分泌される月下草、迷彩能力を持つ巨大なカエルの肝。エトセトラエトセトラ。

そのどれもが貴重な素材だ。もしこれが売れないのであればせっかくの努力と素材が水の泡となってしまう。

ツァルティは生活資金のためになんとしてでも新しく作ったこのポーションを売る必要があった。

さてどうしたものかと悩んでいた時、コンコン、と扉がノックされた。

ツァルティはポーションを棚にしまうと答える。

「はい、どちらさんで?」

「ツァルティ殿、私です」

「おお、村長か。ポーションが必要になったのか?」

この村の村長は何故かツァルティに対して物腰が低い。そんな対応をしなくてもいいと言ったのだが彼は頑としてその姿勢を崩さなかった。

「いえ、それが、ツァルティ殿に会いたいという御方が来ております」

ツァルティは野暮ったい眼鏡をクイッと直して立ち上がる。

「オレに? 一体誰だ?」

「俺だよ」

ガチャリ、と音を立てて扉が開かれる。

ツァルティはそこで固まってしまった。

「よっ」

そこにはツァルティの兄、ロルビス・クロスがいた。

「え、へ? 兄貴?」

「おう、久しぶりだな。元気そうでなによりだ」

「いや、ちょっと待ってくれ。なんで兄貴がいるんだ」

ツァルティは目をゴシゴシこする。

「なんだその幽霊でも見たような(ツラ)は。偶然この村に立ち寄ったらお前がいるっていうから会いに来たんだぞ?」

「いや、驚くに決まってるだろう。千年も森に引きこもって音信不通になったと思ったらなんの連絡もなしに出てくるなんて」

「あー、それは悪かった…」

ロルビスは少しバツが悪そうに顔を背ける。

「はぁぁぁ… ほんっとに兄貴は… とりあえず中に入ってくれ」



  □ □ □ □ □



ツァルティの家は普通の一軒家だ。

村長に許可を貰って住まわせてもらっている。

家賃は月に一回、ポーション一個分程度だ。

各地の国や村を行ったり来たりしてポーションを売りさばいているツァルティとしては十分払える値段である。むしろ安すぎてこれでいいのかと思ったくらいだ。

家の調度品やポーションを作る時に使う薬草や素材は整えられており、掃除は隅々までしっかりされている。

ツァルティが潔癖症なのは言うまでもないだろう。

「相変わらずお前の部屋はキレイだな」

「兄貴の部屋が汚すぎるんだろう。別に掃除が不得意という訳でもないくせに」

「ははっ、その毒舌気味の口調も変わらないな」

ハァ、とツァルティは溜め息をついた。

身長や体格は同じくらい、顔は瓜二つとまではいかないがよく似ているのに性格がまったく違う二人だった。

ロルビスをソファに座るよう促すと湯を沸かし始める。

「なにがいい?」

「茶とかはなにがあるかよくわからないんだよ」

「じゃあ、ムユルトかリア・ティッシェラ、どっちがいい?」

「聞いたことない茶だな。どんな茶だ?」


「リア・ティッシェラは爽やかな味と独特の甘い香りで人気があった茶だ。ただし、成分に強い依存性がある。まぁ、要するに薬物だな、それで栽培が禁止された。別名は『死天使』だ。ムユルトは疲労回復に効果があるが、ものすごく辛い。とてもに飲めるものじゃないな。高齢の男性が間違えて飲んでしまった時、あまりの辛さにショック死したほどだ」


「んな茶を兄貴に出そうとするなっ」

どこに薬物を兄に出す弟がいるんだ。

「ちなみにこれがリア・ティッシェラの香りだ」

「あー、たしかにこれはいい匂い…… って香りも嗅がすな!」

ツァルティがボケてロルビスがツッコムというイメージ的に逆な構造が出来上がる。

「で、兄貴。どうして森を出てきたんだ?」

「最近外に出てなかったから、街がどう変わったのか気になる。久しぶりに人間の作った飯も食べてみたい。それで、せっかく外に出るから会っておこうと思ってな」

どちらかというとツァルティ達に会う事がロルビスの目的だ。

素直に『会いたいから会いに来た』と言えないロルビスだった。

「なんだ、せっかく森を出たと思ったらまた引っ込むのか?」

「いや、しばらくは外にいるよ。姉さんやセルレーナにも会うつもりだ。というか、お前こそまだ旅を続けてるのか?」

「ああ、色んな国を回ったほうが名も売れるからな。ただ……」

「ただ?」

「最近新しく作ったポーションが売れてない」

「ああ、苦すぎるのか?」

「いや、色が気持ち悪いそうだ」

「気持ち悪い?」

すると、突然ロルビスが笑い出した。

彼にしては珍しい足を投げ出しての大笑いである。その姿はずいぶん子供っぽかった。

「なんで笑うんだよ」

ツァルティは若干苛立ちながら言う。

「は、ははははっ… いや、だって色が気持ち悪いって、薬草学の初心者が真っ先に躓くことじゃないか。材料の微調整ができなくて量を多く入れる過ぎるとか、逆に少な過ぎるとか。それをお前程の薬草師が? 笑わずにはいられないよ。色が気持ち悪いっ…… ふっ、くくくっ…」

ツァルティは苦虫を噛み潰したような顔で言った。

「仕方ないだろう。調合する材料の組み合わせのせいでそうなるんだ。量の問題じゃない」

「まぁ、そう言うなら見せてくれ。この兄を頼るといい」

「わかったよ。ただし、もう笑うなよ」

「ああ、わかってる」

そう言ってるものの顔がニヤニヤしているのを隠せてない。

ツァルティは渋々、棚からポーションわ取り出した。

「ほぅ… なるほどなるほど。くくっ、まぁ、たしかにこの色は嫌だな」

ロルビスが黒い液体を眺めながら呟く。少し笑い声を漏らした後、真剣な顔になってポーションの匂いを嗅ぎ、少量だけ出して舐める。

「ふーん、そうだな、これは……」

「なにかわかったのか?」

「ああ、この色になったのはその結晶があった洞窟が原因だ。結晶が形成される時、黒い何かが入ったんだろう。そこの洞窟は魔素の結晶以外に鉱物とかも採れたんじゃないか? 例えば、『炭素』とか」

「そういうことか! どうりで黒くなるわけだ!」

ツァルティは立ち上がり、整理された大量の資料の中から周辺の地形が記された地図を取り出す。

そして、周辺の洞窟がある場所にバツ印をつけていく。

「クソッ、結晶の質がわからないから一箇所一箇所しらみ潰しに探すしかないな…」

そこまで言ったところでツァルティはハッ、としてロルビスに向き直って咳払いする。

「んんっ、あー兄貴、感謝する。おかげで原因に気づけた」

「おうおう、気にするな」

「兄貴、薬草師になるつもりはないのか?」

「うーん、俺は趣味で薬草学をやるのは好きだけど職業としてやるつもりはないな」

「はぁ… 貴重な才能が…」

「才能なんかじゃないよ。ここまで来るのに千年かかったんだ」

ロルビスは憂鬱そうな、遠くを見るような目をして言う。

「それで、兄貴。これからどうするつもりなんだ?」

「ああ、町に行った後、冒険者になって少し金を稼ごうと思ってる」

「身分証明書はどうするんだ?」

「身分証明書?」

「ほんの一年前だ。冒険者登録の時に、身分証明書を提示するように決められた」

「う、うそだろ…」

冒険者。依頼人の依頼を受け、報酬を受け取る仕事。生きていれば人生で一度は夢見るだろう。

冒険者となり、魔物を倒し、腕を上げ、いずれおとぎ話や物語に出てくる勇者や英雄のように竜や悪魔を狩る。

そんな夢を見て村の少年少女が、腕に自信があるものが、一攫千金を狙って冒険者となる。中には、年齢を偽ってまで。

そして、命を落とす。

駆け出しの冒険者が初めての討伐系の依頼を受けて帰ってこない確率は約五割。ましてや無事に依頼を達成して生還する確率はニ割にも満たない。

そこで、冒険者と依頼人を仲介する冒険者ギルドが冒険者となる条件として身分証明書をつけた。

「なぁツァルティ。俺、身分証明書なんて持ってないんだが…」

身分証明書を作るとしたら絶対に時間を取られる。

ロルビスは待てない。子供か、とツァルティに笑われるがこれが性分だ。

「身分証明書がなくても身内の許可証があれば大丈夫だ」

「そ、そうか! ツァルティ! 許可証を─」

「悪いが断らさせてもらう」

「ええっ!?」

「許可証は身分証明書と違って許可する本人がその場にいる必要があるんだ。だが、オレは見ての通り各地を旅する薬草師だ。許可証は姉貴にでも頼んでくれ」

「そ、そんな…」

ロルビスは膝から崩れ落ちた。

「ん? ちょっと待てよ。なら身分証明書も身内の許可証も持ってないやつはどうやって冒険者になるんだ?」

許可証を出す身内がおらず、身分証明書も持ってない者もいない訳ではないだろう。なら、そういう者にも冒険者になれる方法は用意されているはずだ。ロルビスはそこに希望を見出した。

「その場合は冒険者学校に行くそうだ」

「ほうほう」

「そこで知識や技術を身に着け、試験に合格すれば冒険者になれる」

「よし、それだ!」

「ただし、試験を受けるには最低でも一ヶ月は学校に通わなければならない。待てるか?」

「待てない!」

主に金銭的な面で。

ロルビスは再び膝から崩れ落ちた。

「まぁ、そう悲観するな。他にも方法はある」

「そうなのか!」

ロルビスは、パァッ、と顔を明るくする

「ど、どうすればいいんだ?」

「まず、冒険者ギルドには大体野蛮なヤツがいる」

「おう」

「そういうヤツは決まって絡んでくるからそいつを打ちのめす」

「おう」

「すると、『調子に乗ってんじゃねぇぞ』とまた別のヤツが絡んでくる」

「おう……」

「さらにそいつらも打ちのめすと騒ぎを聞きつけてギルドマスターを名乗るヤツがやってくる」

「………」

「そしたら、ギルドマスターに決闘を申し込んで打ちのめす。そうすれば実力を見込まれて冒険者にならないかと推薦がくる──かもしれない」

「……………姉さんの許可証を貰うよ……」

「そうするといい」


つまり、『実力を示して強引に冒険者になれ。それがいやならちゃんと許可証をもらえ』ということだ。面倒事は避けたいのでやはり許可を貰うしかないと、ロルビスはどこか諦めた表情で俯いた。

「ああ、そうだ。ツァルティ、服と金を貸してくれ」

「ん? 金はわかるが何故服なんだ?」

「ほら、俺の服もう古いだろ? こんな格好で姉さんやセルレーナに会う訳にもいかないだろ?」

「ハァ、そこのタンスに入ってる…」

「助かるよ」

「ついでだ、これも持ってけ」

ツァルティが腰につける雑嚢を放って寄越す。

「これは?」

「金、服、食料、その他諸々を持ってくんだろ? それなら圧縮の術式が入ってるから見た目より収納できる」

「おお、ありがとうツァルティ。この礼はちゃんとするよ」

そう言うとさっそくロルビスは服選びに悩み始めた。その際、

「シスコンが……」

というツァルティの呟きは服選びに必死になっているロルビスには聞こえなかった。


2話!

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