15話 再会
ガリュートル王国には魔法学校が1校だけある。
数々の歴史に残る魔法使いを排出してきたいわゆる名門校だ。
学校は実力主義で身分の差は関係なく、ある程度の金と実力さえあれば誰でも入学できた。
以前までほ実力以外に身分や血筋による差別もあったが、現校長になってからは完全実力主義となった。
校長の名は、クレナ・クロス。
腰まである艷やかな黒髪はポニーテールにされており、彼女が動くたびにさらりと揺れる。
その姿はなんとも色っぽく、そして美しく、男子生徒だけでなく、女子生徒からも人気があった。
だが彼女は容姿だけの女性ではない。
彼女は『魔素使い』と畏怖されるエルフなのだ。その名を知らぬ者はこの王国にいないと言っていい。
「あー、うー……」
その学校の校長室で、クレナが呻いていた。
才色兼備、文武両道、そんなイメージのクレナがだらしなく机に突っ伏している。
もしこの姿を生徒が見たなら自分の正気を疑うことだろう。
「だらしないですね。魔素使いの名が泣きますよ」
そこへ、横から窘める声。
クレナはむくれ顔で言い返す。
「別に自分から名乗ったわけじゃないもん」
「ならせめてシャキッとしてください」
クレナを窘めたのは緑色の髪を持つ女性だった。
彼女の名はエリー・アメリア。
当校の教師であり、土系統の魔法を得意とするこの国で5本の指に入る魔法使いである。
「はぁ、せめてあと一人いれば……」
クレナが悩んでいるのは教師の欠員補充だった。
今日、教師が体調不良で休んでしまい、空きができてしまったのである。
「クレナ先生がバンバン教師をクビにするからでしょう」
「いや、まぁ……そうなんだけど……………」
クレナが校長になる前は、この学校も身分の差があった。
身分を笠に着て女子生徒にセクハラをしたり、生徒に暴力をふるったり。
クレナはそういった教師を校長権限で無理矢理クビにし、実力主義の方針に舵を切った。
「その結果、ボンボン貴族教師は全員辞職。学校は人手不足に見舞われてますね。見せしめの効果は絶大ですね」
「見せしめのつもりはなかったんだけど………」
つまり、この状況は言ってしまえばクレナのせいである。
ついこないだ新入生を迎えたばかりだというのに大幅に人数が減ってしまった。
もう休講にしてしまえばいいのだが、すでに生徒は登校してしまっている。今更言い出しにくい。
「もう自習ってことでいいかしら」
「それだと定期試験までの範囲が終わりませんよ。このままだと生徒は習っていない範囲をテストで受けることになります」
そんなことわかってるわよー、と頬を膨らませて言う。
いくら現状確認をしたって状況が変わるはずもない。
「どっかに落ちてないかなぁ、教師」
「そんな都合良くいるわけありませんよ」
「そうよねぇ………」
二人は同時にため息をついた。
「「はぁ〜…………」」
エリーにもため息が感染し、室内がだら〜んとした空気になる。
その時だった。コンコン、と校長室の扉をノックする音。
瞬時にクレナはいつものキリッとした雰囲気に戻っていた。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
男らしい野太い声とともに頭に大きめのバンダナを巻いた筋肉ムキムキの大男が入ってきた。
「体育教師かよっ!」とツッコミたくなる見た目だが、これでもれっきとした魔法学校の、しかも魔力操作の教師だ。
「オルガス先生、何かありました?」
「校長に会いたいと言う者が来ておりまして」
「私に? 変な記者とかなら追い返して」
「いえ、それが、校長の弟を名乗っているんです」
「え、それってもしかして………」
もしかしてツァルティが来たのだろうか。
だとしたらなんていいタイミング!
「その人の名前は?」
「ロルビス・クロスと名乗っています」
ピタリとクレナの動きが止まった。
「あのー………ってクレナ先生! どこ行くんですか!?」
しばらくフリーズしていたと思ったら突然走り出したクレナ。その後を慌ててエリーとオルガスが追いかける。
「クレナ先生! 待ってください! ってか速い!?」
廊下を突っ切って校舎を出る。校門まで全力で走る。
懐かしい昔の思い出が蘇る。
よく木の陰に隠れてすすり泣いていた『弟』を慰めた。
諦めきれずに、ボロボロになりながらも努力をする『弟』の練習に付き合ってあげた。
子供の頃に作ってくれた首飾りをクレナは今もつけている。『弟』は昔から器用でこういった物作りも得意だった。
器用だね、と褒めてあげれば嬉しそうにはにかんで笑うのだ。
やがて守るべきものが増えた。妹、そして二人目の弟。
その時に決めたのだ、絶対に守ると。自分が一番年上なのだからと。
でも、守れなかった。むしろ弟からクレナの手を離してしまった。
空っぽになった手を伸ばし続けた。
帰ってきて欲しいと願い続けた。
それでも、手は届かなかった。
クレナの手に、ぽっかり空いてしまったスペース。そこにある虚しさ、寂しさ。
ずっと胸の内に溜まっていたものを、想いを、叫ぶ。
『弟』に、ぶつける。
「ロォーーールゥゥーーーーーーー!!!」
「あ、姉さンゴホッ!?」
クレナは校門前で待っていたロルビスに、抱き着く。
ようやく届いた。
「今までどこに行ってたのよ、このバカ! どれだけ私が心配したと思ってんの!? ねぇ聞いてる!?」
ほぼ聞いていなかった。なぜならロルビスの意識はクレナのタックルで朦朧としているから。
「ねぇロ──あれ? ロル? ちょ、ちょっとしっかりして! ロル! ロルーーー!」
□ □ □ □ □
「ロル、あなたには臨時講師をやってもらいたいの」
「臨時講師? 俺が?」
「うん、そう」
ロルビスは廊下を姉の背を追いながら聞き返した。
せっかくの感動の再会もそこそこにクレナはそう切り出した。
先程からこっちを向いてくれないのは照れて赤くなった顔を隠すためだ。
ロルビスからは見えないのでわからないが。
「いや、でも俺誰かに教えたことなんでないし、そもそも何教えればいいの?」
「教科書どおりにやればいいわ。エリー先生もついてくれる」
「だからといってねぇ………」
いくらなんでも無理がある。そもそもロルビスは人に教えた事すらないのだ。
「つべこべ言わない。今まで心配させた分、頑張りなさい」
「うへぇ……」
クレナがとある教室の前で立ち止まる。
ガラガラッと勢いよく扉を開けた。中にいた生徒達の視線がこっちに集まる。
校長が来たことももちろんだがその横にいるロルビスに視線が集まる。なんとも居心地が悪い。
そんなこと気にせず、クレナは堂々と黒板の前に立つ。
「えー、今日は担当のレィリア先生がお休みなので代理の方に来てもらいました」
簡単な事情説明を済ませるとロルビスの方を向く。
「ほら、自己紹介してください」
「あ、はい」
ロルビスは教壇に立つ。
「ロルビス・クロスです。耳は短いですが、一応エルフです。えっと、よろしくお願いします」
────シーーーン……………。
返ってきたのは沈黙だった。
これから大丈夫なのか不安になる。
「そ、それじゃあ後は任せるわ」
「えっ、ちょっと姉さん!」
重い空気に耐えきれなくなったクレナが早々退室する。
ロルビスは生徒達に向き直るとゴホンッ、と咳払いを1つ。
「な、何か……質問はありますか…………?」
「あ、じゃ、じゃあ……」
一人の女子生徒が手を上げた。
「はい、なんでしょう?」
「さっきクロスって言ってましたけど、校長先生のご家族か何かですか?」
「あ、はい。弟です」
その質問に乗じて他の生徒もロルビスに質問する。
「好きな食べ物はなんですか?」
「うーん……強いて言うなら魚の塩焼きですね」
「年齢はおいくつですか?」
「1649歳です」
次第に質問はヒートアップする。
「恋人はいますかっ?」
「い、いません」
「すっ、好きな女性のタイプは?」
「えっと、考えたことありませんね……」
「じゃ、じゃあっ──」
「そっ、そろそろ授業を始めますっ!」
このままだと質問責めで授業が終わってしまいそうなので強引に遮って話し始める。
「えー、今日やる範囲は……魔法陣?」
教科書をパラパラとめくってページを開く。そこには魔法陣に関する事が少しだけ書かれていた。
だがそれは僅か1ページの、さらに端っこ。本当に、ただそういうものがある、という内容。テストに出るのかすらも怪しい場所だった。
「もったいない……」
ロルビスはチョークを手に取ると黒板に少し大きめに『魔法陣』と書いた。
「今日の授業は魔法陣に関してです」
教室にいる全員が、エリーも含めて「えっ?」という顔をした。
ロルビスが授業を始めようとした、その時。
ダンッ! と一番後ろで女王様の如く座っていた女子生徒が立ち上がった。蜂蜜色の髪をツインテールにした美少女だ。
「ちょっと先生、そんなもの、やる価値なんてないわ」
「おやおや、魔法陣はそんなものじゃありませんよ?」
「あ、あのっ、ロルビス先生!」
今まで黙っていたエリーが駆け寄ってくると、そっとロルビスに耳打ちした。
「あの生徒の名前はマリカ=ミヤザキです」
「ミヤザキ? ってことは、もしかして……」
「はい、勇者ハルト=ミヤザキの子孫です。まだ1年生なんですけど、入学早々女王みたいに君臨して、教師もあんまり強く言えないんですぅ……」
しょぼんと肩を落とすエリー先生。
そうとう苦労したんだろうなぁ。ロルビスはそう思いながらエリーに同情した。
「マリカさん」
「何かしら先生?」
「あなたは魔法陣を『そんなもの』と言いましたが、なぜそう思うんです?」
「そんなの簡単でしょう。魔法陣を書くより詠唱をした方が速いからよ」
「本当に、そう言い切れますか?」
ロルビスはあえて挑発的な視線を向けた。
ピキリ、とマリカの額に青筋が立つ。
「そうですか、では勝負しましょう? 詠唱と魔法陣、どちらか速いか」
そう言うとマリカは教室だというのに拘わらず詠唱を始めた。周りの生徒達が立ち上がり、我先にと逃げ出そうとする。
教室が喧騒に包まれる中、マリカの声はしっかりとロルビスの耳に届いた。
「《セスゥルマサハ ワトゥジフェルトラテ》」
透き通るような、どこか神秘的とすら思えるマリカの声。
つい聞き惚れてしまいそうだ。それほど見事な高速詠唱だった。
「《ユギウァルフェルトガースリ マタガナァカマサハ───」
それよりも速く、正確に、ロルビスの魔法陣は完成する。
──ビュオォォッ!
虚空で光る魔法陣から風が吐き出された。
巻き起こされた一陣の風はマリカの制服のスカートをふわりと煽る。
「うにゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
たちまちマリカの顔は真っ赤になった。詠唱を中断して慌ててスカートを押さてうずくまる。
教室に残っていた男子生徒達が「おおっ!」と沸く。
しばらくスカートを押さえてプルプル震えていたマリカだったが赤い顔のまま立ち上がってキッ、とロルビスを睨みつけた。
何かを言おうと口を開くがパクパクと動かすばかりで何も出てこない。
ロルビスは表情を崩さず、授業を始めます、と言って黒板にチョークを当てる。
逃げ出そうとしていた生徒達が席に戻っていく。
全員が席に着いた所でロルビスは説明を始めた。
「まず、今俺が使ったは魔法陣ですが、誰が考案したかは知ってますか?」
「あっ、はい」
すっ、と小さく一人の男子生徒が手を上げた。
「賢者メマルケスです」
「そのとおり、正解です」
ロルビスが褒めると、その男子生徒は嬉しそうに微笑んだ。
「かつて、賢者メマルケスは『魔力発光現象』を利用して詠唱文を置き換えた魔法陣を書くことで魔法を発動する方法を思いつきました。ですが、それは流行らなかった」
これにはいくつかの理由がある。
まずひとつは、魔法陣で魔法を行使した場合、威力が制限されてしまうこと。
さらにもうひとつ、これはさっきマリカが言った通り、ちまちまと魔法陣を書くより詠唱した方が圧倒的に速く魔法を発動できること。
以上の点から、魔法陣は流行らなかった。
「でもそれは、我々があまりにも『書く』ことに慣れすぎていたからです」
ロルビスは魔法陣を描くために魔力を集めた。虚空が淡く光り始める。魔力発光現象が起きている証だ。
魔力を操り、ロルビスは虚空に魔法陣を、描く。
ブオン、と鬼火のように魔法陣が浮かび上がった。
「魔法陣を“書く”必要はありません。“描く”んです。例えるなら………そうですね、判子を押す感覚と言えばわかりますか?」
具体的な例えを上げると全員が納得顔になった。
伝わってくれたようで安心する。ロルビスは黒板に向き直ると次の内容に移った。
「それじゃあ次のページをめくって、ここの……──」
この日、ロルビスは教える楽しさというものを知った。
□ □ □ □ □
「まったく…… やってくれたわね、ロル」
授業後、ロルビスは校長室でクレナに睨まれていた。横ではエリーが苦笑いしている。
「な、なんのことかな〜……」
なんとなく心当たりがあるので目をそらす。だがそれでクレナの視線が外れるわけもない。
ズズ、とロルビスは出されたお茶を一口飲んだ。
「いい? この学校に魔法陣の科目は無いの。そもそも、あったとしてそれを教えられる教師がいない」
「へ、へぇ〜、そうなんだ〜……」
ロルビスは再びお茶に口をつける。ちなみに、コップの中身はすでに空だ。
「この学校の生徒は全科目を一通り教わった後、自分が行きたい科目を選択するの。で、あなたが教えた生徒は魔法陣の有用性に気づいてしまった。さて、この場合どうなる?」
「さ、さぁ? どうなるんだろうね〜…………?」
「魔法陣の科目を選択するでしょうね。でも、その教師がいないし、そもそもそんな科目がない。さあ困ったわ。生徒が学びたい科目を学べないなんて!」
クレナはおもむろに立ち上がるとロルビスのの隣まで歩いてくる。そして、ポンて肩に手を当てると言った。
「ロル、アナタは教師になりなさい」
「えっと……そうしたいんだけど…………」
ロルビスは懐から銀色のプレートを取り出してクレナに見せた。
「俺、冒険者になったからさ、教師になったら活動に支障が出るというか……」
「いいじゃないそんなの」
「いや、良くないんだ。その……仲間の人にパーティに入れてもらえることになってるから………」
「………………ちょっと来なさい」
「えっ? あ、ちょっ、姉さん!」
クレナはロルビスの襟をむんずと掴むとそのまま引きずっていった。
魔術の説明が少し足りませんが後々出そうと思います。
評価、よろしくお願いしまぁぁぁす!




