12話 求婚
パチパチと焚き火が快活な音をたてて燃える。
時刻は夜。昼間に聞こえた動物の鳴き声や気配は鳴りを潜め、静かな夜が訪れている。
ヘルヴィアは地面で毛布にくるまって眠る少女の髪をそっと撫でた。
彼女達は盗賊団に囚われていた者達だ。
助け出されて緊張の糸が切れたのだろう。すやすやと眠っている。
もう一度、ヘルヴィアは頭を撫でると焚き火の前に戻ってきて、
「はあぁぁ……私の出番がありませんでした…………」
盛大に落ち込んだ。
ちょこんと座りながら人差し指で意味もなく地面に『○』を描いている。
「まぁほうおひこむにゃ(まあそう落ち込むな)」
リスのように頬に膨らませたユーミラが何か言った。ロルビスにはわからないが、たぶん励ましているのだろう。
「ユーミラ、喋るなら口の中のものを飲み込んでからにしなさい」
マナーに厳しいところがヘルヴィアらしい。そのうち「メッ」とか言いそうだ。
焚き火で炙り、串に刺した肉に豪快にかぶりつくユーミラは野生動物のようだ。
それをたしなめるヘルヴィアは母親のようだ。
ロルビスは二人のやり取りが面白くてつい笑ってしまった。
むっ、とヘルヴィアがロルビスを見る。
子供が拗ねているような表情がユーミラと似ていてまた笑ってしまった。
「そんなに笑わないでくださいよ……」
「すいません、ちょっと可愛くて」
「かわっ、かわいいとか……お世辞はいいですから………」
ヘルヴィアが顔を赤くしながらそっぽを向いた。お世辞じゃないのに、と心の中で呟く。
そんなふうに二人と仲睦まじく話すロルビスに向けられる殺意の眼。
振り返れば男性冒険者達が険しい目でロルビスを睨みつけていた。
ユーミラとヘルヴィアの人気度は健在です!
もしかしたら寝首をかかれるかもしれない。そんな考えを頭から振り払ってロルビスも焚き火で炙った肉にかぶりついた。
うん、美味い。焼いて塩をかけただけなのに凄く旨い。
「いつまへいじけてるんふぁ、にくでもくっへげんきだへ(いつまでいじけているんだ、肉でも食って元気出せ)」
「だから、飲み込んでから話してください」
ヘルヴィアが落ち込んでいる理由、それはユーミラが盗賊団を一人だけで壊滅させたからだ。
ロルビスが団長を倒した時には盗賊団はほぼ壊滅状態。
おかげでヘルヴィアは出番なし。
盗賊団のアジトに着いた時には盗賊達の死体の山が出来上がっていたということだ。
せっかく散り散りになった冒険者達を集めてきたのに、とんだ無駄足だったのだ。それは落ち込みたくもなる。
「それはそうとしてロル殿」
ようやく肉を飲み込んだユーミラが話しかけてきた。
「なんですか?」
「あの魔法は何なんだ? 詠唱をしない魔法なんて初めて見たぞ」
それを聞いたヘルヴィアが呆れながら呟いた。
「ユーミラ、賢者メマルケスを知ってますか?」
「知らん」
これにはロルビスも苦笑い。普段のヘルヴィアの苦労が伺える。
「はぁ……あなたが魔法関連に興味がないことは知ってますが高名な魔法使いくらいの名は覚えておきましょうよ」
「魔法はよくわからん。己の肉体の方が信用できる」
ユーミラが再び肉に齧り付いた。そんな仕草さえ妙に可愛く見えるのだから女性の魅力は不思議である。
ロルビスは教師になった気分で説明を始めた。
「賢者メマルケスは千年以上前にあることで有名になった魔法使いです」
「あること?」
「はい、それが魔法陣です。メマルケスは詠唱の精霊言語を魔法陣に置き換えることで詠唱をせずに魔法を発動する方法を開発した人なんです」
「当時はもっぱら詠唱が主流だったので結構強い反響を呼んだそうです」
「ほお、それは凄いな」
凄いと言っている割に真顔だからまったく関心しているように見えない。
ヘルヴィアが申し訳なさそうな目をした。
「しかし、魔法陣で詠唱を省略できるならなぜ使われてないんだ?」
ユーミラの疑問はもっともだ。
魔法陣で詠唱を省ければ近接戦闘が可能な護衛をつける必要がなくなる。単独で、接近戦でも十分に戦えるのだ。
だが、そうはならなかった。
「魔法陣を書くのが難し過ぎたんです」
「ははぁ、なるほど。ちまちま魔法陣を書くより詠唱した方が速いというわけか」
「まあ、そんなところですね」
結局、魔法陣は流行らなかった。
有名な魔法学校に行っても知識として出てくる程度。教えるのは詠唱での魔法発動。
この世界で、実戦で使っているのはロルビスだけだ。
「身体強化も上手くて魔法は詠唱要らず。ロル殿は魔法使いの中で最強ではないか」
「たしかにそうですね。詠唱なしで魔法を発動できるロルビスさんは他の魔法使いにとって天敵でしょう」
ロルビスはポリポリと頬を掻いた。今まで褒められたことがまったくなかったロルビスにとって、褒められるということは凄く照れくさかった。
「そんなことありませんよ」
でも、言わなければ、否定しなければならない。
「俺は最強じゃありません」
むしろ、その逆。
「俺は弱いんです、故郷で俺は誰よりも弱かった。この強さを手に入れるために千年もかけてしまいました」
千年間、魔力操作の練習をしてやっと魔法陣を実戦で使えるようになった。
身体強化も魔法陣を描くにあたり、魔力操作の練習の副産物に過ぎない。
ロルビスは最強じゃない。
『最強』の称号を送られるべき人は、他にいる。
「そんなに謙遜しなくても」
「謙遜じゃありません」
ロルビスは食い気味に言った。
「俺は最弱です。最弱だと思い続けなきゃいけない。一瞬でも自分が最強だと思ったら、そこで止まってしまう気がするんです」
自分は最強じゃないと思い続ける。どこまでも強さを求める、貪欲さ。
だからロルビスはここまで辿り着けた。
そしてこれからも、強さを求めて這い上がり続ける。
それがロルビス・クロスという男だった。
「……………」
ロルビスの言葉をユーミラは黙って聞いていた。
手に持っていた炙り肉を地面に刺して腕を組む。
沈黙が訪れる。ヘルヴィアは何か言いたいけど何を言えばいいのかわからずオロオロし、ユーミラは黙ったまま。ロルビスはロルビスで反応を待っている。
ユーミラはたっぷり時間をかけて熟考した後、突然立ち上がった。
「惚れた」
「ふぇ?」
「はへ?」
唐突だったので聞き取れなかったロルビスとヘルヴィアが変な声を上げる。
ユーミラはスタスタとロルビスの前に来ると仁王立ちした。
「ロル殿、結婚してくれ」
「…………………はい?」
超急展開。ロルビスはプロポーズされた!
「いやいやいや何言ってるんですかユーミラアァァァァ!」
ヘルヴィアがガバッと立ち上がった。その後ろで男性冒険者達も何か叫んでいる。
「どういうつもりですかユーミラ! いきなりプロポーズするなんて!」
グワーッ、とヘルヴィアがユーミラの食ってかかる。
「惚れた。だから結婚したい」
「え、なんで当然だろう? って顔されなきゃいけないんですか? 私がおかしいんですか? それとも私が流行を知らないだけで最近は求婚が流行ってるんですか?」
「まぁまぁ、落ち着けヘルヴィア」
「落ち着いていられますか!」
ヘルヴィアはロルビスの方ぐりんと向いた。
「ロルビスさんも何か言ってください! この非常識でデリカシーもなくて頭よりも身体が先に動くような馬鹿力女に何か言ってやってください!」
「ヘルヴィア、さすがの私でも怒るぞ……」
ユーミラがジト目でヘルヴィアを睨んだ。
「あの、理由を聞いてもいいですか?」
ロルビスはそこが気になった。一体どこに惚れる要素があったのかわからない。ユーミラが変なのか、ロルビスが朴念仁なだけか。
「私はな、自分より強い男と結婚すると決めていたのだ」
「じゃあなんで俺と? 俺は魔法の威力は平凡だし身体強化もユーミラさんより弱いですよ?」
そうだそうだと周りの男性冒険者達が同調した。
確かにその通りなのだけどちょっと悲しい。いざ自分が弱いと言われてみると意外と傷つく。
「ロル殿、私は強い男と結婚すると言ったな」
「はい」
「ロル殿は誰よりも弱く、しかし心は誰よりも強かった。そうでなければ、千年も努力は続けられない。千年もの間、腕を磨き、実力を手に入れた。それでも謙遜し、努力を怠らない。そんな心の強さに私は惚れたのだ」
「……………」
「だからロル殿、結婚してくれ」
ユーミラはロルビスを見つめた。二つの碧眼が、真っ直ぐ見つめてくる。
さてどうしたもんか。ロルビスには今のところ、結婚する気はない。
とりあえず、断っておこう。
「すみません、俺はまだ結婚する気はありません」
「そうか……」
ユーミラは残念そうな顔で俯いた。
ヘルヴィアが安堵したような、焦っているような表情になる。
沈黙と気まずい雰囲気が訪れる。
結婚を断った時ほど気まずい雰囲気はないだろう。
断ることに慣れてないロルビスには、どうも心が痛む。と、思いつつも普通に結婚を断るあたりロルビスもかなり図太いのだろう。本人にその自覚はないが。
その時、気まずい雰囲気が突然吹き飛ばされた。
「ならロル殿、決闘してくれ」
「はい?」
ユーミラの決闘の申し込みという形で。
「ちょっと待てやユーミラアァァァァ!」
ヘルヴィアがキャラ崩壊を起こし始めた。
「何が『なら』なんですか! おかしいでしょう! 『結婚』が『決闘』になっただけじゃないですか! 不躾過ぎます!」
「それは承知の上だ。それでも、私はロル殿に決闘を申し込む」
「決闘と言う以上、勝った方は何か要求できるんですか?」
「フッ、その通りだ」
わかってるじゃないか、みたいな顔をする。
「はーい読めました、読めましたよユーミラ。どぉーせ私が勝ったら結婚してくれ、とか言うんでしょう! そうなんでしょう? ねぇ!」
「もちろんだ。さすが長年私と組んでるだけあるな」
「わかりますよ! 長年組んでなくてもわかりますよ!」
後ろで「そこまでしてその男と結婚したいのかーっ!」と男性冒険者達が何やら叫んでいるが、気にしない。
「もし俺が勝ったら?」
「その場合は…」
ユーミラは少し間を置いてから言った。
「ロル殿にこの身を捧げよう」
それ、あんま変わってなくね? 全員の心の声が重なった。
「体だけの関係で構わん」
「いやダメでしょう。結婚しない、それが俺の要求です」
「しかしそれだとロル殿にメリットがないぞ」
「そんなことありませんよ」
ユーミラと戦える。その経験値がロルビスにとってのメリットだ。
心躍る強者との戦い。対価としては十分だ。
「ロル殿、笑っているのか?」
「そう見えます?」
「ああ、とても嬉しそうだ。ロル殿は戦闘狂か?」
「そうかもしれません」
くっくっくっ、とロルビスとユーミラは笑い合った。
「あれ? もしかしてこの二人、意外とお似合い?」
不気味に笑い合う二人をヘルヴィアが見てそう言った。




