11話 魔術
「ふむ、なかなか多いな」
ユーミラの言う通り、城壁内の広場にはかなりの盗賊達が集まっていた。
ロルビスが襲撃した事に気づいたのだろう。
ひときわ体格が大きい大男が襲撃に備えるよう命令している。
しかし盗賊達はどこかだらけた雰囲気、というかまともに大男の話を聞いていなかった。
その光景をロルビスとユーミラは見下ろす形で屋根の上から見ていた。
「統率が取れてるんじゃなかったんですか?」
「あれは一部隊の隊長みたいなものだ。団長と副団長は強いが、それ以外はだいたい同じくらいの実力でな。『隊長』と決められているが明確な上下関係はない」
どうやら団長と副団長が不在では盗賊団は統率が取れないようだ。
「統率者がいない間に攻撃しますか?」
「もちろんだ」
ユーミラが立ち上がると背中に背負っていた大剣の柄に手をかけた。
「あの、作戦はどうするんですか」
「頭が来る前に奇襲する」
「ユーミラさんらしいですね……」
「それと、ひとつ聞いておきたいことがある」
「なんですか?」
ユーミラはロルビスと瞳を真っ直ぐ見て問うた。
「お前、人を殺せるか?」
その問いにロルビスはすぐに答えなかった。
ユーミラの碧眼はロルビスの瞳を真っ直ぐ見つめてくる。
ロルビスは彼女が何を言いたいのかわかった。殺せないのなら、私が代わりに殺す。そう言ってるのだ。
ロルビスはユーミラだけに戦わせるつもりは毛頭もなかった。
だから、ユーミラの眼を見て、少しも揺らがない瞳で答えた。
「必要とあらば」
「…………そうか」
ユーミラは引き抜いた大剣を逆手に持った。そのまま大きく振りかぶる。
「え、まさか──」
ロルビスが言い終わる前に大剣が投擲された。
人の身長ほどある巨大な大剣が、一直線に飛んでいく。
「あぁ? なん──だぎゅえ!!?!?」
大剣は男の頭を横から真っ二つに割った。それだけに留まらず、そのすぐ近くにいた男の胸も貫く。しかし大剣はそれでも勢いが止まらず、更に二人ほど巻き込んで地面に刺さった。
あの大男は最後まで自分に何が起きたのかわからなかっただろう。
周りにいた男達は目の前で人間が死に、団子のように串刺しにされているにもかかわらず、呆然としている。
と、そこに飛び降りる影。
長いプラチナブロンドの髪が動きに合わせてなびく。
その場にいた男は全員、美しき襲撃者、ユーミラに目を奪われていた。
なぜか左手には小振りな円盾が括りつけられている。
ユーミラは地面から大剣を引き抜いた。
あの大剣を軽々と持つ膂力がどこにあるのか。まさに規格化だ。
ユーミラは大剣を払って突き刺さった死体ごと血糊を落とす。
死体は空中で曲線を描いて壁にぶち当たる。飛び散る鮮血が壁に赤色のアートを作った。
「逃げたい者は逃げろ! 逃げずに戦う者は敵と見なす!」
美麗な容姿からは想像できないほどの大声。
あまりの大きさに盗賊達がたじろぐ。
「て、敵だぁ! 殺せぇぇぇ!」
ようやく状況が飲み込めた盗賊達が動き出す。
剣を、槍を、棍棒を、それぞれの得物を握りしめてユーミラに殺到する。
そして、ことごとく薙ぎ払われた。
ユーミラが大剣を振るえば、盗賊達の胴体や首がまとめて切断される。面白いくらいに、命が摘み取られていく。
そこに技術はなかった。ただ速く、そして強い。
決して鮮やかとは言えない、命の刈り取り。純粋な暴力がそこにあった。
「俺も行かなきゃ」
ユーミラに目を奪われていたのはロルビスもだった。
少し遅れてロルビスも空中に身を踊らせる。
すぐさま魔法陣を展開。火炎、水球、石弾、風刃が出現、射出される。
放たれた魔法は豪雨のように降り注ぐ。
下にいた盗賊達は直前まで頭上から降る魔法の雨に気づかなかった。
ある者は走って避け、ある者は防ぎ、対応が間に合わなかった者は魔法の餌食となった。
ロルビスは足を強化、魔法攻撃によって空いたスペースにタンッと静かに着地。常人なら骨折するであろう高さから難なく降り立った。
盗賊達は新たな襲撃者に目を向ける。
細身の身体、平均より少し高い身長、黒髪黒目、中途半端な耳。
なんだ、あっちの化け物より弱そうではないか、と安心する。
囲い込んで八つ裂きにしてやろうと得物を構える。
ロルビスはニヤニヤと笑う盗賊達を睥睨しながら腰から相棒を抜いた。
その時、手柄を先取りしようも思ったのか一人の男が飛び出してきた。
低い体勢から槍を突き出す。
彼は想像した。槍がロルビスの腹を貫く光景を、信じて疑わなかった。
ロルビスは動かない。槍との距離はもう長くない。
男が勝利を確信して笑みを浮かべたとき、ロルビスは持っていた魔剣に魔力を注ぎ込んだ。
すると、刀身がぐにゃりと曲がった。蛇のように動いた刀身は男の持っていた槍を絡め取る。
魔剣は槍を防ぐとまた変形した。
木から枝が生えるように、二又に別れた刀身の片方が槍を掴みつつ、もう片方が男の喉を正確に貫いた。
「ゴフッ」
男の口から血が溢れる。
目を見開いて、形を変えた刀身に驚愕する。
刀身は男の喉から引き抜かれて元の形に戻っていく。
盗賊達が顔つきを変えた。もう先程の余裕の笑みは消えていた。
「な、なんだあの剣……」
「怯むな! かかれ!」
また一人、男がロルビスに襲いかかった。
ロルビスは再び魔剣に魔力を走らせる。魔力を得て変形自在になった魔剣は目の前の命に喰いついた。喉を抉られた男は口からごぽごぽと血をこぼしながら倒れる。
これが魔剣アヴウェノシアの『刀身の形を自在に変える』能力。
伸ばすのも、縮めるのも自由。操作はロルビスの得意な魔力操作で。
これが、剣術を使えなくてもこの剣を扱えると言った理由。
刀身を自在に変形させられるとなると、まず剣の間合いは意味のないものになる。敵と剣を交えるときの定石が崩れる。
刀身を変形させれば、振り回して攻撃する必要はない。魔力を送り込み、操作してるだけでいい。
それが魔剣アヴウェノシアの最大の利点。
「か、囲め! 数で押し切りゅぐぇ!?」
また一つ、命が刈り取られた。
ロルビスの魔剣は正確に、無慈悲に盗賊の喉元を喰い破る。
その様はまるで魔剣が意思を持っているかのようだった。
「ロル殿、来たぞ」
盗賊達を薙ぎ払いながらユーミラが言ってきた。
視線の先には狼の獣人が立っていた。武器は何も持っていないが、あの鋭い爪や牙こそが獣人の最強の武器。おそらくは素速い動きで敵を翻弄するスピードファイター。
「あれが団長ですか?」
「いや、副団長だ」
「え、あれで?」
となると、団長はどれほどの実力なのか。
「残りは任せてもいいですか?」
「ああ、庇うべき味方もいない。残りの盗賊も有象無象だ」
「じゃ、俺は団長様を倒しに行きます」
ロルビスはアヴウェノシアを伸ばして壁に引っ掛ける。
元の形に戻して上昇、壁を蹴りつけてまたアヴウェノシアを引っ掛ける。
目指すのはバルコニー。盗賊団団長はそこにいた。
ロルビスはバルコニーの落下防止用の手摺を乗り越える。
「やあ」
そこには至って普通の好青年がいた。
愛嬌のある顔、明るめの茶髪。腰から剣をぶら下げてなければ誰がどう見ても優男だ。
「あなたがグイレンですか」
「ああ、そうだよ。よくここまで来たね」
グイレンはにこやかに笑う。
「僕の部下達にずいぶん酷いコトしてくれるじゃないか。僕は悲しいよ」
悲しいと言っているのにグイレンは終始笑顔だ。まるで悲しんでない。
目の前の男は、部下を駒としか思っていない。
「まあいいや、せっかくここまで来たんだし、遊ぼうよ」
グイレンは鞘から剣を抜く。ロルビスもアヴウェノシアを構えた。
走る緊張。お互いに睨み合う状況になる。
戦いは、グイレンが仕掛けるのが先だった。
体勢を低くして走り出し、一気にトップスピードへ。
グイレンは近距離の剣戟に持ち込もうとした。しかし、寸前でバックステップをして後退した。
ガチンッ、とまるで猛獣の牙が打ち合わされたような音が鳴る。だがそれは決して牙ではない。
それは刀身。ロルビスの持つアヴウェノシアの刀身が四本に分裂し、牙のようにグイレンを襲いかかったのだ。
「いやー、驚いたよ。スゴイ魔剣だね」
「ええ、俺の相棒です」
再びアヴウェノシアの刀身が変形した。今度は四本から倍に増えて八本。
バラバラの方向から襲いかかる。対応しにくいようタイミングもずらす。
「うわー、タコみたい」
グイレンが剣を振るった。
目にも止まらぬ速さで振るわれた剣がアヴウェノシアを弾く。
「鬱陶しい剣だねぇ」
「そうですか。なら、もっと鬱陶しくしてあげますよ」
「んなっ!?」
刹那、アヴウェノシアが更に加速した。
鞭のようにしなる、突剣のように突く、縦横無尽に暴れまわる。
「うっ、おおおおおオォッ!」
今まで余裕だったグイレンの顔に焦りが表れた。グイレンの剣がより一層苛烈になる。
上、左下、右後ろ、正面、左右同時、予測不可能な攻撃が四方八方から押し寄せる。これだけの攻撃を仕掛けても全てを防ぐあたり、グイレンはかなりの実力者だ。
しかし、スタミナは無限ではない。グイレンの動きが鈍りはじめる。
「だぁー! くそっ!」
そしてついに、均衡が崩れた。
分身刀がグイレンの脇腹を切り裂く。
「いってぇー。なんなのよ君、魔力操作上手すぎない?」
血が出る脇腹を押さえながらグイレンが呟く。それはどちらかと言えば独り言に近かった。
「それだけが取り柄ですから」
「こりゃ本気出さないと勝てないね」
雰囲気が変わった。空気が一気に張り詰める。
ここからが、グイレンの本気。ロルビスはアヴウェノシアに目一杯魔力を込めた。
次の瞬間、グイレンが意外な行動に出る。なんと、背を向けて逃げ出したのだ。
「え? あれ?」
グイレンはそのまま城内に隠れてしまった。
あれほどの実力者に逃げるという選択肢があったとは。いや、実力者だからこそか。
ロルビスはグイレンを追いかけて城内に入る。
もちろん、罠の可能性もあるが、ここで逃がすわけにはいかなかった。
ロルビスは城を隅から隅まで探すつもりでいた。だが意外にもあっさりとグイレンは見つかった。
城内の広間、その最奥にある玉座にのんびりと座っていた。
ここはおそらく謁見などにも使われていたのだろう。
「やあ、謁見の間へようこそ」
「あなたは王様じゃないでしょう」
「そうだね、王様なんて面倒だ。盗賊の方が性に合ってる」
彼はのんびりとしたまま座っている。あくまでもマイペース。その余裕は自信故か、それともハッタリか。
「それじゃあ、続けようか」
剣が変わっていた。なんの装飾もなかった普通の剣から、赤い宝石が埋め込まれた鋼の剣へ。
「魔石?」
「うん、その通り。僕は魔法の適性が少しあるんだよね。そして、この剣は魔法詠唱を省略できるんだよ」
そう言ってグイレンは剣を構えた。
同時に、詠唱を始めた。真に力が込められた呪文を、言の葉を紡ぐ。
「《カマサハ ワトゥヂ フェルトラテラ》」
火炎が出現した。
それは、人を死に至らしめる炎。
はるか古代から人の命を奪ってきた『魔法』。
「いや素晴らしい。本当に素晴らしい」
ロルビスは称賛を送った。素直に凄いと思った。
「俺には、魔法の適性がまったくありませんでしたから」
虚空で魔法陣が輝いた。そして次の瞬間、グイレンの炎は消えていた。
「え?」
一瞬の出来事に、呆気に取られる。
再び魔法陣が輝いた。
ガッ、と。鼻の頭に何かがぶつかった。
気づいた時には、グイレンは床に仰向けで転がっていた。
カランと剣が落ちる音が遠く聞こえる。
口の中に広がる鉄の味。涙で視界が霞む。顔についたヌルリとした感触を左手で拭った。
「──ッ!」
激痛が走ってようやく鼻が折れている事に気づく。
「はっ!? おまっ、お前! 僕の顔に傷を!」
ロルビスは答えない。さっきと同じ場所に変わらず立っている。
グイレンは剣を拾い上げようと起き上がった。生暖かい液体がボタボタと落ちて服に染みを作るのにも構わず、剣を拾おうとする。
剣まであと僅か、というところでグイレンは暴風に襲われた。
人を転がすほどの風が、いくら広いとはいえ城の中で起こるはずもない。
「お、お前ぇ! なんで詠唱なしで魔法が使える!? てっ、てきっ、適性はっ、ないんじゃなかったのか!?」
四つん這いの格好で叫ぶ。
目の前にいる存在から、逃げる。
ロルビスは滔滔と語った。
「魔法陣、昔に開発されたものです。あなたが使った詠唱を魔法陣に置き換えることで魔法を発動させる方法、それが魔法陣です」
それは魔法であり、魔法ではない。無詠唱で発動する魔法。
後に、こう名付けられる──『魔術』と。
グイレンが呟いた。
「ば、化け物……」
その言葉は、かつてロルビスにかけられた言葉とは正反対の意味。
未知の怪物に遭遇したかのような、怯えた目が向けられている。
ロルビスにとって、それは酷く、酷く腹立たしかった。
「──魔法使いを、舐めるな」
「ひっ」
グイレンの言葉が、ロルビスの導火線に火をつけた。
「俺は弱いんだよ。才能も、力も、何もなかった。どんなに鍛えても、これ以上魔法の威力が上がることもなかった。俺よりも強くて、化け物と呼ぶに相応しいのは他にもいるんだよ。それなのに、俺が化け物? ふざけるな!」
ロルビスを無能と呼び、いじめてきた、ロルビスと同世代のエルフ達。
同世代だけでなく、村全体がロルビスを奇異の目で見てきた。
エルフでありながら、魔法が不得意なエルフ。
侮蔑、差別、ロルビスをいじめてきた奴らを嫌いにならないはずもない。
だが、同時に尊敬もしていた。
皆が皆、魔法の腕前を磨いていた。努力を欠かしていなかった。
ロルビスはその背中に追いつきたくて、認めてもらいたくて、同等の立場にいたくて、努力をした。それこそ、血がにじむような努力をしてきた。
見返してやりたいのだ。どうだ、半端者でもお前らと同等の実力を手に入れたぞ、と。
その承認欲求が、ロルビスをここまで導いた。
「ふう…」
熱を冷ますように深呼吸した。
冷静さを失わないよう普段から心掛けているつもりだったがつい熱くなってしまった。
「さてと、盗賊団団長グイレン。観念してください」
「う、うぁぁああああああああああああああああああっ!」
グイレンは落ちていた剣を掴み取るとロルビスに向かって一直線に走り出した。そこにはなんの駆け引きもなかった。
ロルビスは無言でアヴウェノシアを振った。
グンッと鞭のようにしなった刀身が、グイレンの首を切り落とす。
ゴトリ、と首が落ちる音がやけに大きく響いた。
「残念です」
一言、ロルビスは言い残すとその場を後にした。
ここらへんは上手く書けた気がします。
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