こすず 看板猫になる
思い立って 小説を書いてみようと思い 題材に大好きな妖怪を選んでみました。もし 今の世の中に妖怪が生きているとしたら、きっと、こんな感じになるのでは?そう思って書いてみました。私の中の妖怪は、怖いものではなく、何か懐かしくほのぼのさせるものです。そんな妖怪の代表として晴日が生まれました。強いけど、なんか抜けてる。頼まれても嫌といえない普通の男の子…そんな晴日が、色んな揉め事に巻き込まれながら贈る日常 もし 気になったら 読んでみてください。
「いらっしゃいませ~」ドアが開いた途端、 とびきり よそいきの顔と声で、呼びかけたものの 入り口に立っている人の姿を見て ガックリと…
肩を落としてしまった。
そこにいたのは、人ではなく猫又のスズ…
つまり妖怪である。
彼女?も、また とびきりの声と笑顔で、俺の首に飛びついてきた。
「はーるひ だーいすき❤️❤️❤️」
すかさず
「はい はい ありがと 」
首に 巻きついている腕を 乱暴にほどきながら、思いっきり顔をしかめて適当にあしらう。
「なんでよ〜 」
「バカ つれないんだから…」
そんな不毛なやりとりをしながらでも、
「そんなところも好き❤️」
とか、 ぶつぶつ言っている…
見ない・見ない 無視・無視・甘い顔をすれば、つけあがる。なんと言っても 彼女は妖怪なのである。
おっと、自己紹介が後れました。俺は、阿倍野晴日 ここ 新宿歌舞伎町で、ナンバーワンホストを目指している 二十二歳超イケメン男子である(自称) 。今 俺がいるのは、飲食店が居並ぶビルの一階部分にあるバー
『sunny- day 』
ここで雇われ店長をしている。この店で、金を貯めていつか立派なホストクラブを建てて、疲れ果てたかわいい女の子たちを癒してあげるのが夢だったりする。なのに、なのになんでか?うちの店に来るのは、カッパだとか、天狗だとか、妖怪ばかり…
俺が、目指しているのは、に・ん・げ・んのホストであり、断じて妖怪相手ではない。
何故、 ここに妖怪が集まるのか?
まぁ 理由がないわけではないのだが…
それは、俺の素性が問題で、 両親が少なからず関係してくる。俺の親父は、阿倍野晴明 あの平安時代の陰陽師 安倍晴明その人である。なんで 平安時代の 陰陽師が、現代にいるのかって言うと、親父の母親 つまり 俺のばあちゃんが、妖狐だったりするからだ。要するに 親父も 立派な 半妖ってわけだ。で お袋は、阿倍野環 知る人ぞ知る大妖怪、九尾の狐 玉藻の前だ。後、もう一人俺の双子の姉、円 まぁ こいつはいい…
そういう理由で、少なからず、妖怪とも縁がある。
だが、 だからといって、俺の店で、 たむろされては困る…
商売上がったりじゃないか。、歌舞伎町ナンバーワンホストを目指している俺にとっては、由々しき問題である。
今日もまだ、 人間のお客は0
今日だけでなく、昨日も…
というか、開店依頼ほとんど0
こんなはずじゃなかったのに…
はあ〜 ため息をついてカウンターにつっぷした途端、 聞こえてくる声 「はるちゃーん❤️ ビールおかわり」
「こっちは、 おつまみないよ〜」
はい、はい、はい、はい、こうして 夜はどんどんふけるのであった。
朝、眠い目を擦りながら食卓に着くと、親父もお袋もついでに円も、 既に朝ごはんを 食べていた。 目玉焼きに、サラダとトースト…
妖怪と言っても、人間に化けているうちの家族は、 普通に人間と同じものを食べている。
お袋曰く、
「人間に化けてる時は、徹底的に!」
だそうである。
妖怪だからと言って、 毎日人間の魂とか食べてるわけじゃない。 別に食べなくても、生きているだけなら 大地の力を吸収するだけで、充分に生きていける。世界征服とか、わけわからない野望を抱かない限りは…
人間と同じように食べて、寝て、仕事しながら、波風立てないように おとなしく平和に生きている。それが、今の時代を生き抜く健全な妖怪の姿なのだ。というか、実のところ人間の方が、随分恐ろしい存在になってきている。もし 俺たち妖怪が、実在しているとわかるとどうなるか?考えるだけで 恐ろしい…
だから俺たち小心者の妖怪は、見つからないように、息を潜めて生きているっていうわけだ。
コーヒーをカップに注いで、口をつけた途端 親父が、一言
「はる 最近店は 上手くいっているのか?」
『うっ!』
一気にコーヒーが、喉を滑り降りてきた。ゲホゲホ咽せて、咳き込みながら なんて答えて良いのやら…
言葉に詰まっていると、隣に座っていた円が、ニヤニヤしながら
「はるの店は 繁盛してるみたいよ。ただし、よ・う・か・い・にだけど…」
くっそ〜 バラされちまった。やっぱ こいつは、油断ならない。恐る恐る 顔を上げると、
「まぁ 儲かっているのならいいが… 」
「はるは、てっきり 人間相手の店を構えると思っていたんだが…」
妙に、納得した顔で言う親父の顔が、目に入ってきた。お袋はと言うと、顔いっぱいに笑みを讃えて、
「さすが、はーちゃん❤️ お店を初めて一ヶ月しか経っていないのに、もう 軌道に乗せてるなんて…」
えっ、そこ ! ちがう、何かが…
はぁ、やっぱ 皆ずれてる。考えると滅入るので、店の仕入れに行くことにした。
俺が席を立つと、足下に蹲っていたニ匹の狐も、伸びをしながら 起き上がった。親父の前にちょこんと座って、しっぽをふりふり、
『こーん』
とひとなきした。親父に『いってきます』とあいさつをしているつもりらしい。
うちには お袋の眷属の狐が、六匹いる。俺についてる 青音と赤音、通称青と赤、円についてる 藍音と桃音、こちらは 藍 桃と呼ばれてる。四匹の親ギツネで、家を 護っている白音と黒音 (白と黒)
お袋が、俺たちを心配して 生まれた時から守護につけた狐たちだ。人間の前では、姿を消しているが、いつも 側で、俺たちを護っている。居るのが当たり前なので 、もう空気のようなものだが、まさか こいつらのせいで、店に 人間が来ないとは、気づきもしなかったのだが…
俺が、部屋を出るのを待って 親父が、円に聞いた。
「まさか 青と赤のせいで、はるんとこに人間が、入ってこれないんじゃないだろうな?」
「その通りよ。」
「いつ行っても、ニ匹で しっかり店に結界張ってるわ。」
「はるを 護ってる気でいるみたいよ。」
「マヌケなはるは、それに気づいてないから、おもしろいのよ。」
心底楽しそうな顔で、円が 返事した。
「環は、知ってたのかい?」
「もちろんよ。ニ匹が報告してくれたもの〜」
「だから 褒めてあげたの。」
「これからもよろしくねって…」
「うむ 知らないのは、はるだけか…」
「 まぁ おもしろいから、ほおっておくか。」
この家での、俺の扱いが知れるってもんだ。
そんなこととは、露にも思ってない俺は、今日も一人、店の準備に精を出す。
すると、 勢いよくドアを開ける音が、聞こえてきた。振り返りながら
「すみませーん。」
「まだ 開店前で…」
と、しゃべり終わる前に、
「はるひ この子を助けて!!」
血だらけの子猫を抱えたスズが、血相を変えて入ってきた。
助けろと言われても 俺は、 獣医でもないし、 奥の手でも使わない限り、どうにもしようがない。とにかく どう言うことか理由を 聞き出さなければ、先に進まない。
「どうしたんだよ その子猫?」
テンパってるスズに声をかけた。聞かれたスズは、早口で話し始めた。 子供の時に捨てられていたニ匹の子猫を かわいそうに思ったスズが、 眷属に加えたらしい。で、そのうちの一匹が 今スズの腕の中にいる子猫だそうだ。三ヶ月前 ニ匹とも、OLに拾われて幸せに暮らしていたはずなのに 何かがあったらしい。
嫌な予感がしてきた。めんどくさいことになりそうな臭いが、プンプン漂っている。 だって、よくよく子猫を見てみると、ケガだけじゃなくて 瘴気まで纏ってやがる。奥の手を使う事、確定事案じゃないか…
でも こういうオカルト事案は、俺の管轄じゃない。引退したとはいえ、腐っても陰・陽・師 親父の管轄だ。なのに どうして ここにもってくるんだ?
だから スズに 言ってやった。
「これ オカルトがらみだろ…」
「俺より 親父にいえよ。」
「だって 社長に 言ったら、これから出張先で 会議だから、暇なやつに言えって…」
「ひ、暇なやつって… 」
確かに 親父は 阿倍野グループの社長だが…
「じゃぁ お袋は…」
「横浜で ロケだって…」
まぁ 女優だからな…
「それじゃぁ 円は…」
「神戸で ステージだって…」
そりゃぁ アイドルだからな…
あ〜もう 俺しか残ってないじゃないか。どうせ俺は、暇なやつだよ…
「わかった わかった ひ・ま・な 俺が、なんとかすればいいんだろ…」
なんか はめられた感 満載だが、こうなったら仕方ない。なんとかしてみるか。
とにかく ケガを治す前に この瘴気をなんとかしないと、魂の核まで喰われちまったら もっと めんどくさいことになる。それは、それで 厄介だし。
問題は 子猫が、どのぐらい瘴気に喰われてるかなんだけど…
俺は、それを調べるために 子猫の身体に手をかざした。よし!魂は無事だな。うん? この瘴気?こいつのというより誰かの移香みたいなものか…
これなら、なんとかなるな。
怪我の方は、出血のわりに たいした事なさそうだし。
「青」
俺は、空に向かって呼びかけた。
すると 小さな竜巻のように 空気が渦を作り その真ん中に青が、姿を現した。
「この 子猫の瘴気を祓えるか?」
青は、子猫の側にちょこんと座ると 鼻でクンクン子猫を嗅ぎ始めた。やがて 顔を上げて一声
『こーん』とないた。
鳴き声とともに、 子猫に纏わりついていた瘴気が、すぅ〜っと消えてなくなった。
「サンキュー青」
青の力は、魔を払うことに長けている。こういうことは、得意中の得意なので すご〜く重宝している。
次は 赤の番だな。
「赤」
呼びかけに応えて、赤も姿を現した。
「この子猫の傷を 治してやってくれ。」
今度は 赤が、子猫の側に座り 傷を 舐め始めた。赤が舐めたところの傷が、綺麗に塞がっていく。赤には、癒しの力が、備わっている。
この力をかわれて、ニ匹が俺に付けられたわけだ。
さて 今 俺にできることはすべてやった。あとは、子猫の体力?気力次第かな? 妖怪は、人間と違って心臓はない。強いて言えば 魂の中にある核がそれに当たるかな? 今回のように 妖怪が、瘴気に触れて、魂を喰われ、核まで喰われたら消滅してしまう。今回は、ギリギリセーフってところだな。
なにせ 子猫のような小妖怪は、魂の器が、小さいから すぐに核まで 喰われちまう。妖怪の魂は、妖力や霊力といった力と比例してるから 大妖怪ほど魂の器はでかい。核まで喰われてなかったら 力が戻るまでおとなしくしていれば、魂も元に戻って元気になる。この子猫も少し休めば 元気になるだろう。
あとは スズに任せて、店の準備に戻らないと 開店まで時間がない。
今日も今日とて 妖怪たちで、賑わっている店を、なんとか切り盛りしながら時間が過ぎる。
閉店間際になった頃 眠っていた子猫が目を覚ました。まだ ふらつく足で、立ち上がろうとしている。弱々しそうな声で鳴いたかと思うと、店の入り口まで おぼつかない足取りで歩き出した。スズが、連れ戻そうとしているが言うことを聞かないらしい。手に負えなくなったスズが、俺の方を見て言う。
「はるひ なんとかして〜」
ほら きた…
はぁ〜 今日は、まだまだ 帰れそうにないってことか。
だいたい 『なんとかして』と言われても 何をどうしたらいいのかわからないし…
十分助けてやったと思うんだがな。それに なんで子猫は、出て行こうとしてるんだ? おんなじ猫同士なんだから聞き出せよ。俺にばっか、頼ってないで 『自分でなんとかしろ!』
思ってても 口に出せない自分が悲しい。
結局 俺が、なんとかする羽目になるんだよなぁ〜。
面倒なことから 逃げられないなら、さっさとかたづけるにかぎる。 俺は、店の客にこえをかけた。
「申し訳ない… 」
「急用ができたので 早じまいさせていただきます。」
やっぱり あっちからもこっちからも、ブチブチ文句を言われる。それでも、妖怪の客たちは、諦めて席を立ち始める。これで、客が減らないといいんだが…
「スズ 車回すから 子猫と外で待ってな」
ひと声かけて店を出た。
スズと子猫を拾って、車を走らせている。めんどくさい話は、みちみち聞き出すとして、まずは、子猫の行きたがってる場所に、行ってみないと始まらないよな。
「その 子猫どこに行こうとしてるんだ?」
スズにきいた。
「うん 詳しいこと聞いてみるね。」
スズの邪魔をしないように、静かにしていることにした。
スズの聞き出した話では、子猫の飼い主が男にふられて自殺を計ったらしい。ここまでは よくある話だが、問題は ふられて沈んだ心を怨霊につけこまれた。 瘴気に心を喰われ、怨霊になった飼い主は、ニ匹のこともわからず、暴れて二匹を傷つけた。その飼い主を救い出したい一心で、もう一匹の子猫が 自ら取り込まれた。スズの抱いてる子猫の方は、飼い主ともう一匹の猫を救い出すため 助けを求めて彷徨っていた。そういう話だったようだ
これだから 人間は怖い…
ちょっとしたことで すぐに 怨に堕ちやがる。昔は よっぽどのことがない限り、怨に堕ちたりしなかった。でも今は、ストレスを抱えた奴が多すぎる。弱った心は、瘴気に喰われて怨に堕ちやすい。怨に堕ちて死んだ奴は、怨霊になって周りに瘴気を撒き散らす。巻き散らした瘴気は、妖怪の核を喰らい始める。俺たち妖怪には、住みにくい世の中になっちまった。
スズが、飼い主の女性の霊がどこにいるか子猫に聞いた。
「彼氏のとこか、家いつもどちらかにいる。」
そう返事が返ってきていた。確かに恨んでる相手のとこに居つくよな…
まずは、彼氏のとこに行くか?俺は、子猫に案内されて彼氏の家に車を走らせた。高級とは言えないまでも、そこそこ立派なマンションに案内された。
「ここか?」 俺が聞くと
「そうみたい…」
スズが答えた。
でも 瘴気も妖気も何も感じない…
空振りかもしれないな。そう思いながらも車を降りた。エレベーターが一、二、三、四、五階で停まる。彼氏の部屋で聞き耳を立てる。別に騒動が起きている様子はなさげだ。意を決して、インターホンを押す。
「はい」
男の声がした。とっさに考えた嘘をつく…
「すみませーん ***保険ですが、お話し聞いていただけませんか?」
「結構です…」
「間に合ってます。」
「そうですか…」
「お得な商品が、出来たので お話だけでも…」
しつこく食い下がったら、ドアが開いた。怪訝な顔をしたチャラい男が出てきたが、飼い主の霊がいる様子はなかった。どうみても触りを受けているようには見えないし…
瘴気の残り香もなさそうだ。あっても放置だが…
俺は、女性には、優しいが、男には、優しくしたりしない。ましてや 女性を泣かせるような奴に手を貸す必要なし…
俺は、適当なことを言って、そこを後にした。スズが、ぷんぷん怒っていた。「何よ!あの男…」
「この子たちが、こんなに苦しんでるのに…」
「後で、この子たちに代わって仕返ししてやる…!」
あんなチャラい男は、少し痛い目見た方がいい。おぉ〜怖い、怖いスズの仕返しが見ものだな…
さてと、彼氏の家は、空振りだった。と言うことは、飼い主の家ってことか…気を引き締めて向かわないとな怨霊になっちまってるかもしれないし…
でも まいったな〜 相手が怨霊なら、かなりめんどくさいことになる。下手したら、ただじゃすまないよな。そんなことを思っている間にも 車は、目的地にどんどん近づいている。
子猫の飼い主の家の前に、車を止め、これからのことを考える。ここにいても やばいのはわかる。瘴気が、漏れでて気分が悪い…
俺だけなら なんとかなるが、今回は、スズと子猫も連れていかないといけない。こいつらを護るためにも、親父直伝の呪を かけた方がいいだろうな。指を二本立て、口の前に持っていき、小さな声で呪を唱える。この瘴気の感じだと俺の呪ごときじゃ 気休め程度にしかならないだろうが、無いよりまし…備えあれば憂いなし。やれることは全部する。だな
車を降りてスズに言い聞かせる。
『俺より前には出ないこと。』
『もしもの時は、俺を置いて、子猫と逃げること。』
さすがのスズも、ことの重大さに深妙な顔つきになっている。
「もしもの時って…」
「 どういうこと?」
聞こえないようなほど、小さな呟き。
「わたし、 どんな時だってはるひを 置いてなんていけない。」
静かな沈黙が続く。
気持ちはありがたいが、今回ばかりは、護ってやれる自信がない。
「スズ、今回は 俺も、やばいって思ってる。」
「もし、俺が危なくなったら 親父かお袋に知らせてくれ。」
「スズにしか頼めないから…」
優しく諭すように言う。少しでもスズの不安を拭えるように…
下を向いていたスズが、ゆっくり顔を上げた。覚悟を決めた清々しさが、表情に表れていた。
「はるひに なにかあったら ちゃんとニ人に伝える。」
「わたしも この子をちゃんと護って見せるから。」
なんか ほんの少しの時間しか経ってないけど、スズが、ちょっと大人になったような気がした。
「それと 巻き込んじゃって ゴメン…」
俺から 顔を背けて、ぼそっと言った。
おっ… スズの『精一杯』ちゃんと受け取ったからな。
心の準備もできたし、ちゃっちゃと行ってかたづけよう。
でも ひとつ ひっかかってることが、あるんだよな。部屋の鍵をどうしたもんか?
あぁ もう…悩んでても仕方ない。当たって砕けるか…
やっぱり 鍵は、閉まってた。そりゃそうだろうな。空き家に鍵かけてないと、誰でも 簡単にタダで泊まれるビジネスホテルだもんな。俺が、悩んでいると スズが、なにやらメーターボックスを開けて、ゴソゴソしている。なにやってるんだ?あいつは…
「あったー 家の鍵」
はぁ? なんで知ってるんだ、人ん家の鍵の隠し場所…
まぁ 助かったからいいけど…
こいつも油断ならないな。
鍵を開ける前にすることがある。この部屋を 他から隠さないとな。万一 異変に気づいたやつが、入って来たりしたら 言い訳のしようもない。ドアの前に立ち 呪を唱え、手刀を切る。これで この部屋は、ここに『ある』が 人からは認識されない。本来呪というものは そういうものだ。『ある』と認識しているから、そこに『ある』。でも、『ない』と認識するとそこに、あっても『ない』ことになる。俺は、この部屋を認識外のものにする呪をかけた。これで よほどのことがない限り 気づかれることは、ないだろう。
さぁ 準備は、できた。鬼が出るか、蛇が出るか、いざ 出陣! 出てくるのは、怨霊だけどな…
ゆっくりと鍵を開けて、ドアノブを回す。ひと息ついてから、思い切ってドアを開けた。部屋の中は、すでに 綺麗に片づけられて、何もなかった。ただ 部屋の真ん中に 女性の霊と足元に縋り付いている子猫、それと 信じられないぐらいの瘴気を撒き散らしているやつ。もう人の姿さえ取れていない。ただの黒い塊だ。かなり多くの、人を取り込んでいる証拠だな。女性の霊が、取り込まれようとしているのを 子猫が、必死で 阻止している。かわいそうに…
あの子猫、かなり 瘴気に喰われている。消滅して無くなるのも 時間の問題だろう。
スズが抱いてる子猫が、もう1匹の子猫の方を向いて、泣き叫ぶ。
「おにいちゃん…」
「助けにきたよ…」
「がんばって。」
その声に、もう一匹の子猫が、振り向き 驚いて息を飲んだのがわかる。スズの抱いてる子猫に
「こすず どうしてもどって来たんだ。」
「出てけ!」
切羽詰った様子でいう。
「だって おにいちゃん…」
「こすずだけでも、助けたいって思ったのに…」
「 なんで 帰って来たんだよ。」悲しそうに言う。
お前らの気持ちは、痛いほどわかった。どれだけのことが、できるかわからないけど、助けてやる。こんな必死な姿見せられたら、後には引けないよな。
俺の真後ろにいるスズたちを 背中にかばいながら、こすずにはなしかける。「おまえ こすずっていうんだな。」
「兄ちゃんの名前は?」
「ベル」
「そうか ベルか…。」
「おまえの兄ちゃんは、すごいやつだな。」
「お前らのために あんなになってまで がんばって…」
「必ず 取り戻してやるから、安心して待ってな。」
スズたちを残して女性の霊の方に歩いていく。
「青、赤」
二匹に呼びかける。俺の頭上に白い空気の渦と共に表れたかと思うと、右側と左側に分かれて降りてきた。ベルとこすずのためにも あの女性も引き戻さないといけないんだよな。じゃないと、ベルが、がんばった意味がなくなるからな。とりあえず 様子見がてら、話しかけてみるか?聞く耳があったら、ありがたいんだが…
多分無理だろうな。
「おい あんた あんたを怨霊にしたくなくて、がんばってるこいつらの姿が見えないのかよ!」
唸ってるだけで、こっちを見ようともしない。聞こえてくるのは、ふられた男への恨み言ばかり…
「さみしい、一人は嫌、会いたい、憎い 一緒に逝きたい」
負の感情だけしか残ってない状態だ。荒療治だが、無理やりこっちを向かせるか。
「青、赤 あいつを 少しの間押さえ込んでくれ。」
俺の言葉に反応して、青と赤が、女性の霊の右手と左手にそれぞれ分かれて噛みついた。女性の霊は、板に貼り付けられたように、両手広げて、何もない空間に縛られた。必死で両手に噛み付いている二匹を 振り払おうとしている。
それに反して 二匹が、もっと強く歯を立てる。自由を奪われて、女性の霊が脱力した。
もう一度、女性の霊に語りかけてみる。
「あんたの苦しさは、わかるけど、ほんとに一人だと思ってるのかよ。」
「じゃあ あんたの足元で必死にあんたを引き止めてたこいつは、なんなんだよ。」
「こすずも大けがをしながら、俺たちのところまで助けを求めに来たのは、誰のためなんだよ。」
「あんたの彼氏とやらも、見せてもらったが あんたのことなんかこれっぽっちも思ってない。」
「あんなやつ 別れて正解だと俺は、思うけどな…」
「ほんとに愛されてたか思い出してみろよ。」
「あんたの本当の家族って、こいつらじゃなかったのか?」
「よく 考えてみろ。」
…沈黙…
俺の声が、届いたのか?視線が下に落ちた。ベルを見ている。
「ベ…ル…」
震える声で名前を呼んだ。自分の記憶を 呼び起こしているような、気配。「ベル?」
俺は、畳み掛ける。
「そうだよ。こすずもいる。」
「辛いことばっかじゃ、なかったんじゃないのか?」
「思い出してみろよ。」
「楽しかったこともあったんだろ?」
「こすず…?」
「ベル…?」
「アーァ〜???」
女性の霊から、悲鳴のような叫び声があがる。
「よし 今だ!」
我に返りつつある今なら、引き離せる。
「青、赤 怨霊から引き離すぞ。」
『コォォォーン』
ニ匹の鳴き声に合わせて、俺も女性の霊の腕を掴む。ありったけの力を入れて、引き離す。その勢いに呑まれて、後ろへ吹っ飛んだ。
怨霊から、無理やり女性の霊を引き離したことで起きる衝撃がすごい。
『ゴォォォォォー』
すごい地鳴りと 空気の振動、鼓膜が 風圧で裂けそうになる。立ってるのが、やっとの揺れの中、周りを探る。スズは…?
揺れで立てずに うずくまっているが、しっかり、こすずをかばっている。やるじゃないか。後で、褒めてやろう。
ベルは…?
部屋の隅に横たわっている。あいつ大丈夫か?かなり 無理してたからな。限界かもしれない。
女性の霊は…?
ベルから少し離れたとこで 顔を隠して 泣いている。ひとまず大丈夫そうだな。
ここからが、問題なんだよな。できれば、このまま『おさらば』と行きたい。でも無理だろうな。あの怨霊、怒らせちまったからなぁ。そのせいで、瘴気が濃くなって来てるし…
このままじゃ、ベルとこすずがもたないだろう。仕方ない。すずたちだけでも、外に逃すか… あの女性の霊は、…
無理だよな。まだ怨霊と完全に切れてないからなぁ。油断したら、すぐまた取り込まれるだろうし。
俺は、スズに呼びかけた。
「スズ… 」
「ベルとこすずを連れて、ここから離れられるか? 」
「瘴気が、濃くなってきてるから、こすずとベルがもたない。」
「俺が、怨霊の目を惹きつけておくから、その隙に外へ出ろ。」
「わかった。」
「やってみる。」
スズから 返事がかえる。
スズが、怨霊に悟られないように 静かに身構え、ベルの方に 向き直る。その様子を 肌で感じながら 俺自身は、怨霊にわざと気づかせるように 立ち上がる。
スズと俺は、同時に反対方向へと走り出す。怨霊がスズを追わないように 青と赤が、怨霊の足下に纏わりついて気をそらす。俺は、小さな霊気の玉を投げつける。
スズが、ベルの所にたどり着いた。ぐったりしているベルを抱きかかえて、そのままドアの方に走り出す。
…刹那…
怨霊が吠えた。空間が、歪む
「何をされた?」
何が起こったのか、辺りを見渡し探る。
スズが、悲痛な声で叫ぶ。
「開かない。」
空間ごと、閉じられてしまった。これで 誰も出られない。怨霊を封じるか、祓うかしない限り、外に出る方法がなくなってしまった。
怨霊の低く暗い声が、頭の中に直接響く…。
「誰も ここからは出さぬわ。」
「我の側にあるものは、我の一部になる。」
「さすれば 我の力は、強大となり、この世から 我を堕とせしものに、目に物見せてやることができる。」
「さぁ そなたらも、我の一部となれ。」
こいつ、かなり古い霊だな。こいつの話し方から見ると、朝敵に蹴落とされた平安貴族ってところか? これだけ、古いやつだと、かなりの霊を取り込んでて当たり前か?しかし 未だに 恨みが残ってるなんて、たちが悪いったらありゃしないな。
しかも、俺に一部になれとか、あんなグロいやつの一部になるなんて、絶対にごめん被る。
「俺は、ナンバーワンホストになるんだよ。」
「おまえの一部になんか、なってたまるかよ。」
「ばーか。」
そう 言い放つ。
とはいえ、これからどうするかだな。怨霊の力は、取り込んだ魂に比例する。今の俺が、あの怨霊のやつに対抗できる方法は、五芒星の陣ぐらいだが、悠長に描いてる暇は、ないよな。ということは、こっちで、練って貼り付けるしかないな。
「青、赤 陣を作る間 怨霊のやつを頼む。」
ニ匹が、怨霊に飛びかかり、牙を立てる。が、叩き落とされる。それでも 立ち上がり 飛びかかる。俺は、口の前に二本の指を立て、呪を唱え始める。 俺の目の前の空間に、小さな青く光る陣が、少しづつ描かれていく。一番外の円が描かれて行く。続いて、その内の円、最後は、中心に五つの点が、浮かび、一つずつ繋がっていく。五つの点が繋がり、五芒星が、浮かび上がる。口の前の指を、怨霊の足下に向けて、手刀を切る。五芒星の陣が、怨霊の真下に浮かび上がる。陣から 青い光が、垂直に立ち昇り、怨霊を包む。陣が、完成した。
陣を発動させるために 前に出る。青、赤、俺で陣を囲む。後は、九字を切るだけだが、怨霊のやつもなかなか屈しない。見えない壁の押し合いのように、俺の力も消耗させられる。九字を切ろうと、手を動かしたいが、とてつもない力で抑えられたように動かない。一瞬でも気を抜けば、陣を破られる。多分 破られれば、ただでは済まないだろう。術を破られれば、術者は、相当のダメージを喰らう。俺は、もう一度力を入れて、押さえ込もうと踏ん張る。
いったい どれぐらい時間が、経っただろう。一時間?ニ時間?お互い一歩も引かない。というより引けない。引いた方が、やられる。
「怨霊のやつ どれだけタフなんだ。」
「もう 俺の方が保たない。」
俺の消耗と比例して、陣も脆くなっていく。怨霊の足下の陣が、不安定に揺らぎ始めた。もう一度陣を留めようともがいているが、意に反して一層揺らいでいる。
やばい
陣が、不安定になったのを、感じて怨霊が、暴れる。
「押さえられない。」
喉から言葉が漏れる。いっぱいまで、膨れ上がった風船が、破裂するように一瞬で 陣が、弾け飛んだ。弾けた力をダイレクトに喰らう。俺は、後ろに吹き飛ばされ 窓に激突する。額から、血が滴り落ちる。それよりも、腕が、…
とっさに身を守るために盾にした、右腕に感覚がない。腕が使えないと、術も使えない。絶体絶命…
そのまま 意識が黒く変わる。
誰かが、泣きながら 俺を呼んでいる。少しづつ 覚醒していく。瞬間、我に返った。さっきの衝撃で、気を失っていたようだ。スズが、心配そうに覗き込んでいる。
「はるひ…」
俺は、ゆっくり起き上がり、スズにうなずく。
『もうこうするしかないよな。』
俺は、決意する。
このまま、こんなとこで、瘴気に喰われて死を待つとか絶対に嫌だ。スズのためとか、こすずやベルのためとか、そんなこともう関係ない。これは俺自身の問題だ。やられたままなど俺のプライドが許さない。
「青、赤、俺を解放しろ!」
俺は、叫ぶ。
ニ匹の 妖気が、どんどん増していく。子狐だった体が、大きく成長する。そこに現れたのは、成獣の妖狐…
本来のニ匹の姿だ。
ニ匹は、空を駆け、俺の頭上で、円を描いて飛び続ける。やがて、白い妖気の霧を纏い、俺を中心に、螺旋を描くように降りてくる。 大量の霊気と妖気が、俺の周りで渦巻く。渦巻いた霊気と妖気が、俺の中に流れてくる。ニ匹によって封じられていた本来の力が、俺を満たす。髪は、白く変わり、腰にまで届く。腰のあたりから、九本の尾が現れ、頭からは、耳が覗く。
やがて、妖気の霧が、晴れる。
俺の家では、親父とお袋、それに円が、居間で食後のお茶をしていた。白と黒が顔を上げる…
親父が ニ頭の頭を撫でて言う。
「わかっている…」
「環 厄介なことになってるようだ」
「少し出てくる。」
そう言って、親父は部屋を出てはなれに向かった。はなれに住まわせている式神たちに、俺の力の発現を周りの目から隠すように指示するためだ。
「晴日のやつ… 」
「かなり手こずってるな。」
「これも修行のうち…」
「お手名み拝見といくか…」
「あいつは、嫌がっているが、あれだけ 妖怪を惹きつける『何か』を持っているやつは、そうはいない。」
「そのうち 嫌でも、陰陽師として動かないといけなくなるだろう。」
そう言って独り静かに笑った。
居間では、円がお袋に聞く
「はる、大丈夫なの…」
お袋は、何事もないように静かにお茶を飲んでいる。円に柔らかく微笑んで「何が…?」
一言言った。
「だって、今のあれ…」
「はるが、元の姿で暴れてるってことでしょ…」
「パパも 白たち連れて出て行っちゃったし…」
「パパは、今回の後始末に行っただけよ…」
「はーちゃんに余計な虫がつかないように…」
「ママは何も心配してないわ…」
「だってはーちゃんは、強いもの…」
そう言いながら、もう一口お茶を啜った。
「そうよね…」
「元の姿のはるに勝てるものはそうそういないし…」
そう言って円は、部屋を出て行った。ひとり残った環は、
「そう 晴日は、強い者…」
ポツリと呟いて、妖しく微笑んだ。
「待たせたな。」
怨霊に向き直る。
「この姿になるのは、どれぐらいぶりだろう。」
「おまえ、楽に終われないぞ。」
この姿の俺は、性格も変わる。いつもより、冷酷で、残忍になるらしい。自分では、わからないが…
指をニ本たて、腕と額の傷をなぞる。きれいに傷が、治っていく。この狭い部屋で、俺と怨霊が、ぶつかれば、スズたちを巻き込みかねない。俺は、右掌を上に向ける。指の一本、一本に小さな火の玉が、浮かぶ。小さな火の玉は、スズ、こすず、ベル、女性の霊の所まで、飛んでいき、それぞれを包む。最後の一つに俺自身が、入る。俺の作った 強力な結界だ。この姿の俺の結界は、瘴気にも、物理攻撃にも効力を発揮する。
俺は、火の玉に包まれたまま、怨霊の側まで、進む。さっきの礼に、至近距離から、妖気の塊を投げつける。怨霊が、たじろぐ。さっきまでの霊気の玉とは、格段に威力が、違う。陰陽師と妖狐の両方の力を受け継いでいる俺は、霊力、妖力どちらも扱える。但し、今の姿の時に限られるが…
今の 妖気の玉が、怨霊の怒りに火をつけた。怨霊が、大きくのけ反ったかと思うと、雄叫びをあげる。開いた口から、無数の針のような瘴気が、俺を目指して猛スピードで飛んでくる。俺は、黙って右手を前に突き出す。突き刺さる寸前で、ピタリと瘴気の針が動きを止める。止まった瘴気の針に、息を吹きかけると瘴気が 妖気にかわる。突き出してる手を 怨霊の方に払うと、俺の動きに合わせて妖気の針が、怨霊の方へと飛んでいく。無数の針は、怨霊の全身に突き刺さる。
だが、この程度では、倒れてはくれない。当然、この程度で終わりとか、俺自身も思ってないが…
そんなに早く、片づかれては、肩透かしもいいところだ。もっと、楽しませてもらわないと。次は、何を仕掛けてきてくれるのかな? 楽しみで仕方ない。
俺は 腕組みをして 怨霊の前で相手の出方を見る。怨霊は、ジリジリ後ずさる。後ずさった分、俺は距離を詰める。後ろの壁に軽く当たり、下がれないと見るや 体から、イソギンチャクの様な触手を無数に出してきた。
「ほぅー 器用な奴だなおまえ。」
「今度は イソギンチャクの真似か。」
俺の言葉には 反応も示さず、触手を伸ばして スズや女性の霊を掴みにかかる。どうやら 取り込もうとしてるみたいだが、そんなこと俺が、許すわけない。おれは、頭を軽く一振りして髪を一本引き抜く。引き抜いた髪は、怨霊に向かって飛んでいき クルクルと身体中に巻きつく。
「おい お前の相手は、俺だぞ。」
「勝手なことすんなよな。」
俺は指先で、怨霊を引き寄せて蹴りを入れる。怨霊も、髪の毛から抜け出そうともがきながら、俺に触手を伸ばしてくる。俺に届く瞬間 尻尾が、全て刄と化して粉々に切り刻む。
「そろそろ 終わりにしようか。」
俺は、両手を合わせて開く。開いた空間に妖気と霊気の混ざり合った玉があらわれる。その玉を 怨霊に向けて放つ。髪の毛に縛られたまま怨霊が、玉に飲み込まれる。俺は、紙風船で遊ぶ様に掌を上に向けて上下に振る。俺の手の動きに合わせて 怨霊の入った玉も上下する。次は、壁に投げつけるふり。怨霊の玉は、壁に当たる。しばらく遊んだが、
「飽きた。」
「終わらせるぞ。」
今度は、掌に紙風船を挟んで潰すように掌を合わせて捻る。怨霊の玉も紙風船が、潰れるように妙な形に歪んで潰れた。玉の中の怨霊は、黒い砂のように崩れて消えていった。
「終わったの?」
スズが呟く。
「あぁ」
俺は、短くうなずく。とにかく疲れた…
力が抜けてくる。でも まだしないといけないことがある。俺は、ベルの火の玉をよぶ。やっぱりベルは、かなり無理をしていたみたいで虫の息だった。さすがに、今の俺でも ほとんど残ってない核を 元に戻すことはできない。せめて後半日早く来ていたら、なんとかなったかもしれないが…
ベルとこすずも どうしようもない状態に唇を噛む。
「なんとかならないの?」
スズが泣きながら聞いてくる。
「できるならやってる。」
「ここまで核が喰われていたら、どうすることもできない。」
「俺にできることは、瘴気を祓ってやるぐらいだ。」
俺は、ベルの体に手を乗せ瘴気を祓う呪を唱える。
いくぶん、おだやかな呼吸になってはいるようだが、意識もない状態だ。こすずが、泣きながら 駆け寄りベルの体を優しく舐め続ける。こすずのことが、わかったのか、うっすらベルが目を開ける。声にならない声で妹の名を呼ぶ
「こすず…」と
ベルにとって、それが最後の力だったようだ。また呼吸が荒くなり、全身が痙攣し始めた。
このままだと 妖怪の眷属となったベルは、消滅してしまう。せめて猫として死ぬことができれば、俺の力で転生の輪に戻してやれる。
もう時間がない
「すず ベルの眷属としての縛を解け。」
「俺が、猫として転生の輪に送る。」
「時間がない、急げ。」
「わかった。」
すずは、慌ててベルを抱き上げキスをする。
「ベル…」
「よくがんだったね。」
「後の事は、心配しないでゆっくり休んで…」
ベルの心臓が弱々しく脈打つ。それも束の間 大きく息を吐き出し、そのままベルの全てが止まってしまった。泣きながらベルの名を呼ぶこすずとスズ…
俺は、女性の霊の方を向く。
「今、ベルが亡くなった。」
「あんたを助けるために、自分の命まで落としたんだ。」
「ベルに免じて、あんたも転生の輪に返してやる。」
「ベルに感謝しろ…」
「あんたの無念も 一緒に祓ってやる。」
「あんたを捨てた男のことなんて忘れて、ベルとこすずの大好きな飼い主に戻れ。」
俺は、女性の霊の瘴気も祓う。泣き崩れてベルの名を呼ぶ女性の霊と、ベルを転生の陣の上に寝かせて、俺はまた呪を唱える。二つの魂が、浮き上がり、空に消えていく。俺もスズもこすずも静かに送る。
「ベル、今度生まれてきたときは、もっと長生きしろよ」
俺と青、赤、の姿が、元に戻る。青と赤が、俺の封印をし直したらしい。多分、今の派手な立ち回りで、今日の事は 親父たちにモロバレだろう。今頃 俺の力の爆発を悟られまいと、目隠しに翻弄している筈だ。強い力は、余計な奴を引きつける。妖怪にしろ、怨霊にしろ、祓い屋と呼ばれる類の人間にしろ…その事を気にして、お袋が、俺と円の力のほとんどを 青、赤、藍、桃、に封印させた。そのおかげで、俺たち姉弟は、おだやかに暮らしていくことができている。
さて
『これで 終わった』
とほっとしたのも束の間、スズに、思いっきり現実に引き戻された。
「はるひ、この部屋どうするの?ボロボロだけど…」
はっとして 恐る恐る 周りを見回す…
窓は割れ、壁は剥がれ、いろんなものが、散乱している。
「ははははは…」
もう笑うしかないよな。
困り果てた俺を見て、スズがいう。
「はるひ アニメの陰陽師みたいに 後片付けしてくれる式神とか呼んだほうがいいよ…」
「そんな便利な式神なんているか〜!」
俺は叫んでしまった。
あれから一週間、こすずは俺とはなれで暮らしている。てっきり、スズが引き取ると思ったんだが、スズ自体が、人間の飼い猫だった。
「飼い猫が、猫飼えるわけないでしょ…」
スズのやつ、たまに集会と称して、原宿のガールズバーでバイトして、稼いだ金でうちの店に来てたらしい。普段が猫とは…
俺も驚いた。しかたないので 家に連れて帰ったら お袋が一言
「猫なんかとは、一緒に住めません。」
「私の前に顔出したら、容赦なく追い出します。」と宣った。
「犬猿の中とはいうが、狐猫の仲というのが、あったとは…」
知らなかったが。
まぁ こすずもお袋の正体に気付いて怯えてたので、庭のはなれに引っ越した。
お袋が、嫌がるので、親父の式神を住まわせているとこだが、俺も厄介になることにした。
そうそうあの後、こすずの飼い主の部屋の大家さんに、しどろもどろで謝り、修理に二十万円取られた。しんどい思いはするは、猫は、押し付けられるわ、おまけに部屋は、追い出されるわ、散々だったが、こすずとの生活も悪くない。
言い忘れてたが、ベルたちの飼い主の女性を捨てた男にもちゃんと スズが、お灸を据えた。男の部屋で毎夜ベルの飼い主に化けたスズが、一週間恨み言を並べ立てる。それに怯えまくったみたいで、青白い顔して、半分おかしくなっていた。これに懲りて真っ当に生きるだろう。
「さぁ 時間だ。」
「こすず店に行くぞ。」
店にいる間、こすずを置いていくわけにもいかず、店に連れていっている。看板猫のこすず誕生である。
もし 読んでくださった方が、いらっしゃるなら ありがとうございました。初めての作品なので、至らないところばかりで、読みづらかったかもしれませんが、ご容赦を…投稿するにあたり まずは、家族に読んでもらいました。いろんなところで、ツッコミが満載でかなり凹んでしまいました。メンタル弱めなので、ツッコミは、ほどほどでお願いします。