悪代官始めました。
生命活動を維持する為だけの食事を取り、一週間生き長らえた。
既にゲームのインストールも終わり、ヘッドギアを装着。
ああ、このゲームのタイトル……
【The world to be realized】って言うのか。
意味わかんねえ。
とりあえず、ゲーム内に入って見るか。
意識がスッと引っ張られてゲームの世界へと降り立つ。
職業は悪代官。
キャラクターの名前は西治 真下草子。
悪逆非道の限りを尽くすぞ! オウ!
はぁ……
やる気でねえ。
それにしても、すごい作り込みを感じる。
降り立った場所は屋敷の中で、多分ここ俺の屋敷だな。
体を動かしても違和感は――ないっぽい。
元のガリガリの体からこれでもかって程太らせて、悪代官っぽいアバターにキャラメイクしたから肉々しい感じはするが……
それに、このゲーム自体は当たりなのだと確信する事も出来た。
普通のフルダイブ型のゲームだと、浮遊感のみたいな違和感が残るし、体を動かしたりしてもどこか自分では無いのだと分かる感覚があるんだが、このゲームにはそれが皆無。
それに匂い?
ゲームでこんな強い匂いを感じたのは初めてだ。
干し草の様なこの匂いは……
畳からか?
畳ってこんな匂いがするのか……
スタートダッシュも決めたいし、ちょっとやる気も戻って来た。
悪代官やめて普通のキャラの方が絶対楽しめる!
ログアウトの仕方……
あれ?
このゲーム、ウィンドウが出てこないぞ?
まあいいや。
それじゃあ強制終了。
フルダイブ型のゲームではこんな時の為に、共通して強制終了させる事が出来る。
強く意識するだけで出来るんだけどなぁ……
なんだ?
操作が間違ってんのか?
そんなわけは無い。
どんなクソゲーだろうがバグだろうが関係なしに強制終了は出来るようになっている。
何しろゲーム側じゃなくて、パソコンの方でそういうシステムになってるんだからな……
なんで……出来ねえんだ……
まあ、焦っても仕方ない。
一ヵ月も会社休んでいるし、出遅れてもすぐに追いつけるだろう。
部屋の中で立往生していると、ドタドタとした足音がこの部屋へと近づいて来る。
「失礼致します」っと声が聞こえたので、悪代官らしく「入れ」っと返すとシャっと襖が開いて、髷を結った爺さんが入って来た。
「お代官様、まずはこの菓子を……」
まじか……
これ絶対山吹色の奴だ。
っと言う事はあのセリフも言わなきゃいけない感じか?
「ほう、菓子とな?」
「ええ、山吹色の菓子に御座います」
箱を空けるとゲーム内通過である金色の硬貨イエンがびっしりと敷き詰められている。
悪代官ってもしかして、こんな感じでゲーム内通過で優遇された職業ってわけか?
直接戦うタイプじゃないだろうし、指揮官的なタイプだとすると、そこそこ有能か?
ゲームの出来は良いし、悪代官にもちょっと興味出て来たな。
それはさて置き、例のセリフを言うか。
「越後屋、そちもなかなか、悪よのう」
「いえいえ、お代官様ほどでは……」
お互い見合わせてあっはっはと笑い声をあげる。
良かった。
越後屋じゃなかったらどうしようかと思った。
ん?
金を受け取ると、脳内に直接……
うおおお、なんだこれ。
チュートリアルとか無いのかとも思ったが、一瞬でシステムが脳裏に刻まれたみたいだ……
そしてログアウトは出来ないままだが、掲示板は見れるようになった。
なんでログアウトは出来ないんだよ……
まあ、もうちょっと悪代官を続けるつもりではある。
それに、俺だけログアウト出来ないって事は無いと思うからそのうちメンテでも入るんだろうし。
掲示板でも盛り上がってるな。
ログアウト出来ない奴の報告はまだ無いみたいだが、ゲームは極めて好評!
とりあえず見切りつけていきなり去っていく奴等は今の所、掲示板には見かけないな。
悪代官のシステム。
とにかく悪行を働きイエンを集める事で悪名が広がり、レベルも上昇していくと……
それと同時に誅罰メーターも溜まってしまうが、それによって何が起こるのかまでは説明されていない。
恐らくだが、俺をプレイヤーが討伐しに来るクエストでも発生するんだろう。
何しろ、悪代官は自分の納めている地域でしか活動出来ないみたいだからな……
プレイヤーと言うより、NPCや運営側の立場にいるみたいな感じだな。
明らかにプレイヤーと敵対するタイプっぽいし。
嫌がらせ大好きな悪質なプレイヤーとは仲良くなれる奴もいるかもしれないが。
他には集めた金で用心棒を雇ったり、誅罰メーターを下げる事の出来る奉行所関連の施設を建てたりも出来る。
独自のNPC作成や、スキル、魔法も金を消費して取得する事が出来るみたいだ。
拠点となる屋敷には金を使って罠を設置出来るが、一度設置してしまえば、発動後に時間経過で罠が復活してコストも掛からない。
これだけでこのゲームの拠点を持つと言う事の強みが分るな。
もしかしたら、態々そう説明にあるって事は、他のプレイヤーの拠点の場合だとなんらかのコストを消費するのかもしれない。
まあ、俺と同じように拠点で身を守るタイプの職業ならそれ相応の強みがあるから敵対したとしても、安易に消耗戦なんて仕掛けられないけどな。
俺が用意したNPCが倒されても罠と同じく、時間経過で復帰できる。
NPCの強さは俺のレベルや悪名、防衛回数、討伐回数、生存時間などで変化するみたいだが、与えた役割にもよっても変化がある。
防衛回数?
やっぱり運営は俺にプレイヤーを何らかの形で嗾けてくるつもりだな。
血が滾って来るな!
施設も金さえあれば独自で考えた物を建てられるみたいだし、出来る事はかなり多い。
なんだよこれ、すげえ楽しいぞ!?
それに、越後屋の作り込みも凄い。
まるでNPCじゃなくて、本物みたいだ。
もっと確かめてみたい。
「越後屋、少しそこを動くな」
「は?
と申しますと?」
「いいから動くな」
耳の裏から課長と同じ匂いが……
ここまで再現しているのか。
服からも香の匂いがするし、触った感触なんて完全に人間のそれだ。
「お代官様、お戯れを……
それだけは、それだけは」
なんだこのリアルな反応?
頬も赤らめて……そっちの気があるのか?
いや、そんな事よりこれ、中身入っているんじゃないのか?
「越後屋、お主プレイヤーか?」
「ぷれいやあ?」
「腹を割って話そう。
人間だな?」
「にん――げん、に御座います?」
成程、筋金入りのロールプレイヤーか。
もしくは運営が操ってる可能性もあるな。
どの道街を歩けばNPCじゃない事はすぐに分る。
「少し出るぞ、ついて参るか?」
「はは!
お供させて頂きます」
部屋を出るとすぐに玄関?
俺の屋敷狭っま!
越後屋が何処をドタドタと歩いていたのかは置いといて、後で拡張しとかないとな……
外に出ると時代劇に出て来るような美しい街並みが広がっている。
日差しまでリアルに感じ取れるし、温度も……
素晴らしいな!
さっそくNPCが居たので声を掛けて見ると……
ビンゴだ!
俺が代官だからか、丁寧に挨拶はしているが、何度話しかけても同じ言葉を繰り返すばかり。
まあ、これからこの街で散々悪事を働くつもりだから、全員越後屋みたいなリアクション取られてもやりずらいしな。
これなら何の躊躇も無くやりたい放題出来る。
それにNPCは死んでも一定時間経てば特定の場所で復活するだろうし……
っと言う事は名前のあるNPCは大事にしないとな。
最悪気に入った町民のNPCなんていた場合、ストーリーの都合上復活しない場合なんかもあるかもしれない。
まあ、所詮NPCだから死のうが泣きわめこうが、どうと言う事はないんだけどな。
しかし、腹が減った……
現実世界じゃこれくらいなんとも無いが、なんか空腹感が強いな。
ログアウトも出来ねえし、この街でなんか食って飢えを凌ぐか。
越後屋を帰らせて、俺も屋敷へと帰る。
現在屋敷は玄関と俺の部屋しか無かったので、金を使って生活に必要な設備とNPCを揃える。
用心棒は高いが、生存時間も強さに影響があるので、一人だけ雇った。
部屋で手をパンパンと叩き、家事などを担当する婢女に食事の用意をさせた。
NPCはキャラメイク出来ないみたいだが、クラスアップして女中になると今は婆だが、若返っておばさんに変わるらしい。
出された料理は焼いたタイの尾頭付き、きゅうりの冷や汁、梅干しの乗ったご飯に芋とえんどう豆の煮物としらすと昆布と椎茸の佃煮と酒まで……
こんないっぱい食べれないわ!
まあ、これは仮想世界なわけだし、口をもごもごしてたら食べた事になるだろう。
婢女の婆が俺の隣に座り、タイの身を解してくれるので、それを箸でつまんで食べる。
旨い!
本当に食べている感覚もあるし、風味も感じる!
一口目以降いっきに食が進み、味わうのも忘れて全部平らげてしまった。
酒もなんか旨いし、気分も良くなってきた。
体も暑いな!
汗は搔かないみたいだが、空腹感も満たされて体が気持ち良い!
このまま横になって眠り落ちたらさぞ気持ちの良い事だろう。
俺はゴロリと床に転がって大の字になって目を閉じる。
ゲームをする前に胸の中にあったモヤモヤが全部すっ飛んで行った。
こんな良ゲーは初めてだ!
今後のゲーム展開をどう進めていくのかを頭の中に巡らせ、気持ち良く薄れゆく意識に委ねて俺はこの仮想世界で眠りに落ちた。