07 超越者と、超過労働者
窪みは、幅3メートル、高さ5メートル程もあり、機械で氷を溶かすと、奥の方まで続いていた。
入り口の床は、想定していた床面より下に有るので、ベネディクトは、溶けた水が流れ出る様に、外の床面を低く掘り下げる人員と、通路内の氷を溶かす人員とに分けた。
通路の床面が見えてきた頃、エイリアンのディが回りの壁を見て、一つの判断を下した。
「ここは、恐らくはエアロックでしょう。横の隔壁が、土砂と死体で閉まらなかったと思われます。」
見ると、足元を流れ出る氷と土砂に混じって、腐乱しかけの人体の様な物が流れて行く。
「流れ出る中に、人体が混ざっている。保管して検死に回せ。」
ベネディクトの指示で、外の者が、慌てて土砂を選り分けている。
地球人なのか、どの様なエイリアンなのか?年代測定は可能なのか?
周りの氷に含まれている放射性炭素などとの比較で、年代が特定できるかもしれない。
「この施設は、まだ生きている様ですよ。ガイドラインが光っている。」
スーツのライトを消すと、通路の一部が、点々と薄暗く発光して居るのが見えた。
「これは、もしかすると、期待できるかも知れませんね?」
ベネディクトも興奮を隠せない。
地球人の知識でも、コールドスリープと言う手段がある。
長期のエネルギー源としては、惑星上で反物質反応を使えば、かなり長期間のエネルギー供給が出来る。
10メートル少しで通路は、明らかに扉と判る物で終わっていた。
「さて、ここからが腕の見せどころだぞ!」
ベネディクトの合図で、氷を溶かす力仕事の部下が、エイリアン技術に詳しい技師やディ達と、入れ替わる。
横幅3メートル位のドアに、数人が取り付き、隙間なくひしめいている。
ベネディクト達は、隔壁が閉まらない様に処置を終えると、通路の外で、生温いお茶を飲んで待っていた。
「隊長!熱い茶が飲みたいです!」
「マスクを取ると、酸欠で死ぬぞ。第一、熱湯で茶を入れても、外気温で冷めるだろう。」
外気は氷点下20度だ。
おまけに、炭酸ガスが充満している。
スーツ着用では、飲食をヘルメット内のチューブで行う。
誰もが経験あると思うが、チューブやストローで熱い飲みものを飲むと、火傷をするので、飲み物や液体食品は、冷えているか、生温い。
当然、南極で冷えた飲み物など論外だ。
そんなドタバタをやっていると、扉に張り付いていた技師が、疲れた顔で出てきた。
「隊長。ダメです。後は力わざしか無いですよ。」
ディ達も出てきたので、ベネディクトは部下に指示して、レーザーカッターを取り出させた。
どんなに堅い物質でも、エネルギーで防御していなければ、高エネルギーには耐えられない。
交代して、更に二時間後に、最初の関門を突破できた。
扉の中は暗いが、エアロック同様に、薄暗く光る部分はある。
「ディさん。何をしているのですか?」
扉通過後に、内側から扉の周りを解体し始めたエイリアン二人に、ベネディクトが声をかける。
「今後も、扉を切断しなくても良い様に、開閉方法を調べているんですよ。」
「そうですね。解析をよろしくお願いいたします。」
餅は餅屋に任せて、ベネディクト達は出来る事を行う。
扉の内側は、広目のホールになっていて、幾分か入りくんでいた。
「各位、ソナーセンサー起動。データリンクの上で散開。」
ヘルメットには、蝙蝠の様に超音波で周りを映像化する、ソナーセンサーが付いている。
暗くとも、広範囲を見渡せるので、ライトを付けるより安全だ。
ベネディクトの命令で、二人一組になって、室内を歩き回る。
ベネディクトのモニターに、超音波で認識された室内が、立体映像として構築されていく。
壁面データの欠けている部分を埋める様に動く隊員達を確認しながら、ベネディクトは扉の数を数える。
「扉が、水平方向に4。天井に2。床に2。全員、異常は無いか?動体反応はあるか?下手に触るなよ。」
「「「「了解!」」」」
ベネディクトの報告と確認の無線が流れる。
「データリンクに、扉の開放コードを送った。使ってくれ。」
「床の扉に注意しろ。」
ディの無線に、ベネディクトが注意を加える。
「扉開閉時には、注意しろ。気圧の変化で、何が飛び出すか判らないぞ。開閉後は動体反応を再確認。」
「「「「了解。」」」」
隊員達が扉の開放を試みる。
「隊長。扉が開きません。」
「扉が開きました。進行します。」
「こちらも開きません。」
「開きました。進行します。」
ベネディクトが共有データの開かなかった扉にチェックを付ける。
各隊員の位置は、データリンク上に点で記載されている。
「開かなかった者は、別の扉を試せ。開いた者は、部屋を探索。深入りはするな。」
隊員が動く度に、データリンクに、区画図が出来上がって行く。
しかし、どこにも命令を聞かない者は居るようで、
「おい!C班。深入りはするなと言っているだろう。」
扉の先を探索し終えて、更に先に進む者が、モニターに映っている。
あまり深入りされると、何かあった時に救助が遅れる。
人員は無限に居る訳ではない。
外のベースキャンプに六人。うち四人は仮眠を取らせている。
最初の関門だった扉の前にベネディクトを含む二人。
総勢20名の内、12名が六組になって四方八方へと広がっている。
先行し過ぎたC班から無線が入る。
「隊長。面白い物が有りますよ。光学画像を送ります。」
写し出されたのは、幾つもの、パイプの様な、箱の様な物と、その一部から覗き見える顔だった。
データリンクを見ていた、エイリアンのディとエルが、他の部屋からC班の居る部屋へと駆け出して行った。
起点キープの観点から、ベネディクトは動く事が出来ない。
駆け付けたディから無線が入る。
「これは、コールドスリープで間違いないですね。」
時を超えた生存者。どうやら、施設に詳しい当事者が発見できた様だ。
◆◆◆◆◆
現地時間の8時に、コンテナ基地を出発。
移動に12時間を使用して、到着は20時。
開門に二時間。
内部探索で二時間。
カプセル発見時で24時。
流石に、オーバーワークだ。
初日の功績としても、カプセル発見で充分だろう。
そう考えたベネディクトは、決断する。
「各員、撤収準備。ベースキャンプで仮眠を取る。」
ベネディクトが無線を入れる。
「え~っ、隊長。折角のお宝発見じゃ無いですか?続けましょうよ。」
興奮冷めやらぬ隊員にベネディクトは返す。
「だからこそだ。睡魔と戦いながら調査して、ミスを起こしたらどうする。万全の状態で調査すべきた。これは命令だ。命令無視は、スーツの保温を切るぞ!」
「ひえ~っ!凍っちまう。」
外気温は、マイナス40度だ。
隊員達は、イヤイヤ帰りはじめた。
「お客様も、こちらに合わせて下さい。抜け駆けはしない約束ですよ。」
生活リズムが違うのは、理解しているが、監視の無い所でいろいろされるのは、約束が違う。
「ベースキャンプ。監視要員として、仮眠していた二名をボイント2に寄越せ。」
「了解」
ポイント2は、切断して入った扉の内側。
ベネディクト達の立ち位置だ。
ベネディクト達も睡眠を取るので、勝手な出入りの防止と、現場の監視の為だ。
ポイント0はコンテナ基地。
ポイント1はベースキャンプ。
ポイント2はエアロック入口。
コールドスリープカプセルは、ボイント3に設定した。
出ていった隊員達と入れ違いに、監視要員が来たのを確認して、ベネディクト達もベースキャンプへと向かう。
隊長であるベネディクトには、部下のスーツに対する越権が与えられている。
ベースキャンプで、部下達が横になったのを確認して、そのスーツから、強制的に睡眠ガスを発生させる。
兵士は、寝るのも仕事の内なので、この様な装備が実装されている。
「強制睡眠に入る。各員就寝。」
ベネディクトと、仮眠を取っていたベースキャンプ警備の二人、ポイント2の監視要員二人の五人以外は、強制的に就寝させた。
ただ、お客様二人は、ベネディクトの管轄にない。
その為に、責任者である彼は、強制睡眠ではなく、何時でも起きられる様にしている。
「ベネディクトだ。私も仮眠を取るが、警備と監視の四名は、何か有ったら、私を呼ぶ様に。」
「了解!」
残る者に指令を出して、ベネディクトも仮眠をとる。
スーツの中は、運動量に反応して、温度も変わるので、脈拍数が落ちれば、寝やすい様に温度が下がる。
タイマーをセットして、ベネディクトも眠りについた。
約六時間後に、ベネディクトは目覚めた。
既に起きている隊員も居るが、全員ではない。
ベネディクトは越権機能を使い、部下の体調管理を行う。
「思った以上に疲労している様だ。」
特に、昨日の運転担当者に、疲労の蓄積が見られる。
自己のコンディションは、ギリギリのグリーンだが。
やはり、慣れない環境では、一度、緊張の糸が緩むと、どっと疲れが来る。
今後の事も考えると、疲労の酷い部下に対しても、薬剤投与も控えるべきだろう。
八時になった。
「各員起床!整列せよ。」
時間は掛かったが、13名がベネディクトの前に整列する。
お客様二人は、ボイント2で足止めを喰らっている。
「ベーナムとリーはベース警備。ケーニッヒとランドルフはベース交代要員として仮眠を取れ。私とチェルシーはポイント2で、他はポイント3の調査に向かえ。」
「了解!」
隊員が一斉に動きだし、お客様もポイント3へ向かっている。
「夜勤組は、引継ぎ終了しだい、睡眠を取ってくれ。お疲れ様。」
「了解です。」
各員の移動を確認してから、ベネディクトも歩き始めた。
ベネディクトはポイント2で状況把握に勤め、コールドスリープカプセルのあるポイント3はディ達に任せる事にした。
しかし、状況は常にモニターしている。
「カプセルは、未使用品も含めて40機。うち35が使用中。覗き窓から見える範囲では、保存状況に、かなりの差があります。」
ここが、アトランティスなら、一万三千年近く経過している。
故障する物もあるだろう。
蘇生を試みたいが、ここでの解析は難しい。
ベネディクトは、カプセルの状況を確認する。
「カプセルは、持ち出せそうか?」
「切り離して、単独移動も出来る様ですが、動力が持つかどうか、判りません。」
「大きさは、出せるか?」
「出入りしたエアロックがギリギリですね。ポイント2の扉を完全撤去しないと。」
切断して開けた、ポイント2の扉は、過熱切断の為に、ちゃんと開かない。
人が通れる穴が空いている状態だ。
「ポイント3から二・三人を扉の解体に寄越せ。調査の為に、空きのカプセルと、遺体の状況が一番酷いカプセルを、持ち出せる様に準備しろ。」
蘇生可能そうなカプセルを持ち出して、取り返しのつかない状態にならない様に、カプセルの機能解析の為のサンプルを持ち帰って、最善を尽くせる状態を作る。
「ベネディクト隊長。扉の外に持ち出しても、曲りくねった坑道を、通るには無理な大きさだ。我々の乗り物を真上まで持ってきて、穴を開け、牽引するしかないと思うのだが?」
ディの提案を考える。
坑道を堀直すには時間がかかるし、振動で他国に露呈しやすい。
幸いにも、この真上には岩盤が無い。
UFOは迷彩による隠蔽航行が可能だ。
「ディさん、大丈夫なのですか?」
「我々の技術を信じて下さい。」
ベネディクトは、出発前に渡された資料を思い出す。
報告によると、彼等は蟻の様な生態系らしい。
ここまでの坑道掘削技術も、彼等の技術の応用だ。
どうやら穴堀は得意らしいと、彼は判断する。
「分かりました。研究所までの移動は、お任せします。先に本国への連絡もしますね。」
ベネディクトは、運転手三人とエルを、車でコンテナ基地へ向かわせ、残りの人員でカプセルの持出しを準備させた。
『いや~、いくら何でも、いろいろとやり過ぎだろう』と、思わずにいられないベネディクトだった。