04 遭遇
何軒かの店を回った後に、ベネディクトは職場近くの駐車場を、幾つか廻る。
「今日は、この場所で良いか。」
見晴らしの良い、有料駐車場のゲートを入り、他の車に紛れて停める。
「探査装置作動。光学測定機は月面を自動監視。」
この作業は、毎回ごとに場所を変えている。
探査の発信源を特定されにくくする為だ。
そして、簡単な作業は、音声入力で機械にやらせている。
彼等の本来の言語は、空気中では表現不能なので、あえて人間の言語での指示を宇宙船に与える。
宇宙船は、常時エイリアン本体をスキャンしているので、その発声が、宇宙船に対する物か否かを判断出来ている。
ベネディクトは、助手席に置いた鞄から、ノートパソコンを出すと、資料作りを始めた。
組織の上部に出す報告書と、調査部隊の派遣許可申請だ。
それらを送信すると、報告書の文章を流用して、部下への資料を作成する。
指令書は、上部の許可が降りてからになる。
彼はルーベルト宛に、資料を送信しながら考える。
『日本へ行くのは初めてだから、手配が大変だろうな』
部下のルーベルトは優秀だが、有用なメンバーを精査して集めるのには、数日かかると判断していた。
一仕事を終えて、鞄の小型ポットから御茶を出して、くつろいでいると、カーナビの液晶テレビが、自動で作動し、アラート表示をする。
「近くに、居るのか!」
アラートは、他のエイリアンの探査が発生している事を告げていた。
ベネディクトの種族は、地球では少数派で、地球の国家との繋がりも無い。
政府と繋りのあるエイリアンに見付かれば、裏表の両面から排除に動かれる。
ベネディクトの仕事は、利権や勢力ではなく、あくまで調査なので、抗争は御免被りたい。
元より、好戦的な種族では無いのだから。
探査のレベルと手法が自動で調整され、こちらの存在を悟られない様に調整された。
「こちらに気付いた形跡はないな。」
弱小種族と、その宇宙船は用心深い。
すぐに探査を再開せずに、数時間は身を隠す事を常としている。
御茶を飲みながら、しばらくは様子を見る。
少し、くつろぎ過ぎたのかも知れなかった。
トントントン
車の窓を叩く音に、ハッと我に返る。
見れば、東洋人らしい男性が、覗いていた。
ベネディクトは窓を開けて、要件を聞こうとした。
「何か、御用ですか?」
「すみません。火を貸してもらえませんか?」
見れば男は、手に煙草を持っている。
「あぁ、お役にたてなくて、申し訳ないのですが、煙草は吸いませんし・・・」
ベネディクトは、車のシガーライターは、ノートパソコンの電源として、使用しているのを、指さした。
「そうですか。お邪魔をしました。」
煙草を箱にしまうと、男は申し訳無さそうに、去って行く。
車の窓を閉めて、ベネディクトは、ハタと気が付く。
「なぜ、接近警報が鳴らなかった?」
[何も、接近しておりません。]
ベネディクトは、窓の外に男の姿を探すが、見つからない。
「今の、煙草を持った男が、窓の外に居ただろう?」
カーナビの画面に、運転席内の録画が再生され、早回しされるが、男の姿は無い。
窓を開けて微睡む、ベネディクトの姿だけだ。
「肉体側が、幻覚を見たのか?俺が狂ったのか?」
ベネディクトは思案した結果、座席を少し倒して目を閉じた。
「脳を重点的に、構造や論理回路のチェックと、メンテナンスを実行。」
[了解。所要時間は一時間程度です。仮眠モードに、お入り下さい。]
ベネディクトは、駐車場に停めた車の中で、仮眠をとった。
◆◆◆◆◆
数週間後に日本に送った、調査部隊の報告は散々だった。
「事象発生。しかし測定器に反応なし、正体不明、能力不明、事象発生条件不明?コレじゃあ報告にもならないだろう。」
執務室で、ベネディクトは頭を抱えていた。
調査部隊に持たせたのは、ベネディクトの星の物ではなく、国が契約しているエイリアンの物で、かなり高性能な筈だった。
「他では起きていない事例だから、兎に角、日本に関わらない方向でまとめれば良いだろう。」
結果の不備を、印象付けない様に上部への報告書を作り、副官に確認させてから、提出させる。
諜報部の調べでは、他にも不可解な事件が多発している様だ。
特に同じ様な事件しか起きなかった、ここ数十年との違いを感じて、ベネディクトは眉間を押さえた。
エクソダスの発生を懸念していたのだ。
「ベネディクト様。根を積め過ぎなのでは?」
部下の一人が、心配して声を掛けてくれる。
「いや、コレは・・・・そうだな。少し、走ってくる。」
そう言って席を立ち、地下へと向かうエレベーターへと向かう。
宗教団体は、ついつい運動不足に成りやすい。
事務仕事が多ければ、尚更だ。
特に、ベネディクトの居るセクションには、荒事に関わる者も居る。
かと言って、ある程度は顔の知れた神父が、自然公園をジョギングしたり、スポーツジムで筋トレしているのは、イメージ的に好ましくはない。
軍の協力の元に行われる、戦闘訓練は、帽子やゴーグルなどで
顔が隠れるが、スポーツジムでソレは無理がある。
そう言った訳もあって、一部の施設の地下には、スポーツジムが完備されていたりする。
ただ、ベネディクトのセクションからは、直通エレベーターが無い為に、一度、一階か五階のホールで乗り換える必要がある。
ホールは、いろいろな人物が移動に使うので、ベネディクトは好きではない。
この日も、そんな日だった。
ホールの階でエレベーターを降りると、腕時計から痛みの様な感覚が走る。
コレは、機械で探査されているのを、腕時計に見せ掛けた装置が知らせているのだ。
ホールに出た彼は、混み具合を見回す様にして、顔を確認する。
決して、視線は止めない。
「見慣れないのが居るな。」
恐らく、あれがエイリアンだろうと想像する。
上位の役員に引率されて、移動している。
ベネディクトは、別に気にする素振りも見せずに、エレベーターを乗り換える。
エレベーターが移動を開始すると、腕時計の痛みは無くなった。
「フーッ。危ない危ない。」
エレベーターには、他に誰ものっていなかったので、彼は思いっきり脱力する。
彼の肉体は、擬態でも偽物でもなく、地球人の細胞から出来ているクローンなので、簡単なスキャンでは判別が出来ない。
もし、見付かれば、侵入者として処分されるだろうが。
しかし、ここ数週間は、エイリアンとのニアミスが増えている気がした。
「やはり気分転換をして、今後の行動を検討し直すべきなのか?」
地下のスポーツジムに着いた彼は、ロッカールームで着替え、まずは、ルームランナーで汗をかく。
ベネディクトの本体には必要ないが、肉体側の脳には、ストレスが蓄積している様で、動物的欲求を満足させると、負荷が軽減する。
他のトレーニングマシンも使って、全身の筋肉を鍛える。
定期的に鍛える必要がある、地球人の肉体は手間がかかる。
完成された生物は、必要な筋力を遺伝子が構成するので、鍛える必要がなく、減退して痩せる事もない。
ベネディクトは、一通りのトレーニングを終えると、シャワーを浴びる。
水棲生物に分類される彼の種族は、本来が常に水中なので、シャワーの様な感覚が新鮮なのだ。
逆に、今の状態でのプールは鬼門だ。
つい、水中で呼吸をしてしまいそうになる。
幼少時に、プールで溺れそうになって以来、バスタブすら避けている。
「あ~ぁ、思いっきり泳ぎたい。」
彼が、この身体になってから、半世紀近くなるが、その間は全く思い通りに泳ぐ事が出来ないでいるからだ。
これも仕事なのだが、やはり本来の姿が、一番充実はする。
『あぁ、エクソダスが起きれば、帰れるのか!』と、昨今の状況から思い付きはするが、面倒事もあるのだろうと、ベネディクトは複雑な心境になる。
「そもそも、本当に起きるのだろうか?」
彼は、盗聴されても問題の無い範囲で、口にする。
昔は、意識を口にする事は無かったが、普通の地球人は、タマにあるという様なので、習慣付けているのだ。