2日目 1:00〜2:00 バルセロナ空港の出会い
スペイン バルセロナ空港 午前1時
スコットとハリエットは、バルセロナの空港に到着した。
この時間では、レンタカーも閉まっている。
2人は、スペインで一晩を明かすことにした。
ホテルでもいいかと思ったのだが、空港の雰囲気が好きだという理由から、一晩を過ごす場所は空港構内が採用された。
空港構内に寝泊りしているものは多い。
1人旅、友人や恋人との旅行、家族旅行。
移民や難民や古い衣服に身を包んだ者たちは、おそらくここに住んでいるのだろう。
2人は、24時間営業のカフェに入り、夜の滑走路を横目に、ビールと軽食を楽しむことにした。
ハリエットは、スマートフォンを見て、うなずいた。
彼女は、数時間前からケントとやりとりをしている。
ケントは、不審な視線を感じたために、相手に魔力の弾丸を撃ち込み、常に現在地を探れるようにしたとのこと、その後、不審な男はピレネー山脈の麓に向かい、そこから動かなくなったこと、その場所には森があることなどを、ハリエットに報告していた。
スコットは、スマートフォンやPCの充電をしたかったのだが、近くにコンセントが見つからなかった。
ハリエットは、まだ飲み足りないとのことで、カフェに残るらしい。
コンセントは、いずれも先客によって使用されていた。
空いているコンセントを見つけたのは、十数分後の事。
場所は公衆電話のすぐそばだった。
ハリエットのいるカフェからはだいぶ離れてしまっていたが、別に、お互いに子供じゃないので問題なかった。
スコットは、あぐらをかき、充電器に繋げたPCを足の上に乗せて、ブログの更新を始めた。
学生であると同時に、それなりの知名度を持つブロガーでもあるスコット。
物心ついた頃からブログをやっている彼は、すでに下積みの期間を終えており、記事を一つ書くだけでランチ代程度の広告費を稼げるようになっていた。
彼は、自分が現在バルセロナにいる事、ほろ酔いだという事、綺麗な年上のおねえさんが一緒だという事、24時間のカフェのメニューを写した写真などを掲載したブログの記事を更新した。
一仕事を終えて顔を上げると、ふと、遠くの方に自分と同い年くらいの男の子を見つけた。
彼は、スコットを見ていた。
スコットは、男の子に対して無感情な目を向け、再びPCに向き直った。
視界の端で、男の子が、スコットの方へやってくる。
スコットは、無視して、PCの画面を見つめた。
特に面白くもないブレグジットの記事を一瞥して思うのは、不安でも、悲しみでも、怒りでもなく、こういうのも時代の流れなのかな……、という、ある種無関心な感想だった。
彼にも愛国心はあったが、それは、日常的に自覚できるほど強い者ではなかった。
自国の料理が不味いことくらい、スコットも認めている。
スペイン人から料理が不味いと言われても構わない、だが、それを鬱陶しい隣国であるフランス人にからかわれるのだけは許せない、彼の愛国心なんてものは、その程度だった。
「やあ」
スコットは、顔を上げた。
先ほどの男の子だった。
男の子は笑顔を浮かべていたが、スコットは、控えめな笑顔を浮かべるに留まった。
相手の男の子は、身長は170代の中程、体は引き締まっており、体幹はがっしりとしているように思えた、肌はピンクがかった白、目は青、髪の色はブラウンの混じった黒、その色合いをチョコレートで表現するなら、ビターとミルクの間、カカオ75%くらいだ。
男の子の目は疲れていた。
頬はこけている。
雰囲気は、くたびれたバックパッカー。
少しだけ、ケントに似ていた。
スコットは、男の子を黙って見上げた。
「君、イギリス人か❓」
スコットは頷いた。「そちらは❓」
「同じだ。スコットランド系」
スコットは口元に笑みを浮かべた。「偶然だな。俺はスコットっていうんだ。イングランド系だ」スコットは、自分の愛想の良さと口の軽さをほんの少し呪った。「君の名前は❓」
「オリヴァーだ」
スコットは、口をキュッと結びながらうなずいた。
気を抜くと、ジョークと軽口の中間に当たるワードが次から次へと出てしまうので、気を付けないといけない。「きみ、一人かい❓」
オリヴァーは頷いた。「そうなんだ。実は、財布をすられてね」
スコットは、頷いた。「可哀想に。友人がカフェにいるんだ」スコットは、PCのバッテリー残量を確認した。30%。充電が完了するまでここにいようと思ったのだけれど、同郷の男の子が困っているなら、見過ごすわけにはいかない。「もう少ししたらそちらに行こうと思うんだが、きみもくるか❓」
オリヴァーは、少しだけ考えるようなそぶりを見せたが、頷いた。「腹が減ってしょうがないんだ……」
「俺たちは、明日の朝にはこの空港を離れる。行くあてはあるのかい❓」
オリヴァーは首を横に振った。
スコットは、眉をひそめた。「スペインに住んでるのか❓」
「いや、バックパッキングをしてたんだ」
「一人で❓」
オリヴァーは頷いた。
「何歳❓」
「16」
「同い年か……」
スコットは考えた。
これはネタになりそうだ。
16歳の男の子、一人旅に出て、財布をすられ、遠く離れたスペインでサバイバル。
取材させてもらおうか。
お礼は、帰りの航空券代で良いだろう。