車内恋愛
「やばっ 寝坊した!」
ベッドから飛び起き 会社に行く支度をマッハで済ませ
「何でもっと早く起きれないの!」
と耳障りな声で言う母の言葉を 風のように聞き流しながら家を出て いつも乗る電車の駅に小走りで向かう。
「はぁ はぁ はぁ…
ふぅ~ セーフ」
乱れた息と髪を整えて 小さく「よし」 と言った時
電車が駅に入ってきた。
通勤 通学ラッシュ時より少し余裕ができる時間帯の電車内
1年前から私にとって 一日のモチベを上げてくれるアイテムになってた。
1年前 高校3年の夏
高校3年間の部活も終わり 朝練のために始発で登校しなくてもよくなった私は 2時間遅い電車に乗るようになった。
「きゃはは だよね でさぁ~…」
「はぁ~ 満員電車じゃなく楽だよね~」
と友達と話ながら 電車内を観察していたら
スッ と背の高い細めの体型の男性が目にとまった。
「おっ!」 思わず声が漏れ それと同時に 心音の乱れを感じた。
友達の3メートル程後ろで 携帯を片手で操作しながら 座席の柱に体を預けてダルそうに立つ男性
私は友達を見ながらもしっかり視界に入れて 観察続行!
「でさ~ あの時に… …… …」
友達が話してるのに全く入ってこない!
だって 観察中の彼がこっちを見たから!
友達越しに見ているため ピントが合わずはっきり見えてないのに
私好みのイケメンだ!!
と思ったその瞬間 さっきよりも激しく心音が乱れた!!
それから私は 落ち着かない心音のせいで息苦しくなって
私達が下車する駅に着くとすぐに飛び降りた。
「ふぅ… マジか…」
「えっ? 何が?」
私の独り言に反応して友達が聞いてくる
とっさに私は
「はぁ? 何が?」 と逆に聞き返してごまかした。
「はぁ? ちょっ… もう! 美咲!!」
この日から 私好みのイケメンさんへの密かな思いが始まった。
高校を卒業して私は就職した。
車の免許も取ったけど 電車で通勤してる。
そう! 私好みのイケメンさんに会うために!!
実は、親には内緒なんどけど 就活での第一条件が
この時間帯の電車通勤ができること だったのよね!
それで 体育会系の私が 椅子に座ってパソコンをパチパチ打つ
事務系の仕事についたって訳!
「お父さん、お母さん こんな理由で就活してごめんなさい!
でも 許してね」
と イケメンさんを見るたびに思ってる。
今日もいるいる!
高校に通ってた時より 1メートル程近くに立つようになったイケメンさん
「おはよう 私好みのイケメンさん」
心で挨拶して いつもの定位置で彼の観察をする
これが私の毎日の日課
社会人一年生の私は 半年以上経つのに仕事にまだ慣れなくて
ヘマばっかり… でも朝がきて この電車内で彼を見れば
モチベが上がって頑張れた!
…はずなのに 今日はモチベが上がらない…
何となく 体のだるさを感じてるのと
!! えっ!?
えぇー!! 誰? 彼女?
セミロングの髪を綺麗に巻いて 女子力高い系の女性が
幸せオーラ出して彼の隣に立って笑ってる。
「彼女なんだろうなぁ… そっ だよね… 彼女くらいいるよね… いない方がおかしいよね! あんなにイケメンなんだもん…」
私は 楽しそうに話す二人を見ていることができなくて 背中を向けた。
重い気持ちと重い体で出勤した私は 昼前になって熱が上がり、
「どんだけショックなの…」 と こんなに好きになってしまっていたことに気付かされた。
会社を早退した私は病院で
「インフルエンザですね 会社に行けるのは熱が下がって二日後からですからね! それまで安静にしててくださいね」
と言われマスクを渡された。
「インフル!! そういえば先週弟がインフルで学校休んでたんだ! 熱が下がって暇だからって 一緒にTVゲームして遊んだそん時に移っちゃったのかも 最悪… でも これで今朝のような二人をしばらく見なくて済むな…」 と思いながらも インフルで辛いのか 失恋? で辛いのか分からない状況に泣きそうになった。
なかなか熱が下がってくれず 結局会社を一週間休む事になってしまった。
その間に これからどうしようか考えた…
電車を一本遅らせるとギリギリだし、一本早いのにするか…
今までと変わらず一緒の電車に乗って 背中を向けるか… 車両を変えるか…
「はぁ… 明日から会社なのに 気が重い」
社会人になって3年 けして嫌いな仕事をしてる訳じゃないし
満員電車に揺られてる訳でもないけど 何か不足がちでつまんないと感じながら毎日過ごしてた…
けど…
「きゃはは だよね~ でさぁ~ … …」
「うっるせーなー 何でこの時間の電車に女子高生が乗ってくんだ!」
そう思いながらキャッキャしてる女子高生を目だけ動かしてチラ見し
また携帯をいじりながら 座席の柱に凭れてだるそうにしてたら 何となく視線を感じた俺は顔を上げ 視線を感じた方を見た。
「おっ! さっき乗ってきた女子高生かわいいかも ってか あの子かな 視線の主は… さっきチラ見した時は顔まで見てなかったからわかんなかったけど 俺好みじゃん!!」
そう思った俺は 久々の新鮮な気持ちにモチベが上がった。
この日から俺は この車内で俺好みのかわいい子の情報を知っていった。
いつも一緒にいる友達が 「みさき」 と呼んでいたから 名前はみさきちゃん
話の中で 弟がいるのも知った。
就職決まったんだ! おめでとう!
車の免許取ったのか… じゃあ 通勤は車なのかな…
おっ! 何か少し化粧してる? あっ! そっか
今日は卒業式か! 卒業 おめでとう。
って事は… 今日で会えなくなる!?
まじか!! 考えてなかった… 何か… 寂しくなるなぁ…
この時俺は 俺好みのかわいい子みさきちゃんを 気になる存在以上になっている事に気付いた。
大学を卒業と同時に その当時付き合ってた彼女と別れてから3年 恋愛する余裕もなく仕事に没頭してきた俺は 恋の始まりの感情がどんなだったか忘れていた。
彼女の卒業式の次の日から もうこの電車に乗ってこないのは分かってたはずなのに ちょっとした期待が頭にあって 彼女達が乗ってきていた駅になると 扉の方を見てしまう… 「はぁ… だよな… 何でもっと早く この思いに気づかなかったんだ!! くそっ!!」 「この数ヵ月感 彼女の事を知る為に左耳に神経を集中させて色んな事を知ってきたけど 肝心の連絡先知らねーじゃん!! ああー ほんとマジ俺って…」
毎日悔やんで通勤すること1ヶ月 今日から4月だということを忘れていた俺は 力なくいつも通り座席の柱に凭れていたら
!! えっ! みさきちゃん!? えっ! 何で!? 学生服姿の彼女しか見たことなかったけど 今日はスーツ姿! そっか 今日から4月だ!!
やっと思考回路が正常に戻った俺は スーツ姿の彼女を見ながら 喜びを噛み締めてた。
「車通勤じゃないんだ! また 会えるんだ!
相変わらず かわい~!」
次の日から俺は 1メートル程彼女寄りに立ち位置を変えた。
今日もいつもの位置で彼女の乗る駅がくるのを心待にしていたら ひとつ前の駅で見覚えのある女性が乗ってきた。
「あれっ! 桜井先輩?」
「あっ 林くん! おはよう」
「おはようございます。 えっ? 何で? いつもこの電車でしたっけ?」 「ううん、実は昨日彼氏の部屋に泊まってね…」「そうなんですか! いいっすね!」そう話してる間に 彼女が乗ってくる駅に着いてしまった。 見たくても見れない! 俺の右隣に桜井先輩が立っているため 話をするのに右を見なきゃいけなくて 先輩はずっと話しかけてくるから 俺はずっと右を見たままで…
少し話が途切れた時 さっと彼女の方を見たら なぜか背中を向けてて 俺は一気に不安感に包まれた。
「あれ? 何で背中向けてる? 顔見せてよ! 俺の力の源なのに! どうしたの? まさか! 焼きもちやいてくれてる? な訳ねーか… でも どうしたんだろ…」 彼女が下車する駅に着き 下を見ながら降りていく彼女を見送った俺は 明日からもっと近くに立って 彼女に話しかけよう! と決めた。
次の日
「次だ! 何かドキドキするな!」 「ヤバイ!ヤバイ!」 と思いながら彼女が乗る駅に着くのを待ち構えていた。
扉が開く… 「え? あれ? いない!」 「何でだ? あれ? 嘘だろ! えっえっえっ!」俺は少しパニクってた!
次の日も次の日も彼女は乗ってこない…
「車通勤にしたのかな… 前といい 今回といい 俺ってまじタイミング悪すぎ!」
「はぁ… 告る前に失恋って…」
「ふぅ どうしよう 1週間ぶりだから緊張する!」
インフルで1週間休んでる間に 私好みのイケメンさんへの思いを考えて出した答えは
「あの綺麗なお姉さんが彼女かどうか分かんないんだし! 諦めるなんてできそうにないし! 今まで通り同じ時間帯の電車に乗ろう! んで 私という存在をアピールする為に 勇気を出して近くに行こう!」だった。
「きたっ! はぁ… 緊張で顔を上げられない…!」
電車の扉が開き 下を見たまま乗り込み いつもの位置に立って顔を上げ 彼の定位置の方を見た。
「えっ!」 思わず声が漏れた! だって顔を上げてすぐそこに 彼が立ってたから! 下を見たままだった私に すっと場所を譲ってくれた人がいて 私は「すみません」とペコリと頭を下げた その場所を譲ってくれた人が彼だったなんて!
「近い! 息が苦しい! ヤバイ! どうしよう!」
そんな様子が伝わったのか 「大丈夫?」 と頭の上から優しい声が降ってきた。
「あっ はいっ だっ大丈夫です」
うわぁ~ ヤバイ! 声まで私好み! 「ますます惚れるやろーーーっ!」と心で叫んだ。
それ以上の言葉は交わさなかったけど ドキドキが止まらないまま下車してやっと 至近距離での彼、私好みの声、そして少しだけど会話できたことの喜びが込み上げてきた! 「嬉しい! 嬉しすぎる!! 今日はたまたまあの場所に立ってただけかも知んないけど、明日からは私が側に寄って 少しでも話せるようにしたい! 彼の事 もっともっと知りたい!!」そう意気込んだ。
彼女が電車に乗ってこなくなって1週間 それでも俺は 彼女の定位置に立ってた。 「次だな… みさきちゃんに会いたいな…」そう思いながら彼女が乗る駅が近づいてきているのを感じながら 寂しい気持ちで窓の外を見つめた。 それからしばらくして電車が駅に着き 俺は扉が開くのをぼんやり見ていた。「ん! みさきちゃん!!」俯いたまま電車に乗り込んできた彼女が いつもの位置に立つ為こっちにきた! でも 彼女の定位置には俺が立ってる 彼女はそれに気付いてない様子 俺は彼女に定位置に立てるように場所を譲り 隣に立った。 「すみません」
と言いながらペコリと頭を下げた彼女は頭を上げこっちを見て 「えっ!」と声を漏らした。 「何の えっ なんだ?」俺は彼女が漏らした驚きとも言える「えっ」に悩みながら彼女を見たら 「ん? どした? 何か肩で息してない?」 「顔色も悪いし…」
明らかに異変を感じた俺は彼女に 「大丈夫?」 と言葉をかけた。 「あっ はいっ だっ大丈夫です」 そう彼女は下を向いたまま答えた。 それ以上話しかけることができない俺は 苦しそうに肩で息をする彼女を見守るしかできなかった。 彼女が下車してやっと また会えた喜びと 少しだけど話せた喜びが込み上げてきて 明日からはもっと話しかけて 俺の事知ってもらえるように頑張ろう!!と意気込んだ。
私の定位置に立ってたのは たまたまだと思っていた私は 次の日もそこに立ってる彼に驚いた。 そして 私が彼の方へ向かって行くと さっと場所を譲ってくれて隣に立った。 「ありがとうございます」と 今度はちゃんと彼を見ながらお礼を言って頭を下げた。 そしたら彼が 「昨日 大丈夫だった? 何か体調悪そうに見えたけど」 と話しかけてくれた。 私は「それはあなたが隣にいて驚いたからだよ」と言える訳もなく 「あっ はい大丈夫です 実は1週間インフルで休んでたもので それで久しぶりの電車にちょっと体がついてこれなかったのかもしれないです」と答えた。 「えっ インフルだったの!? それは大変だったね」そう彼は言った後 「そっか だからしばらく電車に乗ってこなかったのか… よかった…」と呟いた。 「えっ?」私は彼の呟きに反応して彼を見たら 「あっ いやっ 何でもない…」と彼は焦り出した。 その様子がおかしくて思わず私は笑ってしまった。そしたら彼も一緒に笑い出して 一気に彼との心の距離が縮まった気がした。 この日から毎朝 私達は色んな話をするようになった。
俺がまた彼女の定位置に立ってる事に驚いてる彼女を見て 自分の定位置を取られて 違う場所に行ってしまわないか心配だった俺は 心の中で「頼む! こっちに来てくれ!」と願った。 彼女は迷うことなくこっちに来てくれて 場所を譲った俺にかわいい声で「ありがとうございます」と俺を見つめてそう言った。
「昨日 大丈夫だった? 何か体調悪そうに見えたけど」俺は話を続けた。「あっ はい大丈夫です 実は1週間インフルで休んでたもので それで久しぶりの電車にちょっと体がついてこれなかったのかもしれないです」と彼女は答えてくれた。「えっ インフルだったの!? それは大変だったね」そう言って俺は 先週彼女が電車に乗ってこなかった理由を知って安心した。「そっか だからしばらく電車に乗ってこなかったのか… よかった…」と思わず心の声を呟いてた。 ヤバッ っと思った瞬間 彼女が 「えっ!?」と反応して聞いてきた。俺はとっさに「あっ いやっ 何でもない…」と答えたけど 動揺は隠せなかったみたいで あたふたする俺を見て彼女が笑い出した。それを見た俺も つられて笑った。この日から俺達は色んな話をするようになった。 そう! 桜井先輩の事を聞かれた時 「ただの会社の先輩だよ! 前の日彼氏の部屋に泊まったんだって」と話したら 「彼女じゃないんだ!」と何だかホッとしたような表情を見せて「よかった…」と彼女は小さく言った でも俺はその言葉を聞き逃さなかった! その時俺は 「俺 みさきちゃんとこのままじゃ嫌だ! デートに誘って 気持ちを伝えよう!!」と決めて 「あの… 連絡先教えてくんない?」と聞いたら はっと目を見開いてすぐ ニコリとして「はい いいですよ」と彼女は言ってくれて 俺達は連絡先を交換した。 念願の彼女の連絡先! 交換してる最中俺はドキドキして 手も震えがちで ちょっと情けなく思った… 「なんてったって3年ぶりだからな こ~ゆ~の! しっ仕方ないよな!」と情けない自分を宥めた。
彼から連絡先を聞かれてしばらくしてから 「俺と 付き合ってください」 と告白されて 私は 「はい 喜んで」 と答えた。 高校3年の夏から彼を思い始め1年半 この車内で見つけた「私好みのイケメンさん」は「私好みのイケメン彼氏」になった。
-完-