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13. 命を大事に


 走る。右の通路へ。走る。今度は真っすぐ、ただし雷光蛍イカに近づかないように。走る。振り返って左の通路へ。来た道から触手がわんさかと這い寄ってきているのが見えた。

 後ろは見ずに、ただひたすらに進む。そうして別れ道へと辿り着くとどこからともなく男の声が聞こえるのだ。


(右だ)

「次は右!」


 3つに別れたうちの右の道へと迷わず走る。

 すわ幻聴かと最初は思っていたのだが、声はどうやらダンジョンの奥へと導いてくれているようで、魔物にも鉢合わせしないし、どんどんと奥へと進んでいる、気がする。

 この調子でこのまま最奥までたどり着ければ楽なんだが、などと思っていると雷光蛍イカが通路いっぱいに群れているところに遭遇してしまった。


「下を潜り抜けろ!」

「失礼」


ディリスの叫びと同時に体に浮遊感。そして急激な加速。放り投げられたと気付くまでにはもう地面を転がり雷光蛍イカの壁を抜けたところだった。


「ロウ様に対して雑すぎる」

「普段ならやりませんがここなら大丈夫でしょう」


 ルーナがアルに文句を言いながら滑るように(くぐ)り抜けてきた。

 確かに下は肉の床だから大丈夫だったが、それにしてももう少しやりようがあるんじゃないかと思う。

 ディリスが投げた手斧が円を描きながら飛び、先頭を走るクラーケンの胴体に突き刺さる。それを確認もせずに雷光蛍イカをスライディングをするように潜り抜け、懐から取り出した何かを雷光蛍イカに向かって放り投げた。


「伏せろ!」


 ディリスが俺たちを押し倒すように抱えながら地面に伏せる。

 雷が、落ちた。


「……なんとかなったな」


 ディリスが体を上げて振り向いた。クラーケンたちは全身から煙を動かない。雷光蛍イカもいなくなっている。


「なにをしたんだ?」

「ん? 雷光蛍の話だが、群れてると電気を増幅させる習性っていうか性質がある。あのイカ共も同じだろうと思ってかんしゃく玉投げ込んで一斉に電気を放出させて焼いた。

 同じ場所に生息しているから電撃に耐性があるかもしれないと思って斧をぶっ刺したが……、いらなかったな」


 なるほど。確かに斧が刺さったクラーケンはほかよりも焦げている。その代わり斧の柄も炭化してしまい、これでは使い物にならないだろう。


「ルーナだったか。ちとこれをアタシの背中に塗ってくれ」

「なにを……。ああ、なるほど。ロウ様出番です」


 俺の出番、となると怪我か。それそれとディリスの背中を見ると焼け(ただ)れていた。


「あ……、俺たちをかばった時に……?」

「気にすんな。これくらいは料金分に含まれてる。ていうかお前が塗るのか? さすがにアタシも必要もないのに男にベタベタと触られるのは嫌なんだが」

「ん、いや、手を当てるだけだ」

「なるほどこれが本当の手当てというものですね」

「……」

「アル……」

「失礼しました。どうぞ、続けてください」


 ディリスのむき出しの背中に手を当てる。よく見れば細かい傷も残っている。まとめて治してしまおう。

 淡い光がディリスの体を包んで、それで終わり。古傷もなくなった綺麗な肌になっていた。


「よし、これでどうだ?」

「どうだ……っても」


 ディリスが体を動かしている。おそらく痛みもなく、不思議に思っているだろう。


「すごいな。本当に完治するのか」

「すごいだろう、そうだろう。俺じゃなくグロウス様をよろしくな」


 ここぞとばかりに宣伝をしておく。通信が繋がらないあの神様は今はどうしているだろうか。



     *****


「ずっと通信がつながらないんだけど! 何もしてないのに壊れたわ!」

「その言葉を言うやつは大抵なにかしらやってる」


     *****



 クラーケンたちを倒した後、そのまま道なりに進んでいたら壁に突き当たってしまった。


「んん?」

「行き止まり、ですね」


 壁を触ってみてもちょっとぬるっとしているだけで変な所はない。あの声も特に何も言ってこない。クラーケンに追われているときは魔物に出会うこともなくありがたかったが、もしかして従ったのは間違いだったのだろうか。

 振り返り、引き返そうかと口を開いた直後に視界が下がった。違う、物理的に落ちている。


「ロウ様!」


 頭上からルーナの声が聞こえる。首を上げて見れば閉じつつある穴からルーナがこちらに飛び込んできていた。


「ロウ!」

「命を大事に!」


 もう随分小さくなってしまった穴に向かって叫ぶ。俺がいなくてもアルならなんとかするだろうが、無茶はやめてほしいところだ。

 そうして穴が閉じ、暗闇の中でルーナに抱き留められる。こちらもルーナの腰と肩に手を回し、しっかりと引き寄せた。

 これ結構な高さから落ちているのではなかろうか。たとえ肉の床に落ちても死ぬのでは?

(神様仏様グロウス様! 俺はともかくルーナを助けてください!)

 目を瞑り、神頼みである。

 落下していたのはどれほどだったのか。それは突然終わりを迎えた。

 ……水!?

 全身に衝撃を受けて目を開けると、透き通った世界に泡が立ち上っていくのが見えた。

 ルーナが離れていないことを確認し、急いで水面へと向かう。


「……はぁっ! 辛っ! 海水かこれ!」

「けほっ……。海水ってこんな味なんですね……」


 よし、ルーナも無事だったか。

 周囲を見渡し、浜のような場所を見つけてそちらへと泳ぐ。先ほどまでの暗闇と打って変わって、まるで外にいるかのような明るさだがどういうことだろうか。浜辺に上がり、呼吸を整えているうちに自分のいる場所の異質さに気付く。

 まるで外にいるかのような、ではない。本当に外にいる。

 上を見れば青空と太陽が燦々(さんさん)と自己主張しているし、砂浜に寄せては返す波の音や、風も吹いている。立っている場所は小さな島──学校の体育館くらいの広さだろうか──のようになっていて、ところどころに崩れた石の柱や石畳などがある。


「……夢でも見てるのか?」

「夢ならよかったのですけれど」


 ルーナがナイフを構えた。見ると島の中央に黒い(もや)が集まってゆっくりと形を作っていく。

 枯れ木のような手足に骸骨の面。背には棺桶を背負い、吸盤がついた触手が髪のように頭部から生えている。そして、右手にはどこかで見た三叉槍を持っている。

 ──あれは、海神の……?

 俺が呆然としている間にルーナは突如現れた化け物の懐に入り、ナイフを突き立てていた。しかし化け物はそれを気にも留めず、腕を払いルーナを引きはがした。


「もうっ! コイツも硬くて刃が通らないです!」

「げ。アルはいねえし、どうすりゃいいんだ」


 ええと、最初のやつはルーナが首をはねて、2回目はアルが炎の剣で倒して……。コイツにはなんか弱点とかそういうのはないのか?

 この化け物についてわかっていることなんて、とてつもない怪力で、剣を通さないほど硬い皮膚を持っていて、それぞれの個体で違う特徴があり、首を切られたり炎で消滅させれば死ぬっていうくらいだ。ダメだ、さっぱり役に立たない。


「とりあえずあいつから離れよう」


 少しは時間を稼げるはず、と口にしようとしたがルーナが俺の腰のあたりを抱えてタックルするように横に引きずり倒した。

 いったい何を、と思う暇もなく、轟音と衝撃が間近からあたりに広がりなすすべもなく転がされる。


「ロウ様、無事ですか!?」

「ああ、大丈夫だけど……、なにが起きたんだ?」

「……跳躍、です」


 跳んで、着地した。ただそれだけだとルーナは言う。それだけで爆発したかような衝撃を起こせる化け物が相手とは。

 背中に汗が流れて気持ちが悪い。

 どうすれば勝てる?


「……仕掛けます。ロウ様だけでも逃げてください」

「あっ、おい!」


 言うや否や、ルーナは眼にも止まらぬ速さで化け物に飛び掛かっていった。

 逃げろと言われても周りは海のようになっていて対岸なんてものはどこにも見えないのだけれども。それにルーナを置いて逃げるわけにもいかない。


(神様、グロウス様!)


 ……反応なし!

 ええい、どうして必要な時にいないんだ。

 使えない女神は頭から追い出し、何かないものかと周りを見渡すが、砂浜と崩れた石柱くらいしか見当たらない──?

 そういえばあの石の柱はなんの残骸なんだろうか。

 こんなときだが疑問が湧いてきた。ルーナと化け物が戦っているのを背に島の中央部、つまりはあの化け物が出現した石畳や石柱が残っているところへと向かう。

 自分よりも小さな女の子が命を懸けて戦っているんだ。ここで動かなくちゃ、男じゃない。



*******************



 ──よかった、ひとまず遠ざかってくれた。なら、まずは私が生き残らないと。


 ルーナは諦めていない。ルーナが諦めるのは自分を救ってくれた男が完全に死んだときだけだと、そう決めている。

 ルーナは狐耳を立てて、彼女の主人が離れる足音を聞き、改めて目の前の長躯(ちょうく)の化け物に向き直る。

 触手が重いのか、上体をゆらゆらと不安定そうに揺らしながら少しずつルーナに向かってきている。

 ゆっくり、ゆっくりと動いていたそれが一瞬だけ動きを止めたことをルーナは知覚し、全身の毛が逆立つような感覚と共にその身を横に跳ね、砂の上を転がって化け物との距離を開けた。


 ……大丈夫、見える。避けるだけなら問題はない。


 化け物は右手に持った三叉槍を前に突き出して動きを止めている。だが、ルーナはそれを見ても近寄りもせず、また離れることもしなかった。離れれば化け物は自分の主人を狙うだろうという確信があった。

 であれば、だ。

 ルーナは化け物の槍が届かないギリギリに立ち、化け物の歩みに合わせてゆっくりと後退(あとずさ)る。

 そうして、ルーアは自分の足が濡れたことを知覚した。

 海だ。

 ルーナの意識がほんの一欠けら、足元に向いた。化け物の右腕が枯れ木のような見た目とは裏腹にしなやかに、鋭く動く。

 ルーナは高速で迫る槍を半身になりながら逆手で抜いたナイフを横から当てて軌道を逸らす。が、伸びたゴムが縮まるように化け物の腕が瞬時に引き戻されて連続で突き出される。

 ルーナはそれを紙一重で逸らし、避けていくが、一瞬にして10を超える剣戟を交え、ルーナは右手に持ったナイフの感覚がわからなくなっていた。

 化け物はそれを見て何を思ったのか、腕だけで突き出していた槍をルーナの胴目掛けて薙ぎ払った。


 あっ。


 ルーナは海へと吹き飛ばされて大きな水飛沫(みずしぶき)を上げて沈んでいった。




 ディリスの斧

 クラーケンに投げて刺した斧。強烈な電撃を受けて柄のほうが壊れてしまった。

なお本人的には別に特別でもなんでもないそこらで買ったものなので新しく買いなおすだけのようだ。

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