アランの情報
その晩、私達はブルーノおじさんの家に泊まることになった。その日の夜から見張りへの参加を申し出たんだけど、街から村まで長距離移動してきた私達を気遣って休ませてくれたのである。
ブルーノおじさんの家は2階建てで、2階のうちの2部屋を借りた。どちらもブルーノおじさんの息子さんと娘さんの部屋だったとのことだけど、2人とも今は新しい家庭を持って街の方で暮らしているから空き部屋となっているのだ。
ブルーノおじさんの奥さんであるマルガおばさんの手料理を美味しく頂いて、着替えも息子さんと娘さんのお下がりを借りた。お風呂まで入らせてもらって、至れり尽くせりである。
私の身分のことがあるとはいえ、以前お世話になったのと同様に接してもらえたことに感謝感謝だった。
「じゃあ今日は、ゆっくりおやすみ」
「うん、ありがとう。おやすみ、マルガおばさん」
寝る支度を整えてから、おばさんと別れて2階の階段へ向かう。ちなみにブルーノおじさんはもう眠っている。
暗い階段は昔から少し怖く感じたけれど、今日はアランもいるおかげで2階の部屋から少し明かりが漏れていた。それにホッとしつつ、階段を上る。
そうだ、前までは泊まるときも私1人だったけど、今日はアランがいる。少し気持ちが安らぐのを感じつつ、まだ眠気も感じられないのでアランに話し相手になってもらおうと思った。
「アランー?」
念のため部屋をノックすると、中から「どうした?」と声がする。アランの声に少しホッとしつつ話したいこともあったので再度口を開いた。
「少しお邪魔してもいい?」
「どうぞ」
私がドアを開けようとするよりも先に、ガラリとドアが先に開いた。部屋の中は私の部屋と広さは全く変わらない。ここも畳が敷き詰められていて、真ん中には既に布団が敷かれていた。
布団の枕元にはアランが昼間着ていた服が畳んで置かれていて、その上に長剣がのせられている。
「ごめん、寝るの邪魔して」
「いいよ」
アランは部屋の中央に戻り、布団のうえに腰を下ろす。
ふと、男の人の部屋に夜遅くに上がり込むのってどうなんだという気持ちが湧いてきた。あまりにも考えなしすぎるだろうか。
ちらり、アランの様子を盗み見る。同時に、入口に突っ立ったままというのはおかしいと思いつつも、自分はどこに腰を下ろすべきかわからなくて固まってしまった。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、アランはこちらを見て首を傾げた。どうしたんだと言わんばかりの表情である。
「なにしてんの」
「いや……どこに座ろうかと」
私の返答に呆れたように溜息を吐いたアランは笑う。
「部屋に入るまでは躊躇ないくせに、なんで今更緊張してんの」
「別に緊張してるわけではないから!」
「はいはい、ここ来たら?」
ぽんぽん、とアランは自分の目の前の布団の上を叩いた。軽くあしらわれ、子ども扱いされた気がして恥ずかしくなる。おかしいな、こんな筈じゃなかったのに。
「で、どうした?」
アランの前に正座すると、アランはあぐらをかいた状態で私の様子を伺うように顔を覗かせた。自分より背の高いアランのことは見上げることの方が多かったからか、下から覗き込まれるのに少しどきりとしてしまう。
昨日の夜あんな話があって、その次は村でこんな事件があって、立て続けに少し嫌なことが続いたからか、アランの優しい態度に急に肩の力が抜けたような感覚に陥った。
アランって、不思議な人だな。出逢ったばかりなのに、こんなに人を安心させることができるんだから。
「ちょっとアランに教えてほしいことがあるんだ」
「俺に答えられることであれば」
「アランは諸外国を旅してきたんでしょ? 最近のヘーゼ国外の国際情勢って、どんな感じかわかる?」
私の問いを聞いて、アランは少し眉を動かした。その表情からして、あまり良い話ではないのかもしれないということを悟る。
「俺も全てを知っているわけじゃない。ただ……最近、シナ国はフォッカ国に対して強行的な態度になってきている。噂じゃフォッカ国に対して、オーレン全土を引き渡すようにという使者がシナ国から届いたとさ」
「ええ……」
そんなにも大きな要望を出しているフォッカ国の姿勢に驚く。アランも考えは同じであるようで、肩をすくめた。
「現状7:3でオーレンの土地はフォッカ国の方が多く持っている。それを5:5に、ということならまだわからないでもないけど全土って言い出すものだから、驚くよな」
「うん……それはやっぱり、新しい王になってから変わった方針なの?」
「んー、どうだろうな。オーレンの分配については先代の王のときから時々問題にはなっていたし、新王が全て、というわけではないだろうけど……まぁ、最近になってオーレンを取ろうと躍起になってきているような節は少しあるな」
シナ国は、ヘーゼ国だけでなくフォッカ国に対してもそのような身勝手と見えるような使者を出していたのか……敵国であればそれも仕方のないことなのかもしれないけれど。
気が滅入るような話に俯く私とは対照的に、アランは手を後ろについて空を仰いだ。
「あとは、海を挟んだ西の大陸に呉国ってあるだろ?」
「あ、うん」
「その呉国が最近こっちの大陸を狙っているような節があるんだよな。フォッカ国の領海に侵入を何度も繰り返している」
思わぬ第三陣営とも言うべき国の存在に驚いた。呉国とヘーゼ国の間にはフォッカ国とシナ国があるから、呉国の動向なんて全く気にしたことがなかった。
呉国のことはあまり詳しくは知らないけど、所有している土地はフォッカ、ヘーゼ、シナの3国を合わせた面積と同じくらいだと聞く。その分資源や人も豊富にあるだろう。海の向こうの西の大陸では、呉国がその権威を欲しいままにしていると聞いたことがある。
もしかしてシナ国も、その呉国の脅威を気にしての今回の行動なのだろうか。
自分が思っていたよりも大きいかもしれないこの情勢の流れに、少し気持ちが落ち込んでしまった。やはり私は世間知らずだった。これを解決しようだなんて、そうそう簡単なことじゃないだろう。
――でも、なんとかしなくては。
「俺が知ってるのはこれくらいだよ」
アランは私の顔を覗き込むようにして言った。考え込んでしまっていたけれど、その声によって意識が覚醒する。
「わかった。色々教えてくれてありがと」
「どういたしまして」
お礼を言ってから、アランから知識を得ようと思った自分の目に狂いはなかったことを確信した。ヘーゼ国に入る国際的情報に私が疎かったのは確かだろうけど、旅をしてきたアランだからこそ持っている情報を聞くことができた気がする。
「こういう情報を知りたがるって、エメは若い割に勤勉だな」
「なにその台詞。今のアランすごくおじいちゃんっぽいよ」
「なんでだよ」
クスクスと笑っていたら、少し気持ちが和らいだ。どうすればこの問題を解決できるのかなんてわからないけど、今こうして笑っていられる時間があるのは嬉しい。
フォッカ国出身のアランと、こんなに仲良くできているんだ。出身が違っても和解する方法は必ずある。
「じゃあ、そろそろ寝るね。今日はほんと色々ありがと」
「こちらこそ」
立ち上がって部屋を出ようとすると、アランも立ってドアまでわざわざ送ってくれた。少しの距離しかないのに、ちゃんと立って見送ってくれるところにアランの優しさを感じる。
おやすみ、と言い合って部屋を後にする。いつもおじさんから借りている部屋に入ったけれど、その部屋が今までより更に温かいものに感じたのは、きっとアランのおかげだろうと感じた。