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キコ村





「何かあったのか?」



 翌日アランを迎えに行くと、相当酷い顔をしていたのか開口一番にそう聞かれた。



「ちょっと自己嫌悪な事件があった」


「へぇ……」



 私のただならぬ雰囲気を感じたのか、それ以上アランが内容についてまで追求してくることはなく。宿屋の女将さんにお会計を済ませてお礼を言ってから、2人で宿屋を後にした。



「よしアラン! 昨日は街を見たから、今日は村に行くよ! そのつもりでいてね!」


「お、おう」



 アランは少々びっくりしつつも、大人しく私の後ろを付いてきた。



 昨日の晩、私なりにどうしたら良いのかを考えてみた。その結果、なんとも素晴らしい妙案が思いついたのだ。


 そう、私は――色々な国を巡っているらしいアランと出逢ったばかりではないか。


 これはチャンスである。確かに私は諸外国の情勢に疎いし、世間知らずかもしれない。けれど、アランと親しくなることによってフォッカ国やシナ国の情勢について何か情報を得られるかもしれない。それはきっとこの状況を打開する何かに繋がる筈である。


 私はなんとしてでも、アランから情報を少しでも聞き出さなければならない。アランと仲良くなるということが必要不可欠なのである。そのためにはやはり、ヘーゼ国を全力で案内するのが1番だろう。



「今から向かう村は、昔私が家出をしたときにお世話になった村なの。まるでその村に元からいたように、1週間くらい泊まらせてもらったんだよ」


「1週間も? 親御さん心配しなかったか?」


「後から知った話なんだけど、村の人が父には連絡してくれていたみたい。それでも連れ戻されないで済んだのは、社会勉強のためだって」



 城下町を抜け、段々と賑やかな雰囲気から緑豊かな道へと変わっていく。砂利道を2人で歩いていると、時々荷馬車とすれ違った。道の両脇には田畑が広がっていて、そこで農作業をしている人影も見える。



「社会勉強って、具体的にどんな?」


「んー、それまで私、自分で家事とかしたことなかったの。うちはちょっとしたお金持ちで、お家にメイドさんとかもいるのね。だから、その人たちがやってくれてて。でも、その村では家事をしたり、農作業のお手伝いとかさせてもらって、やったことのないことを体験させてもらえたの。父は、そういうことを経験することも大切だと思ったみたい」


「へぇ、思い切りの良い父さんだな」



 アランは感心したように呟いた。それを聞いて、少しだけ自分の父を誇らしく思う。


 父は、民の生活に寄り添うことがとても大切だと感じている王だった。王家だけが贅沢をすることに疑問を呈し、民が飢饉で苦しんでいるときは城でも贅沢を禁じ、民と苦を共にした。


 飢饉は私が生まれるより前のときに起こったことらしいから、私はそれを実際に体験したことはない。しかし父は、生まれてからずっと私が贅沢ばかりして育つことになるかもしれないと思うと心配だったのかもしれない。



「そういえば、家出の原因って何だったんだ?」


「くだらないよー? ケーキを1日2個食べて、3個目も食べたいって駄々こねたんだけど、それはだめって言われて怒ったの」


「ガキかよ」


「仕方ないでしょ、私が7歳のときの話なんだから」



 むっとして答えたら笑われた。酷いな。子どもなんて皆そういうものでしょうに。


 そんなことを話していると、やっとその村が見えてきた。



「アラン、見えてきたよ。あれがキコ村」



 村の入口には、小さな標識が立っている。『キコ村』と書かれたその標識の後ろには、小さな木製の民家と畑が広がっていた。


 標識を通り過ぎて中に入っていくと、丁度畑仕事をしていたおじさんが腰を上げる。そして私に気づくと、笑顔で声をかけてくれた。



「やぁエメちゃん、久しぶり」


「ブルーノおじさん、久しぶり!」



 白ひげを携えたおじさんは、畑仕事を中断してこちらに歩み寄ってきてくれた。灰色の仕事着には土がついて汚れていて、今日も仕事に精を出していることがわかる。確か今年で66歳になる筈だけど、相変わらず元気なその姿に安心した。



「来てくれるのはいつぶりかねぇ」


「多分3ヶ月ぶりとかじゃないかな」


「もうそんなになるのか。……おや、そちらの人は?」



 ブルーノおじさんはアランの存在に気がついたのか、アランを見つめて目を細めた。私が人を連れてくることは滅多にないから、少し驚いているみたい。



「アランっていうの。旅の人。昨日私がチンピラに絡まれて困ってたところを助けてもらったの」


「へぇ、それはそれは。私はブルーノ。よろしく」


「よろしくお願いします」



 おじさんがにっこりと笑って頭を下げると、アランも同様に挨拶をした。


 その2人の遠く後ろで、村人の数人が私達の存在に気がつきこちらに視線を送っているのが見える。子どもたちだ。前に来たときにも見かけた顔がちらほらある。そっと手を振ると、嬉しそうに手を振り返してくれた。うん、今日も平和そうでなによりである。



「ここで立ち話もなんじゃ、うちへ来ておくれ。お茶でも淹れよう」



 ブルーノおじさんは畑の済に置いてあった鍬を手に取り、村の奥へ向けて歩き出した。アランと2人並んで後に続く。



「ごめんね、仕事の途中だったのに」


「なに、大丈夫。丁度終わるところだったんじゃ。それに、丁度エメちゃんに相談したいと思っていたこともあるしのう……」


「相談したいこと?」



 聞き返すも、おじさんはそれ以上何も言わなかった。斜め後ろからだから表情はしっかりとは見えないが、それなりに困っているっぽいことが伝わってくる。アランと顔を見合わせて首をかしげつつ、ブルーノおじさんの家へと向かった。



   *



「――泥棒?」


「そうじゃ」 



 ブルーノおじさんの家に到着した私とアランは、居間に通された。木製のその家の床は畳になっていて、部屋の中央のちゃぶ台にアランと並んで座る。ブルーノおじさんは奥さんと2人で暮らしているのだけど、今は奥さんは街に買い物に出かけているとのことだった。


 向かい側に座ったブルーノおじさんに差し出されたお茶をゆっくりと味わう。そんなときにブルーノおじさんから聞かされた話に、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。



「ここ2週間の話なんじゃが、畑から農作物が少しずつ盗まれとるんじゃ。特に荒らした形跡はないんじゃが、足跡はわからんように踏み潰されとっての……動物の類じゃなく、人間なんじゃないかとは思っておる」


「でも、この村の人でそんなことする人いないでしょ」



 一時期この村のお世話になっていた私には、到底そんなことをするような人がいるとは思えなかった。


 キコ村の人たちは収穫した農作物を街へ出す他、ご近所さんでおすそ分けをしながら共有している。わざわざ盗まなくても食べることのできるそれを盗むメリットがない。売ってお金にするという可能性はあるけれど、ご近所の絆を破ってまでそれをしたがる人がいるようには思えなかった。



「わし等もそう思ってなぁ……外部の人間の仕業かと思って、村の者で順番に見張りをしたりもしたんじゃ。子どもたちも交代でな。しかし、全く犯人の足取りが掴めんのじゃ……」


「被害はどれくらい出ているんですか?」


「盗まれた畑はわしの畑の他、5人の畑がやられとる。頻度は2週間で8件じゃ」



 アランも一緒に考えてくれているようである。折角観光のためにこの村に案内したのに申し訳ないな、と少々思いつつも、放ってはおけない。



「ブルーノおじさん、私も見張りとか手伝うよ。キコ村にそんな事件が起きているんなら、放っておけない」


「エメちゃん……助かるよ、ありがとう」



 私の言葉に、おじさんは微笑んで深く頭を下げた。「昔お世話になった恩返しだよ」と返す。ずっと何か力になりたいと思っていたのだから、これで力になれるんならお安い御用だ。



「俺も手伝う。ここに来たのも何かの縁だし、役に立てる筈だ」


「いいの?」



 アランの申し出は有難いけれど、一応私にとってアランはお客様と考えている。その分、こういった事件に巻き込んでしまうのは気が引けた。


 けれどアランはそんな私の気持ちを吹っ切らせるかのように笑う。



「いいよ。村での生活も気になるし」


「ありがとうよ」



 おじさんも感謝の意をアランに伝えている。私も、アランが力になってくれるのはちょっと心強い。味方は多い方が良いだろうし。



 かくして、キコ村農作物泥棒捕獲計画が始まったのである。





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