戦争協力
その日城に帰ると、案の定兄様に怒られた。自室で着替えて休んでいたら、いきなり兄様が乗り込んできたのだ。
そしてこっぴどくお説教を受けた。
「お前はどうして自分がこの国の王女だという自覚がそんなにも少ないんだ。外に出たら狙われるかもしれないとは思わないのか。お前にもしものことがあったら私はどうしたらいいんだ。父様にもあまり心配をかけるな。今日だってお前がいなくなったと聞いてハラハラされていたのだぞ。そもそもお前はだな――」
以下略。あるべき王女としての姿やら何やら散々、1時間にも及んで語られた。兄様のことは嫌いではないのだけど、こういう話を聞いてると少々うんざりとしてしまう。
勿論黙って抜け出した私が悪いのだけど、何もただの娯楽のために抜け出しているわけでは決してないのだ。城にひきこもりすぎていると外の様子がわからなくなってしまう。百聞は一見にしかず。自分の目で自分の国が今日も平和であるかどうか、確かめたくて外に出ているのだけど……兄様はそれを理解してはくれないらしい。報告を聞いてそれで十分と思っているみたい。
その考えを否定するつもりもない。私が外に自由に出られているのは、父様や兄様が事務的な仕事をしてくださっているからだ。そういった仕事も大切なものだということはわかっている。
だからこそ役割分担というわけで、私が城の外を出て直接仕入れた情報を少しでも父様や兄様に届けられたらと思っているのだけど……うまくいかないものである。
兄様が部屋を出て行ってからは、疲れて寝室で眠り込んでしまった。目が覚めるともう空は真っ暗になっている頃で、随分と長い間眠ってしまっていたことに気づく。
夕食も食べていなかったのでお腹が空いたな、と思い、まだ料理長が起きていることを願いながら食堂へ向けて自室を出た。
暗い城の廊下を1人、ぽつぽつと歩いていく。その道中、ふと廊下に光が漏れている場所を見つけた。どうやら部屋のドアが少しだけ開いているらしい。話し声も微かに聞こえる。
あの部屋は――兄様の部屋だ。
こんな夜更けにどうしたんだろうと思って、悪いとは思いつつドアの方へ寄り耳を済ませた。
「では、シナ国の要求を呑むと?」
「仕方あるまい……シナ国の保護なくしては、我等は他国からの侵攻に耐えることもできないのだ」
兄様と、父様の声だ。
真剣な雰囲気の2人に、何か事件があったんだということを察知して背筋が冷えた。
シナ国の要求? どういうことだろう。
「そうだったとしても……私は、賛成しかねます。我が国の民を戦争に巻き込みたくはない」
どういうこと? 戦争?
「それは私とて同じ気持ちだ。しかし、だからと言って他にどんな道があろうか」
そっとドアから中の様子を覗くと、2人は苦々しい表情のまま話を続けている。
「この要求を呑まなければ、我々の同盟関係に亀裂が走る。それでフォッカ国やシナ国、どちらかの国に侵攻されてみよ。もっと多くの命が危険にさらされ――」
「どういうことですか、父様」
我慢ならず、ついドアを開けてしまった。ハッとしてこちらを振り返る2人。
「エメ……起きていたのか」
「つい先程目が覚めました。食堂へ向かおうとしたら、父様と兄様の話し声が聞こえたので……。どういうことですか? シナ国と何かあったのですか」
父様は、部屋の中央の椅子に座ったまま動かなかった。黙ったまま、苦虫を噛み潰したような顔をしている。沈黙を破ったのは、兄様だった。
「シナ国から昼間、使者が来たのだ」
「知らせの内容はどんなものなのですか?」
「近頃シナ国は、オーレンを手に入れるべくフォッカ国に進行攻撃を開始するとのこと。その際に、軍事力として資源だけでなく、兵を500寄越せとの内容だ。さもなくば同盟を破棄する、と」
「はぁ!?」
一方的な要求に苛立ちを隠せず、つい大きな声が出てしまう。すぐに兄様に「夜中にうるさいぞ」と指摘をされた。しかし、これが大人しくしていられるような内容だろうか。
「父様は、そんなシナ国の要求を受け入れようと思っていらっしゃるのですか!?」
「……」
相変わらずだんまりな父様に苛立ちが募る。自分の国の民が戦争に巻き込まれるというのに、平気なのだろうか。父様は平和なヘーゼティラ王国を、守りたくはないのか。
「父様! 私は反対です!」
叫ぶと、父様の代わりに兄様が立ち上がり、諭すように私に近づいた。
「エメ、反対の気持ちはわかる。だが反対するからには、何か他の打開案を出せ。さもなくば、それはただ感情に任せた我儘だ」
「それは……!」
確かに、兄様の言う通りだ。具体的な代替案もなしに喚いたところで、状況が良くなる訳でもない。
「……シナジェラ王国との、話し合いの場は設けられないのですか。そこでどうにかフォッカゼル王国への侵攻を食い止めることができれば、我々が兵を出す必要はないのではないですか」
普段外交に関してはあまり考えたことがなかっただけに、どうしたらこの状況を打開できるかがわからなかった。わからないなりに出した案は自分でも半分夢物語に聞こえる。案の定、父様や兄様の表情は厳しいまま変わらない。
「それができれば苦労しない。私達も、兵を出すと即決した内容の使者を出す前に、なるべく戦争にはならないようにしたいという旨は伝えるつもりだが、おそらくシナジェラ国の考えは変わらないだろう……」
「シナ国は、半年前に先王が崩御し、今は若きレナルド王が治めている……彼が王になってからあらゆる制度が見直され、シナ国は軍国主義に変わってきていると聞きます。おそらく、シナ国がフォッカ国に侵攻するという姿勢を変えるのは容易ではないでしょうね」
父様、兄様の意見にショックを受ける。自分自身でも甘い考えだとは思っていたけれど、シナ国現国王の方針なんて考えたこともなかった。
自分の考えの甘さ、世間の知らなさに反吐が出る。城を出ることで外の世界を知ったつもりでいた自分に嫌気が差した。
私は、無知だ。だけど。
「……だからと言って私は、ヘーゼティラ王国の平和を守る道を諦めたくはありません」
何か、何か方法があるはずだ。
「1週間私に時間をください! それまでになんとか解決策を見つけてみせます。だからどうか、兵を出すことを受け入れるのは、待ってください!」
父様と兄様は、目を見張って私を見つめた。じわり、背筋に冷や汗が浮かぶのがわかる。
現時点で何か秘策があるというわけでもない。しかしだからといって諦めたくはない。まだ諦めるのは早い、そんな気がするんだ。
「――いいだろう」
「父様!?」
父様の返事に、兄様が驚いたように父様を見つめるのがわかった。父様は私に微笑む。
「自分の出来る範囲で、考えてみなさい。ただし、危ないことをするのはだめだからね。何か思うことがあれば、いつでも私に相談しなさい。しかし1週間経って、私の納得するような考えが提示されなかった場合には、シナ国へ出兵をする準備に取り掛からざるを得ない。そのことは、肝に銘じておくように」
「ありがとうございます!」
私は一礼し、すぐに部屋を後にした。後ろで兄様が心配するかのような声が聞こえてきたけど、父様が上手くなだめてくれるだろう。
――時間をもらったからには、きちんとした働きをしなければならない。どうにかして、打開策を見つけるんだ。