最終話 剣の導くままに
上下半身の分断。致命傷だ――普通なら。
しかし天上七剣の回復魔法であれば、断面を接触させての発動で癒合まで持っていけるだろう。
もちろんのこと、イリスに自分でそれをする余力はない。
だから今、イリスの生殺与奪は希生が握っている。
「アイオーン……ごめんなさい、ごめん……あなたのこと、何も……わたしは……」
まるで傷からの血よりもすら多いと感じるほどの落涙、うつ伏せのイリス。
悔いる言葉を譫言のように漏らすが、別に改心したわけではない。アイオーンにのみ謝る時点で、どれだけを巻き込んで無駄な被害を出したのかは意識にないと分かる。
元より期待はしていないから、落胆もない。軽くひとつ溜息が出る程度だ。
見下ろす。
「……今更ですけど。アイオーンは、イリスのこと、嫌いじゃなかったですよう。だからこそ悲しかった。だからこそツラかった。でも、もう、それも……おしまい……」
「アイオーン……」
イリスが見上げようとするが、うつ伏せなので難しそうだ。
爪先に身を乗せるようにして蹴りい、仰向けにしてあげた。
かつての契約者が、花咲くように笑う。笑って言う。
「こんなこと、もう、言う必要もない……と、思うのだけど……」
胴体断面の傷が、激しい光に包まれていた。
光るのみだ。何も起きない。流血は止まらない。
イザナミの無駄な足掻き。
「アイオーン……あなたは、キキと、生きるがいいわ……」
イリスは、認めた。
「グラジオラスは、その葉が剣に似ていることが名の由来……。故に、武力の象徴となり……オーガと戦うこの地の、名前に、なった……。
だから、わたしは。イリスティーナ・レン・グラジオラス、だから。何よりも、まず、ひとりの剣士だから……。
剣の導くままに。
――だから、いい」
これでいいと、彼女は言った。
「幸せにね……ふたりとも……」
祝福を残して。
そして、
「さようなら」
「さよならですよう」
「さらば、強敵よ」
そして別れは、簡素でいい。
たとえ泣いても、微笑んでいたら、それでいい。
イリスは目を閉じて、もう、動かなかった。
回復魔法の光も止まった、イザナミも諦めたらしい。魔剣は沈黙したまま――再び眠りに就いた様子。
イザナミが余計なことをしたせいでイリスに殺されかけた以上、呑気に眠っているこの隙に、地の底に埋めるか、海に沈めてしまおうか、と考える。
たとえそのおかげで、剣士として更なる高みに至れたとしてもだ。それはそれ、これはこれである。
イザナミの鞘はロヴィッサが持っている。刃を布でぐるぐる巻きにして従属異界に放り込みながら、ふと、心眼領域が狭まっていることに気付く。半径数m程度か。
それだけイリスとの決闘に集中していて、そこから精神状態がまだ抜け切っていないのだ。
ゆっくりと深呼吸を数度、無意識の緊張を緩め、伴って心眼領域が広がっていく――その端に、ロヴィッサが引っかかった。
そこの窓から庭へと投げて逃がした彼女に、ふたりの強者が迫っていた。
七騎士だ。
残り4名が、アイオーン派とイリスティーナ派に分かれて離れで戦っていた――いつの間にか、その戦いは終わっていたらしい。
勝者が、ここ本館を訪れたのだ。そしてロヴィッサを見付けた。
「こやつ、もしやロヴィッサ・ユリラウリでは? めっちゃ首に剣刺さっとるけど」
「しかし生きているようですね……。ああ、回復の魔道具じゃないですか、この剣。引っこ抜いて殺しましょう」
「うむ! そして首も剣もイリスティーナ閣下に献上しようぞ! めっちゃ褒められるハズ。うひょ~」
敵だった。イリスティーナ派。どうする、どうすれば?
ひとまず、イリスの流れ出た血の海から、死してもなお少しの間だけ残る生命力を吸収、超集中で疲労した気力を回復する。
すると、知らず衰えていた思考力も回復した。
どうすればじゃない! ロヴィッサを助けなくては!
希生は慌てて3階の窓から飛び降り、しかしその時には既に、騎士の片割れが竜長剣に手をかけるところだった。
吸収回復の魔道具と化しているそれを抜かれたら、ロヴィッサを守るものは何もなくなってしまう。
壁を蹴り下方へ加速しても着地まで1秒、遅すぎる、投剣のために振り被る――
――地面が突如として地割れめいて崩れ、騎士らはそれに飲み込まれた。
倒れているロヴィッサには一切影響を与えない、計算された地割れだった。
「大地断裂!」
庭と敷地とを隔てる門扉の傍らに、見覚えのある竜鎧の剣士と、赤毛の魔術師がいた。
剣士は大剣を地に突き立て、どうやらそこから流し込んだ莫大な指向性運動量で大地を斬り砕いたらしい。何だその技。
「何だこの技……!」
「どいてください! まず脱出を……!」
「貴様がどけえい!」
地割れの狭間でモガく騎士らを、着地した希生はひとりずつ首を刎ねて仕留めた。
剣士と魔術師が駆け寄ってくる。
「ヒューゴ! ベルタ!」
「キキー! 地獄から舞い戻ったぞ!」
「まったく調子いいんだから、こいつは……。キキ! その顔、勝ったみたいね? ロヴィッサは……凄いことになってるけど」
ふたりを迎え、思い切り抱き締めた。
そこで違和感に気付く。いや、ベルタはいい、普通だ。問題はヒューゴだ――なぜ鎧に体温がある? と言うか、鎧のデザインが変わっていないか? より生物的に……。
「キキ! ハッハッハー!」
ヒューゴからも痛いくらい抱き締め返してくるが、いや、そんなことより、今――さっきも――声を出すとき、兜が動いている。
兜の、竜の口を模したバイザーが、本物の口のように。
ようにではない、のか。
「あの……ヒューゴさん?」
「うむ! どうやら回復を促進するために、竜刀が俺に融合したらしくてな! そのときに着てた竜鎧も巻き込んで! 結果、竜人に生まれ変わったのだ……!」
「一大事じゃねーか!? なにちょっと嬉しそうな声出してんの!?」
ヒューゴが拳を握り、誇らしげに笑う。
いや……何だこれ……本当に何だこれ。
「竜の力を手に入れたんだぞ! 竜の装備どころじゃない! 俺はまだまだ強くなるってことだー! キキ! お前もウカウカしてられんほどにな!」
「えぇ……」
前向き過ぎる。
一方のベルタは苦笑していた。
「ベルタ……。なんか、その、なんだ。ごめん」
「いいのよ。こうでもならなきゃ助からなかったでしょ。命だけ助かって生きた屍になるより、この方がよっぽどいいわ」
なんという度量の大きさだろうか。
ヒューゴは間違いなく尻に敷かれる。希生は確信した。
「で、ロヴィッサは!? 俺と同じに、竜の剣を回復魔道具化しているようだが!」
「ああ、うん、首刎ねられて咄嗟に……。……」
ヒューゴと同じ、ということは――
「ってロヴィッサも竜人化する危険があるんじゃねーか! 悠長にダベってる場合じゃないよ! イオこれ抜いても大丈夫!?」
「だいじょうぶ! もう戦いは終わりですもん、手動回復に切り替えですよう!」
慌ててロヴィッサの首から竜長剣を抜き、アイオーンの回復魔法で処置をする。
仕方がなかったならともかく、ここで竜人化を見守るのは違うだろう。ヒューゴの前向きさが異常なのであって、異形に生まれ変わってしまえば普通はショックを受ける。
特にロヴィッサの場合、「このような怖い顔では、女の子の皆さんに怖がられてお近付きになれない……!?」などと、たいそう嘆くことになるだろう。
「はッ!」
そのとき、ロヴィッサが目を開けた。
寝転がる彼女の顔を、皆で覗き込むさま。
「恐ろしい……恐ろしい夢を見ました……」
「もう大丈夫だよ、ロヴィッサ! 助かったんだから!」
「夢の中で、わたくしは竜の形をした人と化してしまって……。最初はその圧倒的な力に、もっとキキさんの助けになれる、と喜んだのですが」
「うん? うん。それはありがとう」
「このような怖い顔では、女の子の皆さんに怖がられてお近付きになれない……!? と、気付いてしまって……」
ロヴィッサは自分の顔を両手でぺたぺた触った。
「ああ、元のままでございますね! 安心いたしました。夢で良かった……」
「嘆き方が、まさか想像と一言一句同じとは思わなかった」
「愛の為せる業でございましょう」
いやキモいわ。
デコピンしておいた。
「あん。ところでキキさん」
急にロヴィッサが険しい表情になった。
ヒューゴとベルタも、その本気度を感じ取り、警戒心を強める。
希生も同じだった。思考盗聴で迅速に把握すべきか、と迷うほどに。
結局は言葉を聞いた。
「着替えましょう」
「はい」
そういえば戦闘ダメージで漏らしてたよね。思いっ切り。
特に希生は、お腹から太腿まで体の前面が広く濡れているから、悲惨なまでに目立つ。
顔を覆って俯いた。
「締まらないわね、まったく……」
「気にするなキキ! 俺は今のキキも好きだぞ!」
「変態にしか聞こえない……」
「わたくしも好きですが」
「変態にしか聞こえない!」
「ズルいですよう! アイオーンも好きですー! 変態でもいいですもん!」
「さんざんひとのこと変態扱いしておいて!?」
腰のアイオーンを二度見した。
何だか無性におかしくて、胸がいっぱいで、幸せで、愛しかった。
剣を抜き、その刃に口付けを。
「ふひゃあ!? みんな見てるですけどー!?」
「見せてんだよ! お母さんにも仲を認めてもらったしね!」
「イリスはママじゃないですよう!?」
ヒューゴは祝福の拍手をし、ベルタは指の間からその光景を見て、ロヴィッサは「わたくしにも」と申し出た。デコピンしておいた。
みんな、笑った。
みんなで笑った。
――実際のところ、笑っている場合ではない。
如何な理由であれ領主を殺害した以上、次は国から狙われるだろう。
いやそれ以前に、対オーガの重要戦力である七騎士を壊滅させてしまったため、グラジオラス領がオーガに攻め込まれることになる。
ここ十数年は小競り合いばかりだったというが、だからこそ、その均衡を崩す要因となってしまう。
それを放置して他国に逃げるのは、流石に卑怯が過ぎるだろう。
逆に自分たちがオーガを押さえられるとなれば、国との交渉材料にもなる。せいぜい売り込んで、罪を帳消しにしてもらいたいところだ。
オーガは強い。それは数以上に、個の強さによるという。
あれだけ強かった七騎士やイリスが彼らを滅ぼせていないこの現実が、何よりもその証拠であるだろう。
まだ敵がいる。まだ戦える。
もっと高みへ。もっと強く。
更なる戦いを。更なる愛を。
だから生活が変わっても、生き方はもう変わるまい。
最強の魔剣の弟子になったから、最強の剣士を志す――そのことは。




