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第88話 

 領主邸3階廊下――数歩の距離を置いて対峙する。

 長身、緩く波打つ豊かな金髪、黒い軍服。足元から胸の高さほどまでの全長、波打つ刃、フランベルジュ。雷気纏うイリスティーナ――イリスは正眼に。

 矮躯、ショートボブの黒髪、梅柄の和ゴス。腕一本分をもう少し超える全長、東西折衷拵えの打刀、アイオーン。静寂の希生は鞘に収め、居合の構えに。


 動かない。

 心眼と雷心眼とが絡み合う。

 最早互いに『心閉じ』すらすり抜ける、その圧倒的な知覚深度で。


 希生はアイオーンをも心身一如に巻き込み、念話回線をすら超えて心を繋げた。彼女の喜びで胸がいっぱいになりそうだ。

 今、希生はアイオーンであり、アイオーンは希生だった。

 だから希生の身を再び電撃が襲ったとしても、もう、吸収魔法で無効化してしまえる。電撃のみではない、『斬撃病』もそうだ。

 それを読んだイリスが纏う雷気を抑え、自らの素早さにほぼ全力を注ぎ込んだ。


 ほぼ、だ。本当に全てではない。希生が能動的にイリスの生命力を吸おうとすれば、それは逆に生命力と電撃とを同時には吸収し切れず、隙となる。

 電撃による麻痺は『心身一如』によって継続はしないが、確実に一瞬は止められてしまう。普通に触れて表面のみ感電するならともかくだ。

 そこを牽制し、生命力吸収を阻害してきた。


 ことここに至って、互いに特殊攻撃を封じられたということだ。

 逆に回復魔法は封じられていないから、多少のダメージはないも同然。素手攻撃などその程度のもの。


 『心身一如』も雷の身体強化も自己操作の極みだから、合気もまた決定打にはならない。

 波の運動量をどれだけ流し込んでも、互いに受け流してしまえるし、むしろそれによって流し込んだ側が隙を生じることになるだろう。

 またイリスの復活に伴う心身のズレも、補正が完了したようだ。

 彼女のミスには期待できない。無論、イリスも希生のミスに期待しない。


 仲間もいない。

 七騎士はエサイアス、ヤルナリ、狙撃手の3名を希生が殺害済み。残り4名は、アイオーン派とイリスティーナ派の2対2に分かれて、領主邸の離れで戦っているようだ。ロヴィッサが暴れたせいで、ほかの騎士兵士も、ここに駆け付けられるほど残っていない様子。リアルタイムで心眼領域が広がったことで知れた。

 竜殺しパーティーは、ロヴィッサは峠を越えたとは言えまだ庭で伸びているし、ヒューゴもウショブ市で回復中、ベルタは家族を助けに行っているハズ。誰も戦闘可能な状態でこの場にいない。

 人間ひとり、魔剣一振り。それが二組。


 ――だから、剣しかない。剣で決めるより他にない。

 ただ剣のみが、今この場を総べる摂理であり真理。


 互いがそれを了解したことで、状況は次の段階へと進む。

 つまり、ではどうやって刃を致命的に当てるのか。

 普通に斬っても突いても、避けられるか防がれるか、千日手になるのみ。だからこそ、そこから外れた、それを超えた『一撃』こそが明暗を分けよう。

 勝負は一撃で決まる。

 その一撃を発見することが戦いだ。


 例えば、もし今、希生が居合で薙ぎ払ったら。

 イリスは縦に構えて受け止め、鍔迫り合いに持ち込んでくるだろう。そうなれば、刃渡りで上回るイリスが有利だ。鍔元でアイオーンを押さえながら、イザナミで首を刈りに来る。

 だが脱力と体捌きにより、鍔迫り合いを外して回避できる。

 再び対峙する。


 例えば、もし今、イリスが上段に振り被って唐竹割りを繰り出してきたら。

 希生は振り被りの間に踏み込みつつ抜刀、刃の下を潜って直接胴に剣を届けるだろう。

 だがそんな見え見え、半歩下がって避けつつ振り下ろすか、逆に踏み込んで希生の剣でなく腕を受ければ済む。そしていずれにせよ、希生は鞘を武器にして対処防御できる。

 そうして鍔迫り合いにでもなれば、やはり、再び対峙に戻る。


 例えば、もし今、希生が剣を抜き構えを変えたら。

 どう変えるかなど、変える前にイリスには知れる。対処が容易い構えへと自分も変えていくのみだ。

 それを見て希生も更に変えていく。

 堂々巡り。


 例えば、もし今、イリスが真っ直ぐに刺突を放ってきたら。

 剣同士を滑らせ受け流しながら近付く、いや、波打つ刃で弾かれてしまう。だがそれは反動で相手の剣も弾かれる。

 何の意味もない。


 『剣気当て』で虚を突こうにも、今の知覚深度では、虚像は虚像だと一目瞭然だ。一瞬すらも騙せない。

 それはイリスの『雷剣気当て』も同じこと。


 肉を斬らせて骨を断つこともできない。

 直接身に受けて回復魔法が間に合うほど、いずれの剣も甘くない。良くて相討ち、悪ければ斬らせた肉ごと全てを断たれて、反撃すらする前に死ぬ。


 例えば、例えば、例えば、例えば。

 もし今、もし今、もし今、もし今。

 こう来たらこう返し、ああ来たらああ返し。

 結局対峙に戻る、堂々巡り、千日手。


 それがどれだけ――どれだけ、嗚呼!


 今、希生は剣士だし、イリスも剣士だ。

 因縁も、事情も、利害も、損得も、権利も、義務も、使命も、自由も、希望も、絶望も、真実も、嘘も、栄光も、屈辱も、満足も、渇望も、快楽も、不快も、幸福も、不幸も、許容も、憤怒も、憎悪も、諦観も、歓喜も、悲嘆も、欲しいものも、守りたいものも、奪いたいものも、壊したいものも、殺す覚悟も、死ぬ覚悟も、殺さない決意も、生きる決意も、何もない。

 そんなもの、どれも要らない。

 勝ちたい。負けたくない。純粋にそれだけ。

 それしかない。


 空。

 希生とアイオーンとがまとめて『心身一如』の境地に至ったが、それよりも深く濃く、希生とイリスとが溶け合っていく。


 分かる。

 イリスがイオを大切に思ってるって、よく分かる。

 修行時代、組手で対峙した緊張感を思い出せる。何時間でも根気強く立ち方を矯正してくれたのは、昨日のことのようだ。アイオーンを抱いて眠るのは、温かくて柔らかくて心地よかった。一緒におやつを食べる時間は何よりの安らぎだった。アイオーンはいつも笑ってた。わたしも笑ってた。


 だから、分かるでしょ?

 ええ、分かるわ。

 わたしがイオをどれだけ好きかも。イオがわたしといて、どれだけ幸せか。

 そうねえ。そうだわ。――ごめんなさい。

 謝って済むことじゃないけど、今は、それもいい。


 覚えてる。

 剣が上達する度、アイオーンは褒めてくれた。

 領主として、オーガから国を守る盾として――それ以上に、剣士として誇らしかった。

 アイオーンに教わって、自分はきっと最強になれるんだって思った。


 最強になって何をしたい、ということは特にない。

 ただ、あなたが褒めてくれたら、それでいい。

 それだけ、ただそれだけ、たったほんのそれだけで。


 同じ気持ちだ。


 だから、瞬時に距離が詰まった。

 イリスは上段振り下ろし。

 希生は居合横薙ぎ。


 最早策などない。

 しかしこれこそが最善だと、ただ導かれるように。心のままに。

 全てを込めて。

 全身全霊、全存在、全歴史。


 イリスの剣が速い。希生の脳天を捉え――すり抜けた。イリスにはそう感じられた。

 それはギリギリのその先を見切っての回避。

 液体レベルの超脱力による、斬られながら(・・・・・・)斬られずに斬る(・・・・・・・)世界。


 希生にしかできないことだった。

 アイオーンを信頼し、信頼され、無意識の恐怖すら超えて力を抜くことは。

 イリスとイザナミとでは、そこに辿り着けず――

 イリスがいたから、希生はそこに辿り着けた。


 ありがとう。/ありがとう。


 そして斬り、斬られ、イリスが胴から血の華を咲かせながら、上下に分かれて転がった。


 溶け合う世界は解けて終わる。

 それは愛だったのだと、今、分かった。

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