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第81話 侵入です? 強行突破です?

 飛竜を吸収後に火葬し、山小屋に戻って、タニヤと猟師たちとを肉片まで集めて埋葬した。墓標代わりに木製の杭を作って立て、それぞれ会話の中で聞いた名を記す。

 狙撃手は放置した。せいぜい無様に腐り果てればいい。その前に野生に喰い散らかされるかも知れないが、それも構うものではない。


 従属異界に繋がる空間の穴を通したものは、そのまま素通りさせるか、穴に入れるか、を個別に選ぶことができる――選別収納の技。

 山小屋はこれで綺麗に掃除したが、もう、そこで寝る気にはならなかった。間違いなく悪夢に魘されるだろう。


 仕方がないから、適当な場所を見付けて野宿した。

 張り巡らせた鳴子は、一度も鳴らなかった。


 次に目覚めたのは深夜。懐中時計を確認する――およそ1時頃。

 日没後にすぐに眠りに就いたから、睡眠時間は充分に確保できている。


 アイオーンの回復魔法の応用で、短時間で長時間眠ったのと同じだけの疲労回復効果を得ることも可能だった――が、採択しなかった。

 夢を見る必要があったからだ。それは記憶と感情との整理だから。たとえ内容を忘れても、時間を取って夢を見ることが重要なのだ。結果は無意識に表れる。


 ヒューゴと戦い、何とか彼の死を回避した。ベルタと別行動になった。突然寝返ったエサイアスを片付け、ビッグラージとオマケとを斃し、無辜の民を巻き込んだゲスな狙撃手を始末した。

 本当にいろいろがあって、それらは、しっかりと眠ってこそ飲み込めるものなのだ。

 実際、寝起きの希生は、自分でも分かるくらいに心が軽くなっていた。

 

 そしてこの時間帯に起きたかった理由もある。

 領都グラジリアに侵入し、イリスティーナに殴り込みをかけるには、普通に考えて昼よりも夜の方が都合がいいだろう。


 心眼を持つ希生には、夜闇など障害にはならない。

 月明かりすら必要とせず、山を下り、街道も無視して真っ直ぐに、領都グラジリアを目指した。


 やがて窺えた都市を囲む城壁は、高く、広く、堅牢で、分厚かった。

 単純に野生の魔物や賊などから土地と住民とを守るための城壁のはずだが、希生にはまるでイリスティーナの心の壁のように思えたものだ。


「侵入です? 強行突破です?」

「そりゃ侵入で――あれ、待って、様子がおかしい」


 だが近付くうち、異常に気付く。

 深夜だというのに、城壁の上や城門には煌々と照明が灯り、衛兵らしき気配が多数、内外を警戒していた。普段通りの巡回ではなく、何か緊急の事態があった雰囲気。


 心眼領域内では、空気の揺れ、つまり音や声すら触覚的に分かる。会話の盗聴。更に思考盗聴――何でも侵入者があったらしい。

 数時間前、町がようやく寝静まったかどうかのころ、城壁を乗り越えて巡回兵を殺し領都に侵入した者がいる、と。賊は領主邸に向かっていき、今はそこで戦闘になっているそうだ。

 賊はひとりだが、更に仲間が侵入を試みない保証はないこと、また賊が領都から逃げ去るのを防ぐため――それらの理由で、城壁の警備が臨時に強化されていた。

 月明かりの下、最早肉眼でも確認できる――城壁の上に、所狭しとばかりに兵士が詰めているのが。槍や弓らしき装備のシルエットが窺える。


 これではこっそりと侵入するのは無理そうだ。強行突破しかないだろう。

 何とも間の悪い。しかし領主邸に殴り込みをかけているということは、恐らく希生とは敵が共通しているわけで、協力できるかもしれない。

 いったい、賊はどこの誰で、どんな人物なのか。

 ちょうど、ある衛兵らの会話から探れそうだ。心眼が聞く。


「しかしおやっさん、頼りになる人だったのにな……。真っ先に侵入に気付いたばっかりに……」

「本当にな。見えない、音も立てない、匂いすら……。一流の『空気の触覚』使いだったおやっさんだから気付けたんだ」


 賊は忍者か何かなのだろうか? 視覚も聴覚も嗅覚も遮断するとは。うちのロヴィッサならたぶんできるが。

 そしてそれを突破できる『空気の触覚』の便利さよ。物理的探知しかできない劣化心眼のような技ではあるが、そもそも心眼と比較になる時点で優秀な技なのだ。

 ともかく、『おやっさん』と慕われるベテラン衛兵がちょうどそこにいたことが、賊にとっての不運だったらしい。


 思考盗聴も重ねてみたところ、『おやっさん』は『空気の掌握』という技で、賊の隠形を引き剥がしたようだ。

 賊を風属性使いと見抜き、空気の支配権の奪い合いに持ち込むことで相手の集中を乱して、隠形用の魔法を維持できなくさせた、と。


 そうして姿が見えれば、周囲の衛兵らも動員して袋叩きにできる。

 結果は『おやっさん』が槍で脚を抉った一発しか入らず、『おやっさん』含む数名が反撃で殺され、賊は城壁内に飛び下りながら再び姿を消してしまったが。

 しかし傷から滴る血がある。血痕が残るし、その濃いニオイは風の消臭魔法では完全には消し切れない。追跡の条件は整った――結果、賊は町じゅうを追い回され、それでも今は領主邸で戦っているという。凄まじいスタミナが窺える。

 ここにいる兵士は、それらを伝令され、万が一の城壁警備を任された者たち――或いはもともとここの巡回担当で、そのまま臨時警備に組み込まれた者たちだ。


「まあでも、本望だったよな、おやっさん。死ぬならケモミミ美女の腕の中とかいつも言ってたし」

「本当にな。まあ腕じゃなかったけど、あの太腿に顔挟まれて……。それで投げるのかと思ったら、そのまま挟み潰すとか……。顔の近くに尻尾も来てて、最期に匂い嗅げたろうしな……」

「ああ、良かった。せめていい夢見ながら死ねたろうよ、おやっさん――ってなるかボケェッ! クソ、クソ……俺たちのおやっさんを……! イライラするぜ!」

「まったくだ! 俺も狙ってたのに」


 思考盗聴の不快感でイライラさせてしまったのは申し訳ないが、いや、まあ、うん。

 などと混乱している場合ではない。そんなことより遥かに重要な事実がある。


 心眼で読んだ記憶にある賊の姿はこうだ――明るい灰色の毛のイヌ科獣人、正確には人間に耳尻尾が追加された半獣人型。20代前半と見える女で、アギア司祭のキャソックの上から、爬虫類かそれに近いものと思しき鱗革の鎧を纏う。手にするのは、不思議な赤色に揺らめく長剣と盾。

 どう見てもロヴィッサ・ユリラウリであった。

 うちのロヴィッサだ。


 ウショブ市ではぐれた彼女がなぜここに。まさかほんの数時間前に既に領都へと侵入し、領主邸に殴り込みをかけているとは。

 確かにイヌ科獣人の圧倒的スタミナを持ってすれば、希生と同等かそれ以上の持久走により、こうして領都に先行することは可能なのだろうが。

 しかし何にせよ、急いで加勢せねばならない。


 高速で城壁へと近付く希生に、その上の兵士らが気付いた。


「おい、あれ……」

「止まれー!」

「何者だ!」

「やはりあの賊、仲間がいやがったのか!」

「待て、気が早い! しかしあの勢いは……」

「喰らえ!」

「ああもう、しょうがねえ!」


 ひとりが逸って矢を放ち、それが呼び水となって、あっと言う間に矢の雨が降る。

 しかし暗いせいもあるのか、狙いが雑過ぎた。避けるまでもなく当たらないものが多いし、当たるものも、鞘入りのままのアイオーンで軽く打ち払える。


 光属性の魔術師が、狙いの助けにするためか、スポットライトめいて希生を照らし出そうとした。

 手から指向性の光を放つ形。ならばとジグザグに走り手の動きを避けてやれば、スポットライトはその軌跡を追うばかりで、希生を捉えない。あまつさえその照らされた場所に矢の雨が集中し、希生からどんどん逸れていく始末。


 ついに城壁へと迫れば、直下に矢を撃ち放つのは難しい、攻撃は逆にヌルくなった。落石攻撃の準備はあるようだが、移行が遅い。

 アイオーンの結界で空中に足場を作って駆け上がり、重く閉ざされた城門を後目に城壁の上へ。


「おのれ曲者!」

「これ以上俺たちの町を!」

「覚悟しろ!」

「て言うかこいつ、あの賞金首のキキ・ムトーじゃ?」

「何でもいい! ぶっ殺す!」


 城壁の上は、下から仰いだ印象よりも遥かに広い。数十名の兵士が槍を突き付け迫ってくる上、その周囲から更なる兵士が集まり層を厚くしていく。

 希生はアイオーンを鞘から抜かぬまま、ただ、全ての敵を同時に睥睨できる範囲にまで心眼を狭め、圧縮する。


 『心眼心開き』――『剣気当て』。


 兵士らは一斉に同士討ちに走り、一瞬で全滅した。

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