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第80話 確実に死ぬ

 心眼で相手を『深く』読み取る際には、違和感や不快感を与えて気付かれてしまう。

 それを消す方向に特化したのが狙撃手で、逆に与える違和感を強烈な剣気にすり替えることで、攻撃に使ったのが希生である。


 剣気に騙された狙撃手は誤って自らの飛竜を撃ち抜き、その翼に大穴を開けて飛翔能力を破壊してしまった。そうして諸共に落ちる。

 希生は心眼領域を広げてそれを捉え、墜落地点へと向かった。

 地への着弾の瞬間、飛竜が自らを下にして狙撃手を庇う挙動が読めた――生死を確認し、ともすればこの手でトドメを刺すことが必要だ。


「ヒューゴやベルタを天才だ天才だ言ってたですけど、希生は自分も相当な天才だって自覚するべきなんですよう」


 アイオーンがぼやく。

 希生は苦笑のような照れ笑いのような、曖昧な笑い方をした。


「基本全部、イオの教えのお蔭なんだけどね。

 正しい立ち方歩き方を体現するとき、その心身は余計な強張りを捨て、最大限に能力を発揮するっていう。心の柔軟性が、高い学習能力になる……。

 その土台あってこそ、つい今日見たばかりの技でも吸収発展できるわけで……」


「土台があっても、普通はそこまでできないんですよう。

 死を想うことで生の安心感を得る死の明鏡止水は、要はリラックスして練習と同じに成功できるってもので、新しい技を土壇場で身に付けるためのものじゃないですし……」


 そう言われてみると、自身の精神の在り方が、以前とは少し変わっている気がする。

 心眼で自分自身を読む。

 より深く、無意識を理解する。した。


「死にそうってことは、今は生きてるってことだけどさ。今は生きてるってことは、確実に死ぬってことだから」

「……?」


 首を捻る気配。


「それは寿命とか、そーゆー話です?」

「だけじゃないでしょ? ここで防御し損ねて矢に撃たれて死ぬかも、切り抜けても別の七騎士に殺されるかも、その後もイリスティーナに殺されるかも、イリスティーナを殺しても領主を失って怒り狂った臣民に殺されるかも、それ平定したら今度は隣の土地のオーガが攻めてきて殺されるかも」


 滔々と述べる。


「ぶっちゃけうっかり転んで打ち所が悪くて死ぬこともあり得るし」

「心眼持っててあり得ないんですよう」


「いつかイオに愛想尽かされて絶望死とか」

「あり得ないんですよう! 心外過ぎるんですけど!?」


「ヒューゴがわたしを諦めきれなくて、ベルタに刺されるとか」

「ああ……まあ……」


 そこは否定してよ!

 嘘でもいいから!


「とにかくさ、そうやって、死の可能性は常に消えないな、と。そうすると、生きてる安心感がありつつも、死ぬ恐怖もあって……。死を避けようと、こう、集中力が」

「いわゆる『ゾーンに入る』です?」

「たぶんそれ」


 それも生半可なゾーンではなく、自身の全存在、全歴史を余すところなく注ぎ込むような極度の集中。

 いわゆる『走馬灯のように過去が見える』現象も同時に起き、経験の中から最適な手を検索、圧倒的集中力で即座に習得、実行する境地。


「でもそんな感じなかったですけど」

「ぜんぶ無意識だったからね。わたしも今自分を心眼で見て初めて、あ、わたしそんなことしてたんだ、って思ったし」

「えぇ……」


 無意識が死の恐怖で極限集中状態に突入する中、意識は生の安心感に浸って弛緩していた。だから行動を恐怖に乱されなかった、落ち着いて集中の結果を待てた。

 希生は安心して恐怖し、何も考えずに必死に考え、焦ることなく焦る――矛盾を飲み干す更なる高みへと至ったのだ。

 自分でも気付かないうちに。


「どうしてそんなことに……。まさか、いえ……考えられるとしたらですけど。たぶん……死んだことがある、から……?」

「と言うと?」

「だって、死の感覚を希生は知ってるですよう? 臨死体験なんてレベルじゃない、本当の死」

「ああ……」


 覚えている。

 あの、瞬間ごとに痛みすらなくなり、眠るより暗く、どこかおぞましい心地よさを湛えた、死の感覚を。


「だから死を、死んだことのない者より遥かに強い現実感を持って想うことができる。生きてる安心感だって、同じことでしょう?」

「んー、うん。はい。何となく分かる……気がする」


 分かろうと分かるまいと、希生はもう既にこの生死両輪の境地を体得しているし、それを自覚していた。

 再び同じことをしようとすれば、何の問題もなくできるだろう。


「さて……あそこだ」


 そうして歩くうち、狙撃手の墜落地点に辿り着く。勾配ばかりの山中にあって、比較的平面に近い場所だった。

 飛竜は片方しか残っていない翼を懸命に働かせ、意図してそこに落ちた――心眼でそう見えた。坂を滑落して谷底の川にでも落ちたら、狙撃手が溺れ死ぬからだ。

 見上げた忠義である。


 そんな飛竜を後目に、墜落衝撃で折れた脚を引き摺って、必死に地を這う狙撃手の姿があった。

 乗馬服に似た服装、連なる花々と剣の紋章の入ったそれの上から、防寒用だろう毛皮のマントを纏う裸足の女――いや、少女か。13歳の体の希生と比べて、身長こそ頭ひとつ分大きいが、年齢はそう離れていないように見える。

 彼女の負傷は、弓が2本とも砕けた以外には、本人の右脚が折れただけのようだ。身体強化で耐久力も増していただろうとは言え、あの高さから落ちてこれだけで済んだのは、やはり飛竜に庇われたことが大きいのだろう。

 後ろでひとつに括った黒髪を振り乱し、幼児のように泣きながら、這って逃げようとしている。


 西の空がほんの少し赤く、東の空が暗くなり始める、昼から夕への時分。

 希生は狙撃手に歩み寄っていった。

 言葉は発しない。言葉を交わす価値はない。


「ひっ、ひあ、あああ、うぐ……!」


 狙撃手が希生を見て、上擦った声を上げた。


「ゆるしっ……! ちが、違うんです、だって辺境伯が! ……仕方なく……!」


 なんと見苦しい命乞いか。この期に及んで責任転嫁がまず出てくるとは。

 涙と鼻水で汚れた顔で、彼女は更に媚びた笑いを浮かべてきた。


「味方、味方に……! ね、ね? こっちに来るって、だってあなた、辺境伯を……。ね? 協力します……! 私が全部射抜いて吹き飛ばしてあげますよ! だから……こ、ころっ、ころ……」


 イリスティーナを殺すのだろう? 協力するから生命は助けてくれ。

 ――といったところか。責任転嫁の次は裏切りとは。

 あまりにも薄っぺらで、浅はかで、見るに堪えない。


「ゴギャアアアアアア!」


 飛竜が、それ以上は近付くなと言わんばかりに咆哮した。

 ほぼ意識を失っていたのにその目に光を取り戻し、今、立ち上がって希生を噛み砕こうと――いう意が見えたから、アイオーンを投擲。

 刃は飛竜の大きく開けられた口へと飛び込み、喉の奥から脊髄を断って行動力を奪った。


 そしてアイオーンを従属異界ワープで手元に戻し、付着した血肉を吸収魔法で干からびさせて散らす。

 その一連の間、希生は飛竜の方を見ていた――その隙に狙撃手がやったことは、慌てて背を向けて、這って逃げるのを再開することだった。


 何よりも、これだ。彼女にはないのだ――飛竜を慮る気持ちが、一切ない。

 飛竜が彼女を庇って落ちたことも、今彼女を守ろうとしたことも、狙撃手は「都合がいい」としか思わない。心眼を閉じてしまいたいくらいに胸糞が悪い。


 こんな。

 こんな。

 こんな愚劣で、浅薄で、自分勝手で、唾棄すべき、強さ以外に尊敬できるところのない、空っぽの、ゴミクズのような――

 こんなつまらない奴に、タニヤたちは殺されたのか。


 希生は再びアイオーンを投擲、逃げようとする狙撃手の眼前の地に突き立たせた。


「ひっ、……!」


 狙撃手が固まって止まる。振り返る。希生が歩いて近付く。


「やだ、や、……お願い……。何でもしますから! 奴隷、で、一生……。ころしゃないで、たすけて、たしゅ、……」


 彼女の脚の間から熱い液体が溢れ出し、衣服を染め、尻の下に水溜りを作っていく。

 漂う悪臭は、前だけではない、後ろからすらも漏らしたことを示していたが。


 狙撃手の心には、希生は絶望そのもの、地獄の悪鬼、死神に見えていた。そう心眼で分かる。

 だが彼女の瞳に物理的に映り込む希生の姿は、別段、およそ普段通りだった。あまりにもバカバカしくて、表情が死んでいるくらいで。


 希生はアイオーンを回収しないまま、狙撃手の頭に右手を乗せた――頭を撫でられたと思ったらしい、狙撃手はぱっと表情を明るくし、獣の鳴き声のように甘えた声を出した。

 無視して腰を切り重心を回転、その流れのままに回転する運動量を右手に導き、頭に伝達する。

 狙撃手の首が720度ほど回り、彼女は地に倒れた。

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