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第8話 怖いじゃないですか

 戦士長は上段の構え。

 希生は正眼の構え。

 開始の合図と同時に、戦士長は駆け出し、希生はゆっくりと歩き出した。

 5mほどあった距離は希生側で瞬く間に詰まる。


「おっ――」


 おりゃあ、とでも叫ぼうとしたのだろう、戦士長は。

 その時には既に、縮地により彼の右手側へと踏み込んだ希生が、彼の胸に物打ちをそっと触れさせていた。

 上段の構えからの振り下ろしという見え見えの攻撃線から体をかわし、振り下ろされ始める前に回避。先の先。そしてそれを為した縮地の加速を剣に伝えず、打突ではなくソフトに触れるのみに留めた。


「……あ?」


 戦士長は数秒ほど固まっていた。

 希生は何も言わず、剣を引いて後退した。


「マ、マグレか。こういうこともあるな……。もう一度だ!」


 戦士長の声は裏返っていた。

 今度は互いに正眼。正眼は最もニュートラルな構えで、多種の振りを繰り出せるため、防御にも優れている。

 彼の警戒心がこの構えを選ばせたのだろう。

 それが『手に取るように分かった』。

 木剣は人を死に至らしめ得る武器だ。希生の恐怖感覚は誘発される。

 恐怖の対象を鋭敏に感じ取り、それに囚われることなくリラックスして全体を見ることもできる。


 ホブゴブリンのときよりも恐怖の度合いは遥かに小さいが、二度目の戦闘で慣れがあるせいだろうか。より詳細に、攻撃が通るだろう線やタイミングを計ることができた。

 いや、武器だけではない。その奥にある戦士長の体が、その重心が今後ろがかりで腰が引けていること、動揺で呼吸が荒く乱れていることも読み取れる。

 体に無駄な力が入り、正中線が歪んでいる。これでは瞬時に攻防の動作には移れない。


「は、……始め!」


 合図係が、戸惑いながらも二度目の合図を行った。

 希生は縮地で踏み込み、木剣の鍔に当たる部分を横薙ぎに打った。

 木剣が戦士長の手からもぎ取られ、地面に転がった。

 戦士長は全く動けていなかった。


「……嘘だろ……?」


 そして今、何か動こうという気配がないこともよく分かった。

 見れば分かった。

 ふと、アイオーンから念話が来る。

 アンヌの父に預けてあるが、このくらいの距離なら問題ないらしい。


(希生は正しい立ち方、歩き方を最低限身に付けてるですからねー。つまり、体の正しい使い方。どう動けばどうなるかの理解。それは取りも直さず、相手の動きも分かるようになるってことなんですよう。正しい見切りができれば、相手の攻撃を待つ必要もない。カウンターが来ないってことまで見切れるんですから、先手を取って一発で事は済むんですよう。先の先ね)


 なるほど、これが動きを見切るという感覚か。

 思えばホブゴブリンのときにも近い感覚はあったが、あれよりも余裕がある。


 立っているときは立ち方の、座っているときは上体だけでも立ち方の、歩けば歩き方の、眠れば夢の中でそれらの、修行を常に行っている。夢すら見ない深い眠りの最中ですら、無意識に刻んだ、それらに必要な脱力状態を継続する修行だ。

 そして立ち方と歩き方こそが体遣いの基本であり、そこから斬り方という応用にも繋がっていく。


 1日24時間の修行を、根性論でも誇大広告でもなく、極めて実際的に、無理なく実現しているのだ。しかもアイオーンが体に直接『正解』を与えることで、その効率は破格。

 ホブゴブリンとの戦いから1日、既にあの時よりも強くなっている。

 大勢で取り囲んでようやくホブゴブリンを倒す戦士など、相手にならなくて当然だった。


「あり得ねえ……。おい、いったい何だ。どんな魔法を使ってやがるんだ!?」


 唾を飛ばさないでほしい。汚い。


「使っていませんよ。魔剣はほら……あっちですから」


 と言ってアンヌの父を指さす。

 戦士長は彼と希生との間で何度も視線を行き来させたが、何度見ようと魔剣は預けてある。

 血走った目で睨まれてしまった。


「次だ!」


 戦士長は木剣を拾い、棚に戻すと、次は2半mほどの棒を持ち出してきた。

 棒術ではなく、槍の見立てだろう。確かそんなことを言っていた。


「戦士長……流石にそれは」

「うるせえ!」


 口を挟んだ見物戦士が一喝された。

 戦闘において、リーチの差は決定的な要因だ。相手の攻撃が届かないほど遠くから攻撃できれば、安全を確保しながら一方的に戦うことができる。

 剣は素手より強いし、槍は剣より強い。弓矢はもっと強い。この世界でもそれは常識なのだろう。


 戦士長は右半身を下げ、間隔を開けて両手で棒を握り、左手側の先端を希生に向けた。オーソドックスな構えだ。

 そして最早合図を待つこともなく、


「おああ!」


 雄叫びを上げて突きかかってきた。

 左手で棒を扱くように、左を支えに右手で押し出す基本的な刺突。

 それは正確に希生の鳩尾を狙っていた。


 流石に槍のリーチの前では、先の先は難しいな、と希生は思った。

 だが問題ない。攻撃線は見切っている。


 突きの軸からズレるように相手の右手側へと縮地して、一歩、二歩、縮地の足運びは淀まない。するするとまるで演武のように棒とすれ違い、瞬く間に彼の胸に再び物打ちを触れさせた。


「おかしい……! おかしい……!」


 半ば発狂したような顔つきで距離を取り、今度は棒を引いて薙ぎ払いの構えを取るが、それならホブゴブリン相手に既に先の先を取っている。振り始める前に踏み込んでしまえば、棒のリーチは活かされない。そういう攻撃線が見えている。

 ――とん、と。やはり胸に触れる。その奥に心臓がある位置、肋骨の隙間を縫うように剣身を寝かせ。


 人体の動かし方を理解するということは、その構造を理解すること、骨格を理解することでもあるのだ。知識としてではなく、感覚として。

 だから狙うべきポイントが分かるし、自分を自由に動かせるのだから狙いも正確になる。


「お前らあーッ! なにボサッと見てんだあーッ!」


 遂には見物衆に、戦闘に参加するよう言い始めた。


「落ち着いてくれよ! 戦士長!」

「もういいだろ?」

「つえーじゃん。やだよ」

「うるせえ! やるんだよ! 武器持て!」


 戦士長は村長の息子だという話だ。役職以上に権力とプライドがあるのだろう。

 魔剣を預かるアンヌの父を除いて、合計7人の戦士が嫌々ながらもそれぞれに武器を取り、希生を取り囲む位置へと移っていく。


(イオ?)

(これも修行ですよう)


 希生はそれを止めなかった。


(ただしここからは要注意ですようー。初めての対多数戦! でも基本はおんなじですよう。背中に目はついてないことにだけ気を付けて!)


 人は知覚情報の8割近くを視覚に頼っていると言われている。

 今の希生ならば僅かな音からすらもある程度の見切りは可能だが、それでも精度が落ちるのは避けられないだろう。

 くるりとその場で一回転し、各人の立ち位置と構えを確認する。

 と、


「おらああ!」


 その時ちょうど背後の位置になった戦士長が、棒で突きを放ってきた。

 それを地と擦れる靴音から見切っていた希生は、彼を背後に置いて前進し、突きから逃げ切る。

 そして前方にいた戦士の木剣を弾き飛ばし、更にその背後へと回り込んだ。

 縮地は重力に引かれて動くから、重心を傾ける方向を変えれば移動中でも曲がれるし、全身の重心のある骨盤を股関節で回転させれば、全身がつられて回転し素早く転身できる。それらをほぼ同時に行う。


「うわっ、ちょっ」


 戦士の背後に回り込んだ、この時点で包囲は突破している。所詮は合計8人の囲みだ、そう厚くはない。全員を視界に収めることができた。

 あまつさえ戦士を遮蔽物に使うこの一瞬、誰がどれだけいようと、それを避ける形に攻撃線は限定される。見切りやすい。

 戦士の腰を押して重心を崩してやり、その右前方の戦士へと押しやってやれば尚更だ。これで直近のふたりの動きは封じた。


 希生自身はその反対、左前方へと踏み込み、そこにいた戦士の木剣をすり抜けて胸を打突。

 彼は右手に剣を、左手に盾を持っていた。盾はこちらからの攻撃線を大きく阻害してしまう厄介な装備と思えたが、それも盾の反対側から攻めれば関係はない。


「うげッ」


 数は力だ、寸止めの余裕はない。かと言って頭を狙うのは危険だ。鳩尾に入れて悶絶させた。


「おいッ」

「囲め!」


 細かく鋭い縮地により常に移動先を読ませず、攻撃線を見切ってはその位置を外れ、攻撃線の来ない位置を取る。

 それは例えば、誰の武器からも充分離れた位置。一休みしながら全体を再把握するのに最適な位置だ。

 それは例えば、棒を持つ戦士のすぐ近く。リーチのある武器は、逆に近すぎる相手を攻撃できない。

 それは例えば、武器を振り被っている最中の正面。振り被るという後方に下げる動作をしている間、前方はがら空きとなり、接近の勢いのまま刺突でもしてやれば自分は振り被る必要もない。


 攻撃線が見切れれば、攻撃線の空白も見切れる。常に安全地帯へ移動し続け、ひとりひとり武器を弾き飛ばすか、鳩尾を打突していく。

 武器を奪われた戦士は、空気を読んだか、そのまま「降参」と言うように両手を上げて離れていった。

 鳩尾を打たれた者は、そこが人体の急所である所以を知ることとなった。多数の神経が集中していることによる激痛、更に衝撃が横隔膜を刺激し呼吸困難に襲われる。


 最後に残った戦士長は、既に疲労困憊だった。希生を必死に目で追い、狙いを定めては攻撃する前に避けられ、攻撃してもやはり避けられ空振りに終わる。体力よりも精神力の消耗が激しいだろう。

 そしてその周囲には、打たれた戦士たち(最終的に4人)が転がって呻いていた。


「なんッ、何なんだお前……! 何でこんな!」

「いやだって囲むから……。怖いじゃないですか」


 彼らの士気がもっと高ければ、連携の精度も上がり、攻撃線の空白は少なく、避けにくくなっていただろう。

 しかし現実は、最初に囲みを突破した時点で、あとはもう希生のペースだった。

 彼らは徒党こそ組んでいても、最早バラバラの戦いだった。

 そこそこの難度の、ちょうどいい練習になった。


「う――」


 うわああああああ、とでも、ヤケクソになって叫んで特攻しようとしたのだろう。戦士長は棒をぎゅっと握り――突きを出す前に胸を打たれて、部下同様に沈んだ。

 先の先。


「えーっと。ありがとうございました」


 希生は数歩下がって全員を視界に収めてから、そう言って頭を下げた。

 そして木剣を棚に戻し、アンヌの父からアイオーンを受け取った。





「分かった……! お前が強いのはよく分かった」


 その後彼らのダメージが引いてから、落ち着いて話をするため、椅子やテーブルのある集会所へと戻ってきた。それぞれが適当に席についている。

 戦士長も模擬戦中の狂乱が鎮まり、憤懣やる方ないという顔をしてはいるが、もう襲い掛かってくる気配はない。


 戦士衆は相応の年月を鍛錬に費やし、実際に魔物の脅威から村を守っているプロである。当然、誇りがある。

 それがこんなポッと出の少女に、「お前たちが束になって必死に倒すホブゴブリンを自分は瞬殺した」と言われれば気分は良くないだろうし、実際に触れることもできないまま一方的に負かされればもっと気分は良くないだろう。

 希生にとっては認められまいがどうでもいいことだが、彼ら(特に自尊心の強い戦士長)にとってはどうでも良くはなかった。仕方のないことだ。


 しかも幼いころから剣術の修行に明け暮れていた筋金入りのエリート、というわけでも全くない。剣士歴は数日だ。これを伝えてしまえば、いったいどんな顔をするだろうか。

 ともあれ実力を示したおかげで、真面目に話は聞いてもらえそうである。話と言っても、仕事を見学したいというだけなのだが。


「確かにひとりでホブゴブリンを倒したってのも嘘ではないのかもしれねえ。そこでだ! 頼みがある」


 見学は?


「俺らと一緒に山へ入って、ゴブリンの間引きを手伝ってくれ! お前は実戦で戦士衆の仕事を見学できる。俺らは強い剣士に協力してもらって仕事が進む。ウィンウィンってやつだ」


 一応見学も考えてはくれているらしい。

 先ほどの模擬戦で、対多数の練習はできた。もうそろそろ、雑兵ゴブリンに囲まれても何とかなるかもしれない。

 戦士衆と共闘のようだし。


(イオ、受けるけどいいよね?)

(キキの心のままにですよう。危なそうなら注意するですから)


「分かりました。引き受けます」

「よしっ! 話が分かる奴は嫌いじゃない。フフフ……」


 こいつ現場で事故を装って殺そうとしてきたりしないだろうな。

 単に憎いゴブリンを片付けられる機会を喜んでいるんだろうと思いたい。

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