第78話 狙撃手
衝撃に押された先で、その吹き飛び方を制御し転がり、再び木々の陰へと身を隠した。
そうしながら、息を荒げて吐き捨てる。
「クソ野郎が……ッ!」
「希生、責任ならアイオーンにあるんですよう。彼らを見捨てたのは自分でワープしたアイオーンであって、」
「黙ってろッ!」
柄を折れそうなほど強く握る。震える手。
刀身の刃文は、普段は彼女の発声に応じてその周波数を表すかのように揺れるが、口を閉じた今は、むしろ心の揺れを表すようだった。
息吹。肺をカラに、そして新鮮な空気で満たす。
生まれ変わるような呼吸。
意識して副交感神経を優位にし、強制的にリラックスする。
余計な力が抜け、強過ぎた握りが弱まり、脱力が全身に波及していく。
「……落ち着いた。ごめん」
「いいんですよう、希生はアイオーンに何したっていいんですもん」
抱き締めて頭を撫でてくるような声音だった。
声だけでそこまでイメージして、実際更に落ち着くのだから、苦笑するほかない。
しかし言いたいことは言う。
「ならイオだって、わたしに何したっていいんだ。ただし、つまらない言い訳を除いてはね……」
沈黙の気配。
「確かに、戻って来いって指示する前に戻ってきた。指示しようとは思ってたんだ。もしイオが指示を待ってたら、間に合わなかった……。ありがとう」
「でも……猟師たちは……。タニヤも、もっと……原形すら……」
アイオーンなりにショックを受けているのだろうか。
いや、山小屋の彼らにではなく、それでショックを受けた希生に、か。
「優先順位を、わたしは間違えない。分かるよね?」
「1に希生、2にアイオーン、3に愉快な仲間たち、あとはだいたいその他なんですよう」
「そう。それを……この狙撃手は『間違えさせよう』とした。捨て身で庇わせようと……。そのためだけに、彼らを。
もし一度庇うことに成功してしまったなら、もう、見捨てることはできなくなってたと思う。共倒れしか道がなくなるところだった。だから……これでいい……」
間違いがあるとすれば、見捨てたことではない――見捨てるだの見捨てないだのの問題になるほど知り合ってしまったことだ。
希生は考える。それは山小屋に寄る判断を下した己のミスであり、その危険性を訴えなかったアイオーンのミスである、と。
責任も罪悪感も、分かち合って軽くしてしまおう。それは、今は足を引っ張る重石だから。
さて、それにしても、だ。
「矢が2連続で来たよね。ふたりいるのかな」
「かも知れないんですよう。ただ、アイオーンの知る限り――つまり1年前の時点では、七騎士にここまでの狙撃手はふたりどころか、ひとりもいなかったですけど」
新人か、1年のうちに急成長したのか。
もともと七騎士の側にいたアイオーンの情報を頼りにしていたのだが。
そもそも彼女がこの状況の可能性を考えず希生に注意をしなかったのも、まず彼女にここまでの狙撃手の情報がなかったからなのかも知れない。
とは言え超音速の弓矢で精密極まる狙撃を行う人材など、そう何人もいるハズがない。
いてほしくない、という願望込みだが、恐らく敵はひとりだろう。
少なくとも、これまで撃ってきたのは全て同一人物だ。希生は思う。
「どうしてそう思うです?」
「何て言うか……『太刀筋』が同じだった。弓矢相手に太刀筋っていうのも変な話だけど……つまり武器の扱いに表れる意識的な、あるいは無意識の癖。人それぞれの……とても言語化できない感じをも含んだ『癖』が」
ニヤリと笑む気配、念話回線を通じて。
「同意見ですよう。もちろん敵がひとりとは限らないですけど、ここまでの3本の矢は全部ひとり。それらを撃つ間、移動もしてないですねー」
「機動力が低いのか、いや、移動するまでもなかっただけか。そのまま舐め続けてくれると嬉しいんだけどね」
会話するうち、先ほど矢を防いだ衝撃の痺れがようやく抜けてきた。回復魔法。
行動を開始しよう。
「行くよ」
「おっけーですよう」
山小屋を一瞥し、黙祷、それから山肌を覆う森を駆け抜ける。
坂、不整地、木々の遮蔽――どれだけあっても、希生の足を鈍らせることはない。飛ぶような身軽さ。
本気を出した縮地の走りは、領都グラジリアを目指していた巡航速度より更に倍する。
目的地は隣の尾根、直線距離にしておよそ1km先――結界で空中に足場を作ればこちらも真っ直ぐに行けるが、それでは単なる的だ。死ぬ。
実際には谷へ下りて隣の尾根をまた登る。時間にしておよそ1分前後。その間は森の木々で敵の死角にい続ける。
10秒経過。
あまりにも正確に、木々の枝葉の間をすり抜ける射線で矢が射られた。
狙撃手から希生まで矢が旅する時間は、この時点で推定0.8秒ほど。それだけあれば希生がどう移動するかすら読み切った偏差射撃。
だが心眼がある。残り0.5秒の時点で察知して、人間の物理的限界である0.1秒で反応。身を崩し強引に進路を変え射線から外れ――
直後、2本目。またも1本目が通り過ぎる前に。
反応速度が0.1秒でも、実際の移動にはもっとかかる。既にこれ以上は避けられない。
ならばアイオーンで受ける。その刀身は折れず曲がらず貫かれず、逸れた鏃が肩などに跳ねないよう真っ直ぐに受け止め、その衝撃に耐えることさえできるなら、矢は身を傷付けない。
「ぐ、う……ッ!」
あまりにも莫大な威力。1本の細い矢で、しかし当たればその部位が骨ごと粉々に破裂飛散する衝撃なのだ。それを体幹の柔軟性をクッションにして飲み込み切る。
ヒューゴの大剣に勝るとも劣らぬ重みに、身が軋む。
そう、ヒューゴ戦と同じだ。防御できても体力を削られる。違うのは、その距離の圧倒的な遠さ。
仮に全てをこうして防げるとして、接敵まで身が持つか? 微妙なところだ。
再び駆け出しながら考える。その微妙さに賭けずに済むためには――
ひとつ、ひとりでこの2連射はいったいどういうことなのか。
いや、これは分かったところで、現場で対処するしかないから、考える必要はない。希生とアイオーンとの目が実は節穴なだけで、普通にふたり組の可能性もある。
問題はもうひとつ、なぜこうまで正確に狙えるのか、だ。
狙いとは2段階、まず対象を捕捉し、そして照準を合わせる。
照準は恐らく身体強化の一環で器用さでも増大しているとして、分からないのは捕捉の部分だ。
直前の射撃において、希生は確実に木々で身を隠していた。どれだけ視力が高くても、死角にいて隣の尾根から見えるハズがない。
では目以外のものを使ったとすれば?
例えば耳。だが音では遅すぎる。地面の音なら? 音速は空気中では秒速340m程度だが、液体中や固体中では更に飛躍的に速くなる。ヒューゴの『象の聞こえ』のような技を使っているのか。
いやダメだ、ふたつの尾根の間の谷には川が流れている。振動はそこで掻き消え途切れてしまうだろう。
では『空気の触覚』のような技か?
ロヴィッサの場合は射程100mほどが限界だったが、彼女の場合はほかにもいろいろと引き出しがある。そうでなく、ひとつの技に特化していれば、1km程度はカバーできるのでは。
ありそうな結論だが、希生を『空気の触覚』の使い手と勘違いしていた騎士を思い出してしまい、苦く思った。
そう、ビッグラージに乗っていたあの騎士は勘違いした。心眼はそれだけ存在すら知られていない珍しい技で、ああいった場合にも普通は想定されないものらしい。
実際、今まで希生が出会ってきた内臓魔石持ちたちは、全員が何らかの属性を持っていた。無属性など、知る限りでは自分とアイオーンとの2例のみだ。
だから騎士の勘違いは無理もないのだが。
もし今、自分も同じ轍を踏もうとしているとしたら?
心眼の使い手は自分たちのみであると、天狗になっていたとしたら。
心眼の範囲を狭めることで圧縮、逆に知覚の深度を増す。
半径400m、300m、200m、まだ、100m、50m、まだ、30m、10m――
「希生!? そんなことしたら矢をかわせないですよう! 範囲を戻して!」
魔剣の悲鳴めいた声を聞き流す。
1m、1cm、1mm――
「へえ……。他人の心眼に見られてるって、こんな風に感じるんだな」
飛来した矢を2本、アイオーンを振るって叩き飛ばした。




