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第75話 ビッグラージ

 暗黒裂空斬、飛翔する黒き魔法の刃。

 斬っても残りの部分が飛んできて結局当たってしまうそれを、希生は斬り――そして刃は完全に掻き消え、獲物には全く届かなかった。


「暗黒、……裂……空……。……」


 次を撃とうしてしていたヤルナリが呻く。

 走竜は希生の周囲を疾走することをやめなかったが、そこに騎乗する騎士は、驚愕のあまり固まっていた。


 心眼は数百m先の遠くまで探れるが、実際に触れたものの方がより深く感じることができる。

 故に、刃を合わせた瞬間に理解した。

 闇属性とは、すなわち『光子を消し去る』魔法なのだと。


 空中を駆け巡る光、それを構成する光子を消し去れば、光がなくなり闇が訪れる。

 そして暗黒裂空斬は、電磁気相互作用を媒介する光子を消し去る。つまり電気的に結合している物質粒子の、その結合を解いてしまうのだ。


 まともな物質なら、殆どありとあらゆるモノを斬り裂ける道理である。

 今のベルタが凍らせた永久氷壁でさえ、この技の前では或いは紙切れ同然かもしれないほどの、圧倒的な能力。


 とは言え光子を消すに当たって相応の魔力を消費するため、ある程度斬り進めば力尽きて消える。また、どうも対象の運動エネルギーに抵抗される性質を持つようだ。

 物体が運動するとき、そこに在る光子もその力を持っているためだろうか――分からないが、とにかく高速で物体を激突させれば掻き消すことができる。


 故にそうしただけのこと。

 ただし、刃筋を完全に合わせて。


 横に飛んでくるものを縦に斬れば、たった一か所が途切れるのみで当然。

 横に飛んでくるものは、そのまま横に斬ればいい。


「必ずしも回避しなくても良かったね」

「説明する余裕がなかったですからねー。じゃあ大事を取って回避って言った方がいいかなって」

「説明大好きだよね、イオさんや……」


 そしてヤルナリは、自身の魔法の術理を理解していない。師から教わった呪文をそのまま使っているだけのようだ。

 そういう思念が心眼に漏れてくる時点で、彼の動揺の大きさを察せられるといもの。

 これ以上の応用技が待っている気配もロクにない。


 その隙を突くよう、希生は駆けた。

 伐採され倒れに倒れた木々を踏み越え跳び越え、ヤルナリ本体目掛けて――


「ギエエエエエエエッ!」


 それは人の声ではなく、走竜の咆哮。

 騎士の騎乗する竜が大きく身をうねらせ、その慣性によって、ヤルナリの握る斧槍が振るわれた。


 空中、避けられない。アイオーンで受け、関節のクッションで緩衝。

 吹き飛ばされた先は走竜の前方で、そこでは既に走竜が身をくねらせ、前足の鋭い鉤爪で出迎えてくれた。


「これは……!」

「うお、おおおお……!? どうしたんだビッグラージ! ビッグラーーーージ! 俺の! 俺の! 指示おごッ……!」


 舌を噛んだらしい。

 鉤爪との鍔迫り合いの末にそれを逸らす頃、背後から斧槍の鎌刃が迫っていることを察知。

 振り向きざまに受け止めるも、それは湾曲した反りの内側のこと。竜の胴体へと引き摺り寄せられる――

 その動作も、ヤルナリが武器を操っているのではない、武器を持つヤルナリを走竜が操っている結果。


 主客逆転。

 なるほど、自己完結型の人格破綻者を乗せる竜は、それを身動ぎの運動エネルギーの余波だけで人形のように操れる猛者であったか。あまつさえ、その状態で主以上に戦える賢者でもある。


 などと感心している場合ではない。

 希生の背が走竜の脇腹の鎧に触れた――その途端、竜は体を投げ出し倒れるようにして押し潰しにかかってきた。

 背後には走竜の重厚な胴体、前方の左右には鎌刃と斧槍の柄。何なら頭上すらも、竜の背から落ちそうなほど傾いてきたヤルナリの体で、逃げ道を塞がれている。


 ならば活路は下。だが単に身を沈めたり、斧槍や竜の下を潜ったりでは、結果はおよそ変わるまい。


「ギィ、ギギギ……!」


 まるでそれを言い聞かせるような威勢に満ちた竜の鳴き声が、『詰み』を如実に物語っていた。

 いや正確には、竜の『詰ませた』という自信と、『これを超えられるものなら超えてみろ』という挑戦心とを。


 希生はさながら液体へと融けるような脱力により、瞬時に仰向けの体勢へ倒れた。それは走竜の重心の直下に潜り込む行為。

 ここから単に下を潜れば、胴体の向こうに待ち伏せる竜の脚に潰される。

 ここから腹を掻っ捌いてやれば、竜は殺せるかも知れないが、潰される末路は変わらず、相討ち止まり。


 故に走竜を斬ってしまわぬよう、倒れながら鞘を帯から外し、アイオーンを納刀していた。

 この鞘入りのままの剣を竜の腹に沿わせ、振るえば、


「ゲギャアアア!」


 竜は低空ながらも宙を舞って逆さに落ち、


「おぺげッ」


 乗っていたヤルナリは潰れて死んだ。


 これまでも幾度となく頼りにしてきた、合気の技による投げの一種である。

 走竜は横向きに倒れてきていて、その倒れる側の足は前後とも地についていた。

 剣を介して、練り上げた運動量の波を打ち込んだ――それは走竜の体を不随意に揺らし、反応させ、挙句に地を蹴らせたのだ。

 ちょうど希生を後目にその場から跳んで、引っ繰り返るように。


 その着地先は、彼らの突進やら暗黒裂空斬やらで倒された木々が折り重なる場所。

 走竜が起き上がろうとモガくほどに、下敷きにした樹木が折れ潰れ、或いは転がり、底なし沼めいてより深きへと誘い、姿勢の安定を赦さない。


 しかし不用意に近付けば、暴れる手足や尾に轢かれてしまう可能性がある。

 希生は最適な間を見計らってアイオーンを投擲、


「ビッグラージ。お前は強かった」


 鎧を避けて眼球から脳までを貫通させ、永遠の沈黙へと導いた。


「乗ってた方は……何だっけ? ソレナリ?」

「ヤルナリですよう」


 アイオーンと希生とは契約で空間を超えて繋がっているため、アイオーンが自分を従属異界に入れ、希生の手元で従属異界の出口を作ることでワープして、すぐに戻ってくる。


「そっか、まあ何でもいいや。こっちの話を聞かない相手の話なんて、聞いてやる必要はない」


 さて、走竜に墓でも作ってやろうか、と思うが、この巨体にか、と考えると流石に躊躇する。


「そういえばさ、このビッグラージみたいにわたしと戦えるレベルの騎士って、個別に攻めてくるものなの? エサイアスとこいつ、合流を待って連携するとかの様子、全くなかったよね。

 まあ乗ってた奴の性格的問題かもしれないけど……」


「七騎士は『個人で軍団に匹敵する』とも言われる特別戦力ですからねー。個人で動くことに慣れちゃってる感はあるんですよう。

 あとは集合タイミングの差かなー。領主邸に常駐してたり、別の町に出張してたり、対オーガ砦に詰めてたり……居場所がバラバラですもん。だからイリスに呼ばれても、馳せ参じるタイミングそのものがズレるわけで、じゃあ待つよりとっとと行っちゃお、みたいな」


 ふーむ、と希生は顎を撫でた。


「なるほど……。つまり、まあ、好都合ってことかな。流石に連携されると厄介そうだけど、戦力の逐次投入をしてくれるのなら。

 問題はここで急いだ方がいいのか、のんびり行った方がいいのか……。

 急いだ結果、領主邸で出発前の七騎士と鉢合わせて、イリスティーナと連携されるとか嫌だし。かと言ってゆっくり行って、結局七騎士全部と戦うハメになるのも面倒なわけで……」


「多少の連携じゃあ、今の希生にはどうってことないと思うですけどねー。

 ただ急いだ方が、七騎士全てがイリスのところに到着する前に決着できる可能性は高いんですよう」


「だよね」


 ならば急ごう。

 ということは、少し楽しかったこの敵を、丁重に弔ってやる時間はない。

 心苦しいが、葬儀は簡素なものにせざるを得ない。


 アイオーンで改めて走竜を刺し『吸収』、ここからを走る体力を溜め込みつつ、干からびさせて燃えやすくする。

 その上でアイオーンの火炎魔法を使い、ビッグラージに騎士諸共火をつけた。火葬である。


 ごうごうと激しく燃え上がり、しかし周囲に延焼はしない。

 戦闘中の伐採によって、近くの樹木は倒れて走竜の下に折り重なっているからだ。延焼する距離に燃えるものがない。

 そもそも生木は水分を多量に含むため、意外と燃えないのだが。今も下に折り重なった木々は燻るのみ。


 干からびた骸はその大きさと身に残った脂肪分から盛大に燃え、そして素早く燃え尽きて鎮火する。

 その光景を眺めて休みながら、希生はふとこぼした。


「ところで飛ぶ斬撃……わたしもやりたいんだけど……」

「そのうち出来るようになるんですようー」

「具体的に」

「そのうち」

「……」


 いや、うん、ちょっと邪道な気もする技だし。

 まあいいか……。

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