第74話 暗黒裂空斬
グラジオラス七騎士、序列4位――戦闘力なのか貢献度なのか、何を評価した序列なのか知らないが、とにかく序列4位――ヤルナリ・ヴァーナネン。
大型の走竜に跨ったその偉丈夫は、竜の纏う鎧に上手いこと差し込まれていた得物を手に取り、堂々と振り翳す。
大振りの斧槍であった。全長は3mほどもあろうか。その3割近くにもなる巨大な三日月型の斧刃と、反対側に大鎌の刃とを備え、それらに挟まれて槍の穂先がある。
鎧と同じく黒地に金色の装飾が施されているが、この輝きからして、竜装備ほどではないが強度の高い特別な魔石鋼らしい。
豪奢にして豪壮、まさに騎士の頂点に立つ武人のひとりに相応しい武器と言えよう。
そしてヤルナリは当然のように、それを片手で軽々と振るう。
その長さ、そのトップヘヴィーな重心位置――ヒューゴの大剣よりも遥かに重いはずにも拘わらず。
「がっはははは! 我が『大いなる大真夜中殺し大三号』の威容に恐れを成したか!」
何だその名前。どんだけ大きいんだよ。
どうせこちらの話は聞いてもらえないので、希生はもう口を開くことをやめていた。
「しかし容赦はない……! 共に行くぞ、ビッグラージ!」
拍車をかけて走竜を走らせてきた。
竜の名前も大きいのか……。
などと無駄な感慨に浸っている場合ではない。
走竜は巨体故に遅いなどという一般的なイメージを置き去りにして一気に加速、希生に迫ってくる。試しにと立ち位置を横にズラしてみれば、滑らかに方向転換をして合わせてきた。
しかもこの森の中において、立ち並ぶ木々が遮蔽物として働いていない。
もともとこの辺りは木々が疎ら気味とは言え、常に真っ直ぐに走れるほどではなかった――敵はそれを、竜の体重と突進力とで無理やり薙ぎ倒して進んでくるのだ。それでロクにブレーキがかかる様子もなく。
まさに重戦車。
下手に引き付けてから避けては、斧槍の間合の内だ。尾などで追撃を受ける可能性もある。走竜の足を刈る場合もそれは同じ。
ならば真正面から跳躍して竜に乗ってしまい、騎手を直接叩かん。そろそろ空中戦にも慣れてきた希生である。
近過ぎず遠過ぎず、適度に引き付けたその瞬間に行動。
浮かせた重心を大地に叩き付け――返る反動さえ蓋をしたように押し込めば震脚となるし、反動を流さず受け止めればこの身は飛ぶ、予兆のない跳躍となる。
頭に乗ってきた希生に竜が嫌がって首を振る、その頃にはもう、希生は更に騎手の乗る背へと踏み込んでいた。
「おおっ、見事!」
破顔のヤルナリ。
彼が一方的なアクションではなくリアクションを取ったのは、今が初めてではないだろうか。
しかし最早どうでもいい。このまま一刀にて――
――闇。
唐突に、全てが暗黒に染まった。一切の光がない。月のない真夜中よりもなお暗い。
当然、何も見えない。相手も、自分も、立つべき大地も。
そして音もなく迫る斧槍も!
戦闘中にこの異常事態、ヤルナリの仕業を置いてほかにない。
闇属性、といったところか。
この状況で攻撃してこないハズはないが、どこを狙っているか分からない以上、当てずっぽうに避ければ死ぬ――避けたとして、その後の着地さえも至難なのだ。
(まあ本当に何も見えなければの話だけど)
しかし希生には心眼があった。空間と親和する魔力により、周囲のあらゆるを手に取るように知る技が。
ヤルナリが何か企んでいることは分かっていた――『心閉じ』の技をある程度習得しているらしく、その内容までは窺えなかったが、この程度ならば問題はない。
水平に薙ぎ払われた斧刃を最低限の跳躍で回避、異能の重心操作で体重をほぼ掻き消してその刃に乗る。
ヤルナリは気付かずに得物を振り抜いた――もちろん、最低限外したことには気付いたろうが。
「消えただと!?」
どうやら本人は闇の中でも見えるらしいが、自分の攻撃が速過ぎて、そこに乗って移動した希生も目に留まらなかったようだ。
希生はそこからヤルナリの背後を横切る形で跳躍すると、すれ違いざまに兜ごと頭を割るべく、今ようやく抜刀――居合一閃。
しかし敵も然る者か――そうでもないか――武器に乗るのみならまだしも、跳躍のために蹴ってしまえば流石に気付いたらしい。
ヤルナリは咄嗟に片腕を盾にし、それを鎧ごと斬られ抉られながらも振り回し、希生の太刀筋を歪めた。
頭は斬れない――この腕のみだ。
希生は自らの腕を骨がないのかというほどに脱力し、敵の振り回す力が胴体まで伝わることを回避。
そのまま腕だけ斬り飛ばしながら敵を通り過ぎ、着地し更に進むと、視界が急に晴れた。木漏れ日が眩しい。
振り向けば、大きな黒いドームが、走竜の足音に合わせて移動していた。
外から見るとこうなのか。
「くおっ……! おおおあ……! おのれィッ! このヤルナリさまの……! これでは二刀流が……!」
夥しい血の匂い、風に広がる。騎士の苦悶の声も。
言われてみれば、走竜の逆側にも同じような斧槍が搭載されていた。
ハルバード二刀流て。希生は呆れた。
「読心術師と聞いていたが! それだけでは正確な回避の説明が……!
大いなる大真夜中殺し大三号は、音属性の魔石を錬り込んだ逸品――その消音効果は、俺の闇魔法と合わされば、最早何者にも察知できないはず!
ましてや走るビッグラージの上という、不安定な足場で……」
説明ありがとう。
これもどうやら、自分がそのセリフを言いたいから言っているのであって、こちらに聞かせる意図はないようだが。心眼で分かる意。
とことん自己完結型の男だ。それでよくもまあ、騎竜と心を通わせることができるものである。
「いや、風属性――空気に触れているものを手に取るように知る『空気の触覚』の技は例外か……。小癪な! 俺の完璧な戦略を……!」
本当に完璧な戦略なら、たったひとつの珍しくもない技であっさり破綻することはないのでは?
思っているうちに闇が晴れた――ヤルナリと走竜は、こちらを中心に旋回するような移動。
「ならば喰らえ、喰らえ喰らえ光を喰らえ! 万象切り裂け我が闇よ。空気を例外指定! 暗黒裂空斬!」
騎士が虚空に斧槍を振るうと、その太刀筋の延長上に三日月状の黒い刃が生じ、希生を目掛けて飛んできた。
「うひょー、飛ぶ斬撃! 飛ぶ斬撃だよガチの!」
「回避! 希生、防御より回避ですよう!」
テンションの上がってしまう希生に対し、アイオーンの声は深刻だった。斬り払おうと考えていたが中断、横にズレて回避する。
目標を逸れた暗黒の刃は、希生の後ろの樹木を伐採し――その『樹木に触れた部分』は力を果たして消えたが、『樹木の幅からはみ出していた部分』はそのまま飛び続け、更に後ろの樹木を伐採した。
「あの……これって」
「斬ったところで残りが飛んでくるだけなんですようー。盾とかの面の広い打撃で殴って掻き消すならともかく!」
「マジかよ……」
しかも伐採された樹木は、ちょうど希生を囲むような角度で倒れてくる。正確に計算された形。
また空気が例外指定されていて、つまり空気に対してはすり抜けてしまい、一切影響を与えないようだ。こちらが『空気の触覚』の使い手であれば非常に困っただろうが、現実には関係はない。
と言うか、闇のドームと併用しないのか? 集中力の問題でできないのか。
「暗黒裂空斬!」
ともあれ、そうして避ける道を塞がれたところに、更なる斬の追撃が。
「暗黒裂空斬!」
1発、2発、
「暗黒裂空斬!」
「それいちいち言わなきゃダメなの!?」
「暗黒裂空斬ッ!」
3発、4発。更にもっと。
希生を中心に回転する軌跡で走りながら、次々と止まらぬ攻撃。ひとり集中砲火。
倒れた樹木に即座の移動を邪魔され、ならばと僅かに残った隙間に動けば、ちょうどそこに黒の刃が飛んでくる。
峰打ちの打撃で樹木を跳ね上げ盾とし、そこに当たって一部が掻き消えた刃の隙間に身を潜らせた。
その着地寸前を狙う刃は、腕を振り長い袖にたっぷりと風を孕んで一瞬の滞空、着地を遅らせ足元を通り過ぎさせる。
更なる刃を避ければその先にまた刃、仰け反って倒れることで回避するが、そこに別の刃で伐採された樹木が倒れてきて、地を転がり辛くも逃れた。
そして転がりから流れるように起き上がりつつ跳躍したのは、次の下段の刃を避けるため。
その全ては技名――呪文詠唱の発声でタイミングと発射位置を計っている面があった。
中途半端なセンスの技名は印象的で、絶妙に意識にこびりついてしまう。
「――あっ」
それを見越してか無詠唱化された黒の刃に気付いたときには、避けられないタイミングと位置とで、眼前に迫っていた。
これまでよりは小さいが、それでも人ひとりを殺すには充分なサイズ。
足は地についておらず、着地を多少早めるか遅らせるかしても意味はない位置で、盾にできるちょうどいい樹木は手の届く範囲になかった。
「希生ッ、……!」
ならば仕方ない。
希生は渾身の魔力をアイオーンに注ぎ込み、その斬撃にて黒の刃を迎えた。
たとえ一か所を斬ったところで、残りの部分がそのまま飛んでくるだけだとしても――
「まあよく考えたら普通に斬れるけど」
黒の刃は斬られ、丸ごと掻き消えた。




