第72話 斬り捨てちゃって
ヒューゴの胸に突き立つ竜刀は、最早、吸収回復の魔道具である。言わば世界の血流である霊脈、そこから組み上げた生命力をヒューゴの全身に回し、その生きる意志力を後押しして回復していく。
ただし意志力が最低限しかないため、動けるようになるまでどれだけ必要かは分からない。何日、或いは何か月。
「何年だって待つわ」
ベルタは静かに、決然と言った。希生も同じ気持ちだ。
ただし、待つ以外にすることがなければ、の話である。
エサイアスがヒューゴとベルタの家族を人質にすべく放った刺客を押さえ、ロヴィッサと合流し、この国から逃げねばならない。
希生とアイオーンはセットなので、動けるのはベルタも含めてふたり。
なのに、すべきことは三つもある。
「ところで今思ったんだけど、ヒューゴ、ここで、このままなのかしら……」
四つだった。
「動かしたらダメですよう。ここ霊脈が地表に近くって、吸収にすっごく都合がいいんですもん。ここじゃなきゃ回復が追い付かないと思っていいですう。
たぶん偶然じゃないですね、ヒューゴは土属性ですから、その魔力が高まる場所として都合が良かったんでしょう」
彼は地の利をも味方につけていたのか。
我ながらよく勝てたな、と思う。
「しかし動かしちゃダメって言うと、ここに護衛を残す必要が……? めっちゃ公園のど真ん中だし」
近隣住民が普通にいくらでも訪れる場所だ、ということだ。
今日はヒューゴの闘気に当てられたか、エサイアスが人払いをしたか、関係者しかいなかったが。
「動かす以外では放置してもいいのかしら」
「おっけーですよう。食事摂らない分も吸収で補えるですから。意識が落ちるまで待ってから回復を始めつつ、意識の回復はいちばん最後に設定したですから、終わるまで本人が余計な動きをすることもないですし」
必要だと言いながら長々と説明したのは、それを待っていたのか……。
「じゃあ……封印しちゃいましょ。あたしの魔法でね」
手振りに応じてふたりでヒューゴから離れると、ベルタは両手をヒューゴに向け、呪文を唱え始めた。
「えーっと。喰らえ、喰らえ、喰らい続けよ――お前は永久の壁。開く鍵は我が意のみ。それから、あー……こうかしら。咲け、咲け、咲き誇れ――お前は氷の薔薇。近付くものを遠ざけよ、眠れる未来を守れ」
ヒューゴを中心に、激しい低気圧が巻き起こった。風が渦を巻いて集まり、氷として結実していく。
氷は巨大な薔薇の花を模ってヒューゴを包み込み、そこに氷の茨をも纏った。ついでに、落ちていた彼の大剣も巻き込んで。
白い氷に剣士は隠され、無惨な姿は外からは見えない。
試しに氷に触れてみると、まるで指先が瞬間的に凍りついたかのように、触れるその動きが不自然に止まった。本当に凍ったわけではない、触れた冷たさは感じるが、体温は間違いなく宿っている。
そして、そこから指を押し込もうとしても全く動かないが、離そうとすると普通に離れるのだ。
「なにこれ……」
そもそもベルタは熱の上下を操る属性であって、物体としての氷を作るには、凍らせるべき水を別で用意する必要があるのではなかったか。
だが今、その様子はなかった。
「なにって……空気を凍らせたのよ。破壊されても、いくらでも周囲の空気を取り込んで再生するわ。
あと『運動を凍らせる』効果も組み込んで……。そもそも破壊されたり、子供が触っても怪我したりしないようにね。思いっ切り走ってぶつかっても、その運動が凍るから、氷の棘が刺さることはないわ。悪意を持って近付けば、その限りではないけど……。
あと氷の根を張ってるから、地下から攻めても無駄ね。霊脈の加護で半永久的に残るし」
「ガチ過ぎる」
「ついでに言うと、熱の出し入れで中の気温も調整されるし、空気もしっかり供給されるわ。出られない以外は快適なはずよ」
「ガチ過ぎる!」
ベルタとはここまでの魔術師だっただろうか。呪文も即興で構築していた気配があるが。
その疑問が顔に出たか、彼女は自分でも半ば困惑しているような顔で微笑みながら、小首を傾げていた。
「なんかね、あ、できるなーって。直感的に。で、やってみたら、できたのよ。昨日逃げるときも、ほら、蜃気楼の技、ぶっつけで上手くいったでしょ? 魔法が……こう、凄く、成長期って言うのかしら。
キキから教わった立ち方と――追い詰められた必死さ、なのかな」
「その上で本人の資質がなきゃ、それも活かせないよね……。天才の幼馴染は、やはり天才だったか……」
「あら。あたしヒューゴとお揃いなの?」
「なの」
ふたりで笑い合った。
先ほどは青かった彼女の顔も、今では元気だ。
「とにかく、やるべきこと……これでひとつは片付いた。あとはふたりの家族の救出、ロヴィッサとの合流、この国からの逃亡――」
「あんたはぶん殴ってきなさい。キキ」
「えっ」
ベルタはエサイアスの無惨な骸に目をやった。
その向こうに、顔も知らぬイリスティーナの姿を見ているのかのように。
「イリ……なんちゃら……。領主よ。ぶん殴って、いえ、そうね、斬り捨てちゃって。だいたい何でこっちが逃げなきゃいけないわけ? ぶっ殺しちゃえばいいのよ、そんな奴。どうせ逃げても幾らだって追ってきそうだし、ヒューゴはここから動かせないから逃げられないし……。
そもそもクズ鉄――じゃない、アイオーンのことがどれだけ好きだって、そのために何でもしていいワケがない。『好き』は免罪符じゃないのよ。
って言うか本当にアイオーン好きなの? そいつ。アイオーンを好きな自分を好きなだけじゃないの? だって本当に相手を好きなら、相手の幸せをまず考えるものでしょ」
ベルタだから、それを言う重みがあろう。
自分を好きでなくてもいいから死なないでほしいと、本気でヒューゴに言った彼女だから。
折れずに最強の剣士を志してほしいと。それでも本当の本当にどうしようもなく無理なら、一緒に別の何かを探そうと。
『生きて』ほしいと。
「家族の件は、あたしとヒューゴの家族だもん、あたしが何とかするわ」
「具体的には? エサイアスからの定時連絡は永遠に途切れた。イシェイヤー市まで辿り着く前に、恐らく……」
「飛んでくわ。こう、炎熱? とかで。できそう」
「……」
本当に魔術師としてどこまで急速に成長するのだろうか、この人は。
「ロヴィッサは?」
「探してるうちにこっちが間に合わなくなっても困るから、後回しね。まあ大丈夫でしょ、ロヴィッサだし。仕方ないわ」
「はい」
はい。
まあ、それで、何だ。あれだ。
「まるっと纏めて……わたしとしても、同意見かな。事ここに至って、確かに、イリスティーナは斬った方がいい。領主邸に向かうよ。あとは任せた」
「ええ、刺客を始末して……帰ってきたらロヴィッサも探しつつ、キキを追いかけるわ」
始末……。どう始末するのだろうか。
思考盗聴で答えを知るのが怖い。
今その辺に転がっているエサイアスの随伴冒険者たちも、生命こそ奪われていないものの、凍った足が壊死して、並の魔法では回復できそうにない。
いわゆる再起不能である。
とは言え、自業自得ではあろう。体制側に雇われたとは言え、それでもやっていいことと悪いこととがある。
賞金首は希生だけなのだから、狙っていいのも希生だけで、その仲間は本来は範疇外のはず。あまつさえ仲間の家族ともなれば、最早赤の他人である。全く何の関係もない。
そもそも賞金をかけたこと自体が、領主による確信犯の冤罪だ。度し難い。
「さて、領主邸はここから……」
「あっちの方角ですよう」
アイオーンが鞘ごと動き、柄尻でクイッと北東を示す。
ここは町の南西だ。
「反対側じゃねーか」
「任せて! 町の外まで吹き飛ばしてあげるから。あとは自力で走ってもらうけど」
それわたし無事で済むの?
「クズ鉄、結界張って! そこに爆風ぶつけて推進力にするわ」
「負けヒロインの負けヒロインのくせに命令するななんですようー。希生のためだからやるですけど!」
力技過ぎる……。
それにクズ鉄呼ばわりは、いや、イオが楽しそうだからいいか。
――行こう。




