第71話 死ぬ必要はない
「まあイオさんや、冗談はこのくらいにしてもらって……。ヒューゴをさ。ね?」
冗談半分どころか8割本気なのは分かってるけど。けど!
希生が分かっていることを、アイオーンも分かっているのだから。
「ぶー」
「ぶーじゃないよ! そりゃあ剣士同士として、ヒューゴを殺してもいい気で戦ったけどさ」
ベルタが物凄い目で睨んできた。
咳払いを挟んで続ける。
「それはお互いさまだし、このくらいやらなきゃ止まらなかったろうし……。でも、戦いはもう終わったわけ。『死なずに終わった』んだよ。だったら死ぬ必要はない。親友をこの手で斬り殺したとか、今後のわたしのモチベにも関わってくるでしょ!? ね?」
実際のところ、言うほどモチベーションに関わっては来ない。
覚悟はとうに済んでいて、そして互いに納得ずくだった以上、ヒューゴを殺すのは『当然のこと』だ。
最強を志す剣士ふたりが本気でぶつかり合ったなら、どちらかは死ぬ。
剣とはルールのあるスポーツではなく、命を懸けることなのだから。
命とはすなわち、生きることと、死ぬことである。
もし自分が死んでいても、相手がヒューゴなら、希生は納得できただろう。
希生とアイオーンの心は念話回線で繋がっている。互いに一切の違和感なく常に思考盗聴しているようなものだ。向こうはたまに隠し事もあるが……。ああ、これも心閉じなのか。ともあれ。
だから希生が適当なことを言っているのは、アイオーンにも分かる。
その上で、内容が適当でも、それを言う意味は真摯であることも。
ヒューゴが大切な剣士であるように、ヒューゴとベルタは、大切な仲間なのだと。
ウショブ市の竜殺しのパーティーは、本当は4人でなく5人なのだ。
イオ、どうか、自分も仲間だと思うなら!
「……。やれやれなんですよう。仕方ないなー」
アイオーンは、折れてくれた。
クズ鉄呼ばわりは、人間相手で言えば蛆虫呼ばわりくらいに相当するだろうか、かなりの暴言だったはずだが、それを受けてもアイオーンから深刻な怒りは伝わって来なかった。
ベルタをどうでもいいと思っているからではなく、それを赦せるくらいに仲間意識があるからだ。
「アイオーン……。ありがとう。じゃあ早速ヒューゴを、」
「アイオーンには『吸収』の魔法があるですう。人がモノを食べるより遥かに効率的に、吸収作業で消費する魔力量はほとんどなく、収支は常に圧倒的黒字。人や動植物の生命力はもちろん、世界の生命力である霊脈も、今ならちょっと頑張れば吸い取れるんですよう。そしてそれを使ってめっちゃ回復できる」
「説明はいいから早くして!」
ベルタがヒューゴの胸を叩――こうとして思いとどまった。
背骨や内臓がボロボロと言葉で言われれば、流石に慎重にもなろう。
「必要だから説明してるんですよう。つまり吸収魔法は、結局は回復魔法をゴリゴリにドーピングする方法であって、回復魔法そのものが効かない相手にはどうしようもないっていう」
「ヒューゴ! 効くわよね!? ……ヒューゴ?」
いつの間にか彼は目を閉じ、呼吸をやめていた。
「ちょっ……ちょっと嘘でしょ!? 起きてよ! い、息を……!」
慄然とし、混乱に陥りそうになるベルタ。
彼女とでヒューゴを挟む位置に、希生は移動した。
「こんな……こんなのってないでしょ……。助かるのに! 助かるはずだったのに……! ヒューゴ……こんなの嘘……。何であんたが、あり得ない、目を覚まして……! あたしを置いてくの!?
あたしのこと、好きじゃなくても……いいから……! 最強の剣士がツラいなら、もう、やめたっていいから! でも何かほかに、一緒に、生きてよ、生きなきゃ、何も、まだ、きっと、何か……!」
ヒューゴに縋りつくベルタを、そっとどかした。
「キキ……?」
「鎧。脱がさなきゃ」
「そ、そっか、そうね……! 心肺蘇生……! 知ってるわよあたし!」
冒険者という死が身近な職業においては、そういった救急救命措置もある程度普及しているらしい。
今希生がしたいのは、それではないのだが、そうと説明はしなかった。
ふたりで協力し、ヒューゴの鎧を脱がしていく。
板金を外し、竜革と鎧下を腹からめくり上げる。
――無惨。
大量の血が流れ出て、素肌は血の海に沈むありさま。その中で左肩から右腰までを走る斬り傷は、まるで底なしの深み。裂け目から内臓が溢れこぼれていた。
噎せ返るようなニオイ。湯気すら立つ生命の温かさが、急速に失われていく。
ベルタは目にいっぱいに涙を溜め、今にも吐きそうなほど顔を青くしたが、行動は微塵も怯まなかった。
まず胸に手を当て、心臓が止まっていることを確認すると、再び鼓動を刻ませるために力を込める。
希生は竜刀を拾い、戻ってきた。
「何してるのキキ、剣なんてあとでいいでしょ! 人工呼吸して! ほんの一瞬でも息を吹き返せば、それは体が生きようとしてるって心も実感する、回復魔法が効くはず……!」
「人工呼吸の担当逆じゃない!?」
「逆じゃない! ヒューゴもあんたの方が嬉しいでしょ!」
一理ある。
が、もともとそういう応急処置に期待は全くしていない。
心臓こそ逸れているとは言え、即死していない方がおかしい傷なのだ。
そしてヒューゴは既に、生きる意志を取り戻している。
だって、さっき一緒に笑ったのだ。今際の際の諦観を含んだ微笑みでなく、まるで平和な日常みたいに、フザケを含んで、声を上げて大笑いしたのだ。
人は楽しいと笑うが、逆に笑うことでも楽しくなる。
あれだけ笑えば、それだけ楽しくなるのだ。
生きていて、楽しいことがあったなら、生きたくなるだろう。
楽しさを共有できる、仲間たちと共に!
「どいて。魔法を使う」
ベルタは半信半疑で、しかし迅速にどいてくれた。
希生は砕け散った回復魔道具の破片を集めて、ヒューゴの胸にばら撒く。
そして右にアイオーンを、左に竜刀を共に逆手で握ると、
「頼んだよ、イオ」
「合点ですよう!」
――魔道具の破片とヒューゴの心臓を纏めて、ふたつの刃で貫いた。
「キキッ!? 何を……!」
「必要なことだから」
ともすれば背後の地の底にまで刃を届けん勢いで、刀身をほとんど埋めるように突き刺す。
血はロクに出なかった。
「ヒューゴの生きる意志は、見たところ最低限はあるんですよう。あくまでも最低限、どれだけの期間を回復させ続ければいいのか……。だから大地の霊脈をいくらでも吸い続けられるように、吸収を魔道具化しようと思って。
器にはエサイアスの回復魔道具の破片と、それだけじゃ足りないから、こうして竜刀も。竜の生命力は凄いですもん。めっちゃ効く魔道具になるんですよう」
「ああ、魔道具化……なるほど、それで助かるのね。――心臓刺した意味は!?」
「何かを刺すことで、刺された側から刺した側へ、と生命力を奪うものですからねー。ヒューゴを通して霊脈を刺すことで、『ヒューゴが霊脈を刺した』形にしたんですよう。その位置を心臓にすれば、心臓に真っ先に力が流れ込む――ちょっとでも回復して動き出した途端、力は血流に乗って全身へ効率的に運ばれていく。
とは言えアイオーンを刺しっぱなしにはしたくないですから、竜刀も刺して、それを魔道具化してー。希生、そろそろいいですよう」
あいよ。希生はアイオーンをヒューゴから抜いた。
表面に付着した血肉は吸収されて干からび、風に散る。綺麗な刀身だ。
そうする頃には、ヒューゴの心臓は再び動き出していた。竜刀に貫かれたままにも拘わらず。
鼓動の拍子に合わせて傷から血が噴き出し、だがそれ以上の血が身の奥で再生産され、尽きぬ気配。
内臓は切り離された断面同士を癒着結合させつつ、それ自体が一個の生物かのように蠢いて腹腔内に戻っていく。
傷口も目に見える速さで閉じ、繋がる。
肉眼では奥までは見えないが、心眼で見れば、骨や筋肉も繋がっていくのが分かった。
目に見えて治癒していくさまに、ベルタがほっと胸を撫で下ろした。




