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第70話 ベルタ

 魔法封じから解放されたベルタは、予め分かっていたかのように、即座に魔法を発動。

 青白い冷気が一気に広がり、それをかわせた者はひとりもいなかった。

 特に誰よりもベルタの傍にいて、直前に希生の不意打ちを辛うじて防いだばかりのエサイアスは、一切反応できないままでまともに直撃を受けることとなった。


 冷気は地を這うようで、随伴冒険者たちは足を凍らされて立つ能力を失い、次々と転倒していく。

 エサイアスに至っては下半身が地面ごと凍結固定されたため逆に倒れずには済んだが、代わりに機動力を完全に殺された。


 足裏に暴風の塊を添わせ推進力に変える嵐の足の技は、当然、僅かでも足裏に空気が触れねば使えない。

 仮に使えたところで、凍結して脆くなった身では反動に耐え切れず、砕け散って自滅する危険がある。

 よしんば上半身に暴風の塊を添わせる――例えば嵐の翼だとか、そういう技があったとしても、それも結局は凍った下半身から上半身をもぎ取ってしまって自滅するか、動かせない下半身という錘にバランスを取れず墜落するかだ。


 エサイアスがそこまでの思考に費やした時間は1秒未満。

 手に取るように分かる。結果的に選んだ手も。


「解放せよ、封じられし癒しの――」


 昨日の大狂騒でも使っていた、決まった呪文で起動する回復の魔道具だ。

 凍結という身体異常もまた、回復魔法の範疇なのだろう。

 あまりにも遅すぎるが。


「ぎ、……ッ!?」


 地を這う冷気を跳躍により乗り越え既に接近していた希生が、手に回収したアイオーンで、エサイアスの首を刎ねた。

 それは咄嗟に防御しようと出した彼の双剣ごと纏めての斬断。

 鞘を滑走路として使い太刀筋を安定せしめる鞘走りの原理はなくとも、左腕を鋭く引く鞘引きの動作を鞘なしで行うだけでも、希生の剣のキレは確実に増すのだ。

 左腕が千切れた位置が前腕だから、腕の大半は生えたままなのが助かった。


 返す刀で鎧をも斬り開き、懐の――


「これか」

「それですう」


 赤い宝石のついた、エサイアスには似合わない優美なデザインのペンダントを奪う。


「解放せよ、封じられし癒しの力を」


 宝石が激しく発光。

 その光に反応するように、希生の切離し落ちた左手と右足が震え出した。


 随伴冒険者のうち抵抗しようとした者を、顔の周りの酸素を一瞬で燃やし尽くして呼吸を殺し昏倒させるベルタ――を後目に、希生は我が身の部位を回収。それぞれ傷口に近付けると、元通りに結合した。

 焼けるような痛み、指をグーパーできる――神経も繋がったようだ。

 その辺りで宝石の発光が止まった。


「負けないんですようー! 希生、エサイアスに刺して刺して!」


 言われて思い出す。そういえばアイオーンには吸収魔法の能力があるのだ。

 適当に胴体を突き刺すと、自身と剣が、剣とエサイアスとが繋がる感覚――エサイアスから剣へ、剣から希生へ、生命力の流れは出口のない一方通行の搾取。

 折れた骨が、破れた血管が筋肉が皮膚が繋がり、減った血液が新たに作られ補充される。

体力気力魔力も充溢し、すぐさまもう一戦できそうなほどだ。


 逆にエサイアスの骸は、首からの出血が止まった――萎れてミイラのようになってしまったらしい。

 もし鎧や服を脱がせて、転がっている首から上の新鮮さと見比べたなら、まさか同一人物の死体とは思えないありさまだろう。


「ヒューゴ……」


 抵抗してくるかどうかの判別が面倒になったか、結局全員平等に昏倒させて片付けたベルタが、ヒューゴの元に歩み寄っていた。極端な温度差を与えて手枷を破壊しながら。

 本当は駆け寄りたいけれど、近付くのが恐ろしい――そんな二律背反を窺わせる歩み。


「ああ、……ベルタ」


 ヒューゴは最早座り込んでいることすらできず、仰向けに転がっていた。

 希生もまた一瞬躊躇し、しかしすぐに駆け寄った。


「解放せよ、封じられし癒しの力を!」


 回復魔道具のペンダントを、ヒューゴの唯一露出している顔面に乗せた。

 そこでアイオーンが魔力を操り、回復対象を『所有者』から『触れている者』に変える。

 発光――宝石に亀裂が走り、砕け散って、頬を滑り落ちた。


「何で……ッ! キキは治ったのに!? 魔力切れでも、こんなことには……!」


 縋りついて半狂乱に陥りそうなベルタを、その手をヒューゴが握った。


「俺が……満足したから……」

「そういう仕様なんですよう。あくまでも外科的な処置である医術と違って、回復魔法ってゆーのは『生きる意志』を後押しするものですから。個人個人の、細胞ひとつひとつの、生きる意志を……」

「ない――ってこと? ヒューゴに……生きる気が……」


 ベルタが絶望的な表情でアイオーンを振り返るが、アイオーンを持つのは希生だ。

 希生は、ほとんど正面からその顔を目の当たりにするハメになった。俯くように頷く。


「何で満足するのよ……。おかしいでしょ!? 聞こえてたわよ、ヒューゴ、声大きいんだから……。キキが好きなら、諦めないで、もっと……!」

「そうじゃない。そうじゃないんだ……いや、それもあるが……」


 ヒューゴは青空を見上げながら、ぽつりぽつりと。


「俺は――最強の剣士に、なれない」


 ヒューゴは微笑んでいた。

 ベルタが嗚咽を堪えながら、堪えきれず、涙をこぼした。


 彼は幼い頃から最強の剣士を志していた。

 最初は子供の他愛のない憧れ、やがては命を懸けて。

 それを誰よりも間近で見てきたベルタにとって、ヒューゴの諦めの言は、どれだけの傷になることだろう。


「だが、最強の剣士の贄に……なれた……。その相手が、キキなんだ。俺たちの……キキ……なんて、この上ない……本望――」


「バカッ!」


 ベルタがヒューゴの胸を叩いた。鎧に傷がないから、その下が重傷だと意識しにくいのだろう。

 流石に呻き声が上がった。


「そんな綺麗に纏まった物語みたいに諦めてるんじゃあないわ! ふざけないでよッ! ちょっと無理だから諦めるとか、そんな生易しいものじゃあないハズでしょ!? 本当にどうしようもなくなるまでは諦めたくないって、言ってたじゃない……ッ」

「だから、どうしようも――」


「どうしようもなくないッ!」


 希生もヒューゴも、ぽかんと口を開けてベルタを眺めてしまった。

 何の根拠もなく――そしてあまりにも真っ直ぐで、絶対的な言葉だった。


「そりゃ死んじゃったら終わりだと思うわよ。でもまだ生きてる! あんたは拗ねて負け惜しみ言ってるだけなの! まだ生きてる、生きられるのに!」

「いや、背骨斬られて……内臓もグチャグチャなんだが……」

「だったらこんなに喋れるはずないでしょッ!」


 一理ある。

 いや、魔法の理不尽さを考えれば、身体強化はそういった死ににくさにも影響があるのだろうが。

 ベルタは身体強化を使えないから、その辺りの認識が緩いのかもしれない。


 いや違う――身体強化が持続して延命を成しているのなら、それこそ本当は生きたいことの証ではあるまいか。

 心の半分が諦める中で、心のもう半分は生きようとしているのではないのか。


「かもしれないな。だが、どの道無理だ……。回復魔道具は壊れた。アイオーンの回復魔法じゃ、生きる意志があっても、この重傷を治す威力にはならないだろ。なんかさっきエサイアスから生命力を吸ってる感じだったのも……それも契約者のキキにしか使えないだろうしな……」

「そうなの……? キキ」


 ベルタが振り向く。

 希生はそうだと答えようとして、


「別にそんなことないんですよう。やろうと思えば……」

「えっ?」

「えっ……」


 アイオーンがあっけらかんと述べ、希生とベルタが呆れた。

 呆れ、そして、ベルタに限っては激昂した。


「何でそれを早く言わないの!? て言うかやって! 今すぐ!」

「ヤですようー。恋敵が死ぬチャンスですもん」

「このクズ鉄……!」


 流石のわたしもこれは引くわ。希生は半笑いになった。

 ふと見れば、ヒューゴも半笑いだった。

 顔を見合わせて――間もなく大笑いした。ふたりで声を上げて笑った。ヒューゴは苦悶混じりの声だったが、それでも心の底から笑ったのだ。


「そこー! この瀬戸際で朗らかに通じ合ってんじゃあないわよ! それこそあたしがトドメ刺してあげましょうか!」


 あっはい。

 ごめんなさい。

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