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第67話 最後まで

 ヒューゴは何らかの手段で、読心或いはそれに準ずる能力を得て、希生の動きを先読みしている。

 それは、少なくとも魔道具ではない。精神属性の魔術師はひとつの領地にひとりいるかどうか、というほどに希少であり、魔道具に効果を込められるような技術の発展は迎えていない。


 では自前の魔法か? ヒューゴ自身が精神属性の使い手であれば?

 彼は土属性として認識されているが、実は精神との多重属性である可能性はないか。

 ない。

 希生が内臓魔石を得たあの日、余った感応石を使い、遊びでパーティー全員の属性を見たのだ。ヒューゴには土属性の反応しか検出されなかった。


 では土属性に読心めいた技があるのか。――あるのか?

 例えば電気属性と言うなら分かる。生物の精神とは、神経細胞の電気信号が深く関わっているものだからだ。

 だが土属性でそんなことが可能なのか。原理が分からなくては防ぎようがない。


 そして考える余裕も少ない。ヒューゴが再び距離を詰めてきた。

 大剣は中段で、切先を真っ直ぐに希生の心臓へ向け、そのまま腕の動きではなく前進によって刺突してくる。突進に近い。


 心開き。強制的に伝わってくる意。

 希生が左右に避ければ、すぐさま薙ぎ払いに移行するつもりのようだ。実際、剣身を平らに寝かせている。

 ならば左右ではなく下、刃を潜るが正解か。だがそれすらも誘導された結果だったら。


 迷いは行動を遅らせ、最早潜ろうとすればその前に顔面をぶち抜かれる距離だった。

 やむを得ず左へ回り込んでいくように避けると、間髪入れず、最初からそういう予定だっただろう早さで、突きが薙ぎに変化する。

 それは外面に表れる操作は両手持ちの梃子のみだが、その手に重心から引き出した運動量がしっかりと乗っているものだ。


 アイオーン一刀では受け止めるに足りず、受け流すにも至らない。

 弾かれるように跳び、衝撃の半分を流すも、残り半分だけで体力を削られる。


 ――近付けない。

 ヒューゴが弱いとはこれっぽっちも思っていなかったが、かと言ってこうまで圧倒的だとは。


 日常が修行だったのだと考えれば、さもありなん、といったところだが。

 希生が心眼を常時展開している横で、ずっと心の一部屋を閉じていたのだ。その反動で心開きまで体得したことは、流石に本人にも予想外だったと思いたい。


 では逆に、本人がしっかりと分かった上で習得した技なのだろうか、暫定読心は。

 心閉じも心開きも術理が気の持ちようである以上、その発展形に読心はあり得ない。

 いや、気の持ちようで集中力が増大すれば、見切りの感覚も向上するか。読心レベルにまで察知力が高まることはあり得る。

 言うなれば心研ぎ。


 だとすれば対処法など、集中を阻害してやる以外にはない。

 牽制すら碌に入れられない現状、攻撃によってそれを行うことは不可能だ。

 ならば言葉か。誘惑でもしてみるか?


「……」


 鼻で笑ってしまった。


「どうした!? キキ!」


 心開きを連続で使うのは難しいのか疲労するのか、今度は純粋に意を消して攻めてくる。

 ごく普通に、その動作から予兆を見切れる――なんと楽なことか。


 それでも近付けない。

 一般的なイメージでは、大剣は『遅くて高威力』なのだろうか。しかし現実には梃子により、長いほど先端速度は高まる。武器の重さがロクに負荷にならない剛力もある。

 武器の長さは威力と射程のみではない、速さにすらプラスに影響するのだ。

 剣で槍に勝つには3倍の力量が必要などと言われるが、今起こっていることはそれに近い。


 近付かなくては勝てないのに、近付こうとすれば大剣に轢かれ、防いでも衝撃で体力を削られる。

 ジリ貧。


 そんな中、ふと気付く。ヒューゴの縮地の違和感に。

 確かに彼は天才で、自力で縮地に至り、希生の教えでそれを更に磨いてきた。

 彼自身の言ったことだ――希生に師事している時点で、希生には勝てないのだと。


 なのになぜだ? なぜ、彼の縮地は、希生と同等の滑らかさで走るのか。

 ほんの少し、僅かに精度が落ちるのが普通ではないのか。


 可能性があるとすれば、ヒューゴが土属性であるということ。

 大地と一体化したかのような、力強く素早くブレぬ踏み込みは、その属性的な才覚、或いは何らかの魔法技で成しているのではないか。


 土の魔法技と言えば、彼の使えるのは、身体強化と、もうひとつ――


「……!」


 ヒューゴの唐竹を脇にかわす。

 心開きによって、『下を潜りやすいように薙ぎ払う』意は見せられていたが、流石にそろそろ騙されない。心眼への依存度を抑え、肉眼と公平に鑑みれば瞭然なのだ。

 地を割る唐竹は、そこで跳ね返るようにして斬り上げに変わる――その刃を踏んだ。


「なに……ッ!」


 踏んだとは言え、刃に足を振り下ろしたのではない。むしろ上げる足を刃に追いつかせた形。

 その緩やかな相対速度と、異能めいた重心制御による瞬間的な体重低減――切断されるを防ぎ、振り上げられる剣をジャンプ台に使った。


 眼前、空中。

 時の止まるような錯覚。

 彼の反応が遅い。


 ならばやはり、ヒューゴは地の振動を読み取っていたのだ。

 足裏で音を聞き、数km先の仲間と会話すらする象のように。希生の心眼習得と同じ日に身に付けた技、『象の聞こえ』。

 そもそもエサイアスの手先に道行きを誘導されたのも、ヒューゴがこの技で希生の足音を聞き分け、エサイアスに正確な所在を伝えていたものだろう。


 そして地を踏む音のみではない、恐らくだが――呼吸や心拍、筋肉の軋み、重心の揺れ――無数の生体振動のうち、足から地に流れたごく微細なそれすら読み取れると見た。そこから瞬間的に次の動作を、その奥にある意図や思考さえ見切っていたのだと。

 恐るべき超精度。だが宙に逃げてしまえば、それは大気に霧散し、地に流れ込まない。


 ヒューゴは慌てて、希生を追うように大剣を内側へと振るが、それは悪手。

 体内での重心操作と手足の振りの反動で僅かな空中機動、スレスレで――決定的に大剣をかわした。

 単純にその場から移動して逃げれば、追い付けなかったのに。もっともその場合は投剣で追撃していたし、その空中からの攻撃はどの道見切れなかったろうが。


 跳躍の慣性の残りで、ふわり、浮遊するように迫る。

 和ゴスの袖や裾がはためいた――あっこいつスカートの奥見やがった。


「天使――!」

「は?」


 顔面を踏みつけた。

 重心移動から体幹の多数の関節を通して増幅した運動量の波を、その足裏から伝達。彼の身を波に巻き込み不随意に揺らす――体重配分を破壊して『立ち方』を崩し、重量によってではなく技術的に踏み潰す。


 ヒューゴは片膝をつき、尻をつき、そこから腰で谷折りにされるのを避けようと仰け反ったことで、背から後頭部までをも地に叩き落とされた。

 如何に鎧の強度が高かろうと――竜爪鋼の板金で刃物を弾き、竜革で更に打撃へのクッション性をも持とうとも――踏み潰されて地に叩き付けられては、衝撃の逃げ場がない。

 地面が拳ひとつ分ほども陥没する衝撃に対しては、尚更に。

 息を詰まらせ、目を回し、苦痛に呻くのみ。


「が、ッ……!」


 希生はその顔面に、小揺るぎもせずに立つ――いや位置が悪い、胴体の上に下がった。

 正しい立ち方は、その精度が高いほどに崩れない。どんな不安定な足場でも。


「ヒューゴがここまで強くなってたとは、だけど……わたしも強いんだ。竜刀なしでもね」


 とは言え、竜刀があるのだから、使わない理由はない。

 今度こそ、その刃を右腋の下に叩き込んだ。板金の隙間。切先が竜革を突き破り、肩関節を抉り破壊する。

 ヒューゴは右利きだ、これで剣士としての力は半減。


「負けを――」


 認めてほしい、と言おうとした。

 ヒューゴが勝つならともかく、自分が勝ってベルタを失うなら、ヒューゴまで失う必要はないはずだと。


 だが異変に気付く。竜刀が固定されている。

 まさか関節を破壊されながらも、筋肉で締め付けて捕えたとでもいうのか。


「おおおおッ!」


 彼は上半身のバネで跳ね上がるように身を起こしながら、大剣から放した左手で脚を掴んできた。


「ヒューゴ……!」

「キキ! 俺は最後まで……!」


 掴まれた右脛はあっと言う間に骨を握り潰された。

 起き上がった彼の上に立っていることができず、身が浮き、そのまま右脚を振り回され、今度は希生が地に叩き付けられる――


 ――アイオーンで自らの脚を斬り落として逃れた。

 左手も動かせない竜刀を置き去りにし、回転して受け身を取りながら距離を取る。


 左前腕を半ばまで斬られ開放骨折もしたのはともかく、この右膝下の切離はツラい。

 太腿に意識を集中し筋肉で締め付け、最低限の止血を施すが、それでもぼたぼたと音すら立てる出血。

 なおそれよりも、『足がない』ことそのものが難関過ぎる。


 正しい立ち方歩き方は、当然、正しい人体を前提としている。

 重心は両脚の間にあり、ふたつの足を使うからこそ真の安定を得られるのだ。

 一本足では立つことはできても、歩くことに支障が出る。

 だがそうしなければ、地との激突で頭部を砕かれ、脳を撒き散らしていた。


 アイオーンは勝手に脚に回復魔法を働かせているが、ここまで大きな欠損相手では止血がよりマシになる程度の恩恵だ。

 そして、それには意味がない。どうせあとは一瞬で決着がつく。失血による体力気力へのダメージは、どの道もう少し後に来る感覚だ。その頃にはもう終わっている。

 回復魔法の有無は勝敗に影響しない、だから好きにさせる。アイオーンもそれを理解してこそ実行しているのだ。


 希生が左足のみで立つころ、ヒューゴもまた立つ。


「……どうしても?」

「どうしても、だ!」


 ならば仕方ない。

 これが最後だ。

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