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第66話 わたしも好きだよ

 同時の踏み込み。


 ヒューゴは雄牛の構え。左右前腕を交差させ、柄を頭部の右横に、切先は高い位置で希生に向ける形。

 希生は無構え。左右二刀を腕ごとだらりと垂れ下げる形。


 両者ともに、縮地の技術に熟達している。

 上体を揺らさずブラさずにほぼ不動のまま、滑るように距離を詰めた。


 菊花刀――打刀と、ツヴァイヘンダー――身の丈ほどもある大剣、より長大な得物を持つヒューゴの方が、先に相手を間合に捉える。

 故にか、先に剣を振るったのもヒューゴだった。


 雄牛の構えの強みは、それ自体が言わば『圧縮されたバネ』であること。

 前腕の交差を解放すれば、手元の梃子で切先はおよそ360度以上を一瞬で旋回、その長い助走によって、太刀筋の到達点において莫大な破壊力を生じる。

 直撃したとき、希生の身は両断されてなお衝撃収まらず、ともすれば炸裂したように飛び散るだろう。


 いくら希生が異常なまでに技量に長けるとは言え、既に無詠唱で身体強化を発動して更なる剛力を得たヒューゴの大剣を、真っ向から受け止めることは至難だ。

 ならば大剣の間合から下がるか、踏み込んで鍔元を受けるか。

 雄牛の構えからの斬撃は柄の動く距離が短い、先端速度の高さに反して鍔元は緩く、受け止めやすい。


 ヒューゴに見切りの感覚はあっても、心眼まではない。

 相手の予備動作や予兆を五感で察するのみであって、そういった予兆を寸前まで隠して後の先で回避すれば、太刀筋の修正は間に合わない。


 希生は唐突に速度を上げて、大剣の間合の内側に踏み込み――


「……!」


 ――ヒューゴとの距離が、動かない。


 大剣の刃が左から唸りを上げて迫った。近過ぎる、最早回避の余地はない。

 左の竜刀で受け、その峰に右のアイオーンの柄をも重ねて支えた。腕から体幹の多数の関節を波のように連続的に曲げてクッションにし、最終的に威力を重心の向きで受けつつ足裏を浮かせて吹き飛ばされ、ダメージを最小限に抑える。

 その上でなお全身が重く軋む。直撃せずとも、同様の斬撃を数回防御すれば、それだけで力尽きて倒れかねない。

 そして防御においては、わざわざ二刀を重ねるより、最初から一刀の方が安定する。その隙。


「ふ……」


 笑ってしまった。

 人間、追い詰められると、泣くか笑うかしかなくなるという。

 泣くよりはマシだな、と思った。


 発生した事実は単純である。

 希生の前進加速に合わせて、ヒューゴは同じタイミングに同じ速度で下がった。結果、相対的な距離が変わらず、懐に踏み込めず、充分に加速した物打ちを受けたのだ。


 希生は心眼を惜しみなく使っていた。心眼による深い思考盗聴を。もともと戦闘で使うためにアイオーンに習得させられたのだから、当然のことだ。

 だがそこに、ヒューゴのこの後退の意を読み取ることはできなかった。何なら後退のその瞬間にさえ、彼は後退するという意を全く持たずに行動していたのだ。


 いや、意を持ってはいたのかもしれない。隠されて見えなかっただけで。

 心の中の部屋に仕舞い込んで、鍵をかけていただけで。

 ずっと隠していた恋心と同じに。


(心閉じの技――ここまでの完成度、まさかですよう。希生、思考盗聴をやめて! 心眼は純粋に外面に出る予兆と動きだけを――)

(既にやってる! でも……!)


 ヒューゴは滑るように高速で接近してくる。

 希生は吹き飛ばされたまま未だ空中、地に足がついていない。


 大剣はそんな希生を上から叩き潰すように斬ろうとしている――心眼でその意が強烈に窺える。

 だから希生は咄嗟に腹の中で重心を引き上げ、腕も振り上げて、それらの反動で着地を一瞬早めた。腕はそのままガードの構えになる位置だ。回避のために移動する時間的余地がない。


 肉眼で見た大剣は、振り下ろしではなく、薙ぎ払いの構えをしていた。


 希生の振り上げた腕の高さを、水平に、ヒューゴは振るう。振り下ろしなら剣で受けられても、薙ぎ払われては腕が無防備になる構えだった。そう誘導された。


「ぐう、……ッ!!」


 両腕を纏めて斬り飛ばされる間際、何とか体勢を崩し、大剣の進行方向に合わせて転ぶことで両断を免れる。

 だが装備を合わせれば希生の3倍ほどあるヒューゴの全重量を、大剣は余すところなく伝えてきた――その莫大な衝撃は殺し切れず、左前腕は半ばほどまで断ち切られ、その威力にへし割れた骨が、反対側の皮膚を破って顔を出した。

 灼熱の激痛――は、どこかぼんやりと遠い。脳内麻薬でも出ているのか。そりゃ出まくりに出まくってるだろう。

 不幸中の幸いで神経は無事らしく、手は竜刀を握ったままだった。


「バカな……今のは……!」


 身を縮めながら衝撃に押されるように転がり、右腕をも折られることを避ける。

 そうしながら、愕然とした。


「心開きの技ですよう! アイオーンのバカ! さっきもやってたのに、こうまで使いこなすなんて思わずに注意を怠るなんて!」

「さっきもって、ああ、あれね……!」


 好きだと告白されたときのことだ。強過ぎる彼の感情に思考盗聴『させられた』、あれが心開きと呼ばれる技術なのだ。

 だがあれは、心底からの本音の意をぶつけてくるものだった。

 逆に全く偽の意をでっち上げ、虚実攻撃に使ってくるとは。


「何がわたしを超えられないだ! 洒落にならんくらい強いじゃねーかッ……」


 ヒューゴと戦わねばならないことが苦しくて、それでも勝って生きると決めたのに、ただ圧倒されているこの現実。二重三重に苦しいはずだ。

 なのになぜ、こんなに笑みが溢れてくるのだろう。こんなにも、嬉しいのだろう。

 ねえ、わたし。どうなの?

 はは。


「キキ! 俺の想いはアイオーンにも負ける気はないぞ! いや、『剣士として』に限るならば、俺こそが最上! この世で最も強くお前を愛している!」


 転がりから再び立ち上がる頃、大剣による下段斬り。

 再び踏み込み鍔元で受けようとする、今度は距離が縮まった――だがヒューゴは素早く大剣を引き、柄とリカッソ(刀身の鍔元から半ばほどまでの刃のない部分)を握った槍のような持ち方で防御の構え。


 希生の一撃は左の竜刀による、腋の下――板金鎧の隙間への抉るような突き。

 左前腕は無惨に斬られ開放骨折を喫して、出血で服の袖が重く濡れているほどだが、永劫流において腕とは体幹からの力を伝えるケーブルに過ぎない。

 腕が繋がってさえいれば、腕力がゼロでも、体幹の力で腕を鞭のように振るって剣を繰り出すことができるのだ。


 この重傷を負った腕での攻撃という心理的フェイントは、しかし、大剣の防御構えにあえなく受け止められた。

 まるで事前にそう来るのが分かっていたかのように。

 いや、竜刀でしか攻撃が通じないのだから、その点は確かにもともと分かっていたのだが――それを考慮してもなお、反応が早く的確すぎた。


 彼に心眼はない。

 いや、あるのか? 心閉じや心開きのように、たとえば『心読み』だとか、そういった技術が?


(心閉じや心開きは『気の持ちよう』であって、それで読心までは不可能ですよう。見切りの感覚を高めて予兆未満の予兆すら拾うなら、それっぽいことはできるですけど……希生はほぼ完ぺきに予兆を消して動いて――あっ)

(えっ)


 ヒューゴが希生ごとリカッソを押し飛ばし、柄の両手持ちに回帰する。

 希生は全身的な脱力で潰れるかのようにその場に屈み、大剣に頭上を通させた。


(なにイオ!? めっちゃ気になるんだけど!?)

(えっと……アイオーンが助言していいのかな、って思ったんですよう)


 そして立ち上がる勢いで跳躍、兜のバイザーの隙間にアイオーンを通そうと刺突を繰り出す。

 だがヒューゴは首を傾けて隙間の角度を変え切先を通さず、そしてそれは首だけではない上体全ての傾きだった――身を捻る反動で回し蹴り、希生はそれを足裏で受けて跳び下がり、再び距離が開く。


(だって希生、生き残るためだけに戦ってるんじゃないでしょう?)

(それは)


 それは――

 その通りだ。


 ヒューゴが強くて嬉しいだなんて、生きるか死ぬかの瀬戸際で楽しいだなんて、彼がただの敵で障害物だったなら思うはずがない。

 最強の剣士には、最強の敵が必要なのだ。


「ヒューゴ」

「うむ!」

「わたしも好きだよ。恋愛的な意味は除いてだけど」

「む……!」


 だから今は、わたしの力で。

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