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第63話 おやすみ

 ヒューゴの痕跡はそこで完全に途切れ、もう追うことはできなかった。

 ベルタとロヴィッサに至っては、まず追い始めることすらできない。それだけ見事に隠れ逃げてくれた、ということではあるが。

 どの道、つまり、希生は仲間を探し出す目を失ったのだ。


 しかし合流の可能性が絶えたわけではない、と思う。

 4人の当面の目的は、ウショブ市を脱出してチェスニ王国に向かうこと。脱出方法は、南西側の城壁を、アイオーンの結界魔法で階段を作って乗り越えることだ。

 希生はひとりで逃げるとしてもその道を行く。アイオーンを持つ以上、わざわざ別の道を模索する必要はない。

 逆に言えば、仲間たちの立場からすると、そこに行けば希生もいるはず――と考えるはず。


 だから、希生もそこに行く。それだけでいい。

 それでも合流できなかったら――仲間たちが、一旦は逃げたけれど、合流前に結局力尽きていたのなら――そのときは諦めるしかないが。


 この広いウショブ市で、住民の全てが敵か中立で、味方は互いしかいなくて。

 そんな状況でいつまでも悠長に仲間たちを探し続けられると考えるほど、希生も楽観的ではない。

 特に賞金がかかっているのは自分だけなのだ。自分の身が最も危ない。


 逆に希生が別の町に逃げれば、賞金はそれを追って来て、仲間たちは放置されるかもしれない。

 そうすれば安全だ。ひとりで逃げる甲斐がある。

 別れはツラいが、彼らが犠牲になる方が遥かにツラい。そんなことは許容できない。


 そうと決まれば早速南西方面に向かうか――いや、少し間を置こう。

 外傷や体力気力は、アイオーンの『吸収』の魔法で回復できる。街路樹で充分、動物がいいなら野良犬などもいる。

 だが肉体の傷や精神の疲労と違い、精神の傷はそれで治らない。

 エサイアスに裏切られたこと。町丸ごとひとつが敵に回ったこと。仲間たちと離れ離れになり――合流できないかもしれないこと。

 それは、傷だ。


 傷は癒さねばならない。無視すれば、痛みが足を引っ張る。

 癒すには眠るのが利く。

 この際一晩でもいい、ゆっくりと心を休めなくては。ほんの僅かでも、傷を塞がなくては。


 幼い頃から冒険者を目指してきたヒューゴなら、そんな必要もないのだろうか。

 それに付き合ってきたベルタなら?

 天上七剣のイザナミを目覚めさせるために心身を鍛えてきたロヴィッサなら?


 所詮自分は、恵まれた世界で恵まれた人生を生きてきた凡人なのだ。そう自覚する。

 それを悲しいとは思わない。おかげでアイオーンに、仲間たちに出会う偶然を掴めた。


 だが申し訳ないと思う。もしかしたら仲間たちは、既にもう南西の城壁に集合しているかもしれないのに。

 だとしたら、彼らは待っていてくれるだろうか。

 待っていてくれると確信できてしまうから、余計に申し訳ないのだけれど。


 ウショブ市の西区域は、経済の中心である東区域から遠いせいか町並は寂れており、中には貧民街のような区画すらある。

 そこでは昨日までいた者が今日はいないことも、新たな敗者が転落してくることも、いずれも珍しくはないという。


 希生は西区域を物色し、適当な廃屋を見付けると、そこに陣取って休息を取った。

 たまたま留守なだけで本当は誰かの住処かもしれないが、一晩だけ勘弁してもらおう。もちろん、その可能性の低そうな物件を選んだつもりである。生活の痕跡のなさ。


 しとしとと雨が降っていた。寒い。

 ベッドはないので、アイオーンの従属異界から毛布を何枚も出し、重ねて包まって寝転がる体勢。

 雨漏りが、その下に設置したタライに滴る音がする。最初は鬱陶しかったが、その一定のリズムは、やがて眠気を誘うようになった。


 しかし、ぐるぐると考えてしまって眠れない。

 自分は何も間違っていないと思う。いや、竜装備を惜しんで出発を遅らせたことは間違いだ。こんなもの、逃げた先のチェスニ王国でまた竜を狩ればいいのだから、賞金をかけられる前にウショブ市を出るべきだった。


 逆に言えば、間違いなんて、本当にそれくらいだろう。

 アイオーンと契約したことも、ウショブ市に来て冒険者になったことも、ヒューゴたちとパーティーを組んだことも、そうして挑んだ数々の冒険も、何も、何ひとつ、自分は間違っていない。

 なのに領主イリスティーナは、この理不尽な仕打ちを押し付けてきた。


 責任がイリスティーナだとしても、その焦点は希生だ。希生の仲間にさえならなければ、ヒューゴたちは普通に冒険者を続けることができていた。

 彼らの才能と実力ならば、希生から正しい立ち方と歩き方を教わらなくても、それなりに上手くやっていただろう。ヒューゴに至っては自力で到達していた可能性も高い。

 希生がいなくても、ロヴィッサはヒューゴとベルタに声をかけていたかもしれない。町に来たばかりの者に道案内を、しばしば行っていたようだから。


 ああ、自分がいなくても。

 もし希生がいなくても。

 いない方が――


「……わたしさ」

「いいわけないんですよう」


 アイオーンは、人は息を吸って吐くものだとでも言うように、淡々としつつも半ば呆れた声を出した。


「希生がいたから、今のアイオーンがいるの。アイオーンと希生は、互いがいなきゃ、互いが楽しく生きられないの。イリスのせいでこんなことになって、それはアイオーンの因縁で、とってもごめんなさいですけど。

 だからこそ、これさえ乗り越えたら、あとは自由自在ですよう。人生面白おかしく! ね? 希生。アイオーンの大好きな希生」

「……うん」


 毛布の中で、鞘に収めたアイオーンを抱いていた。

 これでは遠い。


 鞘から出し、刃を抱き締める。

 刃物というものは、押し当てて引かねば切れ味は格段に落ちる。押し当てるだけなら無事だ。

 斬れてもいい、と思った。

 斬られてもいい、と。

 その近さ。


「ヒューゴもベルタもロヴィッサも、希生のこと大好きですけど。でもアイオーンの方がもっと好きですからね! 知ってるでしょう?」

「うん。わたしも……イオがいちばん好き」


 始まりは偶然で、気まぐれだった。

 異世界人は珍しいから、と、ただそれだけの理由で、アイオーンは契約を持ちかけてきたのだ。

 最初のホブゴブリンに負けていたら、希生を捨ててそちらに乗り換えるつもりだった、ともあとで聞いた。仕方ないと思った。


 だが希生は勝った。

 価値を示してみせたのだ。


「魅力を、ですよう」


 そうだね。そうだ。


「まあー本当に価値が魅力になったのは、剣にキスされた時かもですけどー。本当に何度考えても変態なんですもん。やれやれ」


 あっはい。

 ごめんなさい。


「べっつにー。分かってるでしょう?」


 そりゃもちろん。

 わたしのイオのことだからね!


「むっふん!」


 ああ。

 ヒューゴがいなくても、ベルタがいなくても、ロヴィッサがいなくても。

 イオがいる。イオはいなくならない。

 もし離れても、それこそ従属異界を使ったワープすらして即座に戻ってくる。


 よりぎゅっと抱きしめる。

 静かだ。


 雨音、一様に繋がって。

 雨漏りの音、一定のリズムで。

 もうひとつ滴る音、不規則に。


 ……?

 三つ目の音は、いったい?


「あなたの音。希生」


 これは……。なるほど。

 道理で目が熱いと思った。

 泣いていたのか。


「悲しいの? 悔しい? それとも怖いんですよう?」


 こっちの心読めるんだから分かってるよね?

 わたしも分かってる。

 仲間たちと離れて悲しいし、それを防げなくて悔しいし、それが永遠になるかも知れないことが怖い。

 そしてそれ以上に、イオがいてくれて嬉しい。


「その嬉しさ以外は、ぜーんぶ、アイオーンで斬ったらいいんですよう。希生には、それができる。最強の剣士になれる」


 笑ってしまった。そんな励まし方ってある?

 やっぱりイオは剣で、人じゃないんだね。

 だから頼もしい。だから愛しい。


「イオさんや」

「はいですよう」

「おやすみ」

「おやすみなさい」


 涙を流すことも、眠ることと同じくらい、傷を癒すには利くものだ。

 何があっても、ふたりなら笑って行ける。

 この先、本当に、どんな理不尽があろうとも。


 夢を見た。

 みんながいて、みんな、笑っていた。

 とても、幸せな夢だった。

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