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第62話 何があった

 頭の中に地図を思い浮かべ、あの狂騒の場へと戻っていく。

 あまり急いでも無駄に目立つだけだから、逸る気持ちを抑えて徒歩で向かった。


 あの場の最大の標的であった希生がいなくなったことで、暴徒たちは鎮まってくれているだろうか。ヒューゴたちは無事だろうか。

 逃げて仕切り直すよりほかに方法はなかった。分かってはいる。

 食い込んだ爪に血が滲むほど拳を握り締めるこの感情を、しかしどうしようもない。

 深呼吸ひとつ、意識して手の力を抜いた。無駄な力みは滑らかな動作の邪魔だ。


 ウショブ市の東区域はもともと栄えていて人の数が多い。そしてその場所に近付くにつれ、更に人の密度は増していく。噂話が飛び交う。

 ここから先で大規模な戦闘が起きたらしい。戦闘って言うか暴動だろ。賞金首のキキ・ムトーが出たんだって? 全滅したとか……。それデマだろ、全員逃げ延びたんだよ。何人殺されたんだろうな。悪魔みたいな奴だ。自業自得じゃね?

 人をかき分け進んでいく。


 辿りついた。狂騒はおおむね終息しているようだ。

 無数の死体が転がり、無数の重傷者も蹲り呻き声を上げている。

 町の衛兵たちが、まだ興奮して暴れようとする者らを押さえ、一方で負傷者を治療施設へと運び出しているが、あまりにも手が足りていない。比較的ダメージの軽い者や、野次馬の一部なども手伝っている様子だが。

 適当に手近な衛兵に声をかける。


「すみません、何があったんですか?」

「ん? ああ、ほら、今朝からキキ・ムトーが賞金首になってたろう。あの竜殺しパーティーの。この辺で出没したらしくてな……。賞金狙いの冒険者が次から次へと襲い掛かったが、このありさまだ。現状確認できてるだけでも、50人以上は死んでやがる……。キキ・ムトー本人もどこに行ったのか分からん」


 衛兵は溜息をついた。

 その本人が目の前にいるとも気付かずに。

 丈の長い毛皮のマントを、一部をフードのように目深にかぶって、顔を隠している今だ。


「ほかの仲間は……?」

「仲間? ああ、キキ・ムトーのパーティーメンバーか。どうだろうな……。少なくとも俺は、それっぽい奴は見てないよ」

「そうですか……。ありがとうございました」


 希生は会釈して、衛兵から離れていった。衛兵は気にした風もなく、怪我人の救助を再開する。

 死体と怪我人が転がる狂騒の跡地を、動き回る衛兵と民間協力者の間を縫って、希生は歩く。その歩みは常に、人の意識の隙間に入り込むように、目立たず邪魔にならない位置を取る。誰も希生のことをろくに気にしない。

 逆に希生は、多くの相手を同時に気にしていた。心眼の範囲一杯に、生き残った怪我人たちを捉え、その記憶を探る。

 この場から逃走し、そして再び戻るまでの数十分を遡って。


 心に入り込まれる不快感に吐き気を催す怪我人たちを慮ることなく、希生は調べた。

 あの狂騒の中、ヒューゴたちはどうなったのか。どこへ行ったのか。誰かが断片的にでも目撃していないか。


 希生を含めてたった4人のパーティーを相手に、暴徒は恐らく合計で数百人はいた。

 最初に希生の正体を見破ったひとりが大音声でその所在を周囲に広げて、戦闘が始まり、その騒ぎが周囲の耳目を集めることで、狂騒が感染し拡大していった結果だ。

 しかしその過半数は、実は4人の姿を見ることすらできていない。同じ暴徒たちが壁になって、そこまで辿り着けなかったのだ。それでも賞金を得るため希生のところへ行こうと、押し合いへし合い、或いは転倒し、或いは人と人の間で潰れ、乱闘に発展し殴り合い斬り合って、死傷者は多数出ていた。世話がない。

 結界で空中を走った希生だけは、ほかの3人よりもその姿を見た者が多いが、それは今はどうでもいい。ヒューゴたちの行方を知りたいのだ。


 垣間見える記憶は、雑多で無秩序、断片的で曖昧だった。

 狂騒の中で無我夢中だった冒険者たちに、そもそも詳細で正確な記憶などろくに残っていないのだ。希生にトドメを刺したつもりになっている者すらいる。

 同様にヒューゴたちを殺した記憶の持ち主もいくらかいたが、その場に希生の姿もあるなどそれ自体に矛盾が含まれていたり、ほかの記憶と整合性がなかったりで、アテにならない。

 だとしても、もちろん、気分のいいものでは到底なかったが。


 歯噛みしながら記憶を探り、まだしも信憑性のある記憶の断片を繋ぎ合わせ、ことの顛末を量る。

 導き出された結論は、どうやら3人は別々に逃げたらしい、ということ。結局合流はできなかったようだが、殺されもしなかった。


 まずは良かった、思わず安堵の吐息がこぼれる。

 もちろん、生きていてほしいという願望がバイアスとなっている可能性もある。本当は殺されているが、生きていると信じたいから、そういう結論になったのだと。

 だがそれを差し引いて考えようと何度探っても、やはり、3人は逃げ延びているとしか思えない。少なくともこの場では死んでいない。


 ならば次は、どこへ逃げたのか、その後どうなったのか、だ。

 逃げた先で暴徒に追いつかれたか、或いは新手の賞金稼ぎに見付かってしまったかで、結局殺されてしまったということもあり得る。

 それを確認するまで、実際に再会するまで、安心してはならない。自らに言い聞かせるが、それでも気は抜ける。


 パーティーで個の戦闘力が最も低い、つまり最も心配なのはベルタだ。

 ならばまず追うのは彼女の足跡――なのだが、蜃気楼の技の応用で姿を消したらしく、誰の記憶を覗いても、どの道を逃げたのか手がかりがない。

 驚いたことにロヴィッサもそれは同じで、いきなり姿が消えた記憶をいくつも見た。風の魔法で気圧を操り、ベルタと同じ技に至ってみせたのだろうか。この土壇場で。


 結果的に追跡できそうなのはヒューゴだけだった。彼に関しては、普通に暴徒を薙ぎ払いながら走っていく様子が記憶されている。

 彼もこの場での合流を諦めて、まずは仕切り直すことにしたのだろうか。


 記憶の中の彼を追って、角を曲がり、道を歩き、人々の間を縫っていく。やがてその足は止まった。

 何の変哲もない、ただの通りだ。

 そこで何かがあったわけではない。『ヒューゴの逃走姿を記憶していて』『希生が発見できた』人間の存在が途切れただけである。

 所詮は他人の記憶を覗いているのみ。目撃者がどれだけいても、それがどこかに行ってしまったなら探れない。


 探れた中で最新の記憶でも、ヒューゴは健在だった。竜の全身鎧は血であちこち汚れていたが、どれも返り血に思える。動きにも、疲労は見えるが怪我はなさそうだった。あっても掠り傷程度だろう。

 気になるのは、そんなヒューゴの前にエサイアスが現れたこと。

 この場所まで来ると、目撃者は暴徒ではなく一般の通行人ばかりになっていて、彼らは危険を察してすぐに逃げてしまったため、その後にここで何が起きたのかは分からない。

 そもそも最新の記憶の場所に辿り着けたのも、そこを見てから移動してきた通行人と偶然すれ違って記憶を覗き、その通行人の移動経路を記憶から逆に辿った結果である。


 さて、道路に血痕はあるが、どうもヒューゴの鎧から落ちたもののようだ。狂騒の場から点々と続くまま。誰かがここで怪我をしたという風ではない。

 周辺に破壊痕も見当たらない。もしエサイアスが嵐の足の魔法を使ったのなら、道路にヒビくらい入っているはずだ。


 ヒューゴとエサイアスは戦わなかったのだろうか。

 エサイアスにとって、殺すべきは希生のみだとすれば、おかしな話ではない。だが、ならばなぜヒューゴの前に。

 バラバラに逃げたが、合流場所を決めてあると考えたのか? ヒューゴから聞き出そうと思ったのか。

 だがそんなものは決めていないし、決めてあったとしてもヒューゴが言うはずもない。


 答えないヒューゴを前に、エサイアスは素直に諦めたのか? 痛めつけて口を割らせようとするのが自然ではあるまいか。

 或いは暴力以外で口を割らせる手段が何かあった? 何が?


「……」


 血痕はここで途切れていた。

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