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第61話 永劫の魔剣

 左上腕を貫通した矢を、剣で鏃を切り取り、残った部分を抜く。蠢く異物感に吐き気がした。

 血に濡れた矢を放り捨てながら、回復魔法を作用させる。

 結界をさんざん使ったから、アイオーンの残り魔力が少ない。完治はできないか。引き攣るような痛みが残る。血は止まった。


 希生を狙い狂騒する冒険者たちの群れ、その渦中から外れたこの通りにも、冒険者を始めとした通行人はいる。

 この町中でボロボロになっている希生は、注目の的だった。ましてや狂騒の渦中の方角から来たのだ。


「あの顔……」

「キキ・ムトーか?」

「500万」

「なるほど、あっちの騒ぎはそれで」

「今なら狩れるんじゃ」

「いや、だが」


 そう、だが、だ。

 既に狂騒が狂騒を呼ぶ場所ではない。冒険者たちには理性と判断力がある。

 鬼気迫る形相の希生に怯えを見せ遠巻きにする者たちも多く、腕に覚えのある者も、そういった空気の中で軽々に仕掛けては来なかった。


 もちろん、時間の問題だろう。

 希生は肩で息をしているし、服はあちこち切れて肌が見えていて、その肌も流れ出た血に濡れている。焦げている部分さえある。

 今は雰囲気に飲まれていても、そんな獲物をいつまでも放っておく者ばかりのわけがない。

 早急に姿を隠す必要がある。


 縮地の歩法は動きの先読みがしづらく、通常の反応速度では気付けば懐に入られているものだ。

 そうして希生はひとりの男に肉薄した。


「うっ、……!」


 男が驚いて一歩引いた距離を、希生が更に詰める。

 そして従属異界から、銀貨の詰まった袋を取り出し突きつけた。


「そのマントをください」

「ええ……?」


 男は小奇麗なマントを身に付けていた。

 秋もとうに深まり冬になろうというこの季節、別にその男以外にも似たような格好の者はいくらでもいたが、その男が最も手近にいたのだ。


 希生は男の手を取り、銀貨の袋を無理やり押し付けて持たせる。

 その重みと銀貨同士の擦れる音から、男は詰まった金額を素早く察した。マント1枚に対しては破格の値段だ。そして無理やりとは言え受け取った以上は、という心理が働き、男はマントを脱いで希生に渡した。

 話が早くて助かることだ。強引に奪うことも考えていた。


 希生は頭からマントを被り、一部をフードのようにして顔と体を隠していく。

 そして駆け出した。


「おい!」

「待っ――」


 見ていた中で希生を狙う意思が多少なりともあった者は、慌てて追いかける。

 しかし希生は狭い路地に滑り込み――小柄な希生だからこそ楽に通り抜けられる道を使い、追手を遮った。

 路地から別の通りに出て、そこからまた別の路地へ、別の通りへ。繰り返す度、追手は撒かれ、すっぽりとマントを纏った希生を希生だと認識できる者はいなくなっていく。


 いくつの通りを抜けたろうか。もう心眼の射程内に、希生を追う者の存在は感じなかった。

 その心眼の射程自体、半径200mほどにまで伸びていることに気付く。


 生死を懸けた戦いのような重い経験を積むことで、希生の魂と肉体の同調率は高まる。

 それは同調を媒介するアイオーンの負担を減らし、自由に使える魔力を増やすことに繋がるが、希生自身の魔力の成長にも寄与するのか。

 もう少し粘っていれば、エサイアスに勝てただろうか? いや、心眼がどれだけ成長したところで、それを超えた後出しができるあの男には容易には勝てない。

 こうするしかなかった。


 路地の壁に背を預け、もたれかかり、深く息をつく。

 今までずっと息を止めていて、ようやく水面に顔を出したような錯覚すらある。

 疲労が全身にのしかかっている。血よりも汗が流れ落ちていく。

 腹が鳴った。喉が渇いた。


 いったい何十人、何百人を相手にしたのか分からない。ここまで疲れたことが、かつてあっただろうか。体が補給と休息を欲している。

 しかし、ゆっくりと食べて寝ている場合なのか?

 希生がいなくなったことで、あの狂騒の場も状況に変化があるはず。あってくれ。なるべくよい方向に。そして発見されないように確認に戻り、どうなったかを知り、仲間たちと合流を目指さなくては。


 真っ直ぐに戻れば、希生のマント姿を知る者と会ってしまうかもしれない。別のルートが必要だ。頭の中に地図を思い浮かべる――ぼんやりとしている。ど忘れか?

 いや違う、ぼんやりとしているのは記憶ではない、意識だ。それだけ疲労が重い。

 膝から力が抜け、その場に尻餅をつきかけたが、咄嗟に何とか身を支えた。一度座れば立ち上がれる気がしない。


(――希生! 希生ってばですよう!)

(あ……?)


 そしてその時ようやく、アイオーンがずっと語りかけてきていたことに気付いた。


(やっとこっち向いた! あのね、まず回復しなきゃ無理ですよう。焦る気持ちは分かるですけど、この状態で戻ったところで、もしまだ戦ってて巻き込まれたら、今度こそアウトですもん)


 言っていることは正しい。逃げたことが正しいように。

 しかし、心が追い付いて来ない。

 今休息を取って緊張が切れてしまったら、もう一度立ち上がれるのだろうか。それが怖い。


(じゃ、休まずに回復しようですう。やっと使えるようになったんですよう。アイオーンの固有魔法。『永劫の魔剣』の所以)


 魂と肉体の同調率の上昇が、そこにも効いていたのか。

 聞く限り攻撃能力ではないようだ。それがアンロックされるまであの場で粘っていても、やはり意味はなかったのだろう。エサイアスを瞬殺できなければ、結末は変わらなかったのだから。

 だが今は変わるのか。今、再び隠れてあの場に戻れるかどうか。

 ならば使わない理由はない。


 アイオーンに促され、希生は狭い路地から通りに出た。

 街路樹のケヤキに手を当てる。手と幹との間に従属異界の空間の穴を開け、そこからアイオーンの刃を出すことで、誰にも見咎められずに樹木を突き刺した。


 ――繋がりを感じる。

 自分と剣が繋がっている。剣とケヤキが繋がっている。ケヤキの中の生命力の流れ。紅葉した葉が半ば落ちていても、この樹は力強く生きている。

 それを、その流れを、剣を通して自分の中に誘導する。流れに出口はない。奪うだけだ。


 ケヤキの生命力を希生のそれへと変える、『吸収』の魔法。

 活力が満ち溢れる。熱い血が巡る。疲労が吹き飛び、頭が冴えてくる。先ほど回復し切れなかった傷が癒えていく。余剰の体力は更に魔力へと変換され、アイオーンの分も希生の分も充填される。

 逆にケヤキはじわじわと萎び、色褪せていった。


 物言わぬ植物だから抵抗感がないが、もしこれを人に使えばどうなるだろう。

 一度刃を突き刺してしまえば、そこから吸い殺すことすらもできるはずだ。そして相手はミイラのように枯死する。

 そこまででなくても、ひとつ斬りつける度に吸えば、体力の収支はプラマイゼロに近付くか、ともすれば黒字にすらなり得る。

 敵がいればいるだけ、希生とアイオーンのエサとなる。

 戦い続ける限り、戦い続けられる能力。


(とまあ、これがアイオーンの真価ですよう。それも今は生物から吸うだけですけど、成長すれば自然界の魔力潮流と直結して、無限のスタミナを得られる。永劫の戦いを戦える)


 なるほど、最強の魔剣だ。

 どんな強者も補給の問題からは逃れられない。100%の実力を常に維持はできない。それを覆すこと。

 その上で、結局は使い手が強くなければ何の意味もない。そこが気に入った。

 気に入っている場合ではないし、今はポリシーなど二の次で、全てをご都合主義的に解決できる圧倒的能力が欲しかったが。


 ともあれ、これで補給は済んだ。

 入れたら出すにしても、従属異界でどうとでもなる。時間は取られない。

 回り道をしながら、あの狂騒の場へと。

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