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第59話 行くぞ、キキ・ムトー!

 結界――薄赤い光の壁を虚空に設置し足場として用い、宙を駆ける。一度踏んだ結界は役目を終え、すぐに消えていく。

 眼下、無数の冒険者の群れの頭上を疾走。

 矢が、銃弾が、投擲物が、魔法攻撃が、四方八方から殺到してくる。


 殺意の雨を避け、結界で凌ぎ、剣で打ち払いながら、希生は心眼で把握している仲間の位置をもとに、まずベルタを目指した。単独での戦闘能力が最も低いのは彼女だ。

 何しろ身体強化が使えない。当初は護身術程度だった杖術の腕前も、正しい立ち方と歩き方によって高い水準に成長してはいるものの、希生ほどのレベルではないのだ。

 戦士としての高い技能と体力に全身甲冑を持つヒューゴや、獣人としての高い運動能力に幅広い魔法を併せ持つロヴィッサとはわけが違う。


 事実、今まさにベルタは一撃を受けていた。4人で固まっていた時にはなかったこと。

 投げナイフから顔面を庇った左手に刃が突き立つのを、心眼は見た。

 すぐにその手から冷気の矢を放って反撃し、追撃を受けることは防いでいるが。

 しかしここから傷は増えていくだろう。倒れる前に助けなくては。


 暴風の魔法を結界で逸らし、その先にあった火炎魔法を吹き散らさせ、銃弾を右手のアイオーンで弾き、その先で別の銃弾に当てて撃ち落とし、飛んできた矢を左の竜刀で叩き回転させ、別の矢を巻き込んで弾道を曲げる。

 同時に雷撃の矢の射線を見切って避け、冷気の矢を背後に置き去りにし、氷の槍を上体を屈めて避け、光の矢を飛び越える。

 回避のため縮地は小刻みに、時には左右や後ろへも動かざるを得ないが、人をかき分ける必要がない分だけ前に進める。

 少しずつベルタを目指す。彼女も希生に気付いて、半ば絶望していた表情に気力が戻り始めていた。


 そんな時だ。前方から高速で接近してくる気配に気付いたのは。


(速……!)


 魔法攻撃や投射物ではない。それは人間だった。それがまるで大砲で発射された砲弾かのように斜め上方から突っ込んできて、右手で剣を振り下ろしてきた。

 地上からの攻撃を避けたばかりで、回避行動が間に合わない。左刀で自身の右手側へと受け流す。

 すると敵が直後に繰り出した左剣の一撃が、本人の右剣にぶつかり止まった。双剣使い。


 しかし剣は防いでも、彼自身の突進の勢いが止まらない。重心を繋いだ正中線を軸に身を回転しながら脇にどき、後方へと受け流す。

 すれ違いざまに右刀で腹を撫で斬ると、鎧に食い込みながらも貫通し切れない手応え。上質な装備だ。

 直後に周囲から飛んでくる地対空攻撃を避けながら、敵を振り向く。


 敵は着弾するように着地していた。そこにいた冒険者たちを薙ぎ倒し、踏み潰されて頭がトマトのように破裂している者すらいる。

 敵が反転してこちらを向いた。

 40歳ほどの厳つい顔立ちの男。鎧にサーコートを着た、分厚い体格の双剣の騎士。


「エサイアス……!」

「いかにも。グラジオラス七騎士がひとり、エサイアス・ライトレフトである」


 エサイアスは跳躍し、再び希生に突撃してくる。

 その加速度はまさに砲弾に近しい。希生は受け流すことを瞬時に諦め、咄嗟に横へズレて回避した。

 すれ違い通り過ぎていく彼の足裏で、小さな嵐が渦巻いているのを感じる。これが跳躍力の源か。風を放つ反作用を推進力にしているらしい。


 心眼の射程外から群衆暴徒を飛び越えてきたときには、その移動中の空気抵抗で減速していたから受け流せた。しかしこの至近距離では。

 エサイアスは通りに面した建物の外壁に着地し――すぐ傍の窓ガラスが衝撃余波に粉砕された――反転してこちらに突っ込んでくる構え。


「どういうつもりだ! 結局敵なのかよ!」

「全てはイリスティーナ辺境伯閣下のために!」


 事情経緯は分からないが、とにかく敵であるらしい。

 心眼で気を探ってみても、殆ど殺意が漲るばかりだ。アイオーンへの同情心も確かにあるのに、それを圧倒的に凌駕する殺意。


 同時に突進の攻撃線を読み取り、跳躍の瞬間の機を見切って回避する。

 いや、足裏の角度で風を噴射する向きを変え、突進の向きを修正してきた。避け切れない。それでも修正の分だけ速度にロスがある、受け流すことはできる。

 接触の瞬間、双剣と二刀の交叉。力と速度ではエサイアスが上だが、希生は一刀で剣2本を封殺できる。受け流し逸らし、敵の剣そのものを遮蔽物に利用する形。

 エサイアスがぎりりと歯を食い縛るのは、怒りか、それとも悔しさか。


 力の差が大き過ぎれば受け流すことも困難だが、そもそも腕力で剣を振る手法は永劫流にはない。

 人体において最も巨大かつ柔軟な体幹という部位、これを鞭のように振るい全身の力を結集し増幅すれば、両手持ちと片手持ちとで剣の威力は変わらないのだ。

 重心を揺らすように連続的に重心移動を行い、それを起点に体幹を振るい続け、右手へ、左手へ、適宜その力を誘導する。

 剣をふたつ持つから攻撃力も2倍になる、そんな荒唐無稽な方程式を物理的に実現する、鞭身の術理。


 エサイアスの剣戟を防ぎ突進を受け流しながら、更に反撃までをも可能とする。

 業腹なことにアイオーンよりも切れ味において勝る竜刀が、鎧の防御を貫き、その下に着ていた鎖帷子も断ち切って、左脇腹を斬り裂いた。


「ぐぬ、ッ……!」


 エサイアスは体勢を崩し、着地姿勢を取れず、頭から地上の冒険者の群れに突っ込んだ。

 彼自身の出血と、巻き込んだ冒険者の血とで、鎧が赤く染まっていく。


 しかし血を流したのは希生も同じだった。左上腕を、矢が貫通していた。


「ひえ~っ」


 意図して軽い声を出す。痛みに鈍ればそれで死ぬ。続く冒険者たちの攻撃を打ち払う。

 エサイアスとだけ戦っているわけではないのだ。未だ暴徒の群れは健在。地対空攻撃はいくらでも飛んでくる。

 騎士にばかり注意が向いて、ほかが疎かになっていたわけではない。ただ全てを避けられるような、都合のいい機など存在しなかっただけだ。

 エサイアスに集中すれば、冒険者たちの攻撃を避け切れない。冒険者たちに集中すれば、エサイアスの攻撃を避け切れない。

 その二者択一で、比較的マシだった前者を選んだのみ。


 希生はベルタに向かうことを再開する。1秒でも早く辿り着かねばならない。

 一方でエサイアスは、仲間を潰されて怒った冒険者たちに囲まれ、その首を刎ねながら呪文を唱えていた。


「解放せよ、封じられし癒しの力を……!」


 呪文で発動するタイプの魔道具らしい。懐から光が漏れ、斬られた脇腹の傷が癒えていくのを心眼が見た。それ以外の傷はないようだ、着地時に冒険者がクッションとなったか。

 気を探り思考を読む。回復を使用できるのは、今と同等の負傷ならあと2回ほど。使い切らせるか、破壊するか、呪文を封じるか、即死させるかだ。


 殺すことを考える。

 冒険者の群れは、彼らは賞金稼ぎをしているだけだ。賞金首は犯罪者なのだから、それを狙うのは仕方ない。殺すのは忍びない。死ぬのは止められないとしても。

 エサイアスは別だ。彼は裏切り者である。アイオーンの味方のフリをしておいて、こちらを騙した以上は。


「行くぞ、キキ・ムトー!」


 もう何度目になるのか、エサイアスが突進してくる。筋骨隆々の分厚い巨躯が砲弾の速度で来るのだ、その衝撃力は莫大。真正面からは受けられない。


「片腕を負傷した貴様に勝機なしッ!」


 あまつさえ左上腕には矢が刺さり、腕が利かない――

 と思っているなら、それは大間違いだが。


 嵐の足の魔法で宙を旋回し、エサイアスは、希生の左手側から攻めてきた。双剣による薙ぎ払い、そして振り下ろしの2連撃。

 それをこれまで通りに左刀で薙ぎ払いの根元を押さえ、振り下ろしへの遮蔽物とした。

 遠心力のかかる先端から遠いほど、受け止めるに必要な力は減る。


「は……!?」


 身を翻して突進を受け流しながら、すれ違いざま、右刀が腕の関節を狙った。

 鎧の守りがない部位。鎖帷子だけなら斬断は可能だ。真の力が封じられていようとも伝説の魔剣、今もその程度の切れ味はある。


「うぐお……ッ!!」


 エサイアスが見当違いな方向へと吹き飛んでいく。

 何も不思議な結果ではない。腕は体幹からの力を剣へと伝えるケーブルだ。もともと腕の力などろくに使わずに振り回すのだから、腕が負傷したところで、繋がってさえいれば問題はない。


 もちろん、傷を治せるものなら治したい。

 しかしそのためには矢を抜かねばならず、それを行う余裕はない。

 そもそも全ての攻撃をかわす余裕すらないのだ。今もまた、結界が間に合わなかった火炎の魔法が右腕を焦がした。


 何も有利なわけではない。ベルタまでもまだ遠い。

 焦燥が心をも焼く。

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