第58話 キリが……ない……ッ!
「キキ・ムトー!」
「キキ!」
「うおー! 俺のものだー!」
「おいおい、何の騒ぎだ!?」
「ほら、さっき布告された賞金首の――」
「500万! 500万!」
圧倒的な狂騒が巻き起こっていた。
まるでこの町の冒険者の、その全てが集まってきているのではないかと錯覚するほどの。
剣が、剣が、剣が、賞金狙いの冒険者たちの剣が向かってくる。魔法攻撃が飛んでくる。
迫る剣を希生が逸らし、ベルタの冷気が足を凍てつかせて転ばせ、ロヴィッサの風が魔法を弾き飛ばし、ヒューゴが大剣を鞘ごと振るって人を撥ね、強引に道を作る。
アイオーンの結界を壁にして冒険者の足を止め、ベルタの杖術で剣を防ぎ、ロヴィッサの剣と盾が人垣を押し退け、ヒューゴの突進が道を開く。
狂騒が狂騒を呼び、冒険者が冒険者を呼び、どれだけ転倒させ、殺さないように手足を斬りつけても戦闘が途切れない。
わけも分からず騒ぎに便乗しているだけの者もいる。冒険者同士で喧嘩も生じる。
希生の弾いた剣が別の冒険者に食い込む、弾いた矢が別の冒険者に刺さる、弾いた銃弾が別の冒険者を穿つ、結界で逸らした魔法も別の冒険者を襲う。
それは一挙動で攻撃と防御を同時に行う意図的な動作であると同時に、どうしようもなく発生する事故でもある。どこに弾き逸らしても、誰かしらに当たってしまう。人の過密。
せめて殺さないように当てるしかない。たとえ冒険者の膝の皿を割り、眼球を潰し、指を落としても。
吐き気がする。
そうしてどれだけ気を遣っても、そもそも冒険者たちの大半は、人垣の向こうにいる希生の位置を正確に捉えているわけではない。
矢や銃弾や魔法攻撃が、ろくに狙いもつけずに飛んできて、無関係の人間に当たる。
時には希生に辿り着くために邪魔な冒険者を、また別の冒険者が殺す。
死ぬ。
死んでいく。
冷静な者がひとりもいない。
500万ルタという法外な賞金が狂乱に火をつけ、炎は延焼し燃え盛る。
狂乱が伝染する。
「キリが……ない……ッ!」
終わりの見えない戦い。
二刀流を実戦投入しているものの、それについてのんびりと考える暇など到底ない。
竜装備の完成を待ったからこの事態に追いつかれたのだとしても、竜装備がなければこの状況を生き残れなかったろう。
アイオーンと竜の菊花刀。剣の届く間合、殺傷圏は広がり、自在。右と左を、前と後ろを同時に相手取れる。だからこの雲霞の如き群れを前に、どうにか防御が間に合っている。
全身甲冑のヒューゴは言わずもがな、竜革鎧のベルタとロヴィッサもそうだ。防ぎ損ねた攻撃などいくらもある。鎧で弾き返せるから、全てを防ぐ必要がない。
偽装のために纏ったローブは、既にボロボロに破れ、散り果てていた。
それでも希生たちの負けは遠い。
習得した正しい立ち方と歩き方は、疲労を軽減し、行動を迅速にし、感覚を鋭敏にし、魔法すらも強化しているのだ。
伊達に真竜殺しではない。凡百の冒険者では、文字通りに束になっても敵わない高み。
だがそれもいずれは終わりが来る。疲労は軽減されるだけで、ゼロにはならない。
防具に隙がないのもヒューゴだけで、ベルタとロヴィッサは手足が出ているし、希生に至っては防具の装備がない。いつ集中が切れて、不意の一撃を受けるか分からない。
そうなる前にこの狂乱から逃れなくては。
どうやって?
結界で階段を作り空中に逃げることも考えた。
だがそうすれば人の壁がなくなる。遠隔攻撃の狙いが正確になり、その全てがこちらに向けて飛んでくることになる。
地上にいれば、すぐ傍にいる人間からの近接攻撃が殆どだ。だから防げている。
それとも遠隔攻撃すら届かない高度まで上がるか。城壁を越える魔力が残るか?
通りの左右に建ち並ぶ建物の屋根に上るなら魔力は余裕で持つが、冒険者たちもまた屋根に上ろうと、建物に雪崩を打って乗り込んでくるだろう。絶対に余計な被害が出る。冒険者たちは狂乱しているが、一般人は怯えて建物に籠っているのだ。それが危険に晒される。
地道に人を殴り、吹き飛ばし、撥ね、道を切り開いていくしかない。
「ヒューゴ右! ベルタ足元!」
心眼で最も視野の広い希生が、特に危険な攻撃に注意を促す。
ヒューゴが左に意識を向けた直後の右からの刺突、ベルタの死角を低空から狙う鎖鎌。
それぞれ剣と杖で素早く打ち払い、隙を殺した。
空気の触覚の魔法を持つロヴィッサはともかく、ふたりはこの乱戦の中にあっては、知覚が追い付かない面がある。
それでも見切りの感覚は磨かれていて、指示を聞いて視界にさえ入れれば反応はできる。
しかし反応すべき攻撃が多すぎる。
「魔法攻撃! 上から――」
言っている間にもう来てしまう。
人の壁の向こうから曲射され、渦巻く火炎の塊が降る。4人を飲み込んでなお余る業火。
「駆け抜けよ、疾風!」
ロヴィッサの風が逸らそうとして、火炎の纏っていた風の魔法に相殺された。
火炎本体は無事のまま迫る。
「連携魔法……!?」
着弾、火炎が膨れ上がり爆ぜた。
鎧や結界により焼かれることは防いでも、爆圧により煽られ、転がった。4人の距離が開く。
固まり、背を庇い合っていた4人の間に、距離ができてしまったのだ。
ほんの数mのその空間を、まるでスポンジに水が染み込むように、冒険者たちが瞬く間に埋めた。
「しまった……! ヒューゴ!」
「おう!」
ヒューゴが竜の大剣を鞘ごと振るう。その剛力から来る威力が人を撥ね、再び合流するスペースを作ろうとする。
しかし無駄だった。濁流のような人の群れ。剣に薙ぎ倒された先行の者を踏みつけて、すぐに次が来てしまう。
「分断したぞ!」
「ひとりひとりだ! これで!」
「よくもダチを!」
「全員殺せ! 殺せ!」
賞金のために希生を狙うどころか、最早4人全てが標的のようだった。熱狂が殺意を生む。
人が次々に流れ込んできて、仲間たちとの距離が増していく。
全方位から攻撃が来る。
二刀を休むことなく動かし続け、逸らし、受け流し、弾き、跳ね返す。
時に足を踏み抜き爪先で脛を打ち、骨盤の回転を威力として腰や肩でコンパクトな体当たりをして、人の間を縫い、人をどかし、回避のスペースを作る。
それが精一杯だ。とにかく回避することが精一杯で、望んだ方向に進むことなどできない。
仲間たちから離れていく。
「ヒューゴ! ベルタ! ロヴィッサ!」
叫んでも、声はもう届かない。冒険者たちの怒号と悲鳴にかき消される。
心眼で希生からは仲間の位置が分かるが、呼んだ声が聞こえていないことが、その心眼で分かってしまう。
ロヴィッサの空気の触覚の魔法も、敵の多さに対応するために範囲を絞っている。仲間同士の位置を捉えることは、既にできていなかった。
希生だけだ。心眼を持つ希生だけが、ここから合流の手を取ることができる。
「くそっ! どけ!」
背後から来る剣戟を見もせずに左刀で逸らし、それをまた別の剣戟への遮蔽物としながら、右刀は正面の男の指を斬り落とし、武器を取り落とさせる。
そこから正面の男へ踏み込み押し退けようとしたが、斜め前から来るメイスの薙ぎ払いを避けるために、下がらざるを得なかった。逸らすことは難しく、結界も砕かれかねない威力。
今、仲間の位置を知るのは希生のみだ。しかし仲間のもとに向かえない。
心眼で探る限りでは、孤立した仲間たちもそれぞれに奮戦してはいるが、距離はどんどん開いていくのが現実だった。
冒険者たちは統一された指揮系統などない暴徒の群れだと言うのに、的確に希生たちを引き離しにかかっている。
狂騒の中、とにかく希生たちを殺すことが目的になってしまっているのだ。そのために自然と協力し合っている。
孤立させ、個々に討ち取ろうとしている。
心眼の射程に収めているうちに、何とか合流しなくてはならない。
(イオ! 階段!)
(はいですようー)
都市の脱出用の魔力は残したいが、そのために仲間を失っては本末転倒だ。今はとにかく合流する。
結界を虚空に階段状に設置し、それを駆け上がって冒険者たちの包囲を上に抜ける。
このまま空中を走れば、人を押しのけかき分ける必要はない。
そう思っていた。
当然、目立つ。
剣が、槍が、矢が、銃弾が、魔法攻撃が、前後左右から無数に殺到してくる。
中でも厄介なのは、高さの低い攻撃だった。アイオーンも竜刀も、その刃渡りでは足元までカバーしづらいのだ。
互いに高さを合わせた地上戦では上半身に集中していた攻撃が、高度を得たために下半身に集中する。剣では防御が間に合わない、結界を追加で張る、魔力消費が激しい。
人の頭を越える程度の高さから、更に人ひとり分ほど高度を上げた。これで白兵武器は殆ど届かない。
それでも飛び道具はどうしようもなく襲ってくる。人の壁がない分、攻撃密度はむしろ上がってすらいる。
結界で防ぎ、剣で逸らし、疾走で回避しながら、仲間たちに向かっていった。




