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第57話 直感だ

 それから別の大通りに出て、再び辻馬車に乗ろうとしたが、上手いことカラの馬車が通りかからない。

 仕方なく徒歩で南西部に向かう。


 希生の心眼は、追手の存在をその射程内に見出していない。

 射程外から追跡されていれば分からないが、ひとまずは撒いたと思ってもいいだろう。

 一応、大通りを渡り路地を渡り、不規則に道を曲がって追跡を面倒にしてはいる。


 しかし希生たちを狙っているのは、あの4人組の追手だけではない。

 500万ルタの賞金を約束する手配書は、既にそこらじゅうに出回っているのだ。

 100万ルタもあれば10年は遊んで暮らせると言われているのに、その5倍の額がどれだけ破格なことか。

 それは命を賭けるに値する額。

 真竜殺しに挑む無謀さを考慮してもなお、希生を見付ければ挑もうと思う冒険者たちの気を無数に感じる。


 幸い、ローブを纏いフードを目深にかぶっただけの、変装とすら言えない格好でも、今のところバレてはいない。

 冒険者には変わり者も多いから、この程度なら目立ちもしないのだ。

 怪しい者に片っ端から声をかけるほど、暇な賞金稼ぎばかりではない。


 代わりにというわけではないが、『踊らない鷲』亭は襲撃されたらしい。

 希生たちの拠点だった宿屋。そこに希生がいることを確認もせず、ただ殴り込んだ愚か者がいるという噂が、心眼に頼るまでもなく聞こえてきていた。

 従業員の何人かが殺されただとか、建物ごと崩壊しただとか、情報は錯綜して判断がつかない。襲撃があったという話自体がデマかもしれない。


 それを聞いた希生たち4人は、言葉もなく顔を見合わせ、沈痛に呻いた。

 心が痛む。

 あそこはウショブ市で冒険者をしている間、ずっと寝泊りしてきた場所だ。愛着がある。

 それが自分のせいで理不尽な被害を受けたとなれば、いや、悪いのはイリスティーナだ。

 独善でアイオーンを振り回した挙句、無自覚に彼女を捨て、そして今また無実の罪でこちらを陥れている。

 エサイアスは実は最初から疑われていて、拷問でもされたのだろうか。


(或いは読心魔法か、ですねー)

(でも読心術師は、エサイアスさんの話によると……)

(うん。ひとりしかいないし、今は屋敷にいないはず。どころか、そうレベルの高い子じゃないから、思考制御によって読まれなくすることも可能って話だったんですよう)


 やはり読心魔法の線は薄いように思える。

 何か盲点めいた見落としや、前提の破壊がない限りには。

 やはりエサイアスはもともと目をつけられていたのだろう。


 考えても詮ないことだが、どうしても考えてしまう。

 エサイアスさえ来なければ、と。

 彼がアイオーンの所在を確認してしまったから今こうなっているのだとすれば、彼が来なければこれは回避できていた可能性がある。

 ウショブ遺跡の頂点だった竜を斃したことで、もともとここを離れる考えはあったのだ。賞金をかけられる前に離れることができたかもしれない。危機感はなかったろうが。


 それとも、いっそエサイアスを始末すれば良かったのか。

 彼を殺せば情報は持ち帰られない。グラジオラス七騎士のひとりが帰らないとなれば、当然調査はされるだろうが、その頃には既に自分たちは町を出ている、という寸法だ。

 誰にも見られず死体を隠す必要もあるし、急ぐから竜装備は手に入らないが、こうなった今考えると、竜装備を待たずにとっとと出発しているべきだっただろう点もある。


 もちろん、今だからそんなことを考えるだけだ。

 当時は思いつきもしなかったし、思いついても実行しなかっただろう。


 マイニオとその配下、それからアイオーンを奪おうとした一味。

 これまでにも人間を殺したことはあるが、倫理観が崩壊しているわけではない。

 敵でも悪でもない者を、自分の利益のためだけに殺すことなど、できるわけがない。


 どこまでも詮ない思考を重ねながら、希生は仲間たちと通りを行く。

 今も、希生を見付ければ斬りかかろうというギラギラした目の冒険者とすれ違い、


(希生!)

(分かってる!)


「ヒャッハァ!」


 すれ違った直後に斬りかかってきたその冒険者を、アイオーンを抜いて受け止め防いだ。

 炎のような目つきの男だ。

 鍔迫り合いを好まず、男は一度距離を置いた。


 遅れてヒューゴたちが気付き、反射的に足を止めて希生を振り返った。


「もしかしてと思った……。何となく思った。直感だ……。間違ってたら謝ればいいかってなあ~。まさか……まさか本物だとは!」

「バカな……!」


 一切の確信なく、そんな曖昧な根拠で突然に斬りかかってくる者がいるとは。

 間違っていたら謝って済む問題ではないのに、こんな、あまりにも短絡的に。

 そして切り結んだ今となっては確信された。

 顔を見られた。いくらフードを目深にかぶっても、完全に隠せるものではない。剣戟のさなか、風にはためいて見えたようだ。


 そして男の顔にも見覚えがある。真竜殺しの噂を聞いて、実物に会いに来た冒険者だ。

 会ったのはそのたった一度だけだが、異様にギラついた目つきに覚えがあった。

 男もこちらを見れば分かるということだ。


 再び逃げて撒くしかない。

 いったん距離を取らねば。

 今ならまだ、周囲にとっては冒険者同士の突然の喧嘩にしか見えない――


「キキ・ムトーだあーッ! 500万ルタッ! ここにいるぞおーッ!」


 あろうことか、男は大音声を上げて叫んだ。

 あまつさえ音を増幅する風属性魔法を乗せて、希生の心眼では捉え切れない距離にまで、その声を届かせた。

 周囲が一斉に希生を見た。


「なんて……!」


 なんて奴だ……!

 賞金を独り占めしようと思わないのか。

 自分が無法者ではなく賞金稼ぎだと周囲に説明するためでも、魔法で拡声までする必要はないはずだ。


「ヒャハァ!」


 心底楽しそうに斬りかかってくる男に、希生は剣を受け流しながら力の流れを逸らす合気をかけ、顔から道路に突っ込むように転ばせた。

 潰れたような声を上げる男を後目に、既に走り始めていた仲間たちを追いかける。


 前方には、群衆の壁ができていた。

 冒険者の多い、ウショブ市の東区域だ。通行人もその半分近くを冒険者が占めている。

 彼らが剣を抜いて向かってきて、一般人はそれと逆行するように逃げ出し、人がぶつかりもみくちゃになり、悲鳴と怒号が上がった。


「キキ・ムトーだ!」

「あいつだ! あのローブだ!」

「殺せっ!」

「500万……!」

「おい、見えねえぞ!」


 人の壁が迫ってくる。一瞬にして、もはや暴徒の群れ。

 手に手に武器を持ち、金のために殺人に逸る肉食獣の群れ。


「どけえーッ!」


 ヒューゴが大剣を鞘から抜かないままに振り回し、威嚇した。

 最前列は止まろうとしたが、後ろから来る人の流れに押されて止まれず、鞘に殴られて吹き飛んだ。


「ぐ……ッ!」


 苦しげに呻くヒューゴは、次の一撃を繰り出すことよりも、殴ってしまった相手の様子を窺うことに一瞬を費やした。

 当てるつもりはなかった。よもや殺してしまってはいないかと、不安に襲われて。

 その隙に群集が距離を詰めてくる。

 前方だけではない、全方位から集まってくる。


「冷気よ!」


 ベルタの短縮詠唱。群衆の足元を冷気が広がり、筋肉を強張らせ歩行を阻害する。

 冒険者が転び、それに躓いて更に後続が転んで、将棋倒しになる。

 何人かが潰され、或いは抜き放った武器が刺さってしまい、死んだことを、希生の心眼は察知した。


「……ッ!」


 それを言おうとして、希生は声を飲み込んだ。

 ベルタは必死で気付いていない。言えばもう同じ手は使わなくなるだろう。

 それで切り抜けられるのか? どうしようもなくすり潰されるより、犠牲を容認するべきではないのか?

 冒険者たちは敵だが悪ではない。賞金は領主の名のもとに布告されている、賞金首は犯罪者だ。犯罪者を狩るだけ。彼らは殺していい相手ではない。

 だが。だが、しかし。


「駆け抜けよ、疾風!」


 ロヴィッサが風を巻き起こし、倒れた冒険者たちを転がしどかし、道を作る。

 立ち上がろうとする冒険者たちを踏まないように、頭を蹴らないように、しかし強引にヒューゴが割って入り、道を広げる。


「どけ! どけ!」


 倒れたまま足を引こうとしてくる冒険者たちの手を、希生は剣の峰打ちで、ロヴィッサは剣の腹で、ベルタは杖で打ってかわしていく。

 既に立ち上がった冒険者を、ヒューゴが張り倒して排除する。

 人垣の向こうから当てずっぽうに飛んできた火炎魔法が群衆に着弾し、いくらかが火達磨になった。


「こんな……! こんなことって……!」

「走って! ベルタ走って!」


 ヒューゴもロヴィッサもツラそうだが、特にベルタが吐きそうな顔をしている。

 これだけの敵意、これだけの暴走、これだけの狂騒。

 平気なわけがない。


 これを撒くことができるのか?

 それともこのまま強引に城壁まで行くしかないのか?

 城壁に辿り着いたとして、大人しく壁を乗り越えさせてくれるか?

 咄嗟だったから、走る進路は南西方面に向かうままだ。東区域の城壁の方が近い。だが東区域を抜ければ冒険者も減って、状況も変わるのではないか。


 何も定まらないまま、希生たちは進むしかなかった。

 なるべく相手を殺さないように、しかしどうしようもなく死者を出しながら。

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