第56話 追手
「追手!? どこ?」
「後方、100m……? くらい」
普通に人の多い通りだ、馬車の窓から身を乗り出しても見えはしない。
先方も通行人の間を縫いながらなので、すぐに追いついてくるわけではないようだ。
「商会が裏切ったか!?」
「いや、店長さんじゃない。下っ端が情報料欲しさに……。わたしたちが商会を脅して、ローブも奪ってったことにしたみたいだけど」
心眼で追手の記憶を読む。
原因より対策だとロヴィッサは言ったが、相手がどれだけの情報を持っているかも思考の材料になるだろう。
意識の表層を読むならともかく、それより心の深い部分に『入り込む』と、相手に違和感や不快感を与えてしまう。探っているのがバレるということだが、向こうもこちらの所在を既に分かっているのだから、バレたところで構いやしない。
「でも目的地まではバレてないみたい」
「ならば馬車を下りて撒きましょう。まだ誤魔化せるかもしれません」
商会の部屋での会議は、静寂の魔法の影響下で行っていた。
目的地さえバレていないなら、そこに先回りされることもない。何とかなるはずだ。
今は静寂の魔法は使っていないが、車輪の回る音が邪魔で御者には聞こえていない。希生の心眼でそれは分かっている。
「しかし撒けるものなのか!?」
「キキさん、敵はどうやってこちらを?」
馬車に乗っているのに追えているのは、その前から追っていたからだろう。馬車に乗ったのを見て、距離を縮め始めたから、そこで心眼に引っかかったのだ。
ではその前はどうやって希生たちを特定していたのか。
そもそも人混みの中で距離もあるのだ。服装の情報があっても、まずそれ自体が見えないはず。
「えーっと……何て言うんだろ。体から離れたところに『目』を作る魔法? で、高い位置から見下ろしてる。術者から前方に45度、高さ20mくらい。4人いるけど、知覚してるのはそのひとりだけ」
「光属性でございますね。視覚的に誤魔化せれば……。ベルタさん」
「任せて!」
ベルタの頭から――その奥底の魔石から、魔力の触手が伸びた。常人の目には見えない魔力の塊。
それは馬車の壁をすり抜けて外に出て、
「我が身に開け、蛇の異なる目よ」
――ベルタの第三の目となる。温度感知。
「『光の目』の魔法は、設置した場所の温度が僅かに変化します。ベルタさんなら、それを捉えることが可能でございます」
光を吸収すると、そこで熱が発生してしまうのだろう。
とは言えごく僅かなものだろうに、ベルタの目は精度がいいらしい。肉眼では捉えられないその光の変化を検出できる。
そしてベルタがその位置を正確に知ることは、ベルタがそれを正確に誤魔化すことの役に立つ。
「この位置、この角度ね……。なら大気の温度分布はこう……で、こうを基本として。えっと……」
今度は窓から肉眼で通りを見る。
曲がり角は幾つもある。大通り、狭い道、細い道。
「どの道がいいかしら?」
「分かりやすい大通りよりも、入り組んだ路地がよろしゅうございましょう」
「じゃあ道の左側、あの食堂からふたつ目の路地でどう? 今心眼の射程内に入った――行き止まりじゃないっぽい」
方針が決まれば、あとは行動するだけだ。
追手はつかず離れずというわけではないが、人込みを強引にかき分けることもせず、ゆっくりと追ってきているので、距離はまだ大きく開いている。
馬車がある程度の位置まで来たとき、走行中の馬車から、希生たちは次々と飛び降りた。
「ちょっと! お客さん!?」
驚いて声を上げる御者に、1枚の銀貨を投げて寄越す。
不作法な客だと思ったようだが、金は多めにもらったので満足したらしい。それ以上の追及はなかった。
馬車と別れ、目印にした食堂の方に徒歩で向かっていく。
突然の行動に、追手たちは色めき立った。追う足が速まる。
それでも距離が詰まるより、希生たちが道を曲がる方が遥かに早い。光の目の魔術師が見る中で、希生たちは道を左に折れた。
追手たちもそれを追い、宙に浮かぶ光の目が先行し路地に入る。
その目に、希生たちの姿は映らなかった。
「あれ……? どこに行った」
「おい! 見失ったのか!?」
追手ら自身も角を曲がるが、人込みの中、やはり獲物の姿は見付からない。
人込みとは言え歩くのも難しいほどごった返しているわけではなく、俯瞰で見ればすぐに分かるはずなのだが。
「20m先まで曲がり道もない……。光の目が路地に入るまでのごく短時間で、あそこまで移動したのか?」
「相手は真竜殺しだ。あり得ないことじゃない」
「じゃあもう見失ったってことじゃないか!」
「どうするんだ! 500万ルタが!」
追手たちは泡を食って、得にならない議論を始めた。食堂のすぐ脇から入った路地で。
そしてそこから2本ズレた路地に既に希生たちは入り込み、心眼でその様子を見ていた。
光を曲げて位置を誤認させる、ベルタの蜃気楼の魔法。
馬車から下りた大通りを歩く中で少しずつ位置の認識を後方へとズラしていき、本物が食堂からふたつ目の路地へ入る姿を、食堂のすぐ脇の路地に入る姿に見せかけた。
追手に獣人はいなかったから嗅覚感知される線は薄いが、身体強化の一環として嗅覚強化を会得している者がいるかもしれない。
ロヴィッサが一時的な匂い消しの魔法を使い、追跡の道を断った。
「相変わらず、こういう場面では役に立てんな!」
「その分戦闘になれば大活躍でしょ。ならないでほしいけどさ」
小声で落ち込むヒューゴを宥めるが、まだ安心はできない。
追手は心眼の射程内にいるのだ。たったの路地2本分、直線距離で100mも離れていない。
普通に手分けをして足で探されれば、すぐに見付かり得る距離である。
希生たちは足早に、路地を奥へと入っていった。
「……ねえ」
この道は人通りが少ないが、それでもベルタは潜めた声を出す。
「あたしたち、本当に逃げられると思う?」
「蜃気楼は通じた! 行けるだろう!」
前向きなヒューゴが、やはり真っ先に励ましの言葉を発した。
言っている内容も間違いではない。
光の目の魔術師が未熟だったのもあるだろうが、人間は視覚に頼った生物だ、蜃気楼の魔法の貢献は大きいはず。
バレずに城壁まで辿り着ければ、あとはこちらのものだろう。
その道中においても、蜃気楼の有用性は既に示されている。
「そう。そうよね。あたしの力でみんなを守れるんだもの。気合入れなきゃ」
「その意気でございますよ。問題はむしろ、ウショブを出たあとでしょう」
希生に賞金をかけたのはグラジオラス領主であって、ウショブ市ではない。
別の町に逃げても、賞金は追ってくるはずだ。それをかわして国外まで逃げることが、果たしてできるのか。
既に逃げ始めた以上、やり遂げるしかないのだが。
そして本当は、この会話もしない方がいい。
誰に声や内容でバレるか分からない。自分たちが賞金首のパーティーだと示す材料は、ばら撒いてはならない。
それでも何も話さないのは不安を助長する。先ほど追手に追われたので、尚更に。
この道は人通りが少ないから、と甘えてしまう。
「ウショブを出たらさ、チェスニ王国まで旅することになるのよね。あたし、旅って初めてだなあ」
「イシェイヤーからここまで来たろ!」
「ほんの数日じゃないの」
ヒューゴとベルタの故郷、林業の町がイシェイヤーだ。
ウショブとそう離れているわけでもないらしい。
「ね、旅ってどんな感じなの?」
ベルタは努めて明るく言って、希生に振ってきた。
「どんなってね。わたしもヤメ村からここまで来ただけだから。景色もすぐに飽きるし、何か事件が起きるわけでもないし、のんびりしたものだったよ」
「のんびりか……。今回はそれ、できないのよね」
「急ぎの旅になりますね」
追われる身でございますから。とまでは、ロヴィッサは口に出さなかった。
「急ぎなら逆に、景色に飽きる前に、どんどん次の景色に変わっていくのかしら」
ヒューゴみたいなことを言い出した。
とは言え彼のような生粋の前向きではなく、意図した前向きだ。
この4人の中で、不安感が最も強いのはベルタである。
アイオーンと離れない覚悟を固めた希生、もともとひとりで冒険者をしていたロヴィッサ、前向きに我が道を行くヒューゴに対して、ベルタにはそういった精神的強靭さや経験がない。
この状況に背を向けて逃げ出したい気を感じる。
それでも仲間のためにと、一緒に戦ってくれている。
もちろん、ヒューゴと一緒にいたいから、というのも大いにあるようだけれど。
「こんな状況だって、楽しい旅になるよ。この4人なら」
「……そうよね!」
南西部の城壁は、まだ遠い。




