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第55話 一緒に

 ローブが来るまでの間に、希生たちは部屋の隅で顔を突き合わせた。

 鍛冶師と皮革職人の夫婦、その弟子の若者たちは、所在なげに佇んでいる。その困惑した視線を受けながら。


「どうしてこんなことに……!」

「そうよ、エサイアスさんいい人そうだったのに」


 ヒューゴとベルタは現状を嘆くが、そこにロヴィッサが待ったをかける。


「いいえおふたりとも、今考えるべきは原因ではございません。我々がこれからどうするか、です。具体的には――」


 ロヴィッサはいったん言葉を切り、静寂の魔法を使った。自分たちの声が周りに聞こえないように。


「――この町を脱出し、チェスニに向かいます」


 無実を訴えたところで意味はあるまい。そもそも存在しない罪状で賞金をかけられているのだから。

 いや、イリスティーナの中では、それが真実なのかもしれないが。

 聞く限りではパラノイアなところがある人物だ。


「あのさ……」


 希生はおずおずと手を挙げた。


「わたしひとりだけ逃げるってのは……」

「キキ! それはこの間……!」


 この間、4人一緒に行く、という形で決着を見た議題ではある。

 たとえ故郷を離れることになっても、仲間たちは共に来てくれると言った。

 だがしかし、だ。


「状況が違う。故郷がどうとかの問題じゃないんだ。わたしに協力すれば、みんなまで犯罪者扱いになりかねない。幸い、賞金がかかってるのは、わたしだけみたいだし……」

「幸いなものか! そうやって俺たちをバラバラにするために決まってる!」


 4人が纏めて賞金首にされたのなら、開き直って全員で反抗する流れになるだろう。

 しかし希生ひとりだけというのは、確かにそういう効果を狙っているのかもしれない。

 標的を孤立させる策。


「だとしても……! だとしてもそんな……」

「本当にどうしようもなくなるまでは、諦めたくない!」


 ヒューゴは前向き過ぎる。既にどうしようもないはずなのに。

 ベルタとロヴィッサも、彼に頷いている始末。


 本当に大丈夫なのか? 状況に酔っているだけではないのか? 心眼で探ってみれば、確かにそういう気も感じられる。

 だがそれ以上に、強く、ただ希生を想ってくれている。

 分かってしまう。


 希生は俯き、心眼修行用の目隠しを取り去った。

 肉眼で見なくてはなるまい。たとえどれだけ恐ろしくても、その真っ直ぐな気持ちを、真っ直ぐに。

 顔を上げた。


「分かった。一緒に逃げよう。ただしわたしは自分が逃げるのを優先させてもらう。もしものときは、わたしに脅されて協力させられてたことにして」

「ぬう! 仕方ない!」

「脅されて、っていうのはちょっとアレだけどね。そういうことでいいわ。あたしも覚悟決めた」


 ベルタは両頬を叩いて気合を入れていた。

 ロヴィッサが話を軌道修正する。


「では、どう逃げるか、です。ウショブ市を出るには、東西南北に存在するいずれかの市門を通る必要がございます。当然、手配書は回っているでしょう……。強行突破になります」

「変装とかは?」


 くだらない思いつきだが、念のために言ってみた。


「高度な変装技術を、わたくしたちは持ち合わせておりません。別人に成り済ましたところで、それに合わせた身分証を用意できません。通行手続きで詰まるでしょう」


 やはり意味はないようだ。

 となれば、顔を隠して騒ぎを起こすことなく市門まで行き、そこからは力にものを言わせる。

 策とも呼べない乱暴な策だが、ほかに仕方はない。

 希生たちは冒険者だ。こんな状況を想定した技能など修練していない。


「変に奇策を捏ねるより、シンプルな強行突破の方がまだ目があるか……」

「わたくしはそう考えております。ほかに意見のある方は?」


 一瞬、考え込む。


「下水道――は、道に迷うわよね……」


 ベルタが思いつきを述べて、しかしすぐに自分で否定した。

 もし地下にまで追手がかかり、袋小路にでも追い詰められれば堪らない。

 ロヴィッサの『触覚を空気と合一する』知覚魔法も、希生の心眼も、最大射程は現状で100mほどだ。道をずっと先まで見通せるわけではない。


「城壁を乗り越えるのは?」


 次いで希生がそう思い至った。

 アイオーンが使える魔法に結界がある。これで階段を作り、高所まで上り下りするのだ。

 敵は当然市門を押さえているはず。厳重なそこを通る必要がなくなれば、脱出は容易になるのではないか。


「……その手がございましたか」


 ロヴィッサは目を瞬かせた。


「上り下りの最中に発見されれば、弓や魔法などで狙撃される可能性がございますね。何とか姿を隠せれば……」

「あたしの出番ね! 熱の魔法で蜃気楼を作って、位置を誤認させるわ」

「そんなことができたのか!?」


 ベルタの魔法適性は放出系に偏っていたはずだ。

 純粋に炎熱や冷気を噴射して攻防することは得意でも、コントロールには一歩劣る印象があった。


「空気を暖めたり冷やしたりすればいいんだもの、できるわよ。できる……自然と頭に浮かんでくるの。魔石との接続率も、最近もっと上がってきてるせいかな……」


 重心を意識した立ち方を洗練すれば、頭部の重心に重なる位置にある内臓魔石にも意識を繋げやすくなる。そうすれば魔法の威力や精度は上がる。

 ヒューゴが常に希生を見て立ち方を真似て学んでいるように、ベルタは常にヒューゴを目で追っているところがある。

 単に恋心によるものだが、それがレベルアップにも繋がっていたようだ。


「ならばこの手で参りましょうか。では次に、城壁のどこを上るか」


 最終的には南のチェスニ王国に逃げるのだから、なるべく南方面からウショブ市を出たいところである。

 町の東方面は、魔境が東にある関係で冒険者が多い。彼らが賞金目当てに襲ってくれば、それだけ敵が多くなるということだ。これは避けたい。栄えているため単純に人も多く、見つかりやすい。

 逆に町の西方面は、経済の中心である東から遠いせいか町並は寂れており、中には貧民街のようなみすぼらしい区画すらある。その分だけ、発見は遅れるはずだ。


 つまり間を取って、町の南西方面の壁を上ることとなった。

 この程度のことは敵も読んでいるかもしれないが、かと言って現状これが最善であるのも間違いないだろう。

 裏をかくためにリスクを取って、そのリスクに殺されたのでは堪らない。


 方針は決まった。

 ちょうどその辺りで、4人分のフード付きローブが運ばれてくる。

 途中で正体がバレて賞金稼ぎと戦闘になった場合に備えて、武装の上からローブを羽織る形になった。

 ベルタはもともとローブを着ているが、これ自体がピッカライネンの壺を売ったあとに買った高級品であるため、より平凡なローブを纏って隠す。

 既に季節は冬。多少重ね着したところで温かいだけだし、鎧には温度調節機能もある。


(イオさんや)


 希生は努めて普段通りの口調で、アイオーンに話しかけた。

 賞金首の話を聞いてからというもの、彼女はずっと黙ったままだ。


(希生……)


 まるで、迷子になって母親を求める、子供のような声音だった。


(うん)

(ごめんなさいですよう。アイオーンのせいで……こんな……)


 アイオーンのせいではない、と口にするのは簡単だ。

 だが現実に、アイオーンがイリスティーナを御し切れなかったせいではある。失意と絶望の中、一切のフォローなしにイリスティーナを放置して出奔したせい。

 かと言って、それを糾弾したくもなかった。

 エサイアスに話すことを選んだのは、結局は希生自身なのだ。


(わたしが殺されたらどうなる?)

(化身体が殺されたら、魂は無防備に露出することになるんですよう。魂が溶けて消えないように留めるのも限界があって……新しい化身体を用意するのは、間に合わないと思うの。ほかのものに定着させるのも無理があるですし)


 つまり、殺されたら死ぬわけだ。次の奇跡はない。

 分かっていたことである。確認したかっただけだ。


(生きよう。一緒に)


 左手、アイオーンの柄をぎゅっと握る。


(ただ生存しているだけで、生きているとは言えない。戦うという生き甲斐をわたしは得た。イオの生き甲斐は、道具であることでしょう? イリスティーナのもとでは、それは叶わない。わたしたちは、わたしたちじゃなきゃダメなんだ)


 だから手放す気はないし、引き離されるつもりもない。

 ふたりで、ひとりと一振りでいる。それこそが互いの幸せなのだから。

 わたしはイオの主であり、イオはわたしのものだ。そう誇れる。


(イオ)

(……はいですよう)


 泣きそうな顔で微笑む、あなたの顔が見えた気がした。


(アイオーンは希生のものですもん。イリスがどんな邪魔をしてきたって、絶対負けないんですよう)


 その意気だ。

 柄尻を指先でぽんぽんと叩いた。


 そうこうするうちに、ローブを着終えた仲間たちは、店長に挨拶をしていた。

 一方希生はもうひとつ、天狗下駄から普通のブーツに履き替える。


「お世話になりました」

「いえいえ。自分が巻き込まれたくないっていうね、弱者の発想ですよ。もし落ち着いたなら、またウフレニウス商会をご利用くださいね」


 実際に犯罪者扱いなのは希生ひとりとは言え、このパーティーにそれを言うのだから、商魂逞しいものである。

 弱者などと自称しているが、これはこれでひとつの強さだろう。


「お前たちも……。彼らがここを去ってから、我々は賞金のことを知った。そういう体で頼むぞ。責任など負いたくもない」


 部下たちにそう注意する店長を後目に、4人はその場を立ち去った。

 目深にかぶったフードで顔を隠し、商会の店舗から通りへと出る。


 ここは町の東方面、無数の冒険者たちが集まる区域。

 通りを行き交うのは、だからその多くが冒険者たちだ。

 無数の噂話が聞こえる。真竜殺しのパーティーのひとりが賞金をかけられた噂。会ったらどうする? 挑んでみるか? 賞金を貰ったら何に使うか。


 視線を巡らせれば、そこここの壁に希生の手配書が既に貼られていた。

 市役所の職員なのだろうか、今まさに新たな1枚が貼られるのを目にして、げんなりした気分になった。


 が、そんな場合ではない。

 4人は目配せを交わし、頷き合って、町の南西方面に向けて歩き出した。

 会話はない。話すべきことは商会で済ませてきた。

 真竜殺しの噂を聞いて実物に会いに来た者は多いから、声で気付かれるかもしれないという思考もある。


 揃いの地味なローブを着て顔を隠した4人組というのは相応に怪しいが、冒険者には変わり者も多いせいか、どうもあまり気にされていない。

 これはありがたい現実だった。黙々と進んでいく。


「真竜殺しはどこの宿だったっけ?」

「『踊らない鷲』亭だ。行ってみるか……」


 明らかに賞金を狙っている冒険者とすれ違った。

 宿に帰っている余裕はない。ヒューゴと過ごした部屋を惜しんだか、ベルタが宿の方角を振り向いたが、それでも。

 幸いにも荷物は普段から殆ど従属異界に入れているから、宿に取りに戻る必要のあるものはない。

 店に別れの挨拶をできないのが心残りだ。

 金は先払いしているから、そこは問題ないが。


 城壁まではかなり距離がある。できれば馬車に乗っていきたい。

 それも乗合馬車バスではなく、辻馬車タクシーがいい。

 いくらフードを被っているとは言え、顔を完全に隠せるわけではない。馬車の箱の中に隠れたいのだ。


 町中には『駅』と呼ばれる場所がいくつもある。

 そこには乗合馬車が発着するし、辻馬車も客を求めて集まる。それだけ人も多いということだ。できれば近付きたくはない。

 だが馬車には乗りたい。


 あまり期待せずに歩くうち、しかしやがてカラの辻馬車が通りかかった。

 もともとがウショブの東区域は都市部だ、辻馬車の需要は大きい。待っていればそのうち捕まるだろうとは思っていた。


 手を上げて御者に合図し、止まってもらう。

 行先も地図を取り出して指さすことで指示し、声を出さずにやり取りする。誰に声を聞かれてバレるか分からない。

 相当不気味に思われただろうが、それで賞金首であることにすぐに結びつくわけでもない。


 乗り込んだ馬車が動き出す。

 箱の中で向かい合うように座った4人は、ほっと一息をついた。

 こうして馬車に乗ってしまえば、外から顔を見られることはない。まだ安心できる段階ではないが、無防備に歩いているよりはバレないだろう。


 そう思っていたのだが――


「追手だ」


 希生の心眼に、その存在が引っかかった。

 明確に希生を狙っている気配。

 仲間たちの顔が強張った。

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