第54話 500万ルタ
イリスティーナから逃げるために旅立つことは決まったが、その前にやることがある。
ウフレニウス商会から、竜素材の装備を受け取ることだ。これを放り出していくのは、あまりにも勿体ない。
もちろん完成に時間がかかるようなら仕方がないが、エサイアスと別れてから商会に確認したところ、3日後には渡せるとのことだった。
このくらいなら問題ないだろう。普通に旅の準備をする時間も必要だ。エサイアスが情報を止めてくれるのだし。
そうして実際に3日後、希生たちはウフレニウス商会を訪れた。
例の商会長の孫で店長だという、恰幅のいい男が今回も対応してくれる。
「やあやあ、皆さん、よく来てくれました。約束の品ができあがりましたんでね、お渡ししていきますよ」
製造を担当した鍛冶師の男と皮革職人の女の夫婦と、彼らの弟子なのか数人の若者たちが、次々と木箱を運び込んでくる。
蓋を開ければ、そこには力強くも華麗な竜の装備たち。
特にヒューゴ用の甲冑は圧巻だ。
硬化処理を施した竜革の鎧を、更に上から竜爪鋼の板金鎧で補強するような二重構造になっており、抜群の防御力を誇る。
可動性のため、関節部は板金も革の硬化処理もなく柔軟性があるが、竜鱗によって攻撃を弾くため隙がない。
「装備してみたら?」
場合によっては微調整も必要になるし、ここで試着するのは正しいだろう。
しかし希生としては、単純にカッコいい甲冑姿が見たくて言ったのが現実だ。
「うむ!」
本人も乗り気の様子で着替えにかかる。
普段の麻の旅装を脱ぎ捨て、布の鎧下を着て、その上から鎧をつけていく。女もいるのに平気で着替える無頓着さがヒューゴらしい。
姿見はもともと部屋に用意されていた。
竜の顔を模した兜までつければ、全身を竜爪鋼の炎のような輝きと竜鱗に覆われたその威容は、まるで人型の竜の如きありさまだ。
「おおお……! 俺カッコいいな!? 剣くれ剣!」
更にヒューゴ用の竜爪鋼のツヴァイヘンダーが手渡される。
鍔は翼をモチーフにデザインされ、剣身は光の加減で不可思議な赤色に揺らめいていた。
それでヒューゴが雄牛の構え――手首を交差させながら頭部の脇に柄を浮かせ、切先を前方に向ける形――を取ってみせると、部屋じゅうに歓声が満ちた。
「流石はあたしのヒューゴ!」
「ストレートにカッコいいよね」
「強靭なる竜人剣士といった風でございますね。格を感じます」
うっかり『あたしの』などと言ってしまっているベルタに突っ込む者はいなかった。
本人も興奮して気付いていなそうだ。
広い部屋とは言え屋内なので、そう好きに剣を振り回せるでもないが、ヒューゴは姿見の前でポーズを取っては頷いていた。
防具は邪道、のようなことを言っていたが、やはりカッコいいものはカッコいいのだ。男の子として、その辺りの感性はヒューゴも持っている。
希生も持っている。そして自分には鎧は装備できないし、できても似合わないことは分かり切っているので、ヒューゴを眺めて満足するのだ。
(希生には今の格好がいちばん似合うんですよう)
(そりゃイオの化身体がそうデザインされてりゃね……)
ベルタとロヴィッサもそれぞれの装備を身に付け、心地を確かめていた。
ベルタは竜革鎧と、竜の骨の杖。
鎧は上から如何にも魔術師めいたローブを羽織るため目立たないが、防御力は確実に向上する。スカート状の構造で膝まで守ることができる。鱗の頑丈さと皮の柔軟性を両立する竜革は、軽く動きを妨げない。
杖は骨を削って整えたシンプルなものだが、その硬さと軽さは相当なものだ。もとの杖に合わせて、従属異界の媒体としての機能も持っており、その容量や空間の穴の大きさも増大している。
ロヴィッサは竜爪鋼の長剣と竜革鎧、そして盾。
鎧に関してはベルタと同様のもので、軽量にして強靭、可動域も広いという理想的な性能である。キャソックの上から着るのは、あまり可愛らしいとは言えないが。
長剣はヒューゴの大剣を小さくしたようなもの。竜爪鋼の重さは普通の鋼鉄とそう変わらないため、負担は重くなることなく、純粋に強度と切れ味が上昇している。
盾は竜爪鋼の土台に竜革で補強したものだ。これもヒューゴの鎧を盾に変えたようなものと言えるか。竜鱗の硬度が攻撃を弾き、竜爪鋼の靱性が衝撃を吸収する。
ヒューゴ、ベルタ、ロヴィッサ、いずれの鎧も竜の魔石の破片が埋め込まれ、温度調節機能がついている。
それは夏でも冬でも快適に装備することができる、というばかりでなく、敵の炎熱や冷気の攻撃を防ぐほど強力なものらしい。いわゆる耐性防具である。
実際にベルタがヒューゴを炙ってみても、特に何ともない様子だ。
「いや何やってんの」
「日頃の鈍感さへの復讐にと思って……」
そんな言動を目の前でされても一切気にかけた様子のないヒューゴは、確かに救いようのない鈍感なのかもしれない。
ともあれ、竜装備である。
最後のひとつは希生用の日本刀――菊花刀だ。
もともと持っているアイオーンに合わせたのか、この西洋らしき地で純極東デザインは受けないのか、柄や鞘など、拵えには西洋剣の趣があった。
抜いてみれば、ヒューゴやロヴィッサの剣と同じ、光の加減で不可思議に揺れる赤色をしている。その中で動かない刃文の存在が、揺らめきと引き立て合って美しい。
心眼で強度や鋭さなどを鑑定してみると、現状のアイオーンの最大強化状態よりも切れ味が上だと分かった。
アイオーンは魔力で切れ味を上下に調整できるが、その範囲外にあるのだ。
(むー。アイオーンがもうちょっと力を取り戻せばこんな奴ー)
(拗ねない拗ねない。わたしが頼りにするのはイオだから)
アイオーン自身の指示でもあるし、二刀流はさせてもらうが。
さて、二本差しとなると、普通は腰の左側に二本とも差すものだ。が、それは本差と脇差を別々に使う場合の装備の仕方だろう。
二刀流をする、二本を同時に使うなら、腰の両側に差した方が使いやすいはずである。
右手で一本抜く、左手に移す、右手でもう一本を抜く――という手順より、左右の手でそれぞれ一本ずつ抜く方が早い。
というわけで、アイオーンは左腰にあるまま、右腰に竜刀を差す。
「気に入ってもらえましたかね。試し斬りをするなら、近くに真剣を使える訓練場がありますんでね、紹介しますよ」
大抵の訓練場は、事故防止のために安全な模擬武器を貸し出すのが一般的だ。
しかし中にはそうではない場所もある。それも需要があるからだろう。
心眼を持つ希生にとっては試さなくても分かることも多いが、しっかりと手に馴染ませるには試し斬りも必要だ。帰りに寄っていこう。
「試し斬りもいいが、早く実戦で使いたいものだなー! と言っても、もうウショブ遺跡でこの装備に見合う敵はいないが!」
「ボスの竜を斃しちゃったからねー」
「というわけでわたくしたち、別の魔境に挑もうかと考えているのですが……何でも南のチェスニ王国は、リュオルフよりも魔境が多いとか。よい場所をご存じではございませんか?」
ロヴィッサがごく自然な流れで、商会長の孫に話を切り出した。
チェスニに逃れるのはいいとして、具体的にチェスニのどこに行くのか。ここで目処を立てるのだ。
孫は顎を撫でながら頷いた。
「おお、チェスニですか。それでしたらね、ウチの支店が出てる町が――」
「店長!」
そのとき、部屋の扉が乱暴に開けられた。
慌て切った様子の男が、肩で息をしながら入ってくる。
「どうした、騒々しい。お客さまの前だぞ」
「それが……その……」
男は希生たちをチラチラと窺っては躊躇いの様子を見せる。
こちらに聞かせたくない気を感じる。
単に経営に関わる機密だから、という気配ではない。
警戒されている? 恐怖されている?
店長は男の肩を叩き、先を促した。
「構わん。話しなさい」
「しかし……!」
「なにか彼らに関する話と見た」
彼らに、のところで、希生たちを横目に見る。
「彼らは私の客だ。聞く権利がある。そもそも彼らのいるところに踏み込んできたのはお前なんだぞ」
「……分かりました」
渋々といった様子で、男は深呼吸をして、そして言った。
「キキ・ムトーの首に500万ルタの賞金がかけられました」
……は?
「罪状は領主さま――グラジオラス辺境伯閣下の剣を盗んだこと。生死問わず、無力化して剣を奪還せよとの領主さまからの布告です。たったさっき、市役所の冒険者向け区画で……今も町じゅうに手配書が……」
こいつは何を言っている? まさか。バカな。
しかし心眼で気を探れば、男が本心からそれを言っていることが分かってしまう。少なくとも、この男は嘘をついていない。
仲間たちと顔を見合わせる。
エサイアスが裏切った? いや、裏切らせるのに失敗したと言うべきなのか。しかし確かに成功した気を読んだはずだ。
店長は訝しげな顔をしていた。
「……本当なのか?」
「こんなことで嘘なんかつきませんよ! それで、今日確かキキ・ムトーと会うはずだと……店長が無事かって、俺は……!」
店長は手で男の話を遮った。「そこまでだ」というジェスチャー。
それから希生たちへと向き直った。
「皆さん、心当たりはありますか?」
ギクリと来る質問だ。心当たりしかない。
やましいことはないが、信じてもらえる目は小さいだろう。
希生は躊躇ったが、しかし言った。
「盗んではいません。領主さまが捨てたのを拾ったんです」
しまった。物凄く言い訳くさい。
頭を抱えたくなる。
しかし店長は、「そうですか……」と落ち着いた様子だ。
ヒューゴたちはそっと身構えていた。
少し黙考した後、店長が述べる。
「ふーむ、どうやら大変なことになったようですね。そこで提案なんですが、私は何も知らなかった、ということにしてもらえませんか?」
「それは、どういう……?」
「装備を受け取った皆さんは、ここを立ち去った。それからこいつが来て、私に賞金首の話をした。入れ違いになったんです。そういうことにしましょう。ね」
それはつまり、見逃してくれるということか。
領主貴族ということは、領民にとっては王のようなものだろう。いくら魔石製品で近代的な文明を築いていても、統治形式は封建制のこの土地において、領主の言葉は絶対のはずだ。
その領主が、希生を賞金首にした。犯罪者の捕縛に協力すれば報酬を支払う、という意味だ。犯罪者扱いなのである。通報は市民の義務ではないのか。
「店長さん?」
「ああ、竜装備をただ着たまま行くのはやめた方がいいでしょう。目立ちますからね。フード付きのローブをお貸ししましょうか?」
どう聞いても逃亡を幇助している。
「それでいいの……?」
「大切なお客さまですからね。儲けさせてもらってますから。何も知らなかったのなら、逃げられても仕方のないことです。そう思いませんか」
商人の矜持、なのだろうか。
いや違う。ここで面倒ごとを起こしてもらいたくないのだ。いくら私兵集団すら抱えた一流の商会ウフレニウスと言えども、真竜殺しと敵対して痛手を負いたくないのだろう。
500万ルタは確かに目も眩むような大金だが、竜製品を売り出せば普通に回収できる額でもある。
躍起になって希生たちを狙う理由がないから、穏便になあなあで済ませようとしているのだ。
万が一この店舗を戦場に賞金稼ぎとの戦いが繰り広げられでもしたら、ウフレニウス商会は一方的に損をしてしまう。そうなる前に出て行け、という話だ。
そしてもし賞金首の話が誤報であったり、領主側が後に撤回したりした場合、希生が生き延びていれば、再び客にすることもできる。
ここで素直に敵対すれば、未来において商会に利益をもたらす存在を逃してしまうかもしれない。
そもそも店長自身の戦闘能力は低いため、下手につついて死にたくもない。
その辺りまで心眼で読んだところで、希生は信用することにした。
同様に心眼で信頼したエサイアスが失敗したようだが、ほかに基準もないのだ。
「分かりました。じゃあローブください。顔を隠して出ていきます」
「それがいいでしょう。おい」
知らせに来た男に用意させようと顎をしゃくる店長。
男は釈然としない顔で用意に出ていった。
さて……しかし……
「どうする?」
「どうしよう!」
計画がいきなり破綻してしまった。
何とかウショブ市を出て、無理やりにでもチェスニ王国を目指すしかないのだろうか。
それは可能なのか?
分からない、としか、今は言えない。




