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第49話 相談しよう

 アイオーンが道具であることを、イリスティーナは理解していなかった。理解しようともしなかった。その結果がこれだ。

 化身体を前にして道具扱いしろと言う方が酷なのかもしれないが、それでも、それがアイオーンの『ありのまま』なのだ。

 そして、希生はアイオーンの味方である。


(騎士にはならない。断るとして……エサイアスだっけ、勧誘に来るの。これ会って大丈夫なのかな。連れ戻されたりしない?)

(そこなんですよねー。エサイアスは七騎士のひとりで、アイオーンとも顔見知りなんですよう)


 七騎士。グラジオラスにおいて、特に優秀とされる騎士だったか。

 それだけ地位が高いなら、領主を契約主としていたアイオーンとも面識があって当然だろう。

 そしてアイオーンの化身体を希生が自分の体として使っている以上、ここにアイオーンがいるということはバレるはず。他人の空似のフリが通用すれば別だが、あまり期待するべきではあるまい。


(アイオーンが放浪してる間に捕捉されなかったのは、単に幸運だったのかな)

(和ゴス自体は都会ならたまにいるですし、目立つこともしなかったですからねー。希生に冒険者をさせたのは、正直に言って油断ではあるんですよう。ごめんね)


 かぶりを振る。アイオーンとは一蓮托生だ。最強の剣士を志すなら、遅かれ早かれ避けられないことでもあったろう。

 もちろん、できれば会いたくないのは事実だが。


(かと言って会わないわけにもいかないよね、騎士がわざわざ出向いてくるのに。変装する?)

(実際それも手かもですよう)


 天上七剣には特有の『雰囲気』があり、実物を知る者は実物を見分けることができる。ロヴィッサの所有する『殺戮の魔剣』イザナミを見せてもらったときに、判明した事実だ。

 ただしそのロヴィッサは、希生がアイオーンを抜くまで、それがそうだとは気付かなかった。『雰囲気』は納刀状態なら分からないのだ。

 つまり変装した上でアイオーンも抜かずに隠せば、別人のフリは不可能ではあるまい。


(バックレて済むならそうしたいけど……。今後の活動に支障が出ても困るしなあ。ああそうだ、変装しても支障は出るじゃねーか!)


 勧誘を断ったところで、一度では諦めてくれないかもしれない。その後も希生たちの情報を集めるかもしれない。そこで変装した容姿の違いに気付いたら。

 いやそもそも、既に現時点で容姿についてもある程度知っていると考えるべきだろう。市役所から情報を貰っているのなら。下手な変装は不興を買うだけだ。


(どうしよう)


 割と詰んでいる。

 先方がいきなりやって来るのではなく、手紙のやり取りで話がつくなら助かったのだが。

 希生の容姿を既に把握しているなら、アイオーンがここにいることをもう疑っていて、それを自らの目で確かめようと、現地に来ることにしたのかもしれない。

 出て行ったアイオーンが冒険者として活動しているのでは、と思っているのかもしれない。


(このままただ会えば……イオはその体すらわたしに明け渡してるわけで、人として生きてほしい先方にはたいそう不満のはず。となると、わたしがイオのフリをする、か? 人として自由に生きてるんだから邪魔するな、とでも言ってみるか)


 顔も声もそのままなのだ、できないことではあるまい。

 表情の作り方も口調も、まるで違うけれど。

 いや、アイオーンには主の肉体を操る力がある。それで動かしてもらえば。


(それはちょっと難しいですけどねー。現状の魔力と集中力の余剰だと、継続して演技させるほどの操作は無理ですよう)


 化身体を譲り受けてからというもの、それなりに経験を積み同調率を上げてはいるが、まだそんなものか。


(いっそわたしの素で行くのは?)


 生き方が変わったのでキャラも変わった、などと言い訳して。

 下手な演技よりも、逆に説得力があるかもしれない。

 アイオーンは悩む気配を発しながらも、否定はしなかった。


 ところで、来るのは騎士であって、イリスティーナ当人ではない。そこに光明はないだろうか。

 イリスティーナがアイオーンの人間性に執着しているとしても、配下の騎士までそうとは限らない。

 アイオーンの意図を汲んで、イリスティーナに正確なところを報告することなく、道具としての生を認めてはくれまいか。


(その辺はどうなの? エサイアスの人柄は?)

(割と人情家なところはあったですから、もしかしたら……。ただそのためには、小細工は避けた方がいいと思うですう。変装とか演技とか。バレた場合には心証が悪くなって、便宜を図る考えは消えるでしょう)


 つまり、小細工で乗り切るのか、正直に話して人情に期待するのか。

 ふたつにひとつだ。

 頭を抱え、思い悩んだ。どちらを選ぶ。相手が知覚範囲内にいないのでは、見切りも何もない。

 斬って済むなら迷いなく斬るのに、と思うと、自分も染まってきたものだと実感する。


(小細工をした場合のメリットとデメリットは?)

(アイオーンの現状に関する正しい情報を、エサイアスもイリスも得ないこと。都合のいい情報を流して、納得してもらえることですよう。ただし上手くいけばの話)


(じゃあ正直に話した場合)

(エサイアスさえ説得すれば、そこで情報は止まるですから、こっちもイリスは正しい情報を得ないですう。嘘の報告をさせることになるですから、そこでバレるリスクは心配ですねー。説得が上手くいく保証もないですし)


 どちらもリスクはある。

 ただこうして比べると、正直に話す方がリスクが重いように思えるが。


(どうですかね。付け焼き刃の小細工より、エサイアスを説得する方がハードル低い気はするんですよう。当時からかなり同情はされてたですし)


 騎士は人に仕える立場だ。道具とは違うとは言え、通じるところもあるのだろう。

 忠誠を誓いたいのに、自由にしていいと言われるような、そんなもどかしさを思い描いたのかもしれない。

 が、想像に過ぎない。希生に決断は難しかった。


「相談しよう」


 声に出して言った。それは念話よりも、『自分に言い聞かせる』色が濃い行為だった。


「相談です?」

「ヒューゴたちに」


 小細工をするにせよ、しないにせよ、仲間たちとは情報を共有しておく必要もある。当日になっていきなり、希生がアイオーンのフリをしたり、話していなかった事実を公開したりするのは、あまりにも不義理だし成功率も下がる。

 何より意見が欲しい。判断材料はある程度多い方がいい。アイオーンを信頼していることとは、次元の違う問題として。


 希生とアイオーンについて、本当のことを話すということだ。自分は記憶喪失で、アイオーンは拾ったと言っていたが、そうではないということを。その魂と化身体の関係を。

 嘘をついているのが心苦しくなってきたのもある。ヤメ村に対してならともかく、ヒューゴたちには誠実でいたい、そう思うようになってきていた。


 希生は隣の部屋へと、3人を呼びに行った。


 そして再び、希生とロヴィッサの部屋に4人が集まる。

 いつも通りに、希生とロヴィッサがベッドに腰掛け、ベルタが椅子に座り、ヒューゴは椅子があるのに立っていた。


「それで、お話とは? 騎士に関してでございましょうか」


 ロヴィッサが口火を切った。

 希生は俯いていた顔を上げると、深呼吸して、自らの両頬を軽く叩いた。アイオーンは腰の帯に。柄尻を撫でる。


「それもあるけど、その前に、わたしとイオ――アイオーンについて。嘘ついて誤魔化してたことがあるから……それを話さなきゃならない」

「嘘だと!? まさか最強の剣士を志しているのが嘘……!」

「それは本当」

「良かった!」


 ヒューゴが場を和ませてくれた。いや、彼は素でやっているのだが。

 それでも気が楽になった。まず気にするところがそこで、なんだか安心する。


 そして希生は話した。

 自分が異世界で死んで、この世界に魂だけとなって漂着したこと。そこでアイオーンと出会い、化身体を譲られて今の肉体を得たこと。そんな突拍子もない事態を説明するのが憚られて、記憶喪失と言って誤魔化していたこと。

 アイオーンの前の持ち主が、グラジオラス領主イリスティーナであったこと。アイオーンとイリスティーナの認識のすれ違いから、アイオーンは契約を解除され、放浪していたこと。

 アイオーンの現状が道具に徹していることが、イリスティーナにとっては相当気に入らないだろうこと。騎士勧誘を通じてアイオーンの所在が知られれば、連れ戻される危険性があること。アイオーンはそれを望んでいないこと。

 そのために、勧誘に来るエサイアスにどう対処するか。


 異世界人であることまでは、言う必要はなかったかもしれない。この世界で死んだことにしても話は通じただろう。

 だが、この3人は大切な仲間なのだ。生まれて初めて得た、掛け替えのない仲間。

 受け容れてほしかったし、受け容れられないとしても、この期に及んで誤魔化すのは良心が咎めた。


 質問は最後に受け付けることにして、とにかく希生は話した。

 話し終えると、しばし、沈黙が場を支配した。

 そこから最初に口を開いたのは、やはりヒューゴだ。


「つまり、エサイアスに対して正体を隠すか、ぶちまけるか、という話だな!?」


 希生は数秒ほど固まり、返事が遅れた。


「えっ……。いや、うん。最終的にはそこなんだけど。わたしのことは」


 わたしのことはいいのか?


「キキはキキだ! 俺たちの仲間だ! 文字通り死ぬほどの目に遭って、それでも前を向いて生きているんだろう! 充分じゃないか! な、ベルタ!」

「そこであたしに振るの!?」


 ベルタは仰け反った。


「えー……あたしは結構驚いてるんだけど……。天上七剣は異世界の知識によるものだとか、竜はもともと異世界から来た生物だとかの話はいろいろあるけど、基本オカルトだと思ってたし」


 魔術師にとっても、異世界はオカルトらしい。

 異世界の実在を知る者は、よほど限られるのかもしれない。


「まあでも、キキってなんか子供っぽくなかったり、女の子っぽくなかったり、記憶喪失にしたって知識不足で、ちぐはぐな感じはしてたのよね。そこは腑に落ちたかも。ロヴィッサはその辺不満かもしれないけど」


 ニヤリと笑ってロヴィッサに振るベルタ。

 何しろ元が男だということまで話してしまったのだ。

 しかし心眼には、ロヴィッサの不満の気は感じられなかった。

 彼女は穏やかに笑って言う。


「性転換……。初めての経験でございますが、これはこれで滾りますね。どうやって身も心も『女の子』にして差し上げようかと……。わふふん」


 こいつどこまで行くんだ。希生はベッドの上で少し距離を開けた。

 ロヴィッサがにじり寄ってきた。そっと頭を抱き、撫でてくる。

 ひええ。希生は固まった。


「今のキキさんは女の子でございますもの。怒ったりなどいたしませんよ。むしろわたくしが選ばれるかもしれない希望が大きくなってまいりました!」


 それはない。


「そんなことより、問題はアイオーンさんでございます。エサイアスさんにどう対処するのか」


 その通りだ。

 だから撫でるのをやめてほしい。今は真面目な話してるんで。

 そう思いながらも、振り払う手はなかったのだけれど。


「別人のフリは避けられた方がよろしいでしょう。真竜殺しということで、わたくしたちは顔も名前もこの町では知られております。調べられればすぐに分かること」


 全員で頷き合う。


「キキさんがアイオーンさんのフリをなさるのも難しいかと存じます。記憶が共有できているわけではないのでしょう? アイオーンさんしか知らない話を振られたときに、対処が遅れて違和感に繋がります」


 確かにそうだ。

 声が同じとは言え、剣から喋ればそれも違和感となる。希生が喋るしかない以上、その遅れはどうしても生じるものだ。

 事前にアイオーンから過去の話を聞くとしても、覚え切れるかどうか。

 アイオーンらしい反応を演技するのも、簡単ではない。


「じゃあ正直に話すしかないのかしら。今あたしたちに話してもらったみたいに」

「みんなは受け容れてくれたけど、向こうは果たしてどうか……」


 結局はそこが問題だ。

 相手の善意に期待するしかないのは恐ろしい。

 しかしヒューゴが言った。


「正直に話そう!」


 難しい顔をしているが、声に陰りはなかった。

 力強く拳を握る。


「賭けになるが、それはどの道を選んでも同じだ! ならば真っ直ぐに生きるべきだ! 恥じることなく! 堂々と! その方が後悔もしないだろう!」


 論理的ではない。だが、勇気をもらえる。

 ひたすら前向きなヒューゴらしい言葉だ。


 相談して良かった。希生はほっと息をついた。

 方針が決まれば、気力も湧いてくる。やたら撫でてくるロヴィッサにも、心を乱されない。


 エサイアスに事情を話し、それを領主に知らせず情報を止めてもらう。

 アイオーンがアイオーンらしく生きるために。

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