第43話 斃すということでいいんだよな!?
「それで! 斃すということでいいんだよな!?」
宮殿1階。希生たちの作戦会議は続いていた。
外庭からは、竜が歩き回る足音が聞こえてくる。
「それしかないと思う。逃げようにも逃げられないでしょ。相手は空飛べるんだし」
「下水道に入るのは? それで離れたところから地上に戻るのよ」
「入る途中でやられるんじゃないかな」
「そっか……」
下水道に入るには、マンホールの蓋を開けて、ひとりずつ梯子を下りていく必要がある。竜の追跡を前に、それはあまりにも悠長だろう。
ひとり目くらいはともかく、順番待ちの仲間は攻撃されてしまう。そして順番が進むほど、地上にいる仲間は減る=攻撃を防げなくなっていく。
「それに道路に穴を開けて追ってくるかもしれない」
「竜が壊さないのは宮殿だけってわけね……」
そういう危険性もある。
そうなった場合、地下道の崩落により逃げ道を失い、詰むだろう。
もちろん、見失った時点で竜が諦めてくれる可能性もある。だが竜がどの程度の執着で希生たちを狙っているのかは分からない。希生の心眼でも、今の練度ではそこまで深くは読み取れない。分の悪い賭けだ。
仮に賭けに勝って逃げ切れたとしても、そこで竜が近くにいた無関係の冒険者に狙いを変えてしまう可能性もある。
竜は希生たちそのものに興味があるのではなく、ドリスの血の匂いにつられ、彼女を食べて興奮した勢いのままに、近くにいたものを殺して遊びたいだけなのだ。
関係のない冒険者を巻き込むのは避けたい。どうしても必要であれば仕方がないが。
「戦う場合に最も恐ろしいのは、空襲に徹されることでございますね。わたくしたちも、ブレスを無限に防げるわけではございません。要はベルタさん……。スタミナはいかがでしょう」
ベルタは少し考えてから言った。
「冷気の魔法の本質は熱を『奪う』ことよ。奪った分の熱を魔力に変えて吸収すれば、自分の魔力を節約できる。だから、竜がどれだけ火炎ブレスを吐いてくれるか次第ね。冷気ブレスだけ連発されたら……たぶん、2、3発が限度だわ」
「それでも2、3発は行けるのか。竜が存外大したことないのか、ベルタが凄いのか……」
「あたしが凄いのよ」
ベルタは間髪入れずに言った。自らを鼓舞するためでもあるのだろう。
先ほどのブレスがもし手加減したもので、竜があれ以上の本気を出してきたなら、この計算も崩れてしまう。それでもここは賭けるしかない。
「ベルタとロヴィッサの魔力が尽きる前に、地上戦に持ち込みたい。最初から向こうが接近戦だけで来てくれればいいんだけど……」
「こればっかりは分からんな!」
そう、分からない。
希生たちが出てきたら殺そうと思っている気は感じるが、具体的にどう殺すかが定まっていない気配なのだ。その時の気分で決める気なのだろう。遊んでいやがる。
だから最悪を想定する。
空を飛んで距離を取り、ブレスで攻めてくるのが最も困る。そうなったら、どうする。
「飛行能力を奪えないかな」
「どうやって?」
「どうにかして。ドリスは何て言ってたっけ……」
道中、ドリスがひたすら喋り続けていた竜知識を思い起こす。
竜には様々な種類があって、飛行方法も異なるのだと言う。鳥と同じように体の軽さと翼の力で飛ぶものもいれば、魔法を使って飛ぶものもいる。
ここの竜は翼と魔法を使うタイプだ。翼の下に風を起こし、莫大な揚力を強引に発生させる。そこから飛行能力を奪おうとする場合、その手段とは。
「同じく風の魔法で気流を乱してやるか……」
「風となると、わたくしでございますね。しかし竜の魔法出力に追いつけるかどうか」
「ロヴィッサも魔石への接続率は上がってるでしょ?」
「それを踏まえてなお、でございます。一瞬だけ飛行を不全とする、恐らくそれが精々でございましょう」
吹き付けてくるブレスと違い、竜の飛行魔法はこちらから離れた位置に発生しているのだ。まずそこまで魔法を作用させる時点で、威力の減衰が起きてしまう。
「ベルタの魔法を重ねるのはどうだ!?」
「そうか、空気は冷えると重くなる。上昇気流を作りにくくなるはずだ」
「そうするとブレスが防げないわよ」
あちらを立てればこちらが立たない。
ほかに竜の飛行への対処法は――確か――
「皮膜だ。翼の皮膜は鱗に覆われていないから、比較的脆いんだ。何とか穴を開けてやれれば」
「俺の剣が届くなら、斬り裂いてやるんだがな!」
「剣を届かせるために飛行能力を奪いたいのに、そのために剣を届かせる必要があるって……」
堂々巡りになってしまった。
「わたくしの風の魔法剣なら届くかもしれませんが、恐らく威力が足りないでしょう」
「あたしの氷ならどうかしら。質量でも硬さでも風を上回ってるわよ」
「届くの?」
「……届かない」
これが竜の厄介なところだ。ただでさえ防御力が高いのに、空を飛ばれるとそもそも届く攻撃が少なくなってしまう。
特に剣はまるで届かないため、希生とヒューゴは脇役にならざるを得ない――いや、待てよ。
「ヒューゴならやれるんじゃない?」
希生は思いついた。
全員の視線が集中する。
「どういうことだ!? 俺が!?」
「ああ、これはわたしにもできない、ヒューゴだからこその――」
突如、揺れが4人を襲った。
震源である壁の向こうに視線をやる。見えないが、竜が地団駄を踏んでいるのは分かる。
あまつさえ壁を叩く音さえ聞こえてきた。
早く出て来い、という威嚇だろう。
「痺れを切らしたらしい」
「こうなっては、宮殿を壊さない保証もないな! 行くぞ!」
立ち上がる。休憩は終いだ。魔力もある程度回復した。
正面玄関へと向かう。生き甲冑を見かけたが、まるで竜に怯えて縮こまるかのように、通路の隅で丸まっている姿ばかりだった。
「それでキキ、俺に何をさせたいんだ!?」
「ベルタの協力が要るんだけど――」
策と言うほどでもない策を説明しながら、1階正面玄関へと辿り着く。
ベルタが応えて呪文を紡いだ。
「我が手の内に水来たれ」
指輪の水属性魔石と接続し、地下水を呼び出して浮かせる。
「我が意に従い形を成せ。かの剣を拡張せよ」
この水をヒューゴのツヴァイヘンダーへと纏わせ、元の剣身を芯に使って、倍ほどの長さの水の剣身を作り出し、
「凍てつけ!」
凍らせて氷の剣へと変えた。
今やヒューゴの大剣は、全長3mを超える氷の超大剣と化した。
ベルタの氷は、分子運動の停滞の副作用として強度が著しく増す。最早鋼を凌駕するほどに。
正面玄関から外庭へ出ると、竜はすぐ傍にいた。
見上げる巨体。赤から黄色、時に白と、光の加減で揺らめくような炎色の鱗。翼は畳み、四肢を地につけていた。
首を鞭のように撓らせ、高速で頭部を振り抜いてきた。開いた口に4人を纏めて挟み込み閉じようという、一瞬の噛み付き攻撃。
反応できたのは、希生とヒューゴだけだ。
希生は低い前傾姿勢で顎の下を潜り抜け、逆鱗を目指した。
ヒューゴは、
「ッおおおおおおおおおおおおお!」
全力で氷の大剣を薙ぎ払った。
武器が長ければ長いほど、回転半径は広がり、遠心力は増大する。常の2倍の刃渡りがある今の大剣は、つまり2倍の攻撃力があるのと同じこと。
あまつさえ魔石への意識の常時接続を成し遂げている今のヒューゴは、より多量の魔力を生成し引き出し、より精緻に強靭に身体強化を行えている。その出力は、最早常人の及ぶところにない。
そしてもちろん、全身を連携させ力を結集する剣の振り方を心得ている。
武器、肉体、技量。全てを合わせたヒューゴの一閃は、迫る竜の頭部を僅かに横へと弾き逸らし、自分と仲間たちの身を守った。
それは斬ると言うより『押しやる』力の乗せ方でもあり、氷の剣は砕けていない。
「我が手の内に冷気在れ――」
「我が手の内に風よ在れ――」
その間にベルタとロヴィッサは呪文を唱える。防御の準備をする。
希生は同時に竜の顎下へと滑り込み、逆鱗を狙っていた。小さな結界を足場にして宙を駆け上がり、竜の首に刺突を放つ。
当たらないことは分かっていた。逆鱗と通常の鱗との境目は敏感な肌が露出し、高感度の感覚器となっているらしい。それで察知された気を察知していた。
竜が後退し首を引くと、希生の剣は空を切った。だがそれは、この瞬間、竜にヒューゴたちへの追撃をさせなかったということだ。
仕留めるには動きを止める必要があるか。
「我が杖の先に炎熱在れ!」
ベルタは左手に冷気を宿したまま、右手の杖に赤く輝く熱気をも宿した。
この杖は従属異界の媒体であり、もしもの際の接近戦用武器であり、そして慣れない魔法が暴発しても手に被害が来ないよう、間接的な具現を行うクッションでもある。
脂汗を流し、歯をかちかち鳴らし、目に涙を溜めながらも、ベルタは炎熱を宿す。どちらのブレスが来ても、即座に対処できる態勢だ。
希生が下がり、ベルタに優しく触れる。落ち着いて。
ヒューゴの剣戟によるものか、竜は4人を『敵』だと認めたらしい。
まるで笑うように喉を鳴らして唸ると、翼を広げて飛び立った。
大きく息を吸い、上空から噴きつけてくるのは、太陽の如き黄金の火炎ブレス。
見るだけで目に熱を感じる灼熱。
「駆け抜けよ、疾風!」
「冷気よ、広がり飲み込み、熱を喰らえ!」
ロヴィッサが風で散らし、それでもなお蒸し焼きにされそうな熱気をベルタの冷気が抑える。
防げる。戦える。魔石への接続率を上げていなければ、こうまで渡り合えはしなかったろう。このパーティーのレベルは、冒険者の平均を遥かに飛び抜けているのだ。
火炎が晴れると、眼前にもう竜の姿があった。ブレスを追うように急降下してきていた。地上スレスレで反転するように駆け抜けざま、その爪で引き裂くために。
ブレスが遮蔽物となって、それは今この瞬間まで見えはしないものだった。
だが希生がいる。心眼がある。見えなくても見えていた。
竜がどう飛んでくるのか、だからどの瞬間にどの位置を爪が通るのか、という攻撃線が。ならばどの瞬間に、どの位置でどんな姿勢でいれば助かるのか、という機と間合が。
希生は仲間たちに触れて合気をかけた。鞭身による微弱な運動エネルギーの波を送り込み、刺激に感応させ無意識の反射を誘発し、任意の動きを強制する。ベルタとロヴィッサを伏せさせ、ヒューゴは立ち位置を少しズラした。爪に当たらない立ち位置。自身も伏せて身を守る。
「剣は静かに」
ヒューゴへの助言も同時に投げる。
先ほどは雄叫びを上げながら薙ぎ払っていたヒューゴが、今度は鋭く息を吐きながらも叫ばずに剣を振り上げた。
叫ぶ行為は筋力を瞬間的に向上させるが、これは無駄な力が入りやすくなることも意味する。通常ならば多少の無駄は無視して叫んだ方が大きな成果を出せるが、『永劫流』においては違う。
無駄な力みは体を固め、合理的な力の流れを阻害する。これを取り除くこと。
叫ばずに息を吐くだけでも、筋力の向上はあるのだ。それで充分だ。
竜の腹の下で、吹き荒れる嵐のような爪の狭間で、ヒューゴは大剣を振るった。
すれ違いざまの竜の左前脚の鱗に、浅く線を引くように傷をつけた。
竜自身の速度をも威力に変えて、代償に、氷の大剣の切先が折れ飛んだ。
「折れたァー!」
竜は急降下から弧を描いて再上昇。上空で反転し、今度は滞空のままでブレスの発射体勢に入る。
血も滲まない程度とは言え、傷を入れられたことに警戒したのか。
「冷気ブレス!」
希生が注意喚起する。
単純に火炎と冷気を交互に使う性格なのか、どちらがより通用するのかを丁寧に見極めようとしているのか。
次の魔法の準備を、ベルタもロヴィッサも既に終えていた。
「炎熱よ、広がり飲み込み焼き払えッ!」
「駆け抜けよ、疾風!」
凍てついた水分が輝く極低温の吐息を、ベルタの炎熱が迎えた。
それは火炎そのものと言うより、大気に熱を与え温度を高めていった末に自然発火した、炎と熱の塊だった。
赤く赤い炎熱の奔流が冷気と激突し、低温を高温で中和していく。それでも本物の竜のブレスだ、完全には足り得ない。このままでは一瞬で氷像と化すのを免れるだけで、厳寒に動きが鈍ったところを追撃されて死ぬ。
だが冷気の密度は温度上昇によって低下した。ロヴィッサの風で吹き散らせる重さになったということだ。
逸らされていく冷気に囲われた中で、希生は左手でベルタの右腕を握っていた。その手首を、優しく包み込む握り方。そうしてそっとさする、恐怖を和らげる触れ方。
今にも吐いて失禁しそうなほど青い顔をしていたベルタが、ほっと息をついた。
火炎ブレスも冷気ブレスも、等しく防御された。竜は考えた。では、次はどうするか。
その一瞬が隙となった。
地上から跳ね上がる逆さの流星のような一閃が、竜の翼を貫いた。




